ネットストーカーにご用心っ!【3】
その掛け声と共にクルーエルとマサムネは動きだし、それと同時に観衆からは歓声が湧く。
「マサムネ、先に来たらどうだ?」
「クルーエルは攻められるのが好きなのか。意外とMなんだな」
「ちっ……、この変態がっ!」
マサムネの言葉は挑発をしているわけではないのだが、クルーエルの怒りを爆発させる。
クルーエルはいつものようにネフィリムの遅い動きをカバーするために《瞬速》を使い詰め寄った。
「俺が、何で種族を『機人』にしたと思ってる」
マサムネも《瞬速》を使い、近寄ってきていたクルーエルの背後に回った。
ネフィリムの瞬速よりも機人の瞬速の方が早い。
クルーエルもそれはわかっていたのだが、つい怒りに身を任せて行動したせいで背後を取られてしまう。
「しまっ……!」
「クルーエルならば『ネフィリム』にすると、知っているからだ!」
クルーエルはとっさに《ディフェンス》を使う。
だが、マサムネは両手に装備された双剣でクルーエルに一撃を入れた。
その時、武器にエンチャントされていた雷がクルーエルを貫く。
痛覚機能をオンにした覚えがないのに、クルーエルに激痛が走る。クルーエルは、すぐにそれが『神様の仕業』なのだと気付く。
「がっ……!」
「俺がどれだけ『クルーエル』を研究したと思ってる! 赤よりも深紅の色が好きだってことも、アバターは必ず長身で巨乳で作るということも、大剣が大好きで、魔法は使いたくないことも、露出狂だってことも! 勿論、『クルーエル』の戦闘スタイルだって研究してきた俺が、お前に負けるわけがない!」
目の前で倒れ込むクルーエルに、マサムネが双剣を向けながら自慢気に言う。
そんなマサムネを下から見つめ、痛みを堪えながらふんと鼻を鳴らすクルーエル。
「深紅ではない、私は『血の色』が好きなんだ」
よろめきながら、クルーエルは立ち上がる。
「懐かしいな。私がPKをしていた時、PKKの君が私を襲ってきた時を思い出す」
「PK行為をする奴が嫌いだったから、PKKをやっていただけだがな。あの時、お前を襲って返り討ちにあった。そして、始めて敗北を知ったんだ。それと同時に、お前に心を奪われた!」
マサムネは青い髪を靡かせ、クルーエルを攻める。
クルーエルは痛みを堪えているせいか、その攻撃を防ぐ事しか出来ない。
「あのクルーエルさんが押されてる……!」
初日は月子とその様子を固唾を飲んで見守っていた。
だが月子には初日の言葉など届いていなく、まるでプロレスを観覧しに来ている観客の様にはしゃいでいる。
「『ネフィリム』と『機人』は相性が悪いんだよ」
「あ、神様! …………相性、ですか?」
そんな初日のもとに神様が現れた。
また軽いノリで変なことを言うのではないかと心配していたが、そうでもなく神様は淡々と話始めた。
「『ネフィリム』の属性は土。だから土魔法が得意で、土属性の攻撃に耐性がある。だけど、苦手な属性もあるんだ」
「……もしかして、『機人』の雷ですか?」
「うん、そう。例えば、くーちんは全てのスキルは取得しているけど、雷の魔法は使えない。何故なら雷が苦手で使うことが出来ないからね。故に、雷属性の攻撃に耐性が無いんだよ」
「じゃあ、『機人』に強いのは……?」
「『エルフ』風だよ。『エルフ』に強いのは、『クエレブレ』火。『クエレブレ』に強いのは、『メロウ』水。『メロウ』に強いのは、『ネフィリム』土さ」
神様に属性の説明を受けて、初日は首をかしげる。
「ですけど、『デュラハン』闇と、『セラフィ』光はどうなってるんですか?」
「『デュラハン』と『セラフィ』は、お互いの属性が弱点だ。『デュラハン』は光が苦手で使えないし、『セラフィ』は闇が苦手で使えないんだよ」
それを聞いていると、両手で頭を押さえて初日が唸りだす。
「その話、私にはまだ早いみたいです!」
「ははは……そのようだ」
神様は初日の言葉を聞いて、笑って見せた。
……その時、観衆がどよめきだす。
クルーエルとマサムネに動きがあったようだ。
少し目をそらしていた神様と初日は、二人の戦いに視線を戻す。
マサムネは機人の特殊スキルである《オーバークロック》を使う。
刹那、マサムネの体は熱を発し、音を立て始める。それはパソコンの本体が熱暴走した時のようだった。
「これで終わりにしよう! そして、一緒に役場に行こう!」
思いのほか、ダメージを食らってしまったクルーエルは、これはまずいと言わんばかりの顔をする。
何故かと言えば、手合わせした感覚だとクルーエルとマサムネのプレイヤースキルはほぼ互角。
あとはキャラクターの育ち具合の差なのだろうが、それも互角。
ただ相性の部分で不利に立たされているクルーエルの勝利は、負傷したことによって相当厳しいものになった。
そしてとどめのスキル《オーバークロック》。これはキャラクターの全ステータス――……力や素早さなどを一定時間だが大幅に上げてしまうもので、こうなったら勝ち目など到底なかった。
……だが、クルーエルには一つだけ起死回生のチャンスがあることはわかっていた。
クルーエルは自分自身を捨て、一世一代の賭に出る。
「……ってくれ」
「……ん?」
「待ってくれないか……、マサムネ」
顔を赤らめ、いつものハスキーボイスとは違う甘い声で喋り始めるクルーエル。
その変貌ぶりに、マサムネを始めとする観衆すら驚きを隠せないでいた。
「その……、胸が痒いんだ。痒くて、痒くて仕方がないんだ……」
クルーエルの行動は過激さを増していく。
胸元に手を当てて、その赤い鎧を徐ろに脱ぎ始めたのだ。
クルーエルの突然の行動に、マサムネの顔はみるみる赤く染まっていく。
「まままま……待ってくれ! それ、それは二人きりの、きりの時に……!」
「何故、君が恥じらう?」
「いいいい、いやいやいやいやいや! ふふふ普通、普通は恥じらう!」
マサムネはクルーエルの事を直視できなくなり、たまらずクルーエルに背を向けてしまう。
すると、観衆がまたざわめく。
そのざわめきが気になり、下心を隠せなかったマサムネはたまらずクルーエルの方に振り向いた。
「君の弱点は、クルーエル(わたし)を好き過ぎだと言うことだ!」
マサムネが振り向いた瞬間、彼の視界が真っ暗になる。
クルーエルの仰天過ぎる行動をしたのも、全ては《オーバークロック》を封じ込める策であった。
実はこの《オーバークロック》というスキルは諸刃の剣で、スキルを発動すれば全ステータス値を大幅に上げてくれる。だがその代わりに一定時間を過ぎてしまうと、クールタイムに入ってしまい、その時間だけだが通常より大幅に全ステータス値が下がってしまう。
無論その事を知っていたクルーエルは自分を捨て、この『お色気作戦』に全てを賭け、時間を稼ぐことにした。
案の定、マサムネはクルーエルの思惑通り作戦に填まったのだ。
マサムネに重い何かが覆い被さる。
視界を塞ぐその何かをマサムネは慌てて取り除くと、大事な部分は下着で隠れているものの、殆ど全裸のクルーエルが大剣を構え笑っている姿が視界に入る。
地面に落とした覆い被さっていた物をよくよく見ると、クルーエルが着ていた赤い鎧だった。
「謀ったな!」
「VRMMOとはこういうモノだろう?」
勝ち誇ったように笑うクルーエルは、鼻をふんと鳴らすとスキルの名前を叫ぶ。
「《リバレーション》!」
クルーエル叫んだと同時に、赤く光り出す。
この《リバレーション》と言うスキルはネフィリムの特殊スキルで、機人の《オーバークロック》と似ているが、力のみのステータスを一定時間、最大限まで増幅してくれるスキルである。
とはいえ、デメリットもある。発動と同時に防御力も最大限に低下してしまうことだ。
だが、「攻撃こそが最大の防御」だと思っているクルーエルにとって、防御力が下がることなどどうでもよかった。
マサムネは対抗しようとするが、スキルのクールタイム中であるため、《オーバークロック》を使うことが出来ない。尚且つ、今のマサムネの全ステータス値が見事なまでに下がり、クルーエルに絶好のチャンスを与える。
「形勢逆転だな」
「まだわからんよ!」
流石に苦しい表情のマサムネにクルーエルが近付く。
マサムネが《瞬速》を使っても、《オーバークロック》の負の効果が効いているのか、そこまで早くなることもなく、すぐにクルーエルに追い付かれる。
そんなマサムネをからかうかの様に、クルーエルは言葉を発する。
「マサムネ、行かないでくれ」
クルーエルは甘い声でそう囁くと、マサムネは単純なのか、また顔を赤らめ硬直する。
満足そうにニンマリと笑うクルーエルは、渾身の一振りをマサムネにお見舞した。
「ぐわぁぁぁぁぁあぁ!」
その一撃は見事にマサムネに大ダメージを与える。
満タンだったHPゲージも、みるみるうちに空になり、マサムネに敗北を告げる。
「私の勝ちだ!」
固唾を飲んで見守っていた観衆は、マサムネの体力ゲージが空になったことで歓声が沸いた。
「勝者、クルーエル!」
神様が勝者を告げると、より歓声が沸く。
クルーエルは笑顔で観衆に向けて、手を振って見せた。
「……でも、あんな勝ち方って有りなんですか?」
少し疑問に思った初日は、神様に話しかける。
「チートではなくても、なんか卑怯って言うか……」
「あれも立派な戦術だよ。だって、普通MMOだったらこんな戦術は使えないけど、リアルに作ってあるVRMMOだからこそ、使える戦術なんだ。だって、あんな程度のお色気に引っ掛かる方が悪いじゃない」
神様は淡々とそう話すが、きっとクルーエルが居たら「あんな程度のお色気」と言う部分で、鬼の形相になるんだろうと初日はそう思った。
「だからあれは、マサムネ君にしか使えない戦術だったんだよ」
「そういうものですか……」
二人がそう話していると、クルーエルが神様の方を向き叫んだ。
「約束だ、マサムネをBANするぞ!」
「お好きにー」
クルーエルは手に光を集め、『BANプログラム』が組み込まれた大剣を出し、マサムネに向けた。
「やはりお前には勝てないか……」
「だが久しぶりに燃えた。楽しかったぞ、マサムネ!」
仰向けに寝ているマサムネはにっこりと微笑むと、瞳を閉じた。
クルーエルは大剣を振り上げ、マサムネにこう言った。
「さようなら、マサムネ!」
マサムネは斬られた瞬間、苦痛に顔が歪む。するとすぐにマサムネの体は光だし消えていった。
「ふう……終わったぞ」
クルーエルは勝ったのと、しつこいストーカーが居なくなったせいか表情がとても清々しく感じれる。
透明な壁も解除され、クルーエルは地面に落ちている鎧を拾いソフィアの箱に入れると、今日着ていた和柄の洋服を取りだし着た。
お気に入りの服を着ると、クルーエルは神様と初日のもとへ行く。
「待たせてしまったな。さぁ、ダンジョンへ行こう」
「……無理みたいだよっ」
笑顔で言う神様と、申し訳なさそうにしている初日。
何があったかわからないクルーエルは、疑問に思った。
「ん……? 月子は……」
観衆が解散していく中、辺りを見回しても金髪のデュラハンの姿はない。
初日は、そんなクルーエルに余計に申し訳なさそうに話した。
「月子……、クルーエルさんがマサムネさんに勝ったと同時に、いきなり強制ログアウトしちゃって。何があったかと思ったら、お母さんに叱られちゃったそうです……」
「……、だからまた明日ぐらいにいきましょうって、言ってたみたいだよ?」
「……そうだったか。逆に申し訳なかったな」
クルーエルも然り気無く楽しみにしていたのか、肩を落とし残念がる。
とはいえ、一番気を落としていたのは、そうも見えない神様であった。
「あーあ……また先延ばしだ。ちぇ」
「本当にごめんなさい!」
「マサムネ君のせいだ! 神様プンプン!」
子供が駄々をこねるように怒る神様に、初日は必死に謝る。
クルーエルは、そんな光景を見てクスクスと笑うのだった。