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第25話: 戦場の空気


会場に入った瞬間、空気が変わった。


人の数が、昨日までとは全然違う。ドライバー、メカニック、スタッフ、観客。みんながレースのために動いている。パドックに向かう途中、色んな車が目に入る。GT-R、スープラ、RX-7、インプレッサ、ランサー。どれも、ピカピカだ。スポンサーロゴが、たくさん貼ってある。


クロとは、全然違う。


「…場違いな気がする」


小さく呟いた。零が、横を歩きながら答えた。


「気にするな。車は関係ねえ。走るのは、お前だ」


「…ああ」


パドックに着く。各チームが、それぞれのエリアで準備をしている。タイヤを運ぶ音。工具を叩く音。エンジンを調整する音。全部が混ざり合って、レースの匂いを作ってる。


俺たちのエリアは、端の方だった。狭い。他のチームと比べて、明らかに小さい。零が、工具箱を地面に置く。それだけ。他には何もない。


「…これだけ?」


「ああ。これで十分だ」


零が、淡々と答えた。周りを見る。他のチームは、ピットクルーが二人、三人いる。タイヤラック、工具箱、予備パーツ。色んなものが揃ってる。


でも、一つだけ異様なチームがあった。


パドックの中央。一番広いエリア。そこに、真っ黒なGT-Rが鎮座していた。ピカピカ。傷一つない。スポンサーロゴは、一つだけ。


「NEXUS」。


AI三大企業の一つ。


「…あれ」


零が、GT-Rを見て呟いた。


「NEXUS Racing Academy。AI企業が作った育成チームだ」


「……」


「ピットクルー、十人いるな」


零の言葉通り、そのチームの周りには、たくさんの人がいた。全員、NEXUSのユニフォームを着てる。最新の設備。電動タイヤチェンジャー。デジタル計測器。全部が、金をかけてる。


「あの車のドライバーは、工藤(くどう) (りく)。二十五歳」


零が続ける。


「去年、Bランク二百位だった。年間下位三人に入って、Cランクに降格した」


「……」


「プライドが高い。Bランクに戻ることしか考えてねえ。Cランクの連中を見下してる」


零の目が、鋭い。


「だが、速いのは事実だ。お前の最大のライバルになる」


「…わかった」


その瞬間、GT-Rの横にいた男が、こっちを見た。鋭い目。黒い髪。引き締まった体。工藤陸だ。俺と目が合う。工藤が、小さく笑った。見下すような笑みだ。


「……」


何も言わない。ただ、見つめ返す。工藤が、視線を外した。興味を失ったような顔。


「気にするな」


零が言った。


「あいつは、お前を相手にしてねえ。格下だと思ってる」


「……」


「だが、それが付け入る隙だ」


零の声が、低く響いた。


別の方向から、声が聞こえた。


「あれ? 星野さん?」


振り返ると、若い男が立っていた。二十歳くらいか。明るい顔。笑顔。


「去年、特別戦で一緒に走りましたよね! 俺、覚えてます!」


「…誰だ」


「あ、すみません! 俺、田中(たなか) (けん)です! 去年Cランク十二位でした!」


田中が、手を差し出してくる。握手を求めてる。


「…星野 凪」


短く答えて、手を握る。田中が、嬉しそうに笑った。


「今年、お互い頑張りましょうね! 俺も、Bランク目指してます!」


「…ああ」


「じゃあ、また後で!」


田中が、走って行った。明るい奴だ。悪い感じはしない。


「あいつは、去年Cランク十二位。悪くない順位だ」


零が言った。


「でも、お前の方が上だ」


「…ああ」


さらに別の方向から、女の声が聞こえた。


「星野、久しぶり」


振り返ると、女が立っていた。二十二歳くらいか。長い黒髪。鋭い目。RX-7のキーを手に持ってる。


「…誰だ」


「忘れたの? 去年、特別戦で一緒に走ったじゃない」


女が、少し呆れた顔をする。


「佐々(ささき) (あおい)。去年Cランク四位」


「……!」


去年Cランク四位。上位三人は既にBランクに昇格してる。つまり、去年の実質トップ。今年、俺の最大のライバルの一人だ。


「今年も、よろしくね」


葵が、小さく笑った。でも、目は笑ってない。敵意はない。でも、ライバルとして見てる。


「…ああ」


短く答える。葵が、去っていった。


「佐々木葵。去年Cランク四位。RX-7乗り。技術は一級品だ」


零が説明する。


「お前と同じで、今年Bランクを狙ってる。要注意だ」


「…わかった」


パドックを歩く。色んなドライバーが、俺を見る。中には、話しかけてくる奴もいる。でも、ほとんどは様子見だ。去年五位の俺が、今年どこまで行けるか。みんな、見定めてる。


「凪さーん!」


聞き慣れた声。振り返ると、橘が手を振っていた。美咲さんと結衣も一緒だ。


「来てくれたのか」


「当たり前じゃないですか! 今日が、凪さんの今年最初の戦いですよ!」


橘が、笑顔で言った。


「応援席、確保しました! 家族三人で、全力で応援しますから!」


「…ありがとう」


結衣が、小さな旗を振ってる。手作りだ。「星野凪 がんばれ!」って書いてある。


「お姉ちゃん、絶対勝ってね!」


「…ああ」


美咲さんが、優しく微笑む。


「凪さん、無理しないでくださいね」


「…はい」


橘が、零に向かって言った。


「零さん、これ」


橘が、小さな箱を渡す。零が、箱を開ける。中には、ヘッドセットが入っていた。


「無線機です。凪さんとピットで話せるように、準備しました」


「……」


零が、黙って頷いた。


「ありがとう」


珍しい。零が、礼を言った。橘が、嬉しそうに笑った。


「あと、燃料のことですけど」


「…ん?」


「大会側が燃料タンクを用意してるそうです。ピットで補給した分だけ、後で請求が来るって」


「なるほど」


零が頷いた。


「各チーム、燃料は気にしなくていいってことか」


「そうです。だから、必要な分だけ補給してください」


「わかった」


橘が続ける。


「頑張ってください! 俺たち、観客席で見てますから!」


橘たちが、去っていった。零が、ヘッドセットを確認してる。


「…ちゃんと動くか?」


「ああ。問題ねえ」


零が、俺にもう一つのヘッドセットを渡す。


「これを着けろ。レース中、俺と話せる」


「…わかった」


ヘッドセットを受け取る。軽い。でも、これがあれば、レース中も零の声が聞こえる。心強い。


「テストするぞ」


零が言った。俺がヘッドセットを着ける。零が、自分のヘッドセットを着けて、マイクに向かって言う。


「聞こえるか」


零の声が、ヘッドセットから聞こえた。クリアだ。


「…聞こえる」


「よし」


零が、頷いた。


アナウンスが流れた。


「出場者の皆様、スターティンググリッドへの移動を開始してください」


「…来たな」


零が呟いた。


「行くぞ」


「…ああ」


クロに乗り込む。エンジンをかける。


「ブォォォン」


エンジンが、唸る。この音。今日も、聞ける。スターティンググリッドに向かう。他の車が、次々と並んでいく。俺の位置は、二十三番グリッド。真ん中より後ろ。でも、問題ない。


グリッドに着く。エンジンを切る。車から降りる。周りを見る。前に、二十二台。後ろに、二十七台。全部で、五十台。


「…多いな」


呟いた。零が、横に来た。


「焦るな。お前のペースで走れ」


「…ああ」


「最初の五周は、様子を見ろ。無理に抜くな」


「…わかった」


「五周目から、仕掛けろ。タイヤが温まったら、お前の方が速い」


「…ああ」


「十周目で、ピットに入れ。燃料を補給する」


「…わかった」


「十五周。最後まで、諦めるな」


零の目が、真っ直ぐ俺を見ていた。


「…ああ」


零が、俺の肩を叩いた。


「行って来い」


「…ああ」


車に乗り込む。シートベルトを締める。ヘルメットをかぶる。ステアリングを握る。心臓が、バクバク言ってる。手のひらに、汗が滲む。深呼吸。落ち着け。


スクリーンに、実況ブースが映った。男性と、女性が座ってる。


「皆さん、こんにちは! 今年最初のCランク公式戦、いよいよ始まります! 実況は、私、小林(こばやし) (まこと)が担当します!」


男性実況の声。ベテランの落ち着いた声だ。


「そして、解説は、柊 美月さんです! よろしくお願いします!」


「はい! 柊美月です! 今年も、たくさんのレースを皆さんと一緒に楽しみたいと思います! よろしくお願いします!」


女性の声。明るい。テンションが高い。若い声だ。


スクリーンに、美月の顔が映った。茶色のショートボブ。大きな茶色い瞳。笑顔。ヘッドセットをつけてる。二十代前半か。


「さあ、今年のCランク、どんなドライバーが活躍するでしょうか! 美月さん、注目選手は?」


「そうですね! まず、去年Bランクから降格してきた三人ですね! 工藤陸選手、山本(やまもと) 翔太(しょうた)選手、鈴木(すずき) (まい)選手。この三人は、Bランクの経験がありますから、やっぱり一歩抜けてると思います!」


「特に、工藤選手はNEXUS Racing Academyの全面バックアップを受けていますね!」


「そうなんです! 設備も抜群ですし、今年すぐにBランクに戻る可能性が高いですね!」


美月の声が、楽しそうだ。本当にレースが好きなんだろう。


「他には?」


「去年Cランク四位の佐々木葵選手ですね! 上位三人が昇格したので、実質去年のトップです! RX-7の使い手で、コーナリングが本当に美しいんです!」


「おお! 楽しみですね!」


「それから…」


美月が、少し間を置いた。


「星野凪選手も注目です」


「星野選手! 去年Cランク五位、特別戦で四位に入った選手ですね!」


「そうです! エンジントラブルがなければ、もっと上に行けたはずです。今年、どこまで行けるか、楽しみですね!」


美月の声が、俺の名前を呼んだ。嬉しい。でも、緊張する。期待されてる。プレッシャーだ。


「さあ、まもなくスタートです! 各車、エンジンをかけてください!」


アナウンスが流れた。エンジンをかける。


「ブォォォン」


クロが、唸る。周りの車も、次々とエンジンをかける。五十台のエンジン音が、重なり合う。その音が、会場を震わせた。


「凪」


ヘッドセットから、零の声。


「…ああ」


「お前なら、できる」


「…ああ」


「行って来い」


その言葉が、背中を押した。


スクリーンに、シグナルが映る。五つのランプ。


一つ。心臓が、跳ねる。


二つ。呼吸が、浅くなる。


三つ。視界が、狭まる。


四つ。時間が、止まる。


五つ。


消えた。


スタート!


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