第27話: 泥沼の攻防
第八ラップ。前に、七台。順位は八位。速度計が170km/hを指す。クロが、限界まで加速してる。でも、まだ足りない。三位まで、まだ五台も前にいる。
「凪、落ち着け」
零の声。
「…わかってる」
答える。でも、心臓がバクバク言ってる。焦ってる。もっと速く。もっと前へ。
直線。前の車が見える。インプレッサだ。速い。四駆のパワー。俺の速度は170km/h。相手は180km/h近く出てる。離される。
「…っ」
歯を食いしばる。コーナーで詰める。ブレーキを踏む。170km/hから90km/hまで一気に落とす。ステアリングを切る。インから刺す。インプレッサに並びかける。
だが、相手も譲らない。ラインを塞ぐ。並走。速度が100km/h、110km/h、120km/hと上がる。インプレッサが、じわじわと外に寄ってくる。
「…!」
車体が接触しそうになる。ハンドルを切って避ける。ラインが乱れる。タイヤが悲鳴を上げる。
「ギャアアアッ!」
コントロールを失いそうになる。カウンターステアを当てる。立て直す。でも、遅れた。インプレッサが、前に出る。
「…くそっ!」
思わず声が出た。
「凪、落ち着け」
零の声が、冷静だ。
「相手もプロだ。簡単には譲らねえ」
「…わかってる」
でも、悔しい。抜けなかった。
「焦るな。チャンスはまた来る」
零の声が、耳に響く。
「…ああ」
深呼吸。落ち着け。まだ、七周ある。チャンスは、まだある。
第九ラップ。インプレッサを追う。距離を保つ。相手の走りを見る。ブレーキングポイント。ライン取り。全部を観察する。隙を探す。
「星野選手、インプレッサに苦戦していますね」
実況の声。
「そうですね。四駆の直線スピードは、やはり強いです。それに、ブロックも上手いですね」
美月の声。心配そうだ。
コーナー。また仕掛ける。ブレーキを踏む。130km/hから80km/hまで落とす。ステアリングを切る。インから刺す。インプレッサと並ぶ。
また、相手がラインを塞ぐ。並走。速度が上がる。90km/h、100km/h。インプレッサが、また外に寄ってくる。
「ガツッ!」
接触した! 火花が散る。
「…っ!」
ハンドルを握る手に、衝撃が伝わる。車体が、揺れる。でも、コントロールは失わない。カウンターステアを当てる。立て直す。
「凪! 大丈夫か!」
零の声が、珍しく焦ってる。
「…大丈夫」
答える。でも、心臓がバクバク言ってる。接触した。危なかった。
「おおっと! 星野選手とインプレッサ、接触しました! 大丈夫でしょうか!」
実況が、叫ぶ。
「火花が散りましたね! でも、両車とも走行を続けています!」
美月の声が、心配そうだ。
「凪、車の状態は?」
零が聞く。
「…問題ない。ステアリングも、ブレーキも、大丈夫」
「そうか」
零が、小さく息を吐いた。
「無理するな。車を壊したら、終わりだ」
「…わかってる」
でも、抜きたい。このまま、八位で終わりたくない。
第十ラップ。インプレッサを追う。相手も、必死だ。譲らない。ブロックを続ける。コーナーのたびに、ラインを塞ぐ。抜けない。
「…っ」
イライラする。でも、焦ったら負けだ。落ち着け。チャンスを待て。
「凪、ピットに入れ」
零の声。
「…は?」
「燃料を補給する。それに、タイヤの状態も確認する。さっきの接触で、何かダメージがあるかもしれねえ」
「でも、順位が…」
「構わねえ。車が壊れたら、何もかも終わりだ。入れ」
零の声が、強い。
「…わかった」
ピットイン。クロを、ピットレーンに入れる。速度を60km/hまで落とす。他の車が、次々と走り去る。順位が、落ちる。でも、仕方ない。
ピットに停める。エンジンを切らない。アイドリング状態。零が、走ってくる。給油ノズルを持ってる。一人だ。他のチームは、二人、三人で作業してる。でも、零は一人。
給油ノズルを、燃料タンクに差し込む。燃料が、流れ込む音。ゴポゴポゴポ。零が、タイヤを確認してる。左前輪を見る。
「…少し削れてる。でも、まだ持つ」
零が呟く。右前輪を見る。
「こっちは問題ねえ」
零が、素早く確認する。無駄がない。完璧な動きだ。
「凪」
零が、窓越しに言った。
「…何だ」
「インプレッサに、真正面から挑むな」
「…どういうことだ」
「あいつは、直線とブロックが武器だ。真正面から行っても、抜けねえ」
零の目が、鋭い。
「だから、フェイントをかけろ」
「…フェイント?」
「ああ。インから行くフリをして、アウトから抜く。相手の裏をかけ」
零の声が、低く響く。
「お前なら、できる」
給油が終わった。零が、ノズルを外す。
「行け」
その言葉が、背中を叩いた。アクセルを踏む。クロが、飛び出す。ピットアウト。コースに戻る。順位は、十三位まで落ちてた。
「…っ」
悔しい。五つも落ちた。でも、まだだ。まだ、終わってない。速度計が100km/hを超える。120km/h、140km/h、160km/h。加速する。
「凪、全力で行け」
零の声。
「…ああ」
アクセルを全開にする。クロが、吠える。170km/hまで加速する。前の車が見える。一台抜く。また一台。また一台。第十一ラップで、三台抜いた。順位は、十位。
「星野選手! ピットアウト後、すごい勢いです!」
実況が、叫ぶ。
「ペースが明らかに上がってます! これは…車の調子が戻ったんでしょうか!」
美月の声。
「いや、違います。ドライバーが、吹っ切れたんですよ」
実況が、解説する。
「吹っ切れた?」
「ええ。さっきまで、少し焦ってました。でも、ピットインで落ち着いたんでしょう。今の走り、冷静です」
実況が、正しいことを言ってる。俺、確かに落ち着いた。零の言葉で、冷静になった。
第十二ラップ。また二台抜いた。順位は、八位。インプレッサが見えた。
「…また、お前か」
呟いた。
「凪、覚えてるか」
零の声。
「…フェイントだろ」
「そうだ。インから行くフリをして、アウトから抜け」
「…わかった」
インプレッサに迫る。距離が縮まる。コーナー。ブレーキを踏む。140km/hから90km/hまで落とす。ステアリングを切る。インから刺す。
インプレッサが、ラインを塞ぐ。予想通りだ。俺は、すぐにハンドルを逆に切る。アウトに逃げる。インプレッサが、反応する。でも、遅い。俺は、アウト側から加速する。並ぶ。
「…!」
インプレッサのドライバーが、驚いてる。でも、もう遅い。俺の方が速い。抜く!
「やった!」
声が出た。速度計が120km/hを指す。さらに加速。140km/h、160km/h。
「おおっと! 星野選手、インプレッサを抜きました! これで七位です!」
実況が、絶叫してる。
「すごい! あれは、見事なフェイントでしたね!」
美月の声が、興奮してる。
「凪、いいぞ」
零の声。
「…ああ」
でも、まだだ。まだ、七位。三位まで、まだ四台も前にいる。
第十三ラップ。前に、六台。順位は七位。速度計が165km/hを指す。クロが、唸る。でも、エンジン音が少し変わった。
「…ん?」
何かおかしい。エンジンの音が、いつもと違う。少し、高い。
「凪、何か変か?」
零が聞く。
「…エンジンの音が、少し変」
「どう変だ」
「…高い。回転数が、上がってる気がする」
零が、黙る。少し考えてる。
「…ギアが、入りきってねえのか」
「…!」
そうか。さっきの接触で、何かダメージがあったのかもしれない。
「大丈夫か?」
「…わからない。でも、まだ走れる」
「そうか」
零が、小さく息を吐いた。
「無理するな。車が壊れたら、元も子もねえ」
「…でも」
「いいか。三位じゃなくても、ポイントは入る。五位でも20pt。それでも、前進だ」
零の声が、低く響く。
「無理して車を壊すな」
「……」
零の言葉が、胸に刺さる。でも、諦めたくない。三位。60pt。それが、目標だ。
「…まだ、行ける」
呟いた。
「凪」
零の声が、鋭い。
「お前…」
「まだ、行ける。車は、まだ大丈夫」
俺は、言い切った。
「…っ」
零が、黙った。怒ってるのか。でも、何も言わなかった。
「…わかった」
零が、小さく答えた。
「だが、車の声を聞け。おかしいと思ったら、すぐに言え」
「…ああ」
アクセルを踏む。前の車を追う。速度計が170km/hを指す。エンジンが、唸る。音が、まだ少し高い。でも、走れる。まだ、行ける。
前に、工藤のGT-Rが見えた。
「…あいつ」
呟いた。
「ああ。工藤だ」
零の声。
「現在、四位」
「……」
「抜けるか?」
「…抜く」
俺は、答えた。工藤のGT-Rに迫る。距離が縮まる。速度計が165km/h。工藤は180km/h近く出てる。速い。さすがBランク降格組。
コーナー。ブレーキを踏む。150km/hから90km/hまで落とす。ステアリングを切る。インから刺す。工藤と並ぶ。
工藤が、こっちを見た。ヘルメット越しでも、驚いてるのがわかる。見下してた相手が、並んでる。
「……」
工藤が、ラインを塞ぐ。並走。速度が上がる。100km/h、110km/h、120km/h。工藤が、外に寄ってくる。
「…また、か」
呟いた。でも、今度は違う。俺は、学んだ。ハンドルを切って、距離を取る。接触を避ける。ラインが乱れる。でも、コントロールは失わない。
「凪、無理するな」
零の声。
「…わかってる」
次のコーナー。また仕掛ける。でも、工藤は速い。抜けない。並走が続く。速度が130km/h、140km/h、150km/hと上がる。
第十四ラップ。まだ、工藤を抜けない。焦る。でも、焦ったら負けだ。落ち着け。チャンスを待て。
「凪」
零の声。
「…何だ」
「次のヘアピンだ。あそこで、勝負しろ」
「…わかった」
ヘアピンが見える。鋭い左カーブ。工藤が、ブレーキを踏む。140km/hから70km/hまで落とす。俺は、もっと奥まで引っ張る。150km/hまで引っ張って、そこからブレーキを踏む。
「ガガガガッ!」
ブレーキが唸る。75km/hまで落とす。ステアリングを切る。インから刺す。工藤と並ぶ。
工藤が、ラインを守る。でも、俺の方が速い。抜く!
「やった!」
声が出た。速度計が100km/hを指す。さらに加速。120km/h、140km/h、160km/h。
「星野選手! 工藤選手を抜きました! これで四位です!」
実況が、絶叫してる。
「すごい! すごいです! 去年Bランク二百位の工藤選手を抜きました!」
美月の声が、興奮してる。でも、泣きそうだ。
「凪、いいぞ」
零の声。
「でも、まだだ。前に、まだ一台いる」
「…ああ」
三位の車。スープラだ。山本翔太。去年Bランク百九十九位。降格組。
最終ラップ。第十五ラップ。山本のスープラに迫る。距離が縮まる。速度計が170km/h。山本は185km/h近く出てる。速い。でも、俺も速い。
「凪、車の状態は?」
零が聞く。
「…エンジンの音が、さらに高くなった」
「…っ」
零が、息を呑む音が聞こえた。
「大丈夫か?」
「…わからない。でも、あと一周」
「凪」
零の声が、低く響く。
「無理するな」
「…でも」
「四位でも、40pt入る。それでも、十分だ」
「……」
零の言葉が、胸に刺さる。でも。
「…行く」
俺は、答えた。
「あと一周。これで、終わり。だから、行く」
「…っ」
零が、黙った。
「…わかった」
零が、小さく答えた。
「だが、車が悲鳴を上げたら、すぐに諦めろ」
「…ああ」
最終コーナー。山本のスープラに並びかける。ブレーキを踏む。150km/hから80km/hまで落とす。ステアリングを切る。インから刺す。山本と並ぶ。
エンジンの音が、さらに高くなった。
「ギィィィン!」
金属の悲鳴。
「…っ!」
まずい。でも、あと少し。あと少しで、ゴールだ。
山本が、ラインを守る。並走。速度が上がる。90km/h、100km/h。エンジンが、唸る。いや、悲鳴を上げてる。
「凪! 諦めろ!」
零が、叫んだ。
「エンジンが壊れる!」
「…!」
でも、もう遅い。俺は、アクセルを踏み続けた。速度が110km/h、120km/h。ゴールが見える。
抜いた! 山本を抜いた!
「やった!」
叫んだ。ゴールラインを越える。
「そして、ゴール! 星野凪、三位でゴールしました!」
実況の声が、会場を震わせた。




