半妖少年と見習い巫女の旧校舎探検
◇4◇
「貴女に最後の試練を与えます。いいですね?」
「はい、お母様」
蝋燭の火がほんの少し揺れ、私の顔を照らす。
わたし、大國茉 孰弧はお母様の目の前で静かに座っていた。
代々、大國茉家の巫女は修行をする前に試練が何個かある。
妖怪についての知識を確かめるものや、技術力や忍耐力などを試されるものなどだ。
私は頑張って頑張って、とにかく必死に努力してそれらをクリアして、いま、最後の試練の内容を聞いていた。
最後の試練の内容は至極簡単なものだった。
「近くにある……旧校舎を調べてきて欲しい?」
「はい。曰く、そこは校舎を建て直す予定なのですが…………夜な夜な、物音が絶えず聞こえ、人が消える事件が勃発しているようなのです」
なるほど。
確かに、人が消えるって言うのは人々の安寧を脅かす可能性があるということになる。それを調査するために私が行く……という訳だ。
正直、もっと難しいものが出るのかと思ったが、言っては悪いが拍子抜けだ。
とはいえ、きっと妖怪の仕業だろう。
神隠しの件についてはきっとお母様が何とかしてくれるはずだ。今回はその校舎の情報をとにかく集めたいはずだから。
私はお母様に「失礼します」と言って立ち上がり、部屋から出る。
月明かりが廊下を照らす。
落ち着け私。いくら拍子抜けとはいえ、何が起こるかは分からない。
「……準備しておくか」
明日、向かうことにした私は部屋へと戻るのだった。
◇3◇
「ここが例の……校舎か」
「はい。気を付けてくださいね、孰弧様」
「うん。ありがとね、ばあや」
車でここまで運んでくれたばあやにお礼を言ってから校舎へと歩いていく。
私は校舎の前で、お辞儀をしてから中に入る。
埃が辺りを舞っているのか、中の所々がキラキラと光っている。だいぶ昔に作られた校舎のようだ。
「よっこいしょっと…」
白い机のようなものの上にバッグを置き、中から懐中電灯やお祓い棒、さらには御札などの道具を取り出す。
今はまだ明るいが、きっとこれから妖怪が活動を始めるはずだ。
まずは教室の中に入って寝泊まりできるような場所を見つけないとな。
歩けばギシギシと板が軋む音がなり、その音が辺りに響く。
こういうギシギシという音は好きな方だ。鴬張りをいつか踏んでみたいと思うし。
閑話休題。
教室を一つ一つ見ていき、あまり埃が目立たない教室を発見してそこに布団を引く。
そして、扉の前に御札を貼って妖怪が部屋に入れないように結界を張っておく。
これで安全な拠点の製作は完了だ。
後は夜になるまで待とう。
……とはいえ、それまでボーッとしているのは時間が勿体ないので、校舎を見て回ろう。
私は齢十二歳なので、こういう校舎は見慣れていない。しかも、木製の校舎なんか特にだ。
少し探検するかのような感じで歩く。
「……理科室?」
理科室と書かれてあるプレートを見て、その扉を開けようとする。
何かが引っかかっているのか分からないが、扉が開かない。少し残念だ。
中に薬品などがあったら良かったとも思ったが、こんなに古びた校舎に薬品があるのか…と考えたら、やっぱ要らないのかもしれない。
「……!」
身体中に駆け巡ったのは妖怪の気配。
こんな昼間から妖怪が活動するのは珍しい。だからこそ油断は出来ない。
すぐそこの教室の中からだ。
そろり、そろりと近付いて…扉を見る。
確かに物音が聞こえてくる。ゴソゴソと何かを探しているのか、物を退かしているかのような物音だ。
私はお祓い棒を手に持ち、扉を開けた。
「誰だ!!!」
「……ん?」
後ろを振り返って来たのは1人の青年。
私と年齢は変わらないのか、私を見て戸惑っていた。
私はお祓い棒を下ろして近づく。
「あれ、ここは立ち入り禁止のはずだけど…?」
「そう言うそっちこそこんな所に入ってんだろ?」
「質問を疑問形で返さないで。なんでこんな所にいるの?」
私の言葉に青年は立ち上がってベロを出す。
「ただ遊びに来ただけだよ」
「ふーん……」
私は青年の言葉にそう口を尖らせた。
普通、こんな旧校舎に入って遊びに来たとは言わないだろう。
それに、この青年から妖怪の気配がビンビンする。それはもうビンビンに。
つまり、この青年が妖怪の可能性だってある。
「ねぇアンタ、妖怪なの?」
試しにそう聞いてみる。
青年はキョトンとした顔をした後に笑い始めた。
「ハハハッ、成程、そういうの分かるのかお前」
「!!!」
私はお祓い棒を再び構えて、警戒態勢を取る。
ただ、青年は違う違うと首を横に振る。
「いや、嘘はついてないよ。遊びに来ただけって言っただろ?」
「遊び? 誰と…………よ……?」
青年の後ろからひょこっと顔を出してきたのは小さな妖怪の集団。
なんだか可愛い見た目をしているものもいれば、人間では無い何かもいる。
って、ちょっと待って。あの男の子…!!
「座敷童子…!?」
「おっ、やっぱ有名人だなお前」
「座敷童子って、家に出る妖怪じゃないの…!?」
「座敷童子がみんな揃って家に出ると思うなよ……」
後ろにいる座敷童子は青年の言葉にうんうん、と頷いている。
それはご、ごめんなさい……。
とはいえ、彼、妖怪を見ても驚かないし、むしろ楽しそう……? 羨ましいなぁ……。
っていけないいけない。私は誰? 大國茉の巫女でしょ。遊んでいる場合じゃない。
「ここは今調査してるから、別のところに行ける?」
「え〜? ここ以外遊ぶ場所ねぇもんな? お前ら?」
妖怪達は彼の言葉に「そうだよ〜」と言ったり肯定している。
うーん、ま、まぁ自己責任って形なら……いや、でも私が目指してるのは多くの人を護るそんな巫女。お母様のような巫女。見捨てられない。
「ダメなものはダメ。ほら、外に出なさい!」
「ちぇっ、それじゃあ仕方ねぇな……」
どうやら分かってくれたみたいだ。
青年はこっちに歩いて来て、ポンッと私の肩に手を置く。
「アンタ、鬼な」
「……へ?」
「よっしゃ! お前ら逃げろ!!」
「ちょっ!? アンタ!?」
青年の言葉に妖怪達は笑いながら教室を出ていく。
青年も、それを見て追いかけるかのように教室を出ていく。
私が止めようとしても既に遅かった。
「アンタじゃなくて、オレは廻來 駿ね〜!!」
「名前じゃなくて!!」
彼……駿はどこかへ行ってしまった。
おかしいなぁ、こんな事してる場合じゃないのに…。探さないとかなぁ…。
「……ま、時間はあるし……探すか」
◇2◇
「ほれほれ、鬼さんこちら!」
「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ……!」
速すぎでしょコイツ……!!
私は汗を腕で拭いつつ、目の前でタップダンスを踊っている駿を睨みつける。
何なの……。いきなり鬼だとか言い出したら、こんな速かったなんて……。結構体力と脚の速さには自信があったんだけどなぁ……!
「っと、もうこんな時間か……」
「え? ほんとだ…」
駿の言葉に私は驚いていた。
いつの間にこんなに時間が経っていたのか。まさかこんな時間まで追いかけ回すことになるとは。
もうそろそろ夜だ。つまり、妖怪が活発に活動する時間帯…。
だが、妖怪達は目の前ので多分全員だ。見て回った感じ。
目の前に立っている駿はその妖怪達よりももっと強い気配がするが、これといって目立った気配もない。
もしかして、駿達が…?
いや、無いな。こんな妖怪達と一緒に遊んでて、私を殺してないのだから。
「どうだ? 地形は覚えれたか?」
「えっ?」
駿の言葉に周りを見渡す。
いつの間にか、校舎の入口に戻ってきていた。まさか駿に案内されるなんて。
私の顔を見てニヤニヤ笑っている妖怪達と駿。
「遊びに来たのはコイツらだけだ。俺もちょっとした用事があってな」
「へ?」
駿は、先程の笑顔を消して、真面目な顔になる。
「ここ最近、人がここで消えてるのは知ってるんだろ?」
「えぇ。それを調査しに来たのよ」
「俺も、その原因を探るために来たんだよ。つまり、目的は同じなんだ」
そういう事か。
通りで私の事を邪魔するんじゃなくて、遊びと称して道案内してたのか。
「とりあえず、よろしくな。えっと……」
「……孰弧って呼んで」
「分かった。よろしくな孰弧」
名前を呼ばれるのってこんなに照れくさかったっけ。私は頬を掻きながら頷く。
駿は、妖怪達を山に帰るように説得させてから教室に入ってくる。
「へぇ、ここが結界の中…ねぇ……」
「貴方、妖怪なのよね?」
「うーん、半分妖怪半分人間ってかんじ…かな?」
半妖……!
ここに来て半妖に会えるとは思わなかった。
半妖とは、妖怪と人間の血を引いている生命体のこと。つまり、妖怪と人間のハーフなのだ。
妖怪は人を襲い、人間は妖怪を恐れる。だからこそ、そこに恋愛など、ましてや子供など産まれるのは珍しいのだ。
「大丈夫なの? 結界の中に入って」
「ピリピリするけど……まぁ、動けなくないな」
「そう、ならいいんだけど」
彼にとってこの結界は何ともないらしい。人間の血を引いているから、完全に妖怪を遮断する結界には強いのかもしれない。
彼は部屋を見回し、白い板のようなものを見つけると、舌打ちをした。
「またこれか」
「また?」
「そうそう、この板。なんか多いんだよなぁ……」
何かに使ったのであろう白い板を触っている駿。
それを横目に見つつ、集中する。しかし、妖怪の気配がしないとは……。
すこし、探索してみるか。
「ちょっと外に行ってくるわ」
「おう」
私は扉を開けて廊下に出る。
……。薄暗く、まるで永遠に続いているんじゃないかと錯覚させられる廊下だ。
月明かりがあるとはいえ、奥の方は暗くて見えない。
それに、教室からの光はないため、余計暗い。
「……」
「どうした? 行かねぇのか?」
「い、行くわよ!」
何を怖がっているのだ私よ。
ただ暗いだけじゃない。それに、懐中電灯もあるし……。私は大國茉の見習い巫女。こんなもの怖くは……怖くは……怖く……。
「……」
「つ」
「……つ?」
「ついてきたいなら……構わないけど」
「いやいい」
後ろにいる青年は私の言葉を聞いて首を横に振った。
私は自分のほっぺを叩いて前を向く。大丈夫、怖くはない。
何かあったら……こう、お祓い棒で……。
お祓い棒を握りしめ、意を決して歩き始める。
教室を一つ一つ見て回り、なにか異常がないかを確認する。
今のところ妖怪の気配はない。勘づかれた訳じゃないだろうが……それでも違和感はある。
妖怪の気配は、空気が澱んでいるかどうかでわかる。
私たち巫女には、それを察知する能力がある。だからこそ、これはおかしい。
「……なんで出てこない……?」
私は周りを見渡しながら歩いていく。
少し肌寒い風が吹いて、私は自分の身を震わせる。なにか羽織るものでも持ってくればよかったかも。
私は調べていきながらある事を考えていた。駿の事だ。
駿は不思議だ。
ぶっちゃけて言うと、私は「妖怪はみんな悪だ」と思っていた。
彼が半妖だからというのもあるけれど、なんだか妖怪の印象が変わったかもしれない。
あれだけ無邪気な妖怪もいるのだと分かった。
それこそ、座敷童子なんかは鬼ごっこしている (無理やりだが) 私を見てケラケラ笑っていた。
もしかしたら、妖怪は皆悪、というイメージは勝手な妄想なのかも。
「……私も、妖怪と……」
──……仲良くなりたいなぁ。
なんて、お母様の前では言えないよなぁ。
「……っ!?」
そんな事を考えていると急に視点が回った。
と、同時に体全体に衝撃が走って、地面が近くなった。
「痛ったたた……?」
どうやら、脚になにか引っ掛けて転んでしまったらしい。
振り返ってみると、そこには白い板が。
確かに「またか」という駿の言葉に納得だ。この校舎には何に使われたのかは分からないが、白い板が多くある。
私は白い板を持ち上げて、壁に寄りかからせる。これで良し。
「……次は二階か」
二階に昇ってみる。
確かに旧校舎……ではあるが、窓に板などが打ち付けられており、廃校舎なのでは? と思わせる雰囲気がある。
板のせいで月の光はより入っては来ず、更に暗くなっていた。
私はそれを見て、目を閉じてしまう。何も見たくない。そうだ、二階には何も無かったということにしようか。
……いやダメだろう。
「……ふぅ〜。大丈夫、怖くない。怖くない……」
自分にまじないをかけるかのようにそう呟く。
そして、目を見開き一歩目を踏み出す。その後に続くかのように二歩目、三歩目と歩いた瞬間。
「きゃぁあ!?!?」
床が抜けた。
床が抜けて、私の体がすっぽりとハマってしまった。
「なんで床が抜けるの!? やっぱり旧校舎じゃなくて廃校舎じゃ!? っていうか、抜けないんだけど!!」
私は必死に脚をジタバタさせたり、腕を使って自分の体を持ち上げて抜け出そうとしたりするが……抜けない。
やばい、何とかしないと……。
すると、下から歩く音が聞こえてきた。
「おーおー、大丈夫か?」
「……待って、駿? もしかして下にいる?」
「おう」
「ちょっ!?」
私の悲鳴が廊下に響く。
脚をさらにジタバタさせる。
「覗くな! 覗くなバカ!!」
「お前ってば、《《白色》》なのな」
「うるさいバカ死ね!! 覗くな見るな鑑賞するな!」
「へいへい、助けてやるからよ、少し待ってろ」
駿はそう言って何かをしているのか物音がする。
うう……最悪だ。なんでこんなことに……それに、男の子に下着を見られるだなんて……。
すると、脚が地面についた時のような感触に襲われる。
「速く上が……れ!」
「う、うん!」
脚に力を込めてなんとか上がろうとする。
徐々にではあるが、抜けてる気がする。このまま……!
「お、重……」
「女の子に重いとか言うな!!!!!!」
その叫びと共に私はスポンと抜け出せたのであった。
吃驚しただとか、怖かったとかではなく、今はただ……
「駿、上がってきて。殴るから」
「へ? 何故!?」
駿を殴ることにした。
◇1◇
「まだ痛え……なにも、全力で殴ることは……」
「うるさい、潰すわよ」
「潰す!!?」
私と駿は1階の教室に帰ってきていた。
2階の探索はしたものの、特に何も無かった。あのハプニングがあったことを除けば。
全力でぶん殴った事が効いたのか、駿はまだ頬を抑えている。
当たり前だ。女の子の下着を見て、さらには重いとまで言った。殴られて当たり前。
今は深夜2時頃らしい。
私は寝袋を取り出して床に敷く。それを見ていた駿は机の上に座る。
「今日んとこは何も無かったなぁ……」
「うう〜ん……潜伏が得意、なのかな……」
だけど、これといって気配は無いし……。
もしかして、ただの失踪じゃないのかもしれない。それこそ、事件性が高い……とか?
兎にも角にも、今は休むことにする。
駿も欠伸をして、机の上に寝っ転がる。寒くないのかな……。
ふと、閉じていた目を開けた。
そこには、やはりと言うべきか、白い板が置いてあった。
また白い板……。
私の頭の中で反復する白い板。何かしらの意味はありそうだけど、どちらにせよ分からないことには……ね。
そう自分に言い聞かせて、再び眠るのであった。
違和感。
眠りにつこうとして、もう1時間経った。
「……ねぇ、駿」
「なんだよ」
「もう少し、探索しない?」
「……はぁ? 休もうつったのはおめぇだろう……?」
私の言葉の意図が分からないのか、駿はそう言って眠たそうな眼を擦っている。
私は懐中電灯などを持ち、再び立ち上がる。
「私ってね、妖怪の気配を感じられるの」
「うん」
私と駿は廊下を歩く。
忘れていたことがあった。妖怪にとって、とてもとても特別なこと。
「……いまは、深夜の3時」
「……あぁ」
丑三つ時。
そう、今の時間は人間達が眠り、木々が眠り、そして、人ならざるものが活動する時間。
つまり……妖怪の気配も大きくなる。そう踏んだのだ。
……だが。
「特に何も見つからねぇな」
「それがおかしいのよ」
「は?」
丑三つ時には、必ずと言っていいほど妖怪が現れる。
なのに、なのにもかからず……私の目の前には、まだ妖怪が現れていない。
駿の連れてきた妖怪たちはもう既にいない。丑三つ時になってから、私は一回も……妖怪を見ていないのだ。
ぐらりと、視界が揺らいだ。
「これは……」
「……やっぱりね」
私は手にお祓い棒を握りしめて汗を垂らす。
廊下が姿を変えていく。
いや、この表現は正しくない。正すならば……廊下に『歯』が生えた。
先程からあった白色の板。あれは、この妖怪の歯だったのだ。
そして、私がどれほど探索しても一切妖怪の反応を捉えられなかった理由……。
「それは、この校舎自体が……もうすでに、妖怪だったから!」
大きな唸り声のようなものが聞こえてくる。
廊下の奥から歯がガキンッ! と音を立てて閉じる。
駿も立ち上がり苦笑いを浮かべていた。
「なるほどなぁ……妖怪達逃がしておいて正解だったぜ」
「早く外に出ないと喰われるわよ!!」
ガガガガッ! と大きな音と共に歯が閉じていく。
どうやら、私たちを喰おうとしているらしいが……そうはいかない。ていうか、行かせてたまるか!
「天と雷鳴、楼閣と点描、蛇腹と不可思議……!」
詠唱しつつお札を取り出す。
お札が光り輝き、目の前の廊下を照らしていく。
それは捻れ曲がりそうな廊下を縛り付けるかのように動きを止めて、私たちを通りやすくする。
『オオオオォオォオオオォォォオオオオ……!!!』
再び大きい唸り声。
横から歯が飛び出してくる。私が気づいた頃には、既に遅く……
「ラァッ!!!」
歯は駿の蹴りによってポッキリと折れて私が吹き飛ばされることはなかった。
私は唐突のことに走りながら目をぱちくりさせるが、すぐさま理解して声をあげる。
「助かる!」
「お互い様!」
急いで走る。
校舎の入口まで来て、扉を開けるためにドアノブに手をかける。
その時だ。指に圧力がかかる。
(こ、こいつ……私の指を、噛みちぎろうと……っ!!)
瞬間。
私の目の前に、紅蓮色が広がった。
荒々しくも美しい、というような言葉が出てくる。そして、その紅蓮色は扉を焼き、私を外に送り出してくれた。
優しい、暖かい炎だった。
「っ!」
「よっこいっしょっと!!」
外に出た私は空を見上げる。
結界……。特定の妖怪が持つフィールドのようなもの、それが私たちと旧校舎を囲うように張られていた。
つまり、あいつは……やる気満々ってことだ。
「結界かぁ……野郎、本気で殺しにかかってきてんな」
「まぁ、こっちが張る手間がなくなって助かるんだけどね……!」
旧校舎が姿を変える。
バキバキ、と旧校舎の壁が折れて、地面に落ちる。窓が悲鳴を上げながら割れ、入口の扉が大きく広がり、口のようになる。
それは、まるでムカデのようになっていき、私たちの方をゆっくりと向いた。
「……名前は、何にしようかしら…」
「さしずめ、『歯陀羅化』とか?」
「皮肉が効いてるね……来るよ!!」
歯陀羅化は大きく口を開けて私たちの方へと向かってくる。
私はお札を取り出し、それを空中でばらまいて、お祓い棒を握りしめる。お祓い棒を前へと降ると、そのお札が光を放って、歯陀羅化に向かって放たれた!
歯陀羅化はそれを見て、というよりもお札から漏れる『気』を感じたのか、蠢いて避けられる。
図体はデカイくせに、なかなかに速い!
「そらよぉ!!」
駿がいつの間にか炎の刀のようなものを握って歯陀羅化に刺す。
歯陀羅化は痛みからか、のたうち回ると駿を引き剥がして地面に潜った。
まるでミミズだ。大きな物音と共に歯陀羅化が飛び出してくる。
「避け……っ!」
「来て!!」
私は駿に向かって叫ぶ。
駿はこちらに向かって走ってくる。私はそのうちにお札を五角形の形においてお祓い棒を真ん中に立てる。
「……ふぅ〜……っ!」
何回も練習したんだ。
こんな所でヘマしたら、私自身が許さないからな!
「『光大結晶』!!」
私の周りに大きな結晶のような形をした結界が張られる。
ズザーッとスライディングで駆け込んできた駿はニヤリと笑う。
歯陀羅化が私たちを喰らおうと口を大きく開けて、結晶に噛み付く。
「ここから、どうしたもんかな……」
「何も策無いのかよ……」
まさかここまで大きいとは思わなかったもん。
私は残りのお札を見て汗を垂らす。
ふと、駿を見ると、なにか集中しているように見える。
「……なにかするの?」
「まぁな。……お前のそれ、日本古来の力だろ? 俺と相性がいい」
「……なるほど、分かったわ」
私はお札を彼に貼って、目を閉じて集中する。
私の気を……彼に向かって送り込む。私のこの力ならば、彼の力を増幅させられる……。
ふと見えたのは、大きな大きな……力。
(これは……鬼?)
私がふと薄目ながらも目を開ける。
大きな炎が辺りを包み込んでおり、駿はその手の中に大きな大きな、球体上のエネルギーのようなものを貯めていた。
「いっちょぶっぱなしますか!!」
それを未だ結晶に噛み付いている歯陀羅化に向ける。
歯陀羅化はそれを感じ取ったのか離れようとするが、逃がすわけがない。
「喰らえーーーーーッッ!!!!!!」
駿がその球体を放つ。
大きな轟音と共にそれは放たれ、歯陀羅化の口の中に入り込んだかと思うと、爆ぜた。
内側から大きく爆ぜたそれは、歯陀羅化を粉砕するにはあまりにも強すぎた。
バラバラと肉片や木材が落ちてくる。
「凄い……」
「あ゛ー、疲れた……」
彼はそう言って、しゃがみ込む。
私はそんな姿をふふっ、と微笑み見る。
後ろから声が聞こえる。そこには、ばあやと母さんがいた。
私はそちらへ向かおうとして……ふと足を止めて振り返る。
「ありがとね、駿。手伝ってくれてさ」
「お互い様つったろ? お前の結界がなかったら死んでたわ」
駿はそう言って笑った。
それにしても、『光大結晶』が上手くいってくれてよかった。もし上手くいかなかったら……。
そう振り返ったところでふと立ち止まる。
なぜ、なぜ歯陀羅化を倒したのに、結界が残ってる?
ズズズッと音が鳴ったあと、地面から歯陀羅化が現れた。
いや、厳密に言えば……歯陀羅化の残りカスのようなものだろう。地面に保険として隠していたの!?
「駿!!」
「チッ!!」
再び戦闘態勢を取ろうとした時…………私達と母さんたちを隔てていた結界が割れた。
歯陀羅化が死んだのではない。これは、外側から結界が破られた時の……。
歯陀羅化が一瞬にして溶け、炎の柱が立ち上った。
私は尻もちをついて目の前の炎の柱を見つめることしか出来なかった。
それは……歯陀羅化よりも、いや、私があったどんな妖怪よりも強い気配だった。
「駿……また面倒事に首を突っ込んだな!」
「あ、ジジィ。来てたのか」
駿がそう反応する。
そこには、人間のような形をした……化け物がいた。
額からは威厳を示すかのようにそびえ立った二つの角が生え、その顔には紋章のように傷が刻まれていた。
そして何よりも、真っ赤に染った長い髪の毛が特徴的であり…………その瞳は、猫のように縦長い瞳孔が入っていた。
「あやつは?」
「あぁ、孰弧。一緒に戦ってたんだよ」
そいつは、こちらを見た。
いや、私はあれを知っている……。が、喋れるわけがなかった。
「行くぞ。ここに長く居ては面倒だ」
「おう、じゃあな〜孰弧〜!」
彼らはそう言って、私の前から姿を消した。
炎が彼らにまとわりついて、空高く昇って消えたのだ。
私の後ろで足音が鳴ったと思うと、母さんが後ろから抱きしめてきた。
「あ、母さ……お母様」
「心配しましたよ……それより、あの方々は……」
「……半妖と、恐らく……酒呑童子です」
小さい頃見た本の文献に書いてあった通りだ。
昔いた、鬼の中の鬼、鬼の王である妖怪。
あの……おどろおどろしいような、轟々しいような気配。一生忘れることは無いだろう。
「……よくやりましたね」
母さんの声が聞こえて、少し頬が緩む。
またどこかで、彼らに会えるだろうか。その時はまた、一緒に戦えるのだろうか。
そんな思いを他所に、私の頬を冷たい風が触れて、消えていった。




