第38話: 三十人の戦士
予選が終わり、本戦出場者三十人が決定した。
ピットエリアに、三十台の車が並んでいる。
GT-R、RX-7、フェアレディZ、スープラ、シルビア、インプレッサ。様々な車種が、これから始まる戦いを待っている。
凪は、クロの隣に立って、他のドライバーたちを見ていた。
みんな、真剣な顔をしている。
二百人の中から選ばれた三十人。
Cランクの中でも、特に実力のあるドライバーたちだ。
「グリッド順、発表します!」
アナウンスが響いた。
凪は耳を傾ける。
「ポールポジション、山本翔太選手!」
山本が、一番前だ。
予選一位、四分二十三秒。
圧倒的な速さだった。
「二番グリッド、工藤陸選手!」
工藤が、二番手。
予選二位、四分二十六秒。
NEXUSの最新設備を使った調整が、功を奏したのだろう。
「三番グリッド、鈴木舞選手!」
鈴木が、三番手。
予選三位、四分三十一秒。
元Bランクの実力を見せつけた。
「四番グリッド、星野凪選手!」
凪の名前が呼ばれた。
四番グリッド。
悪くない位置だ。
凪は深く息を吸った。
「五番グリッド、佐々木葵選手!」
葵が、五番手。
予選五位、四分三十五秒。
凪とは、わずか一秒差だった。
残りのドライバーたちの名前も、次々と発表される。
田中健は、十二番グリッド。
他にも、見覚えのあるドライバーたちが並んでいる。
三十人。
みんな、勝つために来ている。
凪も、勝つために来た。
「凪」
零が声をかけた。
凪は振り返った。
零が、クロのタイヤを確認しながら言った。
「スタートが肝心だ」
「一コーナーで、順位が大きく変わる」
「焦るな。冷静に行け」
凪は頷いた。
「わかった」
零は続けた。
「お前は四番グリッドだ」
「前に三台いる」
「でも、無理に抜こうとするな」
「チャンスは、必ず来る」
凪は零の言葉を噛みしめた。
零は、いつも的確なアドバイスをくれる。
「それと」
零は少しだけ笑った。
「楽しめ」
凪は驚いた。
零が、楽しめ、と言うなんて。
零は続けた。
「お前は、レースが好きだろ?」
「なら、楽しめ」
「楽しんで走った方が、いい結果が出る」
凪は少しだけ笑った。
「……ああ、わかった」
零はクロのボンネットを軽く叩いた。
「頑張れよ、クロ」
凪も、クロのボンネットに手を置いた。
「行くぞ、クロ」
「一緒に、勝とう」
その時、誰かが凪に声をかけた。
「星野」
凪は振り返った。
山本翔太だった。
「山本」
凪は短く答えた。
山本は笑顔で言った。
「お互い、いいスタート位置だな」
「ああ」
凪は頷いた。
山本は少し考えてから、続けた。
「今日は、全力で走ろう」
「お互いに、ベストを尽くそう」
凪は力強く答えた。
「ああ、そうする」
山本は凪の肩を叩いた。
「じゃあ、またコースで」
「ああ」
山本は自分のピットへと戻っていった。
凪は、その背中を見送った。
山本は、本当にいいライバルだ。
敵じゃない。
お互いに高め合える、いいライバルだ。
「星野!」
また誰かが凪を呼んだ。
今度は、工藤陸だった。
「工藤」
凪は短く答えた。
工藤は、いつもの見下したような表情で言った。
「お前、四番グリッドか」
「まあ、悪くないな」
凪は何も言わなかった。
工藤は続けた。
「でも、俺は二番グリッドだ」
「お前より前にいる」
「抜けるものなら、抜いてみろ」
凪は、工藤をまっすぐ見た。
「……抜く」
工藤は少し驚いた顔をした。
そして、笑った。
「強気だな」
「まあ、楽しみにしてるよ」
工藤は自分のピットへと戻っていった。
凪は、少しだけイラっとした。
工藤は、いつもあんな態度だ。
でも、凪は負けない。
必ず、工藤を抜く。
そして、勝つ。
「凪ちゃん!」
明るい声が聞こえた。
凪は振り返った。
橘家族が、応援席から手を振っている。
健太、美咲、そして結衣。
結衣が、大きな旗を振っている。
「頑張ってー!」
結衣の声が、ピットエリアまで届く。
凪は少しだけ照れた。
でも、嬉しかった。
凪は、手を振り返した。
美咲が、心配そうな顔で見ている。
健太が、笑顔で親指を立てている。
橘家族が、応援してくれている。
凪は、もうひとりじゃない。
みんなが、凪を支えてくれている。
実況ブースから、小林誠の声が聞こえてきた。
「さあ、間もなく本戦が始まります!」
「三十名のドライバーが、山道サーキットを舞台に、熾烈な戦いを繰り広げます!」
美月の声が続く。
「注目は、やはりポールポジションの山本翔太選手ですね!」
「予選で圧倒的なタイムを叩き出しました!」
小林が答える。
「そうですね。山本選手は元Bランクの実力者。今回も優勝候補筆頭でしょう」
「でも、私は星野凪選手にも注目してます!」
美月の声が、少し興奮している。
「星野選手は四番グリッドからのスタートですが、前回のレースでも三位に入賞しています!」
「今回も、表彰台を狙えるのではないでしょうか!」
小林が笑った。
「柊さん、星野選手のファンでしたね」
「はい! 私、星野選手の走りが大好きなんです!」
凪は、少しだけ照れた。
美月が、また自分のことを褒めてくれている。
それが、嬉しかった。
「ドライバーの皆さん、車両に乗り込んでください!」
アナウンスが響いた。
いよいよ、スタートだ。
凪はクロに乗り込んだ。
シートベルトを締める。
ハンドルを握る。
エンジンが、既に温まっている。
クロが、走りたがっている。
凪は深く息を吸った。
そして、エンジンをかけた。
低く、力強い音。
クロが目覚めた。
三十台のエンジン音が、サーキットに響く。
GT-Rの重低音、RX-7の甲高い音、スープラの野太い音。
様々な音が混ざり合い、一つの交響曲のようだ。
凪は、その音を聞きながら、集中した。
今日のレースは、全走行距離八十キロメートル。
山道サーキット、一周八キロメートルを十周する。
コーナーが多く、テクニカルなコース。
タイヤのマネジメントが重要だ。
凪は、零との特訓を思い出した。
車と対話すること。
車の限界を理解すること。
その範囲内で、最速を目指すこと。
凪は、それをすべて実践する。
そして、勝つ。
「フォーメーションラップ、スタート!」
アナウンスが響いた。
三十台の車が、ゆっくりとコースへ出ていく。
フォーメーションラップ。
グリッド順に並んで、コースを一周する。
タイヤを温め、ブレーキを確認し、コースの状態を確かめる。
凪も、クロをゆっくりと走らせた。
前に、山本のスープラ、工藤のGT-R、鈴木のフェアレディZが走っている。
後ろには、葵のRX-7が続く。
凪は、コースを確認した。
最初のコーナーは、右コーナー。
タイトで、インを取れるかが勝負だ。
二つ目のコーナーは、左コーナー。
ここも、ポジション争いが激しくなるだろう。
三つ目のコーナーは、ヘアピン。
ブレーキング勝負だ。
凪は、すべてを頭に叩き込んだ。
フォーメーションラップが終わり、三十台がグリッドに並んだ。
凪は、四番グリッド。
前に三台。
後ろに二十六台。
凪の心臓が、激しく鳴る。
でも、怖くはない。
凪は、準備ができていた。
クロと一緒に。
零と一緒に。
橘家族と一緒に。
そして、応援してくれるみんなと一緒に。
凪は、もうひとりじゃない。
凪は、みんなのために走る。
みんなのために、勝つ。
信号が赤に点灯した。
五つのランプが、順番に点いていく。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
全て点灯した。
凪はアクセルに足をかけた。
エンジンが唸る。
クロが、走り出したがっている。
凪は、信号を見つめた。
赤、赤、赤。
そして。
消えた。
スタート!
凪はアクセルを踏み込んだ。
クロが走り出す。
タイヤが路面を掴み、車体が前に飛び出す。
三十台の車が、一斉にスタートした。
エンジンの咆哮が、サーキットを震わせる。
凪の戦いが、始まった。




