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第34話: 師弟の絆


翌朝、凪が峠に到着した時、すでに零のZ34が停まっていた。


そして、もう一台。


白いスープラ。


山本翔太だ。


凪はクロを停めて、車から降りた。零と山本が、並んで峠の景色を眺めている。


「おはよう」


凪が声をかけると、山本が振り返った。


「おはよう、星野」


山本は笑顔で答えた。


「今日も特訓か?」


「ああ」


凪は短く答えた。


零は煙草を吸いながら、何も言わない。ただ、じっと峠の道を見つめている。


山本は少し考えるような顔をして、凪に聞いた。


「星野、良かったら少し走らないか?」


凪は驚いた。


「……俺と?」


「ああ」


山本は頷いた。


「お前の走り、昨日見て気になったんだ」


「すごく丁寧で、車を大事にしてる」


「でも、まだ遠慮してる気がする」


「だから、俺と走ってみないか?」


「軽く流す程度でいい」


凪は零を見た。


零は煙草を吸いながら、凪を見た。


「……どうする?」


凪は少し考えた。


山本と走る。


それは、凪にとって大きなチャンスだった。山本は、Cランクの中で最速の男だ。第一戦で一位を取り、現在も暫定一位にいる。


山本と走れば、自分の実力がどこまで通用するか、わかるかもしれない。


でも、同時に不安もあった。


山本に完敗したら、自信を失うかもしれない。


凪は零を見た。


零は何も言わない。ただ、静かに凪を見つめている。


その目が、何かを語っていた。


「お前が決めろ」と。


凪は深く息を吸った。


そして、答えた。


「……走る」


山本は笑った。


「そうか。じゃあ、行こう」


零は煙草を消した。


「待て」


山本と凪が振り返る。


零はゆっくりと凪の方へ歩いてきた。


「お前、無理するなよ」


「……わかってる」


「山本に勝とうとするな」


零ははっきりと言った。


「今のお前じゃ、勝てない」


凪は唇を噛んだ。


零の言葉が、胸に刺さる。


「でも、学べることはある」


零は続けた。


「山本の走りを見ろ」


「どこが速いのか、どこが上手いのか、見て学べ」


「それが、お前の成長になる」


凪は深く頷いた。


「……わかった」


零は少しだけ笑った。


「行ってこい」


凪は力強く答えた。


「ああ」


山本と凪は、それぞれの車に乗り込んだ。


エンジンが目覚める。


スープラの低い唸りと、クロの力強い咆哮。


二つの音が、峠に響く。


山本のスープラが先に走り出した。凪のクロがその後ろを追う。


零は、二台の車が走り去るのを見送った。


そして、小さく呟いた。


「頼んだぞ、山本」


峠の道を、二台の車が走る。


前を行くのは山本のスープラ。後ろを追うのは、凪のクロ。


山本は、言った通り軽く流していた。全速力ではなく、凪が追いつけるペースで走っている。


でも、それでも速い。


凪は必死に追いかけた。


山本の走りは、本当に滑らかだった。無駄な動きが一切ない。ブレーキを踏むタイミング、アクセルを踏むタイミング、ステアリングを切る角度。すべてが完璧だった。


「……すごい」


凪は思わず呟いた。


コーナーに入る。凪は丁寧に走る。でも、山本はもっと丁寧だった。


タイヤが路面を掴む音が、凪のクロとは違う。山本のスープラは、まるで峠の道に吸い付いているかのようだった。


立ち上がり。山本は、凪よりも早くアクセルを踏んでいる。でも、タイヤは滑らない。完璧にコントロールされている。


「……どうやってるんだ?」


凪は驚いた。


山本のアクセルワークは、凪とは全く違う。凪は、グリップが戻るのを待ってからアクセルを踏む。でも、山本は、グリップが戻る前にアクセルを踏んでいる。


でも、タイヤは滑らない。


いや、滑っている。


でも、それをコントロールしている。


「……そういうことか」


凪は理解した。


山本は、タイヤが滑ることを前提に走っている。滑らせながら、コントロールしている。それが、山本の速さだ。


凪は、もう一度アクセルを踏んだ。


今度は、少しだけ早く。


タイヤが滑った。凪は慌てずに、ステアリングを切ってコントロールした。


クロが応えてくれる。


「……これだ」


凪は呟いた。


「これが、山本の走りだ」


次のコーナーに入る。凪は、さっきより速く走った。タイヤが滑るのを恐れず、アクセルを踏む。


クロが悲鳴を上げる。でも、凪はコントロールを失わない。


山本のスープラが、少しだけ近づいてきた。


いや、違う。凪が追いついたのだ。


凪は笑った。


「ありがとう、クロ!」


そして、もう一度アクセルを踏んだ。


峠の頂上に到着した時、山本が車を停めた。凪もクロを停める。


二人とも、車から降りた。


山本は凪を見て、笑った。


「いい走りだったな」


凪は息を切らしながら、答えた。


「……ありがとう」


「最後の方、すごく良かった」


山本は続けた。


「お前、タイヤを滑らせることができるようになったな」


凪は頷いた。


「……山本の走りを見て、わかった」


「タイヤを滑らせながら、コントロールする」


「それが、速さだ」


山本は少し驚いた顔をした。


「一回走っただけで、そこまで理解するのか」


「……俺、零に教わってるから」


凪は短く答えた。


山本は少し考えるような顔をした。


「神崎さん、か」


「……ああ」


「いい師匠だな」


山本は笑った。


「お前の走りを見てればわかる」


「基礎がしっかりしてる」


「それに、車を大事にしてる」


「そういうのは、いい師匠じゃないと教えられない」


凪は嬉しかった。


零のことを褒められるのは、自分が褒められるよりも嬉しい。


「……ありがとう」


山本は峠の景色を眺めた。


「星野、次のレースは二月十日だ」


「……ああ」


「お前、何位を狙ってる?」


凪は少し考えてから、答えた。


「三位以内」


山本は少し驚いた。


「三位以内? なぜ?」


「Bランク昇格のため」


凪ははっきりと答えた。


「俺、今年Bランクに上がる」


「そのためには、年間上位三位に入らないといけない」


「だから、毎回三位以内を狙う」


山本は少し笑った。


「野心的だな」


「でも、いい目標だ」


「なら、俺も負けてられないな」


凪は山本を見た。


「山本は?」


「俺?」


山本は少し考えた。


「俺は、Bランクに戻る」


「去年、降格した」


「それが悔しくて、今年は絶対に戻る」


凪は頷いた。


「……なら、俺たちはライバルだ」


山本は笑った。


「ああ、ライバルだ」


「でも、敵じゃない」


「お互いに高め合える、いいライバルだ」


凪は少しだけ笑った。


「……そうだな」


二人は並んで、峠の景色を眺めた。


風が冷たい。でも、心は温かかった。


凪は、初めて思った。


ライバルがいるのは、悪いことじゃない。


むしろ、いいことだ。


山本がいるから、凪は成長できる。


山本の走りを見て、学べる。


それが、ライバルの意味だ。


「星野」


山本が言った。


「次のレース、楽しみにしてる」


凪は頷いた。


「ああ、俺も」


二人は再び車に乗り込んだ。


エンジンが目覚める。


スープラの低い唸りと、クロの力強い咆哮。


二つの音が、峠に響く。


そして、二台の車は峠を駆け下りた。


並んで、ゆっくりと。


まるで、友達のように。


峠の麓に到着した時、零がまだそこにいた。


Z34の隣に立って、煙草を吸っている。


山本と凪は、それぞれの車から降りた。


「お疲れ様です、神崎さん」


山本が零に声をかけた。


零は短く答えた。


「おう」


山本は少し笑った。


「星野、いい走りをしてましたよ」


「すぐに俺に追いついてきた」


「才能がありますね」


零は何も言わなかった。ただ、煙を吐き出すだけだ。


山本は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


「じゃあ、俺はこれで」


「また峠で会いましょう」


「ああ」


凪は短く答えた。


山本はスープラに乗り込み、走り去っていった。


凪と零だけが残された。


二人は並んで、峠の景色を眺めた。


「……零」


「何だ」


「山本と走って、わかったことがある」


零は凪を見た。


「何だ?」


「タイヤを滑らせながら、コントロールする」


凪ははっきりと言った。


「それが、速さだ」


零は少しだけ笑った。


「そうだ」


「お前、ようやくわかったな」


凪は頷いた。


「……ありがとう、零」


「山本と走らせてくれて」


零は煙草を消した。


「礼を言うのは山本にだ」


「俺は何もしてない」


凪は首を振った。


「してる」


「零が許可してくれなかったら、俺は山本と走れなかった」


「零が教えてくれなかったら、山本の走りを理解できなかった」


「だから、ありがとう」


零は少しだけ照れたような顔をした。


「……好きにしろ」


でも、その声は優しかった。


二人は再び車に乗り込んだ。


エンジンが目覚める。


Z34の低い唸りと、クロの力強い咆哮。


二つの音が、峠に響く。


「行くぞ」


零が言った。


「ああ」


凪が応える。


そして、二台の車は再び峠を走り出した。


今度は、もっと速く。


もっと確実に。


師匠と弟子が、一緒に。


凪は、初めて思った。


零がいて、本当に良かった。


零がいなければ、凪はここまで成長できなかった。


零がいなければ、凪は車を壊し続けていただろう。


零がいなければ、凪はひとりのままだっただろう。


でも、今は違う。


凪には、零がいる。


クロがいる。


橘家族がいる。


山本のようなライバルがいる。


凪は、もうひとりじゃない。


凪は、強くなっていた。


そして、次のレースで、それを証明する。


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