第1話 はじまり
白いシャツの上に藍色のマントを羽織った無数の少年少女が、広大な空間に集められていた。
「筆記試験を突破した300名の学生達よ、まずはよく頑張った。そしてここからが本番だ」
白と金のローブに身を包んだ60代半ばに見える老魔術師がそう告げ、持っていた杖を掲げる。
掲げられた杖は眩しく輝き、その輝きは空間中に拡散していく。その眩しさに、俺は思わず目を閉じる。
――光が落ち着き、目を開ける。
壁際には6枚の扉が出来上がっていた。
「今からお前たちを50人ずつに分け、各扉に入ってもらう。この扉はそれぞれ別の迷宮の最深部手前に繋がっている。入学条件はその最深部で大型魔獣を撃破し、生還することだ」
その突飛な宣言に、およそ300人の受験生がどよめく。受験生の中で、実践を行ったことのある人など、1割にも満たないのである。
――レストア魔術学園。
合格するだけでも他学園への編入が可能とされる筆記試験を乗り越え、その上実技試験でさらに選別され、ようやく入学が許可される、世界最難関の学園。
そこには古今東西の現代までの魔術が集結していると言われている。
魔術の秘奥を求めてこの場へ赴くものは多い。
だが......毎年約半数が実技試験で辞退している上、1割が実技試験で命を落とすとの噂もある。
他の奴よりも実戦はしてきたが、いざとなると緊張するな......。
俺はごくり、と息をのみ、剣の柄を握りしめる。
「ここで辞退するものは名乗るがいい。ここで辞退したとしても、お前たちの魔術知識は世界に通用する。誰もお前たちを貶しはしない。」
命を惜しむものは去れ。案にそう伝えている。
一人、また一人と辞退者が増える中、俺は真っ先に扉へ向かう。
――こんなところで逃げてちゃ、師匠に顔向けできねぇ。
扉の前に立ち、ふぅ、と息をついていると、後ろから声が聞こえた。
「ほぅ、君みたいな凡人が逃げないとは、案外肝が据わってるんだねぇ」
「あ?」
その気取った声に眉をひそめながら、俺は後ろを向く。
そこには、金の長髪を持つ少年が立っていた。
「安心するがいい。ボクがいる戦場でお前のような凡人を先頭には立たせないからな」
「なんだ、どっかの貴族様か?甘やかされて育ったなら辞退しとけ、死ぬぞ」
にやっと笑い、その金髪を煽り返す。金髪の男は不機嫌そうに顔をしかめた。
「この五色の精霊使い、アデル・グレイフォードを前にしてその口ぶりとは……どうやらとんでもない田舎から来たようだ」
「まぁ否定はしねぇ。せっかくだから俺に礼儀を教えてくれよ――色ボケフォード様?」
「き、貴様......っ!いくらこのボクでも、寛容さには限界が――!」
......やべっ、ちょっと煽りすぎた。
アデルと名乗った男がわなわなと怒りをあらわにしたその時。
「没落貴族が――偉そうにすんなーっ!」
「痛ぁっ!?」
横からすっ飛んできた金髪ツインテールの少女が、杖でアデルの頭をぶん殴った。
「なにも殴ることはないだろう!テレーゼ!」
「お姉ちゃんって呼びなさい!」
スコーン、今一度、軽快な音が空間に響く。
「わかった、わかったからごめんって姉さん!」
「むー......まぁ良しとしましょう。ごめんなさいね、父の言いつけを勘違いして偉そうにするのがこいつの癖なの」
「いや、俺も煽りすぎよた。すまなかった。アデル、だったか?」
テレーゼと呼ばれた金髪の少女は、アデルの頭……というか髪の毛をぐいっと掴み、強引に頭を下げさせる。
それに倣って俺も頭を下げる。
アデルは少々不満げにしながらも、謝罪を口にする。
「うん、ボクこそすまなかったね。少々取り乱してしまった。改めて、アデル・グレイフォードだ。」
「私はテレーゼ・グレイフォード。アデルの姉よ」
「俺はノア。さっき言った通り、田舎者だ。入学したらよろしく頼む」
俺が意地悪っぽくアデルに笑いかけると、アデルはバツの悪そうな顔をした。
そうこうしているうちに、扉の先に向かう約50名の受験生が揃った。
扉の前には、黒のローブに銀縁のメガネをした女性が立っている。
「先ほど説明した通り、こちらの第三迷宮で、魔獣を討伐していただきます。この迷宮には最奥の魔獣以外、敵性生物はいません」
「ふむ、敵は一体のみか」
敵の数が分かっていても危険なことに変わりはない。俺は少々不安を感じていたが、その対策はしっかりされているようだ。
「身の危険を感じた場合、支給された鞄の中にある転移石を使用し、ここに戻ってください」
その場合、失格にはなりますが。と付け加え、淡々と扉を開ける作業に入る。
しばらくすれば、扉が開く。扉の先は洞窟内部につながっており、奥に階段が見えている。
――いよいよだ。
俺は改めて、剣を握りしめた。
「それでは試験開始です。命を大切に、頑張ってください」
扉を跨ぐと、ひやりとした空気が肌に刺さる。
後ろで扉の閉まる音がする。その音が響いた後に聞こえるのは、足音と緊張でいつもより多く吐かれる呼吸だけだった。
「この扉......本当に洞窟に繋がってるなんて、あの爺さんの魔法は何だったんだ?」
「ノア、あれは爺さんさなくて学園長よ。そしてこの魔法は彼の十八番、空間接続よ。」
「まさか学園長の事も知らないとは、田舎には教育が行きとどい――てっ!?」
「アーデールー?何回人を煽るなって言えば済むのかしら?」
「杖、杖はやめてよ姉さん!?」
「お、落ち着け、俺が知らなかったせいだから、な?」
俺が反応する間もなく、テレーゼが杖を構える。何故俺は煽られた挙句仲裁役までさせられてるんだ......。
そんな疑問を残しつつも、天然と思われる洞窟を進む。
「ふむ、ボクたち以外は相当緊張してるね」
「まぁ実践前にこんな話してるのが異常なんだろうな」
俺たちは会話を交わしながら進んでいるが、他の奴らはそう余裕があるわけではないらしい。
じめッとした空気と共に、恐怖と不安がひしひしと伝わってくる。
ふと後ろに目をやると、青髪の少女は杖を握る手にずっと力を込めているし、茶髪の少年は冷や汗をずっと拭っている。
「これこそが貴族としての余裕というものだ」
「じゃあなんだ、俺は世間知らずってか」
「ノアもノアで自虐的ね......」
テレーゼが呆れる中、後方を続けて観察していると、一際異彩を放つ少女が目に入る。
淡い赤髪の少女。彼女の周囲だけは、雰囲気が違っていた。
ふと目が合うと、その燃えながらも透き通った瞳に、キッと睨まれた。
「ヒエッ、おっかねぇ......!?」
「うん、どうした?そんな獣に睨まれたかのような声を出して」
「なぁ、アデル。あの一番後ろの方にいる赤い髪のやつ、知ってるか?」
「いや、知らないね。......うん。他と雰囲気が大違いだ。戦闘でも彼女は期待できるんじゃないか?」
慌てて目をそらし、アデルに話を振る。流石の貴族サマも彼女の異様さには気づいたようだ。彼女にもう一度目をやると、フンッといった顔でこちらから顔を逸らす。
何もそこまで敵意を表さなくても......。今日限りとはいえ、仲間なのに。
「二人とも、呑気な時間は終わりみたいよ」
二人の会話を制しながら、テレーゼが目の前に迫る階段を指差す。
階段の下からは、わずかな熱気と獣の匂いが感じられる。
俺たちの後ろについてきた奴らがざわつく。
「お前たち!このアデル・グレイフォードがいる限り、魔獣ごときに負けることはない!安心して戦闘に臨むがいい!」
アデルは階段前で振り向き、足の進まない同志をそう鼓舞すると、先頭となって階段を降りていった。
「こう言う時、空気を読まない貴族サマはかっこいいよな」
「調子がいいだけの奴よ、でもああいうのがいると助かるわね」
アデルの先導に感心しながら、階段を下る。それに連なるように他の者も足を進めた。
こんばんは、一週間お疲れさまでした。
本日は導入部となっております。
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