世界滅亡1分前に前世を思い出した悪役令嬢による、自己(ついでに世界)救済RTA
「アルマ・パーキンソン! お前との婚約を破棄する!」
私にそう言ったのは私の婚約者であり我が国の王子でもある、ダンカン様でした。
彼は学園の同級生である伯爵令嬢マティルダと腕を組み合いながら私を罵り、マティルダを虐めた、殺そうとしたなどの謂れのない罪を並べ立てます。
ここは王宮のパーティー。数えきれないほどの人々が集まっていました。
誰一人として私の肩を持とうとはしません。
家族でさえも。
寧ろ母の亡きあと家へやって来た義母と義妹は私が断罪されているこの瞬間を嘲っていました。
私の人生はいつだって虐げられてばかりでした。
幼い頃にやって来た義母と義妹は毎日のように私を虐め、暴力を振るい、私を離れの物置小屋で住まわせました。
そんな過酷な日々の中で、婚約者であるダンカン様だけが私の救いでした。
彼はいつも優しい笑みを私に向け、楽しい話をしては私の心を軽くしてくれました。
しかし王立学園へ入学し、マティルダと出会ってから、彼は変わりました。
マティルダへ心酔した彼は私の言葉に耳を貸さず、彼女の言葉だけを信じるようになりました。
そしてその結果が――この一方的な婚約宣言。
彼の隣に立てる事だけが唯一の幸せだった私は、絶望へ叩き落とされます。
そしてこれまで苦しみに耐えて耐えて耐え続けて来た心は――ポキリと音を立てて折れてしまいました。
その時です。
体中が熱くなるような感覚と、自身に凄まじい力が宿った事実を本能的に感じます。
そして私は――前世の記憶を思い出したのです。
今、私が立っているのはとある乙女ゲームの世界のダンカンルート、そのクライマックスのシーン。
ダンカンの気を引く為にマティルダへ様々な嫌がらせを行ったアルマが断罪され、闇落ちした彼女が国ごと滅ぼそうと動き始めるシーンでした。
この世界の絶対的な力は『愛』――所謂好感度。
そしてその次に強力な力は――負の力を司る邪神の力。
邪神は人の負の感情が膨らみ過ぎた時、その者を媒介に召喚される。
また召喚の媒介となる際、媒介者は邪神の力に侵され、抱えている感情のままに世界を滅ぼそうとする。
愛する人ダンカンの逆恨みから憎悪を膨らませたアルマの負の感情は邪神の格好の餌となり、彼女は邪神の力で暴走する。そして遅れて召喚された邪神と共に国を破滅へと誘っていく。
……それを阻止するのが、ヒロイン、マティルダと攻略対象者――今回で言うダンカンでした。
私は今、絶望のあまりに邪神を呼び寄せ、同時に凄まじい力を手に入れてしまった瞬間だと悟りました。
前世でプレイしたゲームのシナリオ通りに進めば、私に待つのはダンカンとマティルダに邪神諸共殺される未来。
(それは避けないと)
原作のアルマであればそんな事は考えなかったでしょう。
しかし今の私はアルマであり、同時にこの世界の全貌を知った人間でもありました。
私は知っています。アルマは心が弱く、自身を取り巻く環境の中で震えて耐えるしかなかった女の子であると。
そしてダンカンに恋をする乙女であったと。
しかしダンカンへの恋心は前世の記憶を思い出すと同時に消えていきました。
何故なら、アルマに掛けられた嫌疑は全て冤罪である事を私は知っており、ダンカンはその事実に微塵も気付かないような愚か者だったからです。
今の私は自分が何故こんな男に執着していたのか、よくわからなくなっていました。
さて、ダンカンへの未練もなく吹っ切れた私は悲しみに呑まれる事も、自暴自棄になる事もありません。
今の私の心にあったのは
「このまま死んでたまるか」
これだけでした。
義家族に搾取され、嗤われ続け、信じていた相手に裏切られ、謂れのない罪を着せられて。
アルマとしての人生は散々でした。
こんな最悪なまま一生を終えるなどという勿体ないことはしたくありません。
となれば斯くなる上は――自身の生還ルートを掴み取らねばなりません。
その為にすべき事は邪神を消滅させる事と、自分が殺されない事でした。
私は焦りを覚えます。
何故なら生還ルートを勝ち取る為に残された時間はあと一分しかありませんでしたから。
――そう、一分。
媒介者が覚醒してから邪神が召喚されるまでのタイムリミットです。
こうしてはいられません。
ダンカンは未だに私についての嫌味皮肉罵詈雑言を並べますが、そんなものを最後まで聞いていれば世界は滅びかけ、尚且つ私は媒介者として吊るしあげられるなり殺されるなりしてしまいかねません。
「おい、黙っていないで罪を認め――」
「婚約破棄ですね、承りました。では失礼します」
何やら話していたダンカンの声を遮り、私は早口で婚約破棄を受け入れます。
「は? お、おい待て、どこに――」
そして彼に背を向けると――ダッシュで壁へタックルしました。
王宮の壁が盛大にぶち壊されます。
しかしその頃には私の体は王都の端へありました。
邪神の力によって超強化された私の身体能力は人間の規格から外れていたのです。
私はそのまま隣国までマッハで移動します。
そして隣国の王宮の壁を轟音と共にぶち抜き、大広間へやって来ました。
「お、おい、何者だ……!」
慌てふためく騎士が居ましたがそれどころではありません。
私は周囲を見回します。
そして目当ての顔――数ヶ月前まで我が国の王立学園へ留学に来ていた同級生、そしてこの国の王太子であるネイト様を見つけました。
「あ、アルマ……!?」
私は知っています。
攻略対象の一人でありつつも、マティルダに攻略ルートを選択されなかったネイトは原作によって定められた運命の力に縛られていなかった事を。
そして――彼は弱くも優しい本当のアルマの本質に恋をしていたという事も。
「ネイト様、突然のご無礼お許しくださいませ。世界を救う為、私への愛のお力を頂戴したいのです」
「愛……っ、な、何を――!?」
私はマッハでネイト様に近づくと彼の唇に――私の唇を重ねます。
すると彼の顔は真っ赤に染まり切ってしまいました。
その時です。
大広間の天井が禍々しい闇の色で染まり――そこから角を生やした男が高笑いをしながら姿を現します。
「ハッハッハ、私を下界へ呼び寄せたのはお前k――」
しかし彼が何かを言い終わるよりも先。目を回していたネイト様と私の体が発光し、凄まじい光が周囲を白く塗りつぶしていきました。
「ぎゃ、ギャァァアァアアアッ」
男――邪神の断末魔が聞こえ、彼は塵となって消えました。
ここまでで丁度一分。
超強化された私の体内時計がそう告げていました。
***
その後、私は邪神を倒した者として隣国から称賛されるようになりました。
ネイト様は私に婚約を申し出、王太子妃教育を理由に私を王宮へ住まわせてくれます。
お陰で私は家を出ることが出来ました。
これは母国へ戻らなくなった後に風の噂で聞いた話ですが、どうやら時が経つにつれてマティルダが偽装していた私の罪が露呈し、彼女は大勢に蔑まれながら社交界から姿を消すことになったそうです。
また、ダンカン様も馬鹿な女に捕まった愚かな王子と笑い者になっているとか。
それと隣国で英雄になった私を散々罵り、言われない罪を擦り付けた事もあって、彼は王太子の候補から外されてしまったとか。
実家は義母と義妹の贅沢三昧のせいで大赤字。こちらも近々貴族名簿から名を消すだろうとの話だ。
「ねえ、アルマ」
さて。キス一つで顔を真っ赤にして邪神を倒すだけの愛の力を垂れ流したちょろいイケメン王太子ネイト様。
彼は私とのお茶会で私にこう問いました。
「俺が君を好いていたのは事実だし、お陰で世界の危機は去った訳だけど。そもそも愛の力というのは一方的な執着ではなり得ないものだ」
「そうですね」
「君は、ダンカン殿下が好きだったんだろう? ならどうして――」
ネイト様の疑問は尤もだろう。
婚約破棄の場でダンカンに愛想を尽かしたとしても自分を本気で想うだけのきっかけも時間もなかったはずだと、彼は言いたようでした。
「さぁ。どうしてでしょうね」
私はカップに口を付けてはぐらかします。
素直で愛らしい私の婚約者様は目を丸くして首を傾げました。
私は目の前の彼に、前世で一日の殆どの時間を費やして拝んでいた彼の姿を重ねます。
――彼は知る由もありません。
余裕を匂わせて持ち上げたカップの裏。
――私の口角が耐え切れず緩みまくっていた事など。
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