第39話: 混戦の一コーナー
スタート。
三十台の車が、一斉に走り出した。
凪のクロは、四番グリッドから飛び出す。タイヤが路面を掴み、車体が前へ前へと押し出される。エンジンが絶叫し、排気音がサーキットに響き渡る。
前を見る。
山本のスープラが、一番前を走っている。その後ろに、工藤のGT-R、鈴木のフェアレディZ。三台が、固まって走っている。
凪は、その三台を見据えた。
アクセルを踏み込む。
クロが応える。速度計が上がっていく。60km/h、80km/h、100km/h。
スタート直線は、約四百メートル。短い直線だが、ここでの加速が重要だ。
凪の横を、葵のRX-7が並走してくる。
葵が、凪を抜こうとしている。
凪は、アクセルをさらに踏み込んだ。
クロが吠える。120km/h、140km/h。
葵のRX-7も、必死に加速している。
二台が並走する。
凪は、葵を見た。
葵も、凪を見た。
二人の目が、一瞬だけ合う。
そして、葵が少しだけ笑った。
凪も、笑い返した。
ライバル。
でも、敵じゃない。
お互いに、全力で走る。
それが、レースだ。
第一コーナーが近づいてくる。
右コーナー。タイトで、インを取れるかが勝負だ。
凪は、ブレーキングポイントを見極めた。
あと百メートル。
八十メートル。
六十メートル。
今だ。
凪はブレーキを踏んだ。
タイヤが鳴く。ガガガガッ、という激しい音。ABSが効いていない旧車のクロは、タイヤがロックする寸前まで踏み込む。
140km/hから一気に減速する。120km/h、100km/h、80km/h。
葵のRX-7も、同時にブレーキを踏んだ。
二台が、並んだままコーナーに突入する。
前を見る。
山本、工藤、鈴木の三台も、ブレーキを踏んでいる。三台が固まったまま、コーナーに入っていく。
凪は、インを狙った。
葵より内側に入る。
でも、葵も譲らない。
二台が接近する。
ミラー同士が、ぶつかりそうなほど近い。
凪は、ステアリングを切った。
車体が傾く。
横Gが襲う。
身体が右に引っ張られる。
シートベルトが食い込む。
タイヤが悲鳴を上げる。ギャアアアッ、という金属的な音。
クロが、限界ギリギリで走っている。
でも、まだコントロール下にある。
凪は、クロの声を聞いた。
「まだ大丈夫だ」
クロが、そう言っている気がした。
凪は、信じた。
アクセルを踏む。
タイミングは、まだ早い。
でも、凪は踏んだ。
クロが応える。
後輪が、少しだけ滑る。
でも、凪はカウンターステアを当てた。
ステアリングを逆に切り、車体のバランスを保つ。
完璧だ。
凪は、葵を抑えてインを取った。
葵のRX-7が、アウトに押し出される。
「ごめん、葵!」
凪は心の中で呟いた。
でも、これがレースだ。
譲れない。
前を見る。
鈴木のフェアレディZが、目の前にいる。
鈴木も、コーナーの立ち上がりで少しだけ膨らんでいる。
チャンスだ。
凪は、アクセルをさらに踏み込んだ。
クロが吠える。
立ち上がり加速。
タイヤが路面を掴む。グリップが戻る。
凪は、その瞬間を逃さなかった。
アクセル全開。
クロが飛び出す。
鈴木のフェアレディZに接近する。
鈴木も、立ち上がり加速をしている。
でも、凪の方が速い。
凪は、鈴木の内側に入った。
鈴木が、凪に気づく。
鈴木は、少しだけステアリングを切って、凪をブロックしようとした。
でも、遅い。
凪は、既に鈴木の横に並んでいた。
二台が、並走する。
凪のクロと、鈴木のフェアレディZ。
エンジン音が重なり合う。
凪は、アクセルを踏み続けた。
クロが全力で走る。
80km/hから、100km/hへ。
鈴木も、必死に加速している。
でも、凪の方が、ほんの少しだけ速い。
凪は、鈴木を抜いた。
三位浮上。
「やった!」
凪は叫んだ。
実況ブースから、美月の声が聞こえてきた。
「すごい! 星野凪選手、第一コーナーで鈴木舞選手を抜きました!」
「四番グリッドから、三位に浮上です!」
小林誠が続ける。
「素晴らしいスタートですね! 星野選手、第一コーナーでインを取り、鈴木選手を抜きました!」
「立ち上がり加速も完璧です!」
凪は、少しだけ嬉しかった。
美月が、自分の走りを褒めてくれている。
でも、まだ喜ぶのは早い。
前には、まだ二台いる。
工藤のGT-Rと、山本のスープラ。
凪は、その二台を見据えた。
第二コーナーが近づいてくる。
左コーナー。ここも、ポジション争いが激しくなる。
凪は、アクセルを踏み続けた。
クロが走る。100km/h、120km/h。
工藤のGT-Rが、目の前にいる。
工藤も、全力で走っている。
でも、凪は諦めない。
凪は、工藤に接近した。
車間距離が、どんどん縮まる。
十メートル、八メートル、五メートル。
工藤が、バックミラーで凪を見た。
凪も、工藤を見た。
工藤の目が、鋭い。
「抜かせるか」
工藤が、そう言っている気がした。
凪は、歯を食いしばった。
「抜く」
第二コーナーが、目前に迫る。
凪は、ブレーキングポイントを見極めた。
工藤が、ブレーキを踏む。
凪も、同時にブレーキを踏んだ。
二台が、同じタイミングでブレーキを踏む。
タイヤが鳴く。
ガガガガッ、ガガガガッ。
二つの音が重なる。
凪は、インを狙った。
工藤より内側に入る。
でも、工藤も気づいている。
工藤が、ステアリングを切って、インをブロックした。
凪の進路が、塞がれる。
「くそっ!」
凪は思わず呟いた。
工藤が、完璧にブロックしている。
凪は、アウトに回るしかない。
凪は、ステアリングをアウト側に切った。
工藤の外側を回る。
でも、アウト側は不利だ。
コーナーの距離が長くなる。
タイムロスだ。
凪は、それでも諦めなかった。
アクセルを踏む。
タイミングは、工藤より早い。
リスクを取る。
タイヤが滑る。
でも、凪はコントロールを失わない。
カウンターステアを当て、車体のバランスを保つ。
クロが応えてくれる。
「ありがとう、クロ!」
凪は叫んだ。
立ち上がり加速。
凪は、アクセルを全開にした。
クロが飛び出す。
工藤のGT-Rと、並走する。
二台が、並んで走る。
エンジン音が重なり合う。
クロのSR20DETの咆哮と、GT-RのRB26DETTの轟音。
二つの音が、サーキットを震わせる。
凪は、工藤を見た。
工藤も、凪を見た。
二人の目が、合う。
工藤が、笑った。
凪も、笑い返した。
「行くぞ!」
凪は叫んだ。
アクセルを踏み続ける。
クロが全力で走る。
80km/h、100km/h、120km/h。
工藤のGT-Rも、全力で加速している。
二台が、並走を続ける。
どちらも、譲らない。
次の直線が来る。
ここで、決まる。
凪は、クロに語りかけた。
「頼む、クロ!」
「もう少しだけ、力を貸してくれ!」
クロが応える。
エンジンが、さらに吠える。
タコメーターの針が、レッドゾーンに近づく。
でも、まだ大丈夫だ。
クロは、まだ走れる。
凪は、アクセルを踏み続けた。
そして、ほんの少しだけ、凪が前に出た。
工藤のGT-Rを、抜いた。
二位浮上。
「やった!」
凪は叫んだ。
実況ブースから、美月の絶叫が聞こえてきた。
「信じられない! 星野凪選手、工藤陸選手を抜きました!」
「二位に浮上です!」
小林誠も、興奮している。
「これは素晴らしい! 星野選手、第二コーナーの立ち上がりで工藤選手を抜きました!」
「スタートから二つのコーナーで、二台抜きです!」
凪は、胸が熱くなった。
二位だ。
スタートから、二台抜いた。
今、凪の前には、山本のスープラだけだ。
凪は、山本の背中を見つめた。
白いスープラが、力強く走っている。
山本は、まだ余裕があるように見える。
凪は、深く息を吸った。
まだ、レースは始まったばかりだ。
全十周。
まだ、一周目だ。
焦るな。
零の言葉を思い出す。
チャンスは、必ず来る。
凪は、山本を追いかけた。
第三コーナーが近づいてくる。
ヘアピンカーブ。
ブレーキング勝負だ。
凪は、山本の動きを見た。
山本が、ブレーキを踏む。
凪も、同時にブレーキを踏んだ。
二台が、同じタイミングでブレーキを踏む。
タイヤが鳴く。
凪は、インを狙った。
でも、山本も気づいている。
山本が、完璧にインを取った。
凪の進路が、塞がれる。
凪は、アウトに回るしかない。
仕方ない。
凪は、ステアリングをアウト側に切った。
山本の外側を回る。
山本の走りは、本当に完璧だ。
無駄がない。
すべてのコーナーで、最適なラインを取っている。
凪は、改めて思った。
山本は、強い。
でも、凪は諦めない。
凪は、必ず山本を抜く。
そして、勝つ。
ヘアピンを抜けた。
立ち上がり。
凪は、アクセルを踏んだ。
クロが応える。
次の直線へ。
凪は、山本を追い続けた。
一周目が、終わろうとしていた。
凪は、二位をキープしている。
後ろを見る。
工藤のGT-Rが、凪を追いかけている。
工藤も、諦めていない。
凪を抜き返そうと、必死に追いかけている。
凪は、前を向いた。
まだ、レースは長い。
全十周。
凪は、この二位を守り切る。
いや、できれば一位を取る。
凪は、クロに語りかけた。
「行くぞ、クロ」
「一緒に、勝とう」
クロが応える。
エンジンが吠える。
凪は、アクセルを踏み続けた。




