第26話: 嵐の幕開け
シグナルが消えた瞬間、世界が爆発した。
「ブォォォォォォン!」
五十台のエンジンが、一斉に咆哮を上げる。その音が、空気を引き裂いた。心臓が、音に押し潰されそうになる。アクセルを踏み込む。全開。クロが、前に飛び出した。
「ギャアアアアッ!」
タイヤが悲鳴を上げる。周りの車も、同じように飛び出す。五十台が、一斉に加速する。その光景が、圧倒的だった。速度計を見る。80km/h。あっという間に100km/hを超える。
二十三番グリッド。スタートで、一気に前に出る。横をすり抜ける。ギリギリのライン取り。左に一台。右に一台。タイヤが、路面を掴む。まだ行ける。さらに前へ。120km/h。
「いいスタートだ。そのまま行け」
ヘッドセットから、零の声。冷静だ。落ち着いてる。
「…ああ」
短く答える。前を見る。まだ、十五台が前にいる。最初のコーナーが見えてきた。速度計が140km/hを指す。
「さあ、スタートしました! Cランク公式戦第一戦! 今年の幕開けです!」
実況の声が、スピーカーから響く。
「おおっと! 二十三番グリッドの星野選手、いいスタートを切りましたね!」
「そうですね! 一気に五台抜きました! あのシルビア、加速がいいですね!」
美月の声。明るい。楽しそうだ。
「第一コーナーです! ここで順位が大きく変わります!」
実況が叫ぶ。第一コーナー。鋭い右カーブ。ブレーキングポイントを見極める。前の車が、ブレーキランプを光らせた。速度が落ちる。俺も踏む。でも、相手より遅く。ギリギリまで引っ張る。
「ガガガガガッ!」
ブレーキの悲鳴。タイヤが、路面を削る。140km/hから80km/hまで一気に落とす。Gが、体を前に押す。シートベルトが、食い込む。ステアリングを切る。インから刺す。前の車が、アウトに膨らんだ。隙ができた。そこを突く。並ぶ。抜く。また一台。
「いいぞ。焦るな」
零の声。
「…わかってる」
答える。コーナーを抜ける。アクセルを踏む。加速。60km/hから一気に加速する。80km/h、100km/h、120km/h。エンジンが唸る。次のコーナー。左カーブ。前の車が、早めにブレーキを踏んだ。守りの走りだ。チャンスだ。もっと奥まで引っ張る。130km/hでブレーキを踏む。ステアリングを切る。車が、鋭く曲がる。抜いた。また一台。
「おおおっと! 星野選手、第二コーナーでも一台抜きました! これで十六位まで上がってきました!」
実況の声が、興奮してる。
「いいですね! あのライン取り、本当に無駄がないです!」
美月が、俺の走りを褒めてる。嬉しい。でも、まだだ。まだ、十六位。三位まで、あと十三台も前にいる。
「凪、焦るな」
零の声が、冷静に響く。
「今は、様子を見ろ。無理に抜くな」
「…っ」
言いたいことがある。でも、我慢する。零の言う通りだ。焦ったら、車を壊す。俺の癖だ。
「タイヤを温めろ。五周目から、本気を出せ」
「…わかった」
アクセルを踏む。でも、全開じゃない。八割くらい。前の車を追う。でも、無理に抜かない。距離を保つ。タイヤを、じわじわと温める。
第二ラップ。直線。前の車が、少し離れる。パワーが違う。GT-Rだ。直線は、勝てない。速度計が150km/hを指す。GT-Rは160km/h以上出てる。でも、コーナーなら。
「第三コーナー。ヘアピンだ。ここで抜ける」
零の声。
「…わかった」
ヘアピンが見える。鋭い左カーブ。GT-Rが、早めにブレーキを踏んだ。重い車体。慎重にならざるを得ない。速度が120km/hから60km/hまで落ちる。俺は、もっと奥まで引っ張る。130km/hまで引っ張って、そこからブレーキを踏む。
「ガガガガッ!」
ブレーキが唸る。70km/hまで落とす。フロントに荷重を乗せる。ステアリングを切る。インから刺す。GT-Rと並ぶ。抜く。
「やった!」
思わず声が出た。
「調子に乗るな」
零の声が、冷たい。
「…っ」
ムカつく。でも、正しい。まだ、十五位。まだまだだ。
「星野選手、また一台抜きました! これで十五位です!」
実況の声。
「あのシルビア、コーナリングが本当にいいですね! タイヤの使い方が上手いです!」
美月が、また褒めてる。
第三ラップ。前に、十四台。順位は十五位。少しずつ、上がってる。でも、まだ足りない。もっと、もっと前へ。速度計が140km/hを指す。直線を駆け抜ける。風が、車体を揺らす。
「凪」
零の声。
「…何だ」
「お前、攻めすぎだ」
「…は?」
「タイヤを使いすぎてる。このペースだと、十周持たねえ」
「……!」
そうか。俺、焦ってた。無理に抜こうとして、タイヤに負担をかけてた。コーナーで限界まで攻めすぎてた。
「落ち着け。五周目まで、我慢しろ」
「…わかった」
アクセルを緩める。速度が130km/hに落ちる。前の車を追う。でも、無理に抜かない。距離を保つ。タイヤを、労る。
第四ラップ。順位は変わらない。十五位のまま。でも、焦らない。零の言う通りだ。まだ、時間はある。速度計を見る。直線で150km/h。コーナー進入で80km/h。コーナー脱出で60km/hから加速。
「いいぞ。そのペースだ」
零の声。
「…ああ」
タイヤが、じわじわと温まってくる。グリップが、上がってる。この感覚。好きだ。車が、路面を掴んでる。コーナーで、車が素直に曲がる。
「第五ラップ。ここから、攻めろ」
零の声が、鋭くなった。
「…ああ」
アクセルを踏み込む。全開。クロが、吠える。
「ブォォォォォン!」
エンジンが、咆哮を上げた。速度が上がる。160km/hまで加速する。前の車が、近づいてくる。コーナー。ブレーキを踏む。相手より遅く。相手が100km/hで入る。俺は110km/hで入る。ステアリングを切る。インから刺す。抜く。また一台。
「おおっと! 星野選手、ペースを上げてきました!」
実況の声。
「タイヤが温まりましたね! ここから、本気モードです!」
美月の声が、興奮してる。
次のコーナー。また抜く。また一台。直線。また抜く。また一台。第五ラップで、三台抜いた。順位は、十二位。速度計が165km/hを指す。今までで一番速い。
「いいぞ。その調子だ」
零の声。
「…ああ」
心臓が、バクバク言ってる。手のひらに、汗が滲む。でも、楽しい。これが、レースだ。これが、俺が求めてたものだ。
第六ラップ。前に、十一台。順位は十二位。まだまだ前へ。コーナー。ブレーキを踏む。120km/hから70km/hまで落とす。Gが体を前に押す。ステアリングを切る。前の車が、少しアンダーステアを出した。隙ができた。インから刺す。並ぶ。抜く。また一台。
「星野選手、止まりませんね! また一台抜きました! これで十一位です!」
実況が、叫ぶ。
「すごいです! あのシルビア、タイヤがまだ生きてます! 他の車が少しずつグリップを失ってる中、星野選手だけがしっかり曲がってます!」
美月の声が、興奮してる。
「これは、タイヤマネジメントの差ですね! 序盤、無理に攻めなかった分、今タイヤが生きてます!」
美月が、解説してる。正しい。零の指示通りに走った結果だ。
「凪」
零の声。
「…何だ」
「前に、佐々木葵がいる」
「……!」
スクリーンを見る。確かに、前方にRX-7が映ってる。葵だ。現在、八位。速度計を見る。俺は155km/h。葵は160km/h以上出てる。
「あいつを抜け」
「…わかった」
第七ラップ。葵のRX-7に迫る。距離が縮まる。葵の走り、見える。ライン取りが完璧だ。無駄がない。コーナーで、全く膨らまない。コーナー進入速度が90km/h。速い。
「…上手い」
呟いた。
「だが、お前の方が速い」
零の声。
「…!」
そうだ。俺の方が速い。タイヤが、まだ生きてる。行ける。
コーナー。葵が、完璧なラインで曲がる。90km/hで入る。でも、俺はもっと奥まで引っ張る。100km/hまで引っ張る。ブレーキを踏む。
「ガガガッ!」
ブレーキが唸る。75km/hまで落とす。ステアリングを切る。インから刺す。葵と並ぶ。
「……!」
葵が、こっちを見た。ヘルメット越しでも、驚いてるのがわかる。でも、ラインを譲らない。並走。速度が80km/h、90km/h、100km/hと上がる。次のコーナー。葵が、アウトから被せようとする。でも、俺の方が速い。110km/hで突っ込む。抜いた!
「やった!」
声が出た。速度計が120km/hを指す。さらに加速。140km/h、150km/h。
「星野選手! 佐々木選手を抜きました! これで八位です!」
実況が、絶叫してる。
「すごい! すごいです! 去年Cランク四位の佐々木選手を抜きました!」
美月の声が、興奮してる。
「凪、調子に乗るな」
零の声が、冷たい。
「…わかってる」
でも、嬉しい。葵を抜いた。去年、俺の一つ上だった奴を、抜いた。速度計が165km/hを指す。クロが、唸る。この車、まだまだ行ける。
「前に、まだ七台いる。気を抜くな」
「…ああ」
零の声が、背中を押した。第七ラップ、終了。まだ、半分残ってる。これから、さらに激しくなる。心臓が、バクバク言ってる。手が、震えてる。でも、止まらない。前へ。もっと前へ。三位まで、まだ遠い。




