第40話: 勝利の先に
一周目が終わり、二周目に入った。
凪は、二位をキープしている。
前には山本のスープラ。後ろには工藤のGT-R。
三台が、固まって走っている。
凪は、山本の背中を見つめた。
白いスープラが、力強く走っている。山本の走りは完璧だ。すべてのコーナーで最適なラインを取り、立ち上がり加速も美しい。
凪は、改めて思った。
山本は、本当に強い。
でも、凪は諦めない。
二周目、三周目、四周目と、レースは進んでいく。
凪は、必死に山本を追いかけた。でも、山本との距離は縮まらない。山本は、凪が近づくと少しだけペースを上げ、凪が離れると少しだけペースを落とす。完璧なペース配分だ。
後ろからは、工藤が凪を狙っている。工藤は、何度も凪に仕掛けてきた。コーナーでインを突き、立ち上がりで並走する。でも、凪は冷静に対応した。零との特訓で学んだこと。焦らず、丁寧に走ること。凪は、工藤の攻撃を一つ一つ防いだ。
五周目。
レースの折り返し地点だ。
凪は、タイヤの状態を確認した。まだ大丈夫だ。グリップは落ちていない。クロは、まだ走れる。
「クロ、ありがとう」
凪は呟いた。
「もう少しだけ、頑張ってくれ」
クロが応える。エンジンが吠える。
六周目、七周目。
凪は、二位をキープし続けた。
実況ブースから、美月の声が聞こえてくる。
「星野凪選手、素晴らしい走りです! 二位をキープし続けています!」
小林誠が続ける。
「そうですね。星野選手の走りは、非常に安定しています。タイヤを労りながら、ギリギリのラインを攻めている。これは、相当な練習を積んだ証拠ですね」
凪は、少しだけ嬉しかった。
美月が、自分の走りを褒めてくれている。
八周目。
残り二周。
凪は、前を見た。
山本のスープラが、まだ前を走っている。
距離は、約三秒。
まだ、追いつける距離だ。
凪は、アクセルを踏み込んだ。
クロが応える。
凪は、山本を追いかけた。
九周目。
最終ラップの一つ前。
凪は、山本との距離を少しずつ縮めていた。
三秒が、二秒になり、一秒になる。
山本も、凪が近づいているのに気づいている。
山本が、少しだけペースを上げた。
でも、凪も諦めない。
凪は、さらにアクセルを踏み込んだ。
クロが全力で走る。
タコメーターの針が、レッドゾーンに近づく。
でも、まだ大丈夫だ。
クロは、まだ走れる。
九周目が終わった。
最終ラップ。
凪は、山本の真後ろにいた。
車間距離は、約五メートル。
凪は、山本の動きを見た。
山本も、凪を意識している。
バックミラーで、凪を見ている。
二人の目が、一瞬だけ合った。
山本が、笑った。
凪も、笑い返した。
「行くぞ、山本!」
凪は叫んだ。
最終ラップ。
凪は、山本に仕掛けた。
第一コーナー。
凪は、ブレーキを遅らせた。
ギリギリまで加速し、ギリギリでブレーキを踏む。
インを突く。
山本も、それを予想していた。
山本が、インをブロックする。
凪の進路が、塞がれる。
でも、凪は諦めない。
凪は、アウトに回った。
そして、立ち上がり加速で勝負をかける。
アクセルを踏む。
タイミングは、山本より早い。
リスクを取る。
タイヤが滑る。
でも、凪はコントロールを失わない。
カウンターステアを当て、車体のバランスを保つ。
クロが応えてくれる。
凪は、山本と並走した。
二台が、並んで走る。
エンジン音が重なり合う。
第二コーナーが近づく。
凪と山本が、同時にブレーキを踏む。
二台が、並んだままコーナーに入る。
凪は、インを取った。
山本が、アウトに押し出される。
凪が、前に出る。
一位だ。
「やった!」
凪は叫んだ。
でも、まだ油断できない。
山本が、すぐに反撃してくる。
第三コーナー。
ヘアピンカーブ。
山本が、凪のインを突いてきた。
凪は、それを予想していた。
凪は、アウトに回り、立ち上がり加速で対抗する。
二台が、また並走する。
どちらも、譲らない。
最後の直線が来る。
ここで、決まる。
凪は、クロに語りかけた。
「頼む、クロ!」
「最後の力を、貸してくれ!」
クロが応える。
エンジンが、さらに吠える。
凪は、アクセルを全開にした。
山本も、全開だ。
二台が、全力で加速する。
速度計が上がっていく。140km/h、150km/h、160km/h。
二台が、並走を続ける。
ゴールラインが近づく。
あと百メートル。
八十メートル。
六十メートル。
凪は、ほんの少しだけ前に出ていた。
四十メートル。
二十メートル。
ゴール!
凪が、ゴールラインを越えた。
一位だ。
いや、違う。
凪は、バックミラーを見た。
山本のスープラが、ゴールラインを越えた。
山本の方が、ほんの少しだけ早かった。
凪は、二位だった。
凪は、深く息を吐いた。
負けた。
山本に、負けた。
でも、悔しくなかった。
凪は、全力で走った。
クロも、全力で応えてくれた。
それで、十分だった。
凪は、クロのハンドルを叩いた。
「ありがとう、クロ」
「お前、最高だった」
クロは何も答えない。
でも、凪には聞こえた気がした。
クロの声が。
「お前もな」と。
凪は、ピットに戻った。
零が、クロの隣に立っている。
凪は車から降りた。
「零」
「おう」
零は短く答えた。
凪は、少し考えてから、言った。
「負けた」
零は頷いた。
「ああ、見てた」
「……ごめん」
零は首を振った。
「謝るな」
「お前、よくやった」
凪は顔を上げた。
零が、少しだけ笑っていた。
「お前の走り、最高だった」
凪は、胸が熱くなった。
零が、褒めてくれた。
それだけで、十分だった。
「星野選手!」
誰かが凪を呼んだ。
凪は振り返った。
美月が、ヘッドセットとマイクを持って走ってきた。
「お疲れ様でした! 素晴らしい走りでした!」
凪は少しだけ笑った。
「……ありがとう」
美月は、少し涙ぐんでいた。
「私、すごく感動しました!」
「星野選手と山本選手の戦い、本当に素晴らしかったです!」
凪は、照れた。
「……そうか」
美月は、マイクを凪に向けた。
「最後の一周、山本選手と激しいバトルでしたね!」
「どんな気持ちでしたか?」
凪は少し考えてから、答えた。
「……楽しかった」
美月は目を見開いた。
「楽しかった?」
「ああ」
凪は頷いた。
「山本と全力で走れて、楽しかった」
「負けたけど、悔いはない」
美月は、涙を拭った。
「……素敵です」
そして、笑顔で言った。
「星野選手、本当にお疲れ様でした!」
「凪ちゃーん!」
明るい声が聞こえた。
凪は振り返った。
橘家族が、走ってきた。
健太、美咲、結衣。
結衣が、凪に抱きついた。
「お姉ちゃん、かっこよかったー!」
凪は、少しだけ照れた。
「……ありがとう、結衣」
美咲が、優しく言った。
「凪ちゃん、お疲れ様」
「よく頑張ったね」
健太が、笑顔で言った。
「二位、おめでとう!」
「今日は、焼肉だな!」
凪は笑った。
「……ああ、楽しみにしてる」
表彰台に、三人が立った。
一位、山本翔太。
二位、星野凪。
三位、鈴木舞。
凪は、表彰台から景色を見た。
たくさんの人が、拍手をしている。
橘家族が、手を振っている。
零が、少しだけ笑っている。
美月が、涙を拭いている。
凪は、初めて思った。
自分は、もうひとりじゃない。
たくさんの人が、凪を支えてくれている。
凪は、その人たちのために走る。
そして、いつか必ず、一位を取る。
凪の戦いは、まだ始まったばかりだ。
山本が、凪に話しかけた。
「星野、いい走りだったな」
凪は頷いた。
「……ありがとう」
「次は、お前が勝つかもな」
凪は、力強く答えた。
「ああ、次は勝つ」
山本は笑った。
「楽しみにしてる」
凪も笑った。
そして、二人は握手をした。
ライバル。
でも、敵じゃない。
お互いに高め合える、いいライバルだ。
その夜、凪たちは焼肉屋にいた。
零、橘家族、そして凪。
みんなで、焼肉を食べている。
結衣が、嬉しそうに肉を焼いている。
美咲が、優しく微笑んでいる。
健太が、ビールを飲みながら笑っている。
零が、黙々と肉を食べている。
凪も、笑っている。
みんなで、楽しい時間を過ごしている。
凪は、改めて思った。
自分は、幸せだ。
こんなにたくさんの人に支えられて、レースができる。
こんなにたくさんの人と、笑い合える。
凪は、もうひとりじゃない。
「凪」
零が声をかけた。
凪は顔を上げた。
「次のレースも、頑張れ」
凪は力強く答えた。
「ああ、絶対に勝つ」
零は少しだけ笑った。
「期待してる」
凪は頷いた。
そして、もう一度肉を口に運んだ。
凪の物語は、まだ始まったばかりだ。
これから、もっとたくさんのレースがある。
もっとたくさんのライバルと出会う。
もっとたくさんの成長がある。
でも、凪は怖くない。
零がいる。
クロがいる。
橘家族がいる。
美月がいる。
山本のようなライバルがいる。
凪は、もうひとりじゃない。
凪は、みんなと一緒に走る。
そして、いつか必ず、頂点に立つ。
凪は、そう誓った。
空を見上げる。
星が、キラキラと輝いている。
凪は、その星を見つめた。
そして、小さく呟いた。
「行くぞ、クロ」
「零」
「みんな」
「一緒に、頂点を目指そう」
風が吹く。
優しく、温かい風だ。
凪は、その風を感じながら、笑った。
凪の物語は、これからも続く。
ストリート・レイス。
死んだ伝説と、壊れた少女。
二つの亡霊が、世界を走る。
作者あとがき
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
孤独だった少女・凪が、師匠である零と出会い、愛車のクロと共に成長していく物語。一人じゃないと気づき、仲間と共に走る喜びを知る。そんな凪の姿を描きたいと思い、この作品を書きました。
レースシーンでは、エンジン音やタイヤの鳴き、身体に伝わるGを感じていただけるよう心がけました。凪とクロの絆、零との師弟関係、橘家族の温かさ、美月の応援、山本とのライバル関係。すべてが凪を支え、強くしていきます。
まだまだ凪の物語は始まったばかりです。これから先、Bランク、Aランク、そして頂点へ。いつか続きを書けたら嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
またどこかの峠で会いましょう。




