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天才魔封具使いの少女、モフモフの相棒と共に街を破壊して廻ります。

作者: 虹雷
掲載日:2026/01/21

 新緑のエーテルが舞い踊る、翠嶺の月。

「モフゥー…。次の街はまだなの?パラレル。」

「はぁ…。もうすぐだから、我慢して下さい。」

 もう何度目かも分からない、相棒の愚痴に思わずため息が出てしまった。

 昨日は、酔っ払いの仲裁、魔封具のチューニング、町の近郊のゴブリン退治と、大忙しの一日だった。そして、殆ど寝る暇も無いうちに宿を出て、次の目的地、クロックタウンへと歩き出し…。

「お腹すいたモフゥー!」

 飲まず食わずで、12時間も歩き続けている。

「もふお君…。騒ぐと余計にお腹がすきますよ。あ、そうだ。そのぷりっぷりのお腹を自分で消費したら、痩せるしお腹も満たされるし一石二鳥なのでは?」

「そんな器用なことはできないモフよ…。」

「いいえ、やればできます!もふお君。気合を糧に腹を満たすのです!気合はおにぎりだ。希少価値であり、存在証明だ!」

「イ~ン。パラレルがあまりの空腹に壊れたモフ~。」

「それは元からです!ふんす!」

「威張る事じゃないモフ~。」

 もふおと話すことで、疲労と空腹を紛らわす試みをしてみた。が、しかし。

「…ダメです…。もう歩けませ……。お?」

 その場に倒れそうになったその時、木々の隙間から巨大な時計塔が見えてきた。

 あれこそが、この世界で幸福度ナンバーワンの街…クロックタウンの目印に間違いない。

「もふお君、もう少しです!あと少しの辛抱ですよ!」

「や、やっと…モフゥ~。頑張るモフー!」

 私達は、残る力を振り絞って、大地を駆け出した。


「ここも…満員ですって…。」

 完全に予想外な出来事が起きた。

「ンマーメン、バーグ、オムレ、全部の有名店が揃っているのに、どこにも入れないなんてぇーっ!」

 クロックタウン、めっちゃ観光地。

「これじゃあ何も無い田舎と一緒ですよ。ムキーッ!」

「パ、パラレル、大声を出さないモフ。みんな見てるモフ…。」

「…ごほん、失敬。さて、どうしますかね…。」

 途方に暮れ、街の真ん中に根を張った巨人のように立っている時計塔を見上げた。その針は、鼓動のように音を立てて時を刻んでおり、まさに街の心臓といったところである。

「どうしたモフか。急に静かになって。」

「…いやあ、この調子だと非常食の出番かなと思いまして。」

「イーン!モフは食べても美味しくないモフよ~。」

 街に着いても結局、ゆっくりできる場所を探し求めて亡霊のように歩き回っている。これじゃ、道中とあまり変わらないじゃないか。

 とうとう、もふおとお別れの時か…そう思っていると、後ろから不意に声を掛けられた。脳内ライブラリには無い男の声帯だ。

「あの…旅の方ですか?もしかして、魔封具の扱いに慣れてたりします…?」

「前者、そうです。後者、非常にそうです。何の用ですか?」

 私は、多くの小さな魔封具を身に纏い、大きなナップサックを背負っており、自ら外から来た事をアピールしているみたいだった。改めて周りを見渡してみて、明らかに遠くから観光地にやってきましたといった感じで目線が落ち着かない人と、幸せそうに都会暮らしをエンジョイしているクロックタウン人の2通りに分けられていることに気付いた。

「あれ…良かれと思って声を掛けたのになんか反応が冷たい…。」

「そりゃそうです。一人旅のうら若き乙女(超かわいい)に声をかける男(平凡)…。警戒するに決まってるじゃないですか!フンス!」

 足元で、モフもいるモフ~と抗議する声が聞こえるが全く気にしない事にした。

「そうですか…。いえ、別に無理にお誘いするつもりもなかったので、それでは…。」

 そう言いつつ後ろを向いて去ろうとする、その肩に私は手を伸ばした。

「警戒はします!しますが…。用件だけでも聞いてあげますよ?」

 夕刻を告げる時計塔の鐘の音が、空を震わせた。


「ハフ!ハフ!ハフ!」「モフ!モフ!モフ!」

 その夜、私ともふおは、ありったけの食事にありついていた。

「す、すごい食べっぷり…。あの体のどこに入ってるんだ…。」

 ンマーメンにバーグ、オムレ…。クロックタウンで食べ逃したものが全て揃っている。

 ああ、ここがテラに残された最後の楽園だったのか。

「むはぁーーっ!お腹いっぱいです!」

「ほ、本当に完食した…。10人前の食事だったのに…。」

 男はモンスターを見るような目で私達を見ている。因みに片方はモンスターです。

「ふぅ。お腹いっぱいです。ありがとうそれじゃ!」「モフ!」

 私達は満足し、街に来た時の数倍の体重を支えて席を立った。

「ちょちょちょちょ、待ってくださいよ。」

 しかし、まわりこまれてしまった!

「約束が違うじゃないですか!タダでごちそうさせてあげる代わりに、魔封具を直してもらえるって!」

 男は、顔を赤くして必死に抗議している。というか。

「えーと、名前何でしたっけ。」

「トキオです!」

 青臭い青年に、社会の厳しさを教えてあげましょうか。

「あー、うん。トキオくん。ありがとう。でもね。私達の方が、圧倒的に力があるんですよ。魔法的にも、社会的にも、ね。」

「な、何が言いたいんですか。」

「私には2つの選択肢があります。ここであなたをボコボコにして立ち去るか、無理やり連れ込まれた哀れな旅人(激カワ)を装い、声をあげて助けを呼ぶか。」

「いや、3つ目の選択肢!魔封具!直してくれよ!」

「いずれにせよ、あなたは無事じゃ済まないですね…。」

「聞いてねえ。」

「対して、あなたには1つしか選択肢がありません。哀れな旅人に、宿を提供しなさい。」

「え?」

「そうしたら、魔封具でもなんでも直してあげますよ。」

 青年は、一瞬面食らった後、ぽりぽりと気まずそうな表情で頬を掻いている。

「…変な事を想像してないでしょうね?」

「いいいやいや、一応、ここは昔、宿だったらしいし、部屋は十分あるけど…。女の子を泊めるなんて、初めてだから…。」

「むぅっ。そんなに気になるなら、あなたは夜が明けるまで部屋でおとなしくしてればいいんですっ。私は好き勝手使わせてもらうので!」

「無茶苦茶だ…。」

「決まりですね。行きますよ、もふお君。」

 モフ!と声を出し、餌を食べてさらに丸っこくなったもふおがついてくる。

 宿だったらしい家のカウンターの中に、キースタンドがあった。

「部屋の鍵、どれ持っていけばいいですー?」


「ぐぇ。」

 どすん。

 朝、もふおのキックでベッドから落ちて目が覚めた。

 知らない天井を見て、現在自分が置かれている状況の確認をする。

 そうだ、このご時世に珍しく見どころのある青年が泊めてくれたのではないか。

「んんぅっ…。」

 眠い目を擦り、伸びをしてみる。足への疲労感と痛みが気になった。昨日は歩きすぎた。

「パラレルさん、起きましたか?朝ごはん、出来てますよ。」


「ハフ!ハフ!ハフ!」「モフ!モフ!モフ!」

「朝から凄い食欲…。」

 朝食まで用意してくれるとは。ずっとここに泊まってあげましょうか。

「そういえば、パラレルさんってどうしてクロックタウンに来たんですか?」

 どうして…。どうして。 頭の中に、巨人のように街を見下ろす時計塔が浮かんだ。


「あーーーーーっ!」

「うわあっ、いきなり大声を出さないでくれよ。」

「昨日は、街に着いた瞬間に成人男性にお持ち帰りされてしまったのですっかり忘れてました!」

「その言い方やめてね。」

 そう、この街には明確な目的があって来たのだ。そうでなければ、腹を空かせてまで長い道のりを強行したりしない。


「時計塔を、破壊しに来たんです。」


「…はい?」

「何度でも言いましょう。時計塔を破壊しに来たんですよ。」

「いやいやいや!この街のシンボルであり、秩序の象徴である時計塔を破壊って…。そんなこと…。」

「させない?…あなたに何が出来ます?」

 私は、エネルギーを魔封具に込めてトキオに向けて構えた。勿論、撃つ気は無いが。

「ぐっ…。とんでもない人を助けてしまった。」

「とんでもない?その認識は正しくしたほうが良いですよ。なにせ、無料で魔封具を直してあげるんですからね。フンス。」

 私はそこそこに誇れる胸を精一杯張ってやった。

「魔封具の事覚えててくれたんですね。意外です。あと、結果的に全然無料じゃないです。」

「ぐちぐちうるさいですねー。ほら、用事の前に直してあげますから、さっさと魔封具を出しなさいっ。」

 私は、トキオの間抜け面に向かってビシッ、と指をさした。もふおもそれに合わせてモフッと丸っこい指をさす。トキオは私よりもふおにイラついた様子を一瞬見せたが、観念したかのように椅子を立ち、家の奥の方に向かっていった。

「…はぁ。一体どうなる事やら。」


「結論から言いましょう。この魔封具は、直すべきじゃないです。」

 そう告げられた家の主は、ぽかん、と口を開いて固まっている。

 あの後、トキオは懐中時計の魔封具を持ってきたのだが、それを見た瞬間、私は内心魔封具の正体を察していた。しかし、仮にも空腹を助けてもらった手前、きちんと調査しないと思い構造を細かく調べたのだが、やはり思い通りの代物であった。

「…ふざけないでくださいよ…。」

「ひょ?」

 トキオは、拳を握りしめぷるぷると肩を震わせている。

「どれだけあなたの暴虐無人に付き合ってあげたと思っているんですか!」

 トキオの怒りは尤もだ。しかし、この魔封具は修理してはいけない。

「まあまあ、落ち着いてください。…家族を亡くした悲しみは、私にも痛いほど分かりますから。」

「う…っ!?」

 トキオは握りこぶしを解いて、明らかに動揺した様子でたじろいだ。

「どうして、それを…?」

「考えたら分かりますよ。まず、この家に入ってからあなた以外の住人とは出会ってないので、あなたは一人暮らしのようです。そして、無駄に広い家…宿だったらしい、とあなたは形容しました。この表現には、少し他人事のような印象を受けます。つまり、あなたは宿だった時に経営に携わっていない確率が高い。」

 私の推理に、トキオは面食らっている様子で、ごくり、と唾を飲む音が聞こえるようだ。

「よって、宿としてのこの家が店じまいした後に、この家を借りている…という推測が成り立ちますね。するとどうでしょう。一人でこんなに広い家に住んでいるのは不自然です。」

「ああ、そうですよ…。俺は、妻と子供とこの家に引っ越してきて…。全てを失った。」

 トキオは、隠そうって訳じゃなかったけど…と言いつつ続けた。私は微笑みつつ、先を促してあげた。

「出会いは、ヒュートリアでした。クリエイター街の小さな工房で、妻…ホシノが魔封具を作っているところに、俺から声をかけたのが始まりでした。ホシノは、時計の―ああ、この時計じゃない、別の―魔封具を作ろうとして、上手く行かないようだったんです。それで、絵に描いたような困り顔でオロオロしてたんで、助けてやろうと思ってさ。」

「長い。」

「ひどいなあ。…まあ色々あって、俺たちは結ばれました。子供にも恵まれて、その時住んでいたボロアパートじゃ物足りなくなって。俺たちの出会いの象徴…時計の街に引っ越そうってことになりました。」

「ふうん。こんな観光地の広い家に住んでるなんて、さぞ稼いでたんでしょうね。」

「…ですね。時計に電子決済の機能を埋め込む仕組みをホシノと開発して、それが大企業の目に留まって、高値で技術を売ることができたんです。俺らは、開発は出来ても商売は出来なかったんで。」

 思い出を懐かしむように、トキオは懐中時計の縁を撫でた。

「それで、大金を手に入れて引っ越しにも成功し、クロックタウンでの暮らしを楽しもうとした矢先…。妻と子は、強盗に殺された。」

「急に話が進みましたね。」

「人生なんて、そんなもんですよ。本当に、急に。2人で買い物に行った先で、そのお店に入っていた強盗に運悪く鉢合わせて、ついでのように…殺されてしまいました。」

「…心中お察しします。」

 トキオは、声を震わせて、涙を我慢しているようだった。

「だけど、悲しみはその日のうちに消えてしまいました。この魔封具…『幸福を刻む魔時計』があったからです。」

 それでも、本題に入ると声に力が戻った。トキオは…元々持っている心が強いんだと思った。

「この魔封具は、クロックタウンに来てから妻が創ってくれたものなんです。実は、どんな効果があるのかはよく分かっていないんですけど、幸せになる願いを込めてくれたようです。実際、妻子を亡くした夜もこの魔封具を枕元に置いて寝ると、スゥーっと悲しみを吸い取ってくれる感じがして…。起きたときには、嘘のように前向きな気持ちだった記憶があります。」

 途端に胡散臭い話になった。トキオもそれは感じているようで、自分で話していることに自分で不安になっているようだった。

「…しかし、この魔封具が壊れてからは、酷く気分が落ち込む毎日が続くようになったんです。何で壊れたか?それが、良く覚えていないんですよ。いつの間にか壊れてしまって…。とにかく、この魔封具を直してほしいんです。前を向いて生きていきたいですし、なにより、妻との思い出の魔封具なんです。」

「前を向きたいんだか、妻との思い出に引きずられたいんだか…。長々と語ってくれて申し訳ないんですが、私の答えは変わりません。NOOOOです!」

 私は、拒絶の証として両腕で大げさにバツの字を胸の前に作った。

「はあ…。なんでですか、もう…。」

 トキオは、喋り疲れたのか反撃する気力が残されていないようだ。

「私も鬼じゃないですから、しっかりと理由を説明してあげましょう。…よし、外に出ますよ。」

「え?」

「私についてきたら分かります。」

 そう言って、私はトキオ一家の思い出の詰まっていたであろう席を立ち、玄関へ歩みを進めた。悲しみは、悲しみでなくてはならない。それを、トキオに教えてやらねば。


 クロックタウンの中央街は、今日も変わらず観光客と住人でごった返していた。

「ヒー!凄い人ですね。」

「いつもの事ですよ。ここに、何かあるんですか?」

「まあ、順を追って説明しますよ。…その前に。」

 ぐー。

「喋り疲れて、お腹がすきました。どこかオシャレな喫茶店でも入りましょう!もちろん、トキオくんの奢りですっ。」

「えぇ…。」

「ほら、お金稼いでるんでしょ?私に還元しなさいよっ。」

「魔封具も直してくれないならただの居候ですよ。なんであなたなんかに…。」

「お巡りさーん!か弱い乙女が今ここでお持ち帰りされようとしていまーす!」

「わ、わかった、分かりましたから。どこかに入りましょう。」

 私のおふざけの叫びは、案外この街に響いていないようだったが、トキオには効果があったようだ。私達は、『喫茶ロゼ』という看板が立てられた、いかにもこの街に根付いていそうな古風な喫茶店に入った。


「トキオ。周りをよく見てみるんです。」

 実は、この店に入ったのはある狙いがあった。

「周り?えーと…。」

 知る人ぞ知る、といった店構えの通り、喫茶ロゼには旅行者のような風貌の人は入っておらず、地元の人が集まる店のようであった。そして、彼らには共通した特徴があった。

「…楽しそうですね。俺らと違って。」

 クロックタウンの人々は、ある決定的な物が無い。

「楽しそう…。そうかもしれません。あえて、こう言い換えましょう。『不幸が欠如しています。』」

 …しばらくの間、私達の間に沈黙が訪れた。因みに、『私達』の中にもふおは入っていない。相棒は、モフモフ言いながらパフェを食べている。

 もふおノイズを脳内で上手く排除しながら、改めて周りの会話に耳を傾けてみる。

 

 カップルの甘い空気を漂わせた男女が話す。 

「ねえ、来月のヒュートリアへの旅行、楽しみだよね。海辺のコテージで、朝焼けを見ながら散歩するの!」

 彼は目を細めて頷き、彼女の手を軽く握る。

「そうだな。仕事も順調だし、君と一緒にいると、毎日が冒険みたいだ。」


 隣のテーブルでは、老夫婦が新聞を広げながら、ゆったりと話す。

「庭のバラがまた咲き始めたよ。君が植えたあの赤いのが、今年は特にきれいだ」

 妻は穏やかに笑い、紅茶のカップを傾ける。

「ええ、毎朝水やりするのが楽しみだわ。孫たちも来週遊びに来るって。みんなでピクニックでもしましょうか。」


 その隣のテーブルでも、反対サイドのカウンター席でも…。そんな、RPGのNPCが話していそうな中身のないテンプレートのような『楽しい会話』が繰り広げられている。

「おかしい…どういうことだ。これだけ人がいるんだから、一人くらいは自分の不幸をネタに話すような事があってもいいだろうに。」

「ふふっ。気づきましたか。彼らには不幸な思い出がありません。だから、話しようが無いんです。」

 トキオの表情にかすかな歪みが浮かんで見えた。彼自身もまた、かつてその輪の中で笑って過ごしていたのだ。

 そして、何かに気付いたかのようにはっとして言った。

「まさか…。全員、私のように、悲しみを…不幸を吸い取られる体験をしている?」

「ご名答。よく分かりましたね、トキオくん。」

 私は静かに言い放った。

「そんな…。でも、あの時計は、妻が創ってくれたんですよ?私は時計の力で、不安から解放されていたはず。それなのに、どうして?」

 トキオは、尤もな疑問を私にぶつけてきた。ただし…。

「一つ、大きな勘違いしているようですね。そして、それこそがこの問題を解決する大きなヒントでもあるんです。…さあ、ここに長居する必要はありません。次の場所に行きますよ。」

 私は、行きますよ、もふお。と声を掛けつつ、席を立った。もふおは残りのパフェをまるで掃除機のように勢いよく平らげ、何事もなかったかのようにモフっとついてきた。

「ちょっと、会計は…。そうだ、全部俺だった。トホホ…。」


 喫茶店の甘い香りを纏い、よそ者と地元民のカオスを掻き分け、三人が次にやってきたのはクロックタウンの象徴である時計塔である。観光地の中心を一目見ようと、塔の周りには人がごった返していた。

「ここは…。あなたの標的じゃないですか。」

「そうですが…あまり大きな声でそれを言わないでくださいね。」

「おっと、すみません。」

 声量を抑えつつ本題に入る。

「こほん。あなたには感じませんか。この時計塔から、特大の幸福スピリチュアルが。」

「ええ…。いきなり怪しい勧誘みたいになりましたね。怪しいのは元からだけど…。」

「私は真面目ですよっ。まあ、直接言ってしまうとですね。この時計塔が諸悪の根源…。不幸を吸い取る装置なんです。」

「ええええっ!?」

 トキオは、出会ってから一番の大声で驚いた。

「ちょ、声が大きいですよっ。だから、私はこの塔を壊して、不幸をばらまいてやるんです。」

「言っていることは極悪ですね…。」

「それでも、大義のためには仕方のない事なんです。というわけで。」

 スゥー、と大きく息を吸い込む。

「みなさあああん!今からこの塔は爆発しますよおおおおっ!」

「え、えええええっ!?さっき大きな声を出すなって言ってたのに!?」

 絶妙にズレたツッコミだなあと思いつつ、私は追撃で何度も周りに叫んでいく。

 すると、案の定まわりは大混乱。怒号と叫び声が行き交い、時計塔の足元から波紋のように人が流れていき、周りには私達2人を除いて人が居なくなった。

「これで良し。」

「えぇ…。」

 ドン引きするトキオを横目に、私は計画が思い通りに進んでいる事に満足していた。後は…。


「オイ、そこのお前ェ。」


 私の思案を、野太い声が太鼓の一打のようにずっしりと響き、遮った。私達は思わずびくっとして、声の主へ視線を向ける。

 そこには、大量の魔封具を鎧のように纏った大男がいた。そのイカツイ顔には、巨大な古傷が刻まれており、多くの戦場を生き抜いてきた証のようであった。彼はゆっくりとこちらに向かって歩き、その足音は雷鳴のようにズガン、と響き渡った。

「…はい?」

「小僧。ワシはこういうものだァ。」

 男は、大きな手ではめくり辛そうな小さな手帳を取り出し、開いて見せた。

「と、統制機関…。」

 その文字を見て、トキオは恐怖で後ずさりした。

「テラの『忠犬フィデリス』が、私達に何の用でしょうか?」

 私は、こいつを知っている。

「知ってるの!?やっぱり、ヤバい人だったんだ…。」

 トキオが私の心の中にまでツッコミをいれてくるが、無視する。

「達、じゃない。お前に用があるゥ。ヒュートリア・レジスタンスの天駆ける彗星トリックスター。」

「まぁ。バレていますよねぇ…。っと!」

 私は素早く、敵の不意を突く形で敵を無効化する魔封具を取り出し、使用を試みた。

 しかし。

「お行儀が悪いなァ。あ?」

 企みは、忠犬の分厚い手によって阻まれた。

「が…あっ…」

 私の腕は捕まれてしまい、身動きが取れない。その勢いで、忠犬は私の腕をじわじわと捻り上げてきた。関節が悲鳴をあげ、鈍い痛みが私を襲う…!

「モフーッ!」

「ぐあっ!なんだこいつァ!」

 忠犬の腕に向かって、もふおが勢いよく体当たりを食らわせた!その衝撃で忠犬は私を放り投げ、私の全身に自由が戻った。

「ナイス、もふお!」

 私は新しい魔封具の準備に取り掛かる。ヒュートリアの名クリエイターが創ってくれた、最高の魔弾!

「ホワイト・ブラスト!」

 数多の白い銃を召喚し、多方向から忠犬を狙って純白の弾丸が襲い掛かる!

「これなら…!」

 防御姿勢を取る忠犬に対し、すべての弾丸がクリティカルヒットしたように見えた…。が。

「ククっ、かゆいかゆいィ…。」

「なっ!?」

 無傷、だと…。渾身の魔力を籠めた、私の攻撃が…!

「まァ、お話しましょうやァ…。最初からそう言ってるでしョ?」

 忠犬は、空中から着地した私の背中から背筋の凍るような声で話しかけてくる。

「話なんて、無駄ですよ…。」

「無駄なんてことはないよォ。…君たちレジスタンスの目的は分かってる。この世界の歪み…。『七神器』を破壊することでしョ?」

 ひっ、と小さく息を呑む声が聞こえた。

「な、七神器を…!?この世界に残された、古代の強力な魔封具を破壊するだって!?」

 トキオは、ひたすら信じられないといったように驚愕している。

「ってことは、パラレルが破壊しようとしていたこの時計塔って…!?」

「…。」

 無駄に勘が鋭い。

「カカっ。そうさ…。でも、残念。この時計塔に込められているのは、青の神器『ワスレグサ』の魔力だが…。残念ながら、本体じゃないよォ。」

「本体じゃない…。ワスレグサそのものではないという事ですか。」

「だから、話しをしようって言ったんだよォ。こいつを壊しても、小僧の目的は達成しないってことさァ。」

 忠犬は、言いたいことは言えたようで、岩のような顔の表情にゆるみが見えた。

 でも。

「ふふっ。」

「…何がおかしいィ?」

「本体だろうが、魔力が籠められただけの器だろうが同じこと。神器が世界を歪ませているのなら…。私は、それを破壊するのみ!」

 そう言い放ち、私は彗星の如く高く飛び上がった。私の靴は魔封具に改造してあり、魔力を籠めることで常人ではないジャンプ力を得ることが可能だ。

「マテ!くそゥ」

 ホワイト・ブラストを食らわせても無傷な忠犬を相手にしても仕方がない。地上で悔しがる彼を見下ろしつつ、私は真の標的を破壊する準備を始めた。

 巨大な対象を破壊するのに必要なのは、『周りに迷惑をかけず」『莫大な火力を』『的確に箇所に撃つ』ことである。

 まずは、周りの状況。先ほどの爆破予告で人が居なくなっただけでなく、忠犬とのいざこざでさらに人が寄り付かない状況になった。既にクリアしている。

 次に、火力。ヒュートリアの爆弾馬鹿から貰った、小規模な爆発を起こす魔葬具。これを、254個、一気に魔力を籠めて準備する。

 そして、的確な場所。空中で勢いを失いつつあった私の身体だが、箒を取り出して跨り、魔力をブーストさせて自在に空を駆けられるようになった。箒を自分の手足のように操り、事前に頭にインプットしてきた建物の急所に、寸分違わず魔葬具を設置していく。

「これでよし…!」

 ひとまず準備は完了した。あとは魔力を籠めて爆破装置を起動させれば…!

「馬鹿な事は…やめろォ!!!」

「わわっ!」

 ふんわり空中に浮かぶ私に向かって、凄まじい地鳴りと共に地上から巨大な魔弾が襲い掛かってきた!下を見ると、忠犬が悪魔の形相でこちらを狙って砲台の魔葬具を操っていた。

「もうっ!これじゃあ集中できない…。もふお、なんとかして!…もふお!?」

 地上に相棒の姿を探し、なんとか視界に入ったのだが、その姿は無残なものだった。

「も、モフ~。」

 もふおは、おそらく忠犬からの何かしらの魔力を受けて無様に伸びていた。これでは、もふおによる妨害は期待できないだろう。

「オラオラ!さっさと墜ちてこいよォ!」

 忠犬は強大な魔力を贅沢に使い、己を投影したかのようなパワフルな魔弾を連発してくる。あまりの大きさに、私は箒を使って避けるのにかなりの動作を要し、魔力を消費してしまった。

「くっ、これ以上避けたら、もう魔力が…!」

 その時…私にとって全く予想外の人物が、動き出した。


―――


「う、うわああああああっ!」

 俺は…自分でも何故かは分からないが、あいつに向かって走り出していた。

(警戒するに決まってるじゃないですか!フンス!)

 少しの時間だったけど、楽しかった。

(むはぁーーっ!お腹いっぱいです!)

 俺の生きるための気力。底冷えした心臓の中を、温めてくれた彼女…。

(あえて、こう言い換えましょう。『不幸が欠如しています。』)

 俺の不幸は、不幸であるべきなんだ。

 そして…そんな中で、何でもない幸せを、幸せと噛みしめていくのが、人生なんだ。

 そんな当たり前の事を思い出させてくれた彼女に、危害を加えようとするヤツは…!

「パラレルに、手をだすなああああっ!!!」

 止まっていた時が、動き出した。


―――


「…今!」

 トキオの必死の突撃によって、忠犬の意識がパラレルから外れた。その瞬間、私は頭の中で、自分の中に残された魔力で、目的を成し遂げられるプランをスピード計算した。

「これしかないっ!」

 私は、塔に取り付けた起爆装置に魔力を籠め、起動させた。

 ぐおおおおおおぉぉん、と轟音が鳴り、大量の装置に真紅の光が宿る。そして、熱を帯びだんだんと膨張し…。

「いっけええええっ!」

 魔力の奔流に耐えきれなくなった爆破装置、254個全てが爆発する!

(スガアアアアアァァン!!!)

 とんでもない爆音と共に、無数の赤い閃光が塔を粉々にする!そして、硝煙がぶわっと巻き上がった…!

「よしっ!」

 爆破は成功だ。

 これで、きっとこの街を支配するワスレグサの魔力は消滅する。

 足元では、ぐぬぬと岩のような顔を分かりやすく歪ませている忠犬と…顔をボコボコに腫らしながらこっちにサムズアップする、トキオの姿があった。私は、彼に笑みを作って返してあげた。


「よっ…と。」

 私は、満ち足りた気持ちで地上に降り立った。モフ~!と、もふおが出迎えてくれる。

 数分ぶりの再会を喜んでいると、目の前にズン、と足音を響かせて忠犬が立ちはだかった。

「ちくしょゥ…!てめぇ、このまま生きて帰れると思うなよ…!」

「くっ、まだやるつもりですか…!」

 そういえば、後の事を考えていなかった。当然、忠犬との戦いが残っている。私に残された魔力はわずか。対して忠犬は力を持て余している…!

「パ、パラレル…。」

 まずい、と書かれた顔でトキオが視線を送ってくる。まずいのは分かっています。

 仕方なく、臨戦態勢を取る。この状況を打破する魔封具は…!

(Prr、Prr…)

 私が腰に身に着けた魔封具に手を触れたその時、この場に似つかわしくない電子音が鳴った。

 どこから…?

「…チッ。」

 なんと、忠犬のマジフォンだった。彼はイラつきを隠そうともせず、乱暴にそれを操作して通信を始める。

「ハイ…。…エ!?撤退!?…でも目の前のこいつは…。ハイ…。承知いたしました…。」

 忠犬は、クソオッ!と怒声を放ち通信を切った。そして、私に背を向けてゆっくりと歩き出し…数歩歩いてから、顔だけ振り返った。

「決着は預けておくゥ…。『クロノ』に感謝しておけよ。…まぁ、どの道、警察からは逃げられんだろうがなァ。」

 そう言った後は、忠犬は振り返らず広場から去っていった。…それと入れ替わりで、沢山の警察がなだれ込んできた。

「…トキオ、逃げますよっ!」


 それから、私は箒に跨って警察を撒き、トキオを家に届けました。

 トキオは名残惜しそうにしましたが、私は目的を持って旅をしている最中。一つの街に留まることはできません。…どちらにしろ絶賛指名手配中なので居られませんが。

 彼とは、別れ際にこんなことを話しました。

「これで…。この街は、『不幸が満ち足りる』ことになるんでしょうか。」

「そうですね…そうなります。みんな、あなたと一緒。」

「いきなり、耐えきれるでしょうか。」

「しばらくは、大変かもしれませんが…。きっと、すぐに慣れるでしょう。ヒトは、もとより強い生き物。不幸なんて知らないはずなんです。それが、いつの間にか…。不幸と隣り合わせで生きていくのが当たり前になってしまった。それでも、ヒトは適応していきます。不幸にも、幸せにも。」

「…。」

 回りくどい私の説明を、トキオは神妙に聞いてくれました。

「私は、こう考えるんです。ヒトが不幸を知ったのは、それが必要だからだと。」

「必要?」

「ええ。不幸があるからこそ、幸せを追い求める。怠惰にならずに。幸せになるため、必死に頑張るんです。…あなたが、時計を直そうとしたように。」

「でも、それは…。」

「分かっています。不幸からの逃避でしょう?まあ、ややこしい例だったかもしれませんが、同じことです。必死になって、幸せを追い求めようとする!それが大事な事なんです。」

「う~ん。腑に落ちたような、落ちないような…。」

 私も、納得のいく説明ができたかは不安でした。

「まあ、これからは気持ちを切り替えて、幸せになれるよう頑張るよ。…パラレルも、頑張って。」

「ええ。…それじゃ。」


 そして、私は今…。

(ぐぅ~。)

 空腹で倒れそうになっています。

「モフ~。パラレルが派手な事をしたから、どこの街でも指名手配モフ~。」

「ぐぬ…。もっと隠密に爆破するべきでしたか。」

 街に立ち寄る事が出来なくなり、結果補給が困難になっています。買い物をするには、数少ない行商人を捕まえるしか無い状況です。

「これは…。彼女と早めに合流したほうが良さそうですね。…『クロノ』。」


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