第2話 戦闘開始
階段を下る、明らかに空気が変わった。
空間の奥に鎮座するのは、殺気を隠さずに放つ大型の魔獣。
茶色の体毛に大きな二本の角、前足の鋭い爪。人をいとも簡単に殺められそうな5メートルほどの魔獣が、大きな唸りを上げる。
離れていてもなお鼓膜に響くその叫びに、俺たちは思わず後ずさりする。
「あれを、実践もしてない奴らに倒せってか?」
「本当に倒せるのかしら.......」
そんな中、アデルがフッと笑い、レイピアを抜く。そして高らかに声を上げる。
「威勢はいいが、所詮あれはDランクの魔獣、ハードボアだ。私にとって他愛無い!お前たち、行くぞ」
「「「お、おぉ!」」」
アデルに先導され、皆が駆けだす。俺もそれに続いて走り出した。
「まずはその顎、砕かせてもらう。――加速!」
魔力が体を包み、周囲の景色を歪ませる。
仲間の姿が一瞬にして視界の奥に消えて行く。
剣が魔獣の下顎を捉え、鈍い音が空間に響く。
魔獣の顔を跳ね上がると同時に腕に衝撃がビリビリと走り、俺は思わず顔をしかめた。
「痛っ.......だが、隙はでき――おい、アデル!?」
振り向けばそこには、飛び上がったままの俺を気にすることなく詠唱を始めるアデルがいた。
「焼き尽くせ、赤色精霊・イフリートッ!」
「やべっ、浮遊、続けて加速っ!」
咄嗟に呪文を重ね合わせ、射線から脱出する。その直後、顔を打ち上げられてがら空きになった首にめがけて、巨大な炎が襲いかかる。
「っの色ボケ野郎が!人を何だと思ってやがる!?」
「このバカアデルっ!ノアじゃなきゃ魔獣と一緒に焼け死んでたわよ!」
炎の熱に当てられながら憤る俺の後方で、テレーゼもまたアデルを叱っていた。
「むっ、すまない、多人数での戦闘はあまり慣れていないもので」
「――てめぇ、あとで一回殴らせろ!」
先導しといて多人数戦闘は未経験かよ。
だが、炎に飲み込まれた魔獣は明らかに疲弊している。呪文が聞いたことに変わりはなさそうだ。
「悔しいが......今がチャンスだ!前衛、攻め込むぞ!」
再び魔獣めがけて走り出し、他もそれに続く。
体勢を立て直した魔獣は、それに呼応して大きな唸りを上げ、前足を振り上げる。
「足元に気をつけろ!踏みつぶされるぞ」
「――俺に任せてください!打ち上げます!」
いつの間にか俺を追い越し、少年が振り上げた足の着地地点に立って叫ぶ。
「ソニック...ナックルッ!」
一瞬の動きで五度の拳撃を発生させ、魔獣の巨大な足を弾き返す。
魔獣はそのままバランスを崩し、3歩ほど後退し、ようやく足を地につけた。
「なんて度胸と技術......これは、もしかすると本当に倒せるかも!」
「まだまだ、油断は禁物ですよ――」
「!?」
突如として脳内に声が響く。俺だけではなく、他のみんなも困惑する。
「突然すみません。50人の感覚を繋ぐには少々時間が必要でして......これは"共感覚"、離れていてもクリアに意思疎通ができる、私の魔法です」
後方を見ると、黒髪で眼鏡をかけた少女が眼鏡をクイッとさせて、まるでフフン、と言わんばかりに口角を上げている。
「確かに、これは指示がしやすいわね!後方部隊、5秒後一斉攻撃!前衛は左右に避けて!バカアデルはそこで待機!」
「えっ、ボクも攻撃を――」
「た・い・き!分かった!?」
「は、はい.......!」
共感覚の使い方をいち早くつかんだテレーゼは、それぞれの舞台に行動を指示する。アデルは危ないので攻撃には参加させてもらえないらしい。
そんな中、ひときわ強力な魔法を放つ青髪の少女がいた。
「全てを穿つ絶氷の槍......クリスタル・ランス!」
魔獣の体長に匹敵するほどの氷の槍を頭上に生成し、そのまま魔獣めがけて射出する。
槍は誰にも止められることなく、魔獣の身体を貫通した。
「よし、あいつは今ので瀕死だ、攻め込め!」
「言われなくとも!」
せめて体裁を保とうとアデルが声を上げる。それと同時に俺は剣を構えて切りかかろうとした、その時だった。
魔獣の身体に黒くノイズが走り、歪んだ。まるで魔獣の存在を打ち消すように。そして、体の奥底からは禍々しい泥が溢れ出す。
「まずいッ!?お前ら下がれ!シールドビット展開、――加速!」
俺は咄嗟に小型の魔力粒子を前方に放出、加速し、壁のように展開する。
――次の瞬間。
禍々しい黒の波動が、魔獣を中心に解き放たれる。それは音もなく俺たちに近づき、衝突した。
気づけば、俺は宙を舞い、地面を転がり、後衛の近くまで吹き飛ばされていた。
「ガッ......ハ!?」
「えっ、ノア?っ、ノア!大丈夫!?」
血が吐き出す俺を見て、テレーゼは顔を引きつらせる。しかしすぐに頭を振り、震えた足のまま、俺の下へ駆け出した。
「おい、アデル...っ、あれは何だ――」
吹き飛ばされた勢いで肺が十全に機能しない中、俺は声を絞り出し、アデルに問いかける。こいつならこの現象も知っているかもしれないと思ったからだ。
しかし帰って来たのは、困惑の色をした怯え声だった。
「なんだよ、これ......知らない。資料にも載っていない!一体、何が起こったっていうんだ!?」
「アデル――」
「ノア、一旦黙って。――ヒーリング」
テレーゼが癒しの魔法を唱えると、徐々に体が楽になっていく。今なら起き上がれそうだ。
「すまない、助かった、テレーゼ」
「ううん、私じゃ全然......助けきれなかった」
テレーゼの見据える先には、黒い泥に包まれた魔獣と、その周囲に倒れこむ数人の仲間。そして、壁に残る大量の血の跡だった。
――は?
「みんな、あの真っ黒い攻撃で吹き飛ばされて......近くにいた人はみんな、壁まで――」
冗談......だろ?
さっきまで一緒に並んで戦ってたじゃないか。
......嘘だ、嘘だと言ってくれ!
なぁ、生きてるんだろ?
――共感覚で、何か言ってくれよ!?
しかし帰ってくるのは、後ろにいた魔法使いのすすり泣く声だけだった。
脳裏に共感覚の反応は、1つもなかった。
「......だめです。前衛の大半が、死亡しています。
共感覚は生者のみの感覚を繋げる魔法です。
その接続が......もう途切れています――」
共感覚の持ち主は、声を絞り出しながら、そう答えた。
俺はその場で唖然とするしかなかった。
「撤退だ......!これだけの被害を受ければ、隊が立て直せない!......この試験は異常だ!退避を――」
アデルが生きている仲間に呼び掛けたその時。黒く蠢いていた塊が、徐々に形を作り始めた。
「魔獣が、溶けていく......?」
魔獣の表面を覆う黒い泥が、歪み始める。角を溶かし、首を伸ばし、骨格さえも無視して形を変えていく。
やがて"もともと魔獣だった何か"は、翼を生やし、前足は腕に変わり、体毛は鱗へと変貌していく。
その姿はまるで、龍のようだった。
「馬鹿な!龍種なんて討伐指標はS級だぞ!こんな低層階の迷宮に現れるはずがない!」
しかし、アデルがどんなに常識を叫んでも、目の前のソレは形を確定していく。
真っ黒な泥は徐々に剥がれ落ち、その全貌があらわになる。
銀色の鱗、光を反射して白く輝く4枚の翼、肉を容易く切り裂く牙と爪。獲物を探すギラギラとした眼光。
その全てが俺たちに「死」という意識を、強く植え付けた。
こんばんは。
いよいよ入学への一歩を踏み出したノアの前には、いきなり災難が降りかかりましたね。
ここで全滅してお話が終わってしまうのか
はたまた誰かが生き残るのか
その真相は明日以降のお楽しみ、ということで。
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