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抜け殻

ドスッと腹に鈍い痛みが走る。

朝食べたものが口から出てしまいそうな勢いで遠慮も気遣いも無い。しかも女性の腹を蹴るなんて最低の行為ではないか。

こういう展開は目に見えていた。あの子を助けた瞬間から彼らの怒りがナツに向かう事。多少のダメージなら耐えられた。けれど。


「悪いのはそのガキだろうが!」


低い男の罵声が穏やかな街の空気を切り裂いた。

既に周りには沢山の人集りが出来上がっている。物珍しいのか、退屈凌ぎか、見ているだけで救いの手は差し延べられない。


「なんでおれらが責められなきゃいけねーんだよ!」


頭にも響く怒り声が癪に障る。

今日は店の定休日だから朝から街で買い物をしようと意気込んでいたナツは不幸にも余計な助太刀をしてしまった。

前方不注意の男性達と余所見をしながらアイスを食べていた少年が衝突。小柄な少年は反動で尻餅をつき、男性側は足元に少年の持っていたアイスがべっちゃりと染み付いてしまった。

どちらにも非はある。「ごめんなさい」で済めば一件落着だったのに、世の中はそんな簡単には動かない。

結構、お洒落な格好をしていた男性は足元を汚された事に苛立ち、少年を捕まえて殴りかかろうとした。丁度その場面を見てしまったナツは考えるよりも先に足が動き、男性から無理矢理少年を引き離した。それで謝罪して逃げれば良かったんだ。


「子どもに手をあげるなんて最低」


そう呟いた瞬間、左頬を思い切り打たれ、ナツはバランスを崩した。叩かれた時に脳が揺れ、視界も歪んでいた。そんな彼女を男は連れに指示し、羽交い締めにした。そして愉しげに笑みを浮かべ、何の躊躇いも無くナツの腹を殴った。

男の連れも周りの人間達もただの傍観者となり、事の行方を見守っている。

嗚呼、折角アスフィリアからブザーを貰ったのにこれでは取り出せない。叫ぶ事すら痛みで声が出ない。お手上げだ。

それから何度かパンチと蹴りを腹に喰らって重なった痛みで視界が霞む。女だからって容赦しないんだな。


「偉そうに」


まだ気に食わないのか、男は更に連れに指示を出す。すると違う男が卑しい笑みを浮かべながらナツの服を切り裂いた。

人様に見せられるような可愛らしいブラをしていれば良かったか。そんな自慢するような胸でもないし、腹だって今はアザだらけだ。女の裸を見て喜ぶのは男の本性だから仕方ない。見られて減るものでもないから敢えて反応はしないけれども。


「公開処刑ってやつ?この場で凌辱まわしてやるよ」


息を乱しながら囁く男に最早吐き気が催してきた。

アダルトヴィデオなんかでよくあるシチュエーションか。男は見られてヤるのが好きなんだな。興奮然り、自慢然り。


「だっさいなぁ……」


思わず口から漏れてしまった。その直後に感じた殺気。

ヤバいと思った時には地面に叩きつけられていた。


「このクソ女!殺されても文句ねーよなぁ!」


うつ伏せはダメだ……。何の抵抗も出来ない。しかも背中にドスンと乗っかられてしまってはどうする事も儘ならない。このまま下半身まで傷つけられたら流石にお嫁に行けないわ。


「かっわいそー!余計な事しなきゃいいのに」

「何分持つかなー?こいつのやり方きっついよ」

「泣いて叫んでもだーれも助けてくれないみたいだし。本当、可哀想に」


男の連れ達が代わる代わる言葉を放つ。

見下している目。男である事を威張っている態度。そして、次はおれの番だと姿勢が訴えている。

数人での経験は無い。漫画やヴィデオで見るのは好きだが、実際にされるのは避けたかった。こんな事で体力を消耗したくない。

色々考えている内に男の手が尻に触れた。悪寒が走った。

このまま犯されて放置されて空を呆然と眺める展開かな。

こういうのは我慢していれば終わるらしい。痛みも快楽も時間が経てば忘れてしまえる。

……それでも、一応女だし?恥じらいもあるし、抵抗だってある。

今すぐにでも泣き叫んで変な女だと演じてみるか……。


「やめて……!」


代わりに泣き叫びながら男達に掴みかかったのは先程ナツが助けた少年だった。


「お、おねえちゃんをいじめないで……」

「ガキが。邪魔すんじゃねぇ」

「やめてよ……!おねえちゃんは悪くない!」

「うるせーな!」


苛立った男が少年を蹴り飛ばした。

その小さな体躯ではいくら立ち向かった所で石ころみたいに飛ばされるのがオチだ。少年が男達を倒せる程の能力者なら状況も変わるだろう。だが、その可能性は無いに等しい。どう見ても平々凡々だ。その勇気には大変感謝はするよ。


「萎えるだろーが」

「そんな乱暴にしたらモテないよ」


綺麗な声が空気を変えた。

少年を介抱しながらこちらに視線を向けるのは、治癒能力者ギルドの人間。


「……ウィユ……」


ナツが小さく名を呼ぶ。


「喧嘩売ってんのか!」

「先に手を出したのはそちらだろう。男が寄って集って女性を嬲るなんて、ダサい事この上ない」


静かな声色でウィユは男達に近付いていく。


「なんだと」

「それ以上、事を進めるなら此方も容赦しないけど。いいかな?」

「は?」


瞬き厳禁とでも言いたくなるような華麗な回し蹴りが男にクリーンヒットし、後方に蹴り飛ばされた男は目を回している。


「君達も、ああなりたい?」


残っている男達にウィユは睨み付けながら問い掛けた。


「……なんだよこいつ……」

「逃げんぞ」


自分達は暴力を振るっておいていざ自分が喰らうとなると尻尾を巻いて逃げるのか。始終ダサい事しかしてないな、と眺めているとふわっと身体が持ち上げられた。


「あら。案外、平気そう?」


ナツを腕に抱きながら可愛らしく微笑むのは、治癒能力者ギルドのシエルだった。可憐な印象を持つシエルにナツは暫く見惚れていた。


「やぁ、プリンセス」

「……ウィユ」

「酷い有様だ。ギルドで治癒しよう」


ナツの事を「プリンセス」と呼ぶのはギルドの人間で唯一人。

綺麗な顔立ちをし、冷静沈着で凪の様な雰囲気を放つ。


「あの男どうしようか。女抱けない身体にする?」

「駄目だよ。ダサいのが加算されちゃう」

「生きていたって害悪になるだけだ」

「警邏が何とかするでしょ。構ってる方が無駄」

「……そうだな」


シエルと会話が成立し、ナツはもうどうでもよくなっていた。

その後男達は街の人々によって警邏に連行されていったらしい。

ナツはギルドまでシエルに抱っこされ、着いた途端、今度はウィユに姫抱きされそのままウィユの部屋へと案内された。


「……何故」

「今日はお店休みだろう?」

「そうだけど……」

「偶には良いじゃないか」


高そうなソファに降ろされ、治癒を施しながらウィユは楽しげに囁く。その様子をシエルは優しげに見守っている。


「……ありがとう。助けてくれて」

「当然だ。プリンセスが傷付けられるなんて見過ごせない」

「女の子をこんなに痛めつけるなんて最低。口の中も切れてるじゃん」

「……ん。歯は折れてないよ……」

「そういう事じゃないよ、ナツ。痛かったって言えばいいの。あんな事されて気丈な訳ないでしょ?」


打たれた頬をシエルに治して貰いながらそんな優しい言葉を言われたら、張っていた気が緩んでしまう。あまり見せたくない姿だ。


「………痛かった…………」


視界が滲む。一度解ほどけてしまうと取り留めもなく涙が溢れてきた。


「ナツ。我慢しないで曝け出していいよ。気持ちは吐き出さないと苦しいだけになっちゃうからさ。息が出来る内は全部ぶち撒けてスッキリしよう。ね?」

「………っ」


人前で泣くのは好きではない。

今までも我慢してきたし、もう泣かないと決めた筈だ。

……なのに。

どうして大人になってからの方がこんなにも泣きたくなるんだ。


「泣くのは子どもだけなんて、格好付けたい大人が勝手に作ったルールじゃん。泣きたい時は泣けばいいし、どうにもならない時は助けて貰えばいい。それを醜悪だなんてはやす奴は這いつくばって藻掻けばいいんだ」

「手厳しいな、シエルは」

「この間、要請で出向いた国で偉そうに説教してる奴が居たから。人前で泣くのは恥晒しだって怒鳴り散らして自分の正義を掲げてた。あんな人間にはなりたくないね」

「最悪の見本だな」

「そうね。それが正しいと思ったら、見直すのは厄介な輩よ」

「お前は絡まれなかったか?」

「ただの傍観。ライスも関わるなって言ってたし」

「それなら良いんだ。キミが傷付けられたらボクはそいつを殺してしまうかも知れないからね」

「あら、怖い」


クスっと笑うシエルにウィユも微笑む。

そんな会話が飛び交う中でナツは船を漕いでいた。久々に泣いたからだろうか。頭も重いし、なんか気持ち悪い。寝てしまえば解消される症状なので態々二人に伝えて心配も掛けたくない。

これ以上、二人の邪魔をしてはいけないのに。

意志とは反対に身体は思った以上に素直だった。

いきなりきた嘔吐感にナツは口元を手で押さえた。


「ナツ?」

「どうかしたのか?プリンセス」


流石に吐き出す気力はなく、出たのは咳だけだった。


「体調、悪い?」

「……少し……吐き気がしただけ……」

「横になった方がいい。プリンセス、歩けるか?」

「……自分の部屋で休むよ」

「駄目っ……!」


シエルにぎゅっと腕を掴まれ、その行為に驚いた。


「そんな状態で一人に出来ない。暫くこの部屋で休んでいきなよ」

「……でも……邪魔じゃない?」

「何を言ってるんだ。邪魔なら部屋に入れたりしないさ」

「そうだよ。ちゃんと休むのも大事なんだよ」

「……ん。ごめん、ありがとう」

「ボクのベッドで休んで。飲み物はいるかな」

「……大丈夫そうかも……」


二人に付き添われながらナツはウィユのベッドを使わせて貰うことにした。こちらもふかふかで肌触りが良い。


「シエル、ウィユ。今日はありがとう」


改めてお礼を言うと二人は優しい笑みを向け、静かに寝室から出ていった。それから数分もしない内にナツは眠りについた。



「アスフィリアはまだ帰って来ないのか?」


ソファに腰掛けながらウィユが聞く。


「結構遠い所まで言ってるんじゃないの?ダンジョン攻略だし」

「……待っているだけは辛いかもな」

「……無事に帰還してくれる事を祈るだけだよ。アクアとリヴルみたいにはなって欲しくない」


治癒能力者ギルドから犠牲が出る事は稀ではない。それを承知で所属している分、心配事も大きい。不安もあれば淋しさもある。


「あの時は辛かったな……」

「もうあんな思いはしたくないね」

「……アスフィリアが帰還するまではプリンセスの側にいるよ」

「優しいじゃん。あの子には甘いよね」

「そうだよ」



重い打撃が降り掛かる。

いつも守ってくれていた母親は既に息絶えていて、それでも止まない暴力を彼は翳してくる。

女は脆い。だから泣くしかない。散々そう言われてきた。

最初は優しい人間だったのだろう。

軈て本性が見えた時にはもう遅く、抗えない暴力に支配されていった。ずっと守ってくれた事にはとても感謝している。

けれど、こんな愚かな人間と結婚した母をとても恨んでいる。

全身の骨が砕けて呼吸すら出来なくなっていた頃、彼は捕まった。

見兼ねた城主が助けてくれたらしい。

その後彼は死ぬまで鞭打ちの刑に処され、叫喚しながら死んでいったという。

助けられてから数日、城主の娘である姫君と日々を共にした。


「なんだ。以前の名前は捨てるのか」


姫君と言っても男勝りな性格で可憐な容姿に騙されて近付いたものなら腹に蹴りが入る程、喧嘩も強い。


「あの男に付けられた名前だから……」

「そうか。なら、新たな名前をボクが付けてあげるよ」


それが最初で最後の姫君からのプレゼント。

響きも良く、何より姫君が一番満足そうにしていたから今でもこの名前で生きている。

沢山の日々を過ごして沢山の感情を貰った。

このままずっと一緒に生きていくんだろうと信じて疑う事を知らなかった。


「済まない」


別れは突然だった。

姫君は泣きながら遠い国に行くのだと伝えた。


「……どうして……」

「決まってしまった事は仕方ないんだよ。ボクの力ではどうにもならない」

「……嫌だ。ずっと一緒にいたいよ」

「……国の為だ。ボクが拒絶してしまったらこの国は滅ぼされる」

「アンジュが条件にされてるの……?」

「あちらの国はボクの歌声が目当てだ。多くの人が犠牲になるなら、ボクは喜んで差し出されるよ」


姫君、アンジュは神の声と称される程美しい歌声の持ち主だった。聴く者を魅了する圧倒的な美声。それを売り物にしたり政治の道具にしたりする者達が後を絶たない。アンジュと引き換えに多額の寄付金を受け取り、交渉成立。


「おかしいよ……。そんな……物みたいに……」

「良いんだ。もう慣れてきた。それに、鳥籠の中も案外居心地が良いぞ」


アンジュは微笑みながら宥めてくれた。


「……また会える……?」

「会えるよ。いつか何処かで会える。そう願ってる」

「……アンジュ……」

「泣くな。その涙はボクの為に流すものじゃない」

「だって……!会えなくなるなんて嫌だ……」


我儘だと分かってる。それでも行かないでと想う気持ちの方が大きくて引き留めたくて涙が止まらない。


「お前は強いじゃないか。あの時だってボクを助けてくれた」


姫君と出逢って最初の頃、輩に絡まれて敵わないと泣いた彼女を助けた事がある。いくら喧嘩が強いといってもまだ少女だ。成人男性相手に力の差は歴然。見兼ねて代わりに喧嘩を買ったら呆気なく倒してしまったものだから、アンジュも驚いていた。

その時からだ。自分は守られる側ではなく、守る側の人間なのだと気付いた。あんな愚かな母みたいに男に屈服なんてしない。そんな弱い生き方はしたくない。


「ボクは何処でも生きていける。だから、心配しなくていい」

「……本当に?」

「あぁ。何処に居てもボクの歌声がお前に届くように、ボクは歌い続けるよ」

「……アンジュ……」

「次の再会を楽しみにしているよ、ウィユ」


姫君は額に誓いのキスをしてくれた。

そして翌日の朝、アンジュは他国へと渡っていった。

それから数日後、この国は敵襲に遭い滅びの一途を辿る。

こうなる事を予期していたのか、城主は即座に亡命し、人々を見殺しにした。ウィユも襲われたが致命傷は逃れたので自力で治癒し、逃げ延びた山林の中で意識を失った。

目覚めたら治癒能力者ギルドにいて、マスターから勧誘された。あの国に要請されたギルドの人間が助けてくれたらしい。

ギルドの人間達は皆優しく、居心地が良かった。何よりギルド長が 一人一人に寄り添って想いを理解してくれる人間だったから感情を我慢する事なくありのままでいられた。

だから、作為的な悪意に鈍感になってしまっている事に気付けなかったんだ。


「なんだ。お前、女か」


ギルドに運ばれてきた患者同士の喧嘩の仲裁に入った時だ。

不意を突かれて羽交い締めにされ、服を切り裂かれた。


「男みたいに強がって、馬鹿じゃねぇの?」


ニヤニヤしながら男達は身体を眺めている。

折角治癒を施してやったというのになんて無礼な奴らだ。


「女の腕力じゃ男には勝てないだろう?」

「……だから?」

「綺麗な顔してんだし、男に守って貰え」


一番、腹立たしい言葉だ。

女は守られる存在なんだと。それはつまり、守られなければ何も出来ない弱い存在を意味する。

だから嫌なんだ。性別でしか人間を量れない輩は。

殺されても惜しまれないちっぽけな存在だろう?


「女だから何だと言うの?貴方達より強い女は居るのよ」


助けてくれたのは、シエルだった。

可憐な足捌きで男達をのしてしまうその姿に一目惚れした。


「女じゃなくても、素肌を見られるのは嫌なものよ」

「……ありがとう。助けてくれて」

「許せないから。それだけよ」


ギルドの人間達はウィユの性を指差す事は無かった。

受け入れられているのだろうと思っていたが、単に興味が無かったらしい。深く突っ込まれるよりは断然マシだ。


「シエルは強いな」

「こんな見た目してるから絡まれる事多いのよ」

「とても魅力的だよ」

「ありがとう。嬉しいわ」


後に、シエルが男だと判った時は更に好きになっていた。

自分の好きな格好をして何物にも囚われない生き方が羨ましかった。


「ウィユはそのままで良い。格好いいわよ」

「……キミには及ばないよ」

「あら。嬉しいわ」


それからシエルとは一緒に居ることが多くなった。

そんな折、まだこのギルドに来たばかりのナツと湯殿でバッタリと遭遇した。


「……済まない」


タオルなど使わないのでもろ裸体を晒してしまったウィユはさっさと着替えに入った。


「謝ることないよ」

「……気を悪くさせただろう?」

「どうして?綺麗だよ」


ナツも堂々と服を脱ぎながら淡々と答えた。


「……綺麗か?」

「ウィユ……だよね?あたし、名乗ったっけ?」

「あぁ……。ケーキ屋の店員だろう?」

「そうよ。ナツって呼んで」


随分明るい子だと思った。店員だからスマイルは持ち合わせているのか。結構ギルドの人間と話している所を見かけた事がある。


「ボクが女湯(こっち)にいて驚かないのかい?」

「驚く?何故?」

「えっ……」

「どっちにいたって良いんじゃない?」


さらっとした対応に救われた。

ナツもセクシュアリティに関しては追求してこない。

それはそれで助かるけれど。


「あ!この後メグ達とケーキ食べるんだけど、ウィユも一緒にどうかな?」

「……いいのか?」

「勿論!メグのケーキは美味しいから沢山の人に食べて欲しいんだ」

「そうか……。キミが出るまで待ってるよ」

「ありがとう」


その後一緒に食べたケーキがとても美味しかった。ギルドの人間もちらほらいたが、皆ケーキに夢中で幸せそうに微笑んでいた。


「ナツはケーキ作らないのかい?」

「……まぁ、メグが作った方が断然美味だからなぁ。あたしは接客と売り込み担当。新規のお客様をゲットだぜ!って感じで」

「一度食べたらファンになる味だ。ナツの笑顔にも癒やされる」

「そう?ありがとう」

「昔……読んだ絵本にナツみたいな子がいたんだ。街中で花だったか薬だったかを売ってお金を稼ぐ話。結構色んなやり方で売り捌いて軈て笑顔も味方にしてお店は無事繁盛。国の王子に見初められてプリンセスになったんだ」

「ハッピーエンドだ」

「そうだね」

「あたしの居た国にも似たような話あったよ。途中からバトルもののストーリーに変わってたけど。何事も第一印象は大事だしね。不機嫌な店員なんてぶっ飛ばしたくなるじゃない?仕事が嫌にならないように、嫌な仕事をしないように、そうやって力の抜き方を学びながら今のあたしが形成されてる。いい気分でケーキを買って帰りたいでしょ?あたしの気分なんて仕事には関係無い。皆がメグのケーキを食べて幸せになってくれたらそれだけで良い」


誇らしげに語る彼女に絵本の女の子と重なった。


「素晴らしいと思うよ、プリンセス」

「ありがとう、ウィユ。その呼び方は?」

「そう呼びたくなった」

「……嫌じゃないわ」

「ボクも偶にはお店の手伝いしても?」

「大歓迎!リピーターが増える!」


大いに喜んだナツは満面の笑みを浮かべた。



だからあの日、彼女が泣いているのを見て「守りたい」と強く思ってしまったんだ。


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