表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/40

第29話: 街角の邂逅

一週間が、過ぎた。


工房で、朝から晩まで修理をした。オイルを抜いて、エンジンを開けて、ピストンリングを確認して、交換して、組み直して、調整した。零が、黙々と作業する。俺も、黙々と手を動かす。


「ここ、締めろ」


「…はい」


「次、オイルを入れる」


「…はい」


会話は、最小限。でも、それでよかった。余計なことを考えずに、ただ車と向き合う。クロと向き合う。


一週間後。修理が終わった。


「エンジンをかけろ」


零が、言った。


「…はい」


キーを回す。エンジンがかかる。


「ブォォォン」


いつもの音。力強い音。エンジンが、唸る。不安定さは、ない。完璧だ。


「…よし」


零が、小さく頷いた。


「直った」


「…ありがとうございます」


「礼はいらねえ。お前も、手伝ったんだ」


零が、クロのボンネットを閉めた。


「今日、テスト走行しろ」


「…テスト?」


「ああ。修理後は、必ずテストする。エンジンの調子、ブレーキの効き、全部確認しろ」


零の目が、鋭い。


「首都高を走れ。いつものルートだ」


「…わかりました」


「無理するな。テストだ。レースじゃねえ」


「…はい」


零が、工房を出ていった。


一人になる。クロを見る。ボンネット。ドア。タイヤ。全部が、いつも通り。でも、何かが違う。大事にしなきゃいけない。そう思えるようになった。


「…行くぞ」


小さく呟いて、クロに乗り込んだ。


-----


首都高。夜八時。平日だから、車は少ない。でも、ゼロじゃない。クロを走らせる。速度は控えめ。120km/h。いつもなら、もっと出す。でも、今日はテストだ。


「ブォォォン」


エンジンの音。いつも通り。力強い。でも、無理はさせない。アクセルを踏み込みすぎない。ブレーキを試す。効く。問題ない。コーナーを曲がる。タイヤが、しっかり路面を掴む。


「…いい」


小さく呟いた。クロは、直った。完璧に直った。


首都高を走る。風が、車体を撫でる。夜景が、流れていく。東京の光。いつもの景色。でも、今日は違う。クロを、大事に走らせてる。


その時、後ろからヘッドライトが近づいてきた。速い。あっという間に距離が縮まる。車種を確認する。RX-7。赤いボディ。


「…葵」


呟いた。佐々木葵のRX-7だ。間違いない。


葵が、横に並んできた。窓を開けてる。俺も、窓を開ける。


「星野!」


葵の声が、風に乗って聞こえた。


「…何だ」


「久しぶり! 走ってるね!」


「…テスト走行だ」


「私も! 次のレースに向けて、調整中!」


葵が、笑ってる。楽しそうだ。


「少し、一緒に走らない?」


「…レースじゃないぞ」


「わかってる! 練習! お互いの走りを見るの!」


葵の目が、キラキラしてる。


「…わかった」


「じゃあ、行くよ!」


葵が、加速した。RX-7が、前に出る。速度が上がる。140km/h。俺も、アクセルを踏む。クロが、加速する。追いかける。


「ブォォォン」


エンジンが、唸る。でも、無理はしない。零の言葉を思い出す。テストだ。レースじゃない。


葵のRX-7を追う。距離を保つ。葵の走り、見える。ライン取りが完璧だ。無駄がない。コーナーで、全く膨らまない。美しい。


コーナー。葵が、完璧なラインで曲がる。俺も、同じラインを通る。ステアリングを切る。車が、素直に曲がる。タイヤが、路面を掴む。


「…いい」


小さく呟いた。クロの調子、いい。完璧だ。


しばらく走って、葵がパーキングエリアに入った。俺も、続く。二台並んで停める。エンジンを切る。


車から降りる。葵も、降りてくる。


「お疲れ様」


葵が、笑顔で言った。


「…ああ」


「星野、前より丁寧に走ってるね」


「…!」


葵の言葉に、驚いた。


「わかるのか」


「わかるよ。前は、もっと攻めてた。でも、今日は違う。車を労ってる」


葵が、クロを見た。


「何かあったの?」


「…前回のレースで、エンジンを壊しかけた」


「そっか」


葵が、小さく頷いた。


「師匠に、怒られた」


「そりゃ、怒られるよ」


葵が、笑った。


「でも、それでいいんだよ」


「…何が」


「車の声を、聞くようになったってこと」


葵が、クロのボンネットに手を置いた。


「車は、道具じゃない。相棒だから」


「……」


葵の言葉が、胸に響く。零と、同じことを言ってる。


「私も、昔は同じだった」


葵が、遠くを見た。


「もっと速く、もっと速くって。車を壊しかけたこと、何度もある」


「……」


「でも、ある時気づいたの。車を壊したら、何もかも終わりだって」


葵が、俺を見た。


「それからは、車の声を聞くようになった。そしたら、もっと速く走れるようになった」


「…矛盾してないか」


「してないよ」


葵が、笑った。


「車を労ることと、速く走ることは、矛盾しない。むしろ、車を労るから、速く走れる」


「……」


「車が、全力を出してくれるから」


葵の言葉が、心に染み込む。


「星野、お前ならわかると思う」


「…ああ」


「次のレースも、頑張ろうね」


葵が、手を差し出してきた。


「…ああ」


手を握る。葵の手、小さい。でも、強い。


「じゃあ、私はこれで」


葵が、RX-7に乗り込んだ。エンジンをかける。


「キィィィン」


ロータリーエンジンの高い音。RX-7が、走り去っていった。


その背中を見送って、俺も車に乗り込んだ。


「…葵」


小さく呟いた。


「ライバルって、ああいうものか」


零の言葉を思い出す。


「ライバルは、敵じゃねえ。一緒に高め合う仲間だ」


零が、前に言った言葉。その意味が、少しわかった気がした。


家に帰る。工房に戻ると、零が待っていた。


「…お帰り」


「ただいま」


「テスト、どうだった」


「…完璧です。エンジン、問題ありません」


「そうか」


零が、小さく頷いた。


「それと、葵に会いました」


「佐々木か」


「…はい。一緒に走りました」


「そうか」


零が、クロを見た。


「あいつも、いいドライバーだ」


「…はい」


「お前と同じで、車を大事にしてる」


零が、俺を見た。


「ライバルは、敵じゃねえ。一緒に高め合う仲間だ」


「…零が、前に言った言葉ですね」


「ああ」


零が、小さく笑った。


「お前、少しずつわかってきたな」


「…はい」


零が、ホワイトボードを見た。


**年間獲得ポイント: 60pt**


**年間目標: 2800pt**


**達成率: 2.1%**


**次回レース: 2月10日**


**目標: 80pt以上(2位以上)**


「次のレースは、二月十日。あと二週間だ」


零の声が、低く響く。


「準備を始めるぞ」


「…はい」


零が、地図を広げた。


「次のコースは、山道サーキット。峠だ」


「…峠」


「ああ。首都高とは、全然違う。コーナーが連続する。アップダウンがある。路面が荒い」


零の目が、鋭い。


「お前の技術が、試される」


「…わかりました」


「明日から、山道で特訓だ」


零が、地図を指差した。


「この峠で、走り込む」


「…はい」


零が、俺の肩を叩いた。


「次は、二位を取る」


「…はい」


「お前なら、できる」


その言葉が、背中を押した。


部屋に戻って、ベッドに横になる。今日、葵と走った。そして、葵の言葉を聞いた。車を労ることと、速く走ることは、矛盾しない。


「…そうか」


小さく呟いた。次のレース。山道。峠。新しい挑戦。でも、大丈夫だ。クロがいる。零がいる。そして、葵みたいなライバルがいる。


「…行けるな」


小さく呟いて、目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ