表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/40

第24話: 新年の誓い


一月一日。午前零時。新年が来た。


工房の外で、花火が上がる音が聞こえる。遠くから、歓声が届く。でも、俺は動かなかった。クロの横に座り込んで、ただボンネットに手を置いていた。冷たい。金属の冷たさが、手のひらに染み込んでくる。


「…新年か」


小さく呟いた。今日から、全てが始まる。ポイントがリセットされる。全員が、ゼロからのスタート。俺も、昨日まで積み上げてきた760ptが、全部消える。でも、それでいい。新しい戦いが、始まる。Bランクへの挑戦が、始まる。


「お前と一緒に、行くぞ」


クロに向かって、呟いた。エンジンは冷たいまま。でも、この車は生きてる。俺の相棒だ。


工房のドアが開く音がした。振り返ると、零が立っていた。いつもの死んだ魚のような目。でも、今日は少しだけ違う。何かが、宿っている。


「…起きてたのか」


「…ああ」


「眠れねえか」


「…お前もだろ」


零が、小さく笑った。珍しい。零が笑うなんて。零が俺の隣に座る。二人で、クロを見つめる。ボロい。傷だらけ。スポンサーステッカーが貼ってあるだけで、他は何もない。


「…零」


「何だ」


「本当に、Bランクに行けるのか」


「行ける」


即答だった。


「お前には、才能がある」


「…でも、Cランク二百人の中で、上位三人だぞ」


「そうだ」


零が、クロのボンネットに手を置いた。


「簡単じゃねえ。一年かかる。でも、お前ならできる」


「……」


「昨日、見ただろ。AAAの連中を」


「…ああ」


「あいつらも、最初はお前と同じだった。ボロい車で、金もなくて、ただ走りたいだけで。でも、諦めなかった。一年、また一年と積み上げて、あそこに立ってる」


零の目が、遠くを見た。


「…零は、どうだったんだ」


「俺か」


零が、小さく笑った。


「俺は、三年かかった。Cランクで一年。Bランクで一年。Aランクで一年。そして、AAランクを飛ばして、AAAに行った」


「……」


「でも、お前はもっと速く行ける」


零が、俺を見た。


「お前には、俺がいる」


その言葉が、胸に響いた。


「…ありがとう」


「礼はいらねえ」


零が立ち上がる。


「さあ、寝ろ。明日から、本格的に動く」


「…明日?」


「ああ。最初のレースは、一月十五日だ。Cランク公式戦。百pt獲れるチャンスだ。無駄にするな」


零の声が、いつもの冷たさに戻った。


「…わかった」


零が工房を出ていく。その背中を見送って、俺は再びクロを見つめた。二週間。たった二週間で、レースの準備をする。


「…やるしかねえな」


クロのボンネットを、軽く叩いた。


-----


一月二日。朝六時。零に叩き起こされた。


「起きろ」


「…うっ」


「今日から、地獄だ」


零の声が、低く響く。まだ外は暗い。でも、零は容赦しない。工房に降りると、ホワイトボードに予定が書いてあった。


【年間目標】


Bランク昇格条件: Cランク年間ポイント上位3位以内


年間目標: 2800pt


【1月スケジュール】


1/2-1/7: 基礎体力強化 + 車両最終調整


1/8-1/10: 実走テスト(首都高 + 山道)


1/11-1/14: シミュレーション + 戦術立案


1/15: Cランク公式戦(目標: 100pt獲得)


「…これ、全部やるのか」


「やる」


「年間2800ptって…」


「月平均230ptだ。公式戦で一位を二回、三位を一回取れば達成できる。簡単じゃねえ。でも、不可能じゃねえ」


零の目が、鋭い。


「お前が去年稼いだのは760pt。今年は、その三倍以上稼ぐ。できるか?」


零の声が、低く響く。


「…やる」


「そうか」


零が、小さく頷いた。


「まず、体力だ。お前、昨日のAAA戦見て気づかなかったか? あいつら、最終ラップでもバテてねえ」


「……!」


そうだ。カルロスも、ユリアも、アレックスも、最後まで全力で走ってた。疲れた様子なんて、なかった。


「あれは、化け物級の体力があるからだ。お前、今のままじゃ五周で腕が上がらなくなる」


零の言葉が、刺さる。


「だから、まず体を作る。走れ。五キロ」


零が、工房の外を指差した。


「…は?」


「走れって言ってんだ」


零の目が、本気だった。


-----


走った。寒い。息が白い。足が重い。でも、走った。途中で何度も止まりそうになった。でも、零の目が脳裏に浮かぶ。あの、冷たい、でも本気の目。五キロ。三十分かかった。工房に戻ると、零が待っていた。


「遅い」


「…っ」


「明日は、二十五分で走れ」


「無理だ」


「無理じゃねえ。やるんだ」


零が、水を渡してくれた。一気に飲む。喉が渇いてた。


「休憩十分。その後、腕立て百回、腹筋百回、スクワット百回」


「…死ぬ」


「死なねえ。やれ」


零の声に、反論できなかった。


-----


午後。車両調整。エンジンルームを開ける。零が、細かくチェックしていく。オイル、冷却水、ブレーキフルード、タイヤの溝、サスペンションの動き、全部。


「…ここ、ちょっと緩んでる」


零が、ボルトを指差す。俺には見えなかった。でも、零には見える。


「締めろ」


「…わかった」


工具を手に取る。ミリ単位の調整。何度も何度も確認する。零が頷くまで、終わらない。


「よし。次、タイヤの空気圧」


零の声。


「…まだやるのか」


「当たり前だ。レースは、準備で決まる。走る前に、勝負は始まってんだ」


零の目が、鋭い。その言葉が、胸に刺さった。


-----


一月五日。体が、悲鳴を上げていた。腕が上がらない。足が動かない。でも、止まれない。零が、容赦しない。朝六時。五キロラン。昨日は二十三分だった。あと二分、縮めないといけない。走る。息が切れる。足が重い。でも、走る。ゴール。時計を見る。二十一分。


「…やった」


息を切らしながら呟く。零が、小さく頷いた。


「よし」


それだけ。でも、嬉しかった。


午後。実走テスト。首都高を走る。零が助手席に座る。


「行くぞ」


「…ああ」


エンジンをかける。


「ブォォォン」


クロが、唸る。この音、好きだ。心臓が、高鳴る。首都高に入る。深夜じゃない。昼間だ。でも、零は言った。


「昼間に走れ。夜だけ速い奴は、本物じゃねえ」


アクセルを踏む。加速。車が、前に進む。この感覚。これが、たまらない。


「コーナーだ。ブレーキは最小限に」


零の声。


「…わかった」


ブレーキを踏む。でも、浅く。ステアリングを切る。車が、曲がる。タイヤが、ギリギリで路面を掴む。


「いい。もっと攻めろ」


零が、呟いた。次のコーナー。もっと速く突っ込む。ブレーキを遅らせる。ステアリングを切る。車が、滑りそうになる。でも、持ちこたえる。


「いいぞ。お前、感覚が戻ってきてる。この調子だ」


零の声が、耳に響く。その言葉が、背中を押した。


-----


一月十日。最後の実走テスト。山道。峠だ。


「ここが、お前の本当の実力を試す場所だ。山道は、誤魔化しが効かねえ。技術が全部出る」


零が言った。


「…わかった」


車を走らせる。山道は、首都高と違う。コーナーが連続する。アップダウンがある。路面が荒い。


「第一コーナー。ブレーキングポイントは、あの看板だ」


零が指差す。


「…わかった」


看板が見える。ブレーキを踏む。車が、減速する。ステアリングを切る。車が、曲がる。


「いい。次、ヘアピン。ここは、荷重移動が全てだ」


零の声。ヘアピンが見える。急なカーブ。ブレーキを踏む。フロントに荷重を乗せる。ステアリングを切る。車が、鋭く曲がる。


「完璧だ。お前、本当に成長してる。この調子なら、百pt獲れる」


零が、呟いた。零の言葉が、胸に響いた。


-----


一月十四日。レース前日。工房で、最終確認。零が、チェックリストを読み上げる。


「エンジンオイル」


「…良好」


「ブレーキフルード」


「…良好」


「タイヤ空気圧」


「…良好」


「サスペンション」


「…良好」


全部、完璧だ。


「よし」


零が、ホワイトボードの前に立った。


「明日のレースについて、話す」


俺も、立ち上がる。零が、ホワイトボードに書き始めた。


Cランク公式戦 第1戦


出走: 50名


コース: 東京湾岸ストリート・サーキット 6km


ラップ数: 15周


ポイント配分:


1位: 100pt / 2位: 80pt / 3位: 60pt / 4位: 40pt / 5位: 20pt


「お前のスターティンググリッドは、二十三番だ」


「…真ん中より後ろか」


「ああ。去年の年間ポイントで決まる。お前は去年760ptで五位だったが、上位三人は既にBランクに昇格してる。だから、実質二位扱いだ」


「……」


「でも、グリッドは去年の最終レースの順位で決まる。お前は四位だったから、今回は二十三番だ」


零の説明が、続く。


「このレースには、去年Bランクから降格してきた三人が参加する。あいつらは、格が違う」


「……」


「だが、お前の目標は一位じゃねえ。三位だ」


零の目が、鋭い。


「60pt獲得。年間目標2800ptの第一歩だ。これから一年間、こういうレースを何度も走る。一回一回、確実にポイントを積み上げる。それが、Bランクへの道だ」


零の声が、低く響く。


「焦るな。でも、手を抜くな。毎回、全力で走れ」


零が、俺の肩を叩いた。


「明日、全部出し切れ」


「…ああ」


「お前なら、できる」


その言葉が、心を温かくした。


-----


夜。一人で、クロを見ていた。明日、このクロで戦う。Bランクへの長い道の、第一歩が始まる。


「…頼むぞ」


クロのボンネットに、手を置いた。冷たい。でも、明日は熱くなる。走れば、熱くなる。部屋に戻って、ベッドに横になる。眠れない。心臓が、バクバク言ってる。明日のことを考えると、不安と興奮が混ざり合う。でも、大丈夫だ。俺には、零がいる。クロがいる。そして、橘たちがいる。一人じゃない。


「…一年、戦う」


小さく呟いた。目を閉じる。いつの間にか、眠りに落ちていた。


-----


一月十五日。レース当日。朝五時に目が覚めた。外はまだ暗い。でも、体は起きていた。準備ができていた。工房に降りる。零が、もう起きていた。


「…早いな」


「お前もな」


零が、コーヒーを淹れてくれた。受け取る。温かい。


「今日、全部出せ」


「…ああ」


「焦るな。でも、攻めろ」


「…わかった」


「これが、一年の始まりだ」


零の目が、真っ直ぐ俺を見ていた。


「行って来い」


「…ああ」


コーヒーを飲み干した。体が、温まる。心が、落ち着く。


「…行くぞ」


クロのエンジンをかける。


「ブォォォン」


エンジンが、唸る。この音。好きだ。零が、助手席に乗り込む。


「会場まで、俺が案内する」


「…ああ」


車を走らせる。東京湾岸に向かう。空が、少しずつ明るくなってくる。新しい一日が、始まる。新しい戦いが、始まる。会場が見えてきた。巨大なストリート・サーキット。観客席。パドック。スクリーン。全部が、俺を待っていた。


「…着いたな」


零が呟いた。


「ああ。ここで、一年が始まる」


俺も、小さく答えた。車を降りる。深呼吸。心を落ち着かせる。


「さあ、行くぞ」


零が、前を歩き出した。俺も、その後を追う。新しい戦いが、今、始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ