ルーターと物欲の無い少女【2】
少し短めです。
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ラクナノから西へと少し進むと、すぐに今回のイベントの為に用意されたダンジョンが見えてくる。
その塔は鮮やかに色付いていて、入り口の少し上には可愛らしく『いんぷのとう』と書いてある。
「今回のイベント……、私は全貌を把握していないのだが……神様、これは何だ?」
「何って、『いんぷのとう』だよ」
三メートル近くあるクルーエルが見上げた塔は、雲に届きそうなぐらいの見事なものであった。
ただ、その奇抜なセンスのせいで、その雄大さは微塵もかんじとることができない。
「ふむ……、まぁ入るとしようか。話はそれからだろう」
クルーエルは塔の入り口に足を運ぶ。入口の扉も色鮮やかな色合いで、クルーエルの身長でも屈むことなく入れる大きな作りであった。
その大きな扉はクルーエルが近付くと、自動で開き始める。
開いた扉のその先には、真っ白な空間が広がっていた。
クルーエルが一歩踏み出し、その空間に入ろうとすると、初日がそれを止める。
「あ、クルーエルさん! マサムネさんはいいんですか?」
「PTを組んであるから大丈夫だ。ゴキブリのような男だからな、すぐに追い付くだろう」
振り向くこともなくクルーエルがそう言い終わると、クルーエルはその空間の中に躊躇することもなく入っていく。
それに続いて、スキップをしながら神様が入っていく。
「ほらぁ早くいこぉ、初日!」
「あ、月!」
左腕に自分の首を抱えている月子は、右手で初日の手をとると、そのまま真っ白な空間に入っていった。
その白さは次第に消え、円形の部屋の中に四人は立っていた。その部屋はまるで、豪華なホテルのロビーのようにきらびやかで広く、神様以外の目を奪った。
「――……よく来ましたね、神の子よ」
四人の前に現れたのは、この『GNOSIS』を始めた時に現れた案内役のソフィアであった。
このゲームにおいて、彼女は『マスコット的キャラクター』であるため、誰の目から見ても愛される清楚な顔立ちをしている。
彼女は、困り果てたような顔をして話を続けた。
「急な頼み事で申し訳無いのですが、『インプ』達の暴動を止めていただきたいのです。彼等を『精霊』ではなく『悪魔』の部類にしたところ、暴動が起こってしまって、困り果てていたのです……。この塔の最上階にはインプのリーダーがいるはずです。彼に会い、この暴動を止めるよう説得をしてください」
ソフィアがそう言い終わると、それぞれのソフィアの箱から音が鳴り響く。
初日は自分のソフィアの箱を手に取り、その画面を見ると、『新着クエストあり』という文字が書かれていた。
初日がその文字に触れると、『イベントクエスト』と書かれた欄が光っている。そこをまた開くと、『ソフィアの頼み事』というクエストが入っていた。
「これが今回のイベントなんですか?」
「そうだよー。『GNOSIS』って基本的に暗いメインストーリーだから、こういうイベントでは楽しくいこうかなって」
「『暴動』という言葉だけだと、楽しくなさそうに見えるがな……」
クルーエルがそう言うが、神様は「本当に楽しいイベントだから!」と楽しそうに言う。
「あ、調べてる時間がないだろうから説明だけしておくけど、レアアイテムはリーダーインプに会うまでのインプの中に、おかしな装備をしてるインプがいるんだよね。そのインプもなかなか出てこないんだけど、そいつを倒して一定確率でそのおかしな装備が手に入るから宜しくね。因みに、ボクは一周しかいけれませんので!」
「神様! そのおかしな装備って何ですか?」
「調べることのできない、教えてクレクレちゃんの初日には秘密だな」
相変わらず、初日は調べようとも考えずに質問をする。
だからか、クルーエルは意地悪そうな顔をしながら初日に言った。
クルーエルの言葉を聞いた初日の頬は、みるみる膨れていく。
「クルーエルさんの意地悪っ! 月、行こっ!」
月子の服を強引に引っ張り、初日は奥に進む。
「少々言い過ぎたか」
「大丈夫でしょ。さ、ボクたちも行こうか」
ソフィアの横を通り、クルーエルと神様も奥へと進む。
奥には階段があり、四人はその階段を上がっていく。
さほど長くはない階段で、すぐに塔の二階に到着する。
「ここは何階までなんだ?」
「見た目ほどないよ。えーっと、十階だったかな」
「ふむ、すぐにでも終わってしまいそうだな。まぁ、久しぶりにゲームを普通に楽しむとしよう」
期待を胸に、四人は入口の門と同じような扉の前に立つ。すると、また自動で扉は開く。その中は一階と同じように真っ白であった。
四人は真っ白な空間に足を踏み入れると、視界がどんどん晴れていく。そして、部屋を一望できるようになると、その階に待ち受けていた五匹のインプと遭遇する。
「……これが『インプ』だとでも言うのか?」
「そうだよ、これが大西画伯作のインプだよ。芸術的でしょ?」
クルーエルと初日、そして月子はそのインプ達の姿を見た瞬間、目を疑った。
まるで有名な芸術家が描く抽象絵画のようなインプ達の容姿は、気持ち悪いと言うべきか、可愛いと言うべきか。
神様は三人の表情を楽しみながら、腹を抱えて笑っていた。
「何と言えばいいのか……」
「分かりません……ね」
「月子はこのインプちゃん達、キモカワイイと思う!」
そんな話をしている間に、五匹のインプが四人の存在を認識する。
「セイレイだ!」
「セイシキなセイレイだ!」
「ボウドウをオこせ!」
一〇〇センチもない背丈のインプ達は、口々にそう言うとハンドアックスや短剣を握り襲いかかってきた。
「いやぁぁ! もう戦闘ですか?!」
「もう戦闘だ。だが、おかしな装備のインプはいないようだ」
初日の奇声はその階に響く。
あまりにも初日が慌てふためいているので、五匹のインプは初日にタゲを移し襲いかかる。
「ちょーっ!」
涙目でそれを眺めることしかできなかった初日。
その瞬間、二発の銃声が鳴り響き、初日の視界を大きな何かがさえぎる。
「はいはーい、戦闘の支度してね? クレクレ初日ちゃん!」
「私、クレクレちゃんじゃありません!」
「月子を見ろ! ちゃんと役に立っているぞ」
視界をさえぎった大きな何かとはクルーエルであった。
初日はクルーエルの言葉を聞いた後に月子を見ると、デュラハンの特殊スキル《影縫い》で二匹のインプを捉えていた。この影縫いというスキル、影を捉えて敵を動けなくするスキルだ。
初日は辺りを見回すと、二匹のインプは戦闘不能になり倒れこんでいる。
もう一匹はクルーエルが大剣でなぎ払うと、すぐに体力のゲージが無くなり戦闘不能になった。
「いつの間に、皆装備したのーっ!」
「月子はまだしてないよ! でも月子、初日より戦闘上手いもん」
「うー……」
二匹のインプを足止めしている月子は、勝ち誇った顔で初日を見る。
負けるもんかと初日は急いで自分のソフィアの箱を出し、杖を装備した。
……だが、準備ができた初日の目の前で二匹のインプは戦闘不能になり、倒れてしまった。待ち切れなかったクルーエルが、《瞬速》を使い、そのインプ達を倒してしまったのだ。
「もたもたしている時間はないぞ、初日!」
クルーエルは足早に次の階へと足を運ぶ。神様も慣れた様子で足を進めた。
「うう……意地悪」
「どんどんいこー!」
初日と月子もそのあとを追いかけるようにして、次の階へと足を運んだ。