待つ方
雨上がりという事もあってか、開店と同時にいつも以上の来客で【アーシャ】は賑わっていた。
行列も中々途絶えず、最初からハイテンションで接客をしていたナツは中盤から声が掠れてきていた。
まとめ買いのお客が多く、何かのイベントでもあるのかと聞きたくなったがそんなお喋りをしている暇はない。注文から会計までの流れを切らしたくないので無駄な行動は省く。メグも2時間程一緒に接客をしていたのだがケーキが無くなりそうになってきたので調理場で追加のケーキを生み出している。
それにしても皆いっぱい買っていくなぁと感心してしまう。いつもは一つや二つしか購入しないお客も今日は10個以上注文していく。やはり何か盛大なイベントがあるに違いない。
「お待たせしました!いらっしゃいませ!」
水分補給しながら喉を潤し、元気に挨拶を交わす。
サービス業にて笑顔と元気は必須。暗くて小さい声なんて踏みつぶされてしまうよ、と最初の頃メグに脅された。
人との触れ合いは好きなのでナツにとっては難無くクリアだったがそろそろ笑顔が厳しい。頬が痙攣しそうだ。
「今日もありがとねぇ、なっちゃん」
常連のマダム達は笑顔でお礼を言いながら去っていく。その一言の為に頑張れる事もあるのだ。
「いつもありがとうございますー」
テキパキ事を成しながら行列を捌いていく。
ケーキの種類と値段は殆ど暗記しているのでレジ打ちも早い。今の所苦情は無し。
「お待たせしました……」
「わぁ。凄い行列だねぇ」
聞き覚えのある声にナツはレジ打ちの手が止まった。
眼前にいる美人は治癒能力者ギルドの人間だ。
「ヒース!久しぶりだね。仕事帰り?」
「ナツに会いたくて会いたくて速攻で帰ってきたんだよ」
「あら、有難う」
「凄く繁盛してるみたいだねぇ」
「今日はずっとこんな感じ」
「そうなんだぁ。千客万来いいね」
穏やかな笑顔に癒される。レジ打ちのスピードが上がった。
「またね、ナツ。メグにもよろしくー」
「うん。ありがとう、ヒース」
サラッと接客を済まし、次のお客へと目を向ける。
やはり注文の量が多い。ファミリー連れも見られるし、パーティーでもあるのだろうか。
行列の最後尾はまだまだ先で正直一人で捌くのはしんどい。
待たせてしまうのは申し訳ないし、かと言って焦ってミスもしたくない。会計は慎重だ。どの世界でもお金には煩い。嫌な思いは極力避けたいので確認は大事だ。
「お待たせしました……」
「いつまで待たせるんだ!」
いきなり激しい言葉を浴び、ナツはビクッと肩を揺らした。
突然大声で怒鳴るのはやめてほしい。接客中だぞ。
「申し訳ありません……」
「こんな行列で会計が一人ってどうなってんだ!回るわけ無いだろう!」
そりゃご尤もだ。せめてあと一人いたら回転スピードが上がるのに。
「こんな待たせやがって」
「あの……ご注文は……」
「いるか!気分悪い!」
まぁそうなるよなぁとナツも諦めてしまった。こういうお客はあちらの世界にもいた。いちいち受け止めていては精神が持たない。
「えー?要らないのー?折角ここまで並んだのに。此処のケーキは並ばないと食べれないイチオシなんだよー。それを買わないなんて勿体ないなー!」
困惑した空気を打ち破ったのはフリルエプロン姿のヒースだった。何故そんな格好なんだと疑問は抱くが凄く似合っているので敢えてスルーしよう。しかもさっき帰社してケーキ買ってそんな経ってないのにナツの横で接客の位置にいる。
「本当に要らないのー?後悔しちゃうよ」
「……じ、じゃあ……」
お客は気不味そうに数個ケーキを購入してくれた。
初めての苦情だ。嫌な思いをさせてしまった。これは味わいたくない。
「オレが注文取るからナツはレジ打ちに集中して」
動揺しているナツの耳元で囁きながらヒースはさっさと次のお客を接客し始めた。
どうして手伝ってくれるんだろうなんて聞きたいことは沢山あるが全ては仕事が終わった後。
ヒースは穏やかな口調に反して動きはテキパキしていた。ケーキの種類も覚えているらしく、お客が示したケーキをサラサラと取っていく。これは助かる。
「ありがとうございましたー」
メグの補充も間に合い、何とか業務終了を迎えた。
ケーキは全て売り切れ。いつもより早目に店仕舞いだ。
「ありがとう、ヒース。助かった」
「どういたしまして。微力ながら力添え出来て良かったよ」
「素晴らしい接客だったわ。ケーキの種類、覚えてるのね」
「いつも買ってるし、メグのケーキは可愛いから自然とね。あ、さっき買ったケーキ、冷蔵庫に入れて貰ってるんだぁ」
「そうだったの……」
「このエプロン、ナツの?」
「いやいや。それはミシュのだよ。この前手伝ってくれたんだ」
「……ミシュの……」
ナツのだと思って着たのだろう。ミシュのものだと分かるとヒースは静かにエプロンを外し、ハンガーに掛けた。
ミシュはまだ学生だが、時折手伝いに来てくれる。
「ヒース!今日はありがとう」
片付けが終わったメグが出てきた。物凄いスピードでケーキを出していたからか、息切れしている。
「メグちゃん!会いたかったよー」
ヒースはにこにこしながら「むぎゅー」とメグに抱きついた。
彼なりのスキンシップ。同性相手には有無を言わさず抱きついている。ナツは少し羨ましいなぁと遠目で眺めていた。
「先輩の事も助けてくれてありがとう」
「当然じゃないか」
可愛らしく笑う姿はもはや萌えだ。ヒースを推している女性達が見たら鼻血を出して卒倒してしまうぞ。
「アスフィリアはいないのー?」
「あぁ……。メイメイと一緒に冒険者ギルドからの要請でダンジョン攻略に出掛けたわ」
「……ダンジョンかぁ……。まぁ、メイメイが居るなら大丈夫かなぁ……」
「ヒースも行った事あるの?」
「あるよ。二度と受けたくないけどね」
投げやりな言い方に嫌な思い出があったのだと察する。
ナツはそれ以上聞かなかった。
「あ。そういえば今日って何かイベントでもあるの?」
「うん。今日はファミリーデーって行って、家族や親戚が集まってパーティーする日だよ」
「……マジか」
それならあの行列も納得がいく。そういえばミシュがそんな事を呟いていたような気がする。全く気にも止めなかったので頭から抜けていたな。
「イベントの時は誰かにヘルプで入って貰ったら?」
「それねー。今、メグがギルドマスターと話し合い中なんだ。適当な人間入れたくないって」
「あぁ、それはあるねぇ」
「うちらも世話になってる身だから他所の人間には頼めないし」
「今日は特別だったとして、今まではナツ一人で捌いてたんでしょう?」
「まぁ……。ここがオープンした当初は今程の行列ではなかったしね……」
【アーシャ】は口コミで拡がっていき、今の人気を獲得した。徐々にという感じだったのでイベントがあっても今日程の行列は無かった。あとはナツとメグの外見目当ての客やら素見の客やらも居たがギルドの人達に助けて貰って変な客は見なくなった。
デートの誘いをしてくる客はちょいちょい出てくるが交わし方を知っていればさっさと片付く。
「あ。ヒース、仕事終わりだから疲れてるよね?引き留めてごめん……」
「いいよー。ナツとメグの顔見たら癒やされたから」
「それは有難う」
「オレも要請無い時伝えるからさ。そしたら声掛けて」
「ありがとう、ヒース。とても助かる」
メグはヒースの手をぎゅっと握りながらお礼を言った。
「二人も、ちゃんと休むんだよ」
「うん」
「ナツ。部屋まで送るよ」
「……ありがとう」
「メグちゃんも、一緒に行こ」
「あ、ごめん。ちょっとやる事あるから」
「手伝おうか?」
「大丈夫。先輩は休んで」
メグが断るという事はまた新たなアイデアが浮かんだのだろう。一人で試行錯誤をし、新作を生み出している。
そういう事ならばとヒースも察したらしく、メグと別れてエレベーターへ向かった。
「……アスフィリアが居ないと寂しい?」
「えっ」
「バレてないって思ってる?」
「……バレてるの?」
「ギルドの人間は気付いてるんじゃないかなぁ」
想いを寄せている事は誰にも言っていない。だが周りにも分かってしまう位にバレバレな態度なんだろう。
確かに会えないのは寂しい。ダンジョン攻略なんて無傷で帰還出来る方が稀だと聞く。どうか五体満足で帰社してくれたらと願うだけ。
「メイメイのラブコールは見事にスルーしてるのにね」
「あれは……スキンシップみたいなものなのかなって……」
エレベーターで階に着き、話しながら部屋まで歩く。
「ナツ。少し、部屋で話さない?」
「……でも……」
「大丈夫。キミに手は出さない」
ヒースは女性達にかなり人気がある。
綺羅びやかな長い金髪を靡かせ、端整な顔立ちで甘く囁かれたら女はイチコロだ。一瞬で目がハートに変わり、甲高い声で歓声を上げる。それ故、抜け駆けは許さないルールが作られてしまい、「ヒース様はみんなのもの」と看板を掲げている程だ。そんな彼と二人きりになるのは避けたいが、時間も遅いので受け入れた。
「……分かった」
「お邪魔していい?」
「あたしの部屋で話すの?」
「嫌ならまた今度、みんなが居る時に」
「……ほんとに、少しだけなら……」
断って嫌な思いをさせたくない。ヒースの人柄は把握しているし、言った事は守る人だ。心配は無いと考えたい。
ヒースを部屋に案内し、ナツは早速お茶を出した。
「あ、紅茶だ」
「メグから貰ったんだ」
「紅茶も美味しいから好きだよー」
「ありがとう。メグに伝えておく」
必要不可欠な家具しか置いていないのでガランとした空間が目立つが不自由は無い。二人はテーブル席に向かい合って座り、紅茶を嗜んだ。
「あ、美味しい」
「本当だ。ストレートでも飲みやすいわ」
「メグちゃんは天才だなぁ」
「努力してるからね。ずっと夢だった仕事が出来てるんだもん。それって凄くハッピーな事じゃんって思うんだ」
「良いこと言うねぇ」
「あたしは挫折した身だからさ、一つの事を長く続けられてる人を尊敬しちゃう」
「挫折ねぇ……」
しんみり呟きながらヒースは紅茶を味わった。
「好きな人の帰りを待つのも凄い事だと思うよ」
「……えっ」
「心配したって不安がったってその人の辿る道なんて分からないじゃん。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。もしかしたら無事に帰還してくれるかもしれない。待つ方が色々考えてもその人の選択肢を変えられる訳じゃないしね。待っててくれる誰かがいるって事も、凄くハッピーな事なんだと思うよ」
普段は飄々としていて正直なにを考えているのか分からないが、偶にこういう真面目な事を言うので核心を突かれている様でドキッとしてしまう。
「……そうかな」
「オレも、ダンジョン攻略行ったってさっき言ったじゃない?」
「うん」
「……ギルドに帰ったら皆がおかえりって出迎えてくれた。それが凄く嬉しくてさ。ちゃんと此処に存在してるんだーって感じた」
「此処のみんなは優しいよね。温かいし、親身になってくれる」
「そうだね。治癒能力者だからっていうのもあるからかもだけど。治したり癒したりする能力を持っているからこそ、寄り添えるし優しくなれたりするんだなぁって思うよ」
「……確かに」
「いつもハッピーエンドな結末じゃない。救われた人間がいれば助からなかった人間もいる。その全てを救いたいって思うのは治癒能力があるからだ。でもね、無闇矢鱈に“大丈夫"なんて言えないんだよ」
「……嘘になるからでしょ?」
「……うーん……嘘というか、必ずしも助かるとは限らない。力が及ばなかったり容態が悪化したりするかもしれない。予期せぬ事態まで先を見通しておかないと、残るのは絶望だけ。闇堕ちって結構しんどいんだぁ」
「……その言い方だと、経験あるの?」
「うん。最初は自死まで考えた。今生きてるのは、ミシュのお陰。あの時は怖かったなぁ」
「ミシュは怒ると怖いもんね」
「そうなの。頬にビンタされるくらいの覚悟はあったんだけど、まさかのグーパンだよ!可憐さなんて微塵も無い」
「でもそのお陰で今生きてるんでしょ?」
「うん。あの子には色々とお世話になってるからいつかお礼しなきゃなぁって」
「大事だね」
「……だからね。アスフィリア達が帰ってきたら、おかえりって出迎えてあげて。多分、ボロボロになってるだろうから」
「うん……。そのつもり」
「良かった。ちゃんと話しておきたいって思ってたんだぁ」
「ありがとう、ヒース」
不安になっているのを察してくれていたみたいだ。流石、よく人の顔色に気付くものだ。
「じゃ。オレは帰るよ」
「うん。ゆっくり休んでね、ヒース」
「ありがとう。ナツも、考え事しながら寝ちゃ駄目だよ」
「……そうね。やめる」
「何か不安とかあったら遠慮なく相談して。今度は二人きりじゃなくてみんなが居る所で話そ」
「……ん」
本当に気遣いに長けている。この人をグーパンしたミシュは強者だな。
「戸締まりも確りね」
「うん。ヒースも帰り気を付けて」
「はぁい。またね」
手を振るヒースを見送り、すぐに鍵を閉めた。戸締まりは厳重に行っている。いくらギルドの社宅といえど危険が無いとは言い切れない。元の世界でも一人暮らしだったが、隣の部屋が空き巣に入られただとか上の階で強盗があったなどと犯罪に取り憑かれていたので戸締まりに関しては指差し確認もして徹底している。
ヒースが部屋に入ると玄関には見慣れた靴があった。最近良く来ている。理由は承知の上だけれど。
「おかえりなさい、ヒース」
「ただいま。ミシュも、おかえり」
ネグリジェ姿の美女が椅子に腰掛けながら長い足を組み替えた。
外見は見目麗しい女性だ。
ミシュはラピラス学園の2年生で、とても大人びている。今は諸事情でヒースの部屋にちょくちょく泊まりに来る。
「大分寛いでるね」
「お風呂も済ませたわ」
「……待たせちゃった?」
「遅いなぁと思ったから」
「ごめんね。ナツと話してた」
「……部屋で?」
「うん。遅いから人の目は無いし大丈夫かなって」
「そう。ナツ姉、どうかしたの?」
「……今、アスフィリアとメイメイがダンジョン攻略に行ってるんだって。それで不安になってたから」
「……あら……」
「無事で帰還してくれれば良いんだけどねぇ……」
ヒースもミシュもダンジョン攻略への要請は経験済みだ。そこで得た知識と見た惨劇は口にも出せない。出来るなら一回限りで終わりたいと願う程、しんどい。
「アスフィリアがいないとナツ姉、寂しそうだものね」
「本人達はバレてないと思ってるみたいだよ」
「あり得ないわ。みんな知ってるもの」
「そうだね」
「でも……いないと寂しいわよね……。帰還する確証も定かじゃないし……」
呟くミシュをヒースは後ろから優しく抱きしめた。
「大丈夫……なんて言えないけど、無事に帰ってきてくれるって信じて待つのも勇気だよ」
「……残酷ね」
「それしか出来ない時はそれに縋るしかないじゃない」
「……分かってるわ」
ミシュはスッとヒースの腕を退かし、立ち上がった。
ネグリジェ姿だからか、余計儚い印象を持たせる。
「……また、誰かが居なくなるなんて嫌よ」
「……そうだね」
「ナツ姉にはそんな思いしてほしくない。明日、ナツ姉の所寄ってから帰るわ」
「……分かった」
「おやすみなさい」
涼し気な表情でミシュは寝室へ向かった。
治癒能力者ギルドは人の減りが早い。
危険な場所へ派遣される事もあるので生還しない者もいる。何年か経って帰還した者も居るけれど、五体満足ではなかった。それでも帰還してくれただけで喜ばしい限りだ。
戦う者が居れば負った傷を癒す者がいる。その為の治癒能力だ。「助けたい。」と願って能力を使い、その果てに息絶える事も多い。ミシュの兄もそれだった。
冒険者ギルドからの要請で数名の治癒能力者が同行した。
それが、ヒースとミシュ、アクアとリヴルだった。
アクアは友誼に厚い青年でミシュの兄であるリヴルと同様、治癒能力も高かった。兄が行くならとミシュも一緒にと志願し、ヒースはミシュのお目付け役として足された。
そして迎えたダンジョン攻略。
出口のないデスゲームのようだった。
一つの階をクリアする毎に一人減っていく。
そういうミッションを熟していき、ラストステージへと辿り着いた時には冒険者は2名だけであとはヒース達だけだった。
始まりは数十人も居たのに、呆気なく寂しくなってしまった。
ラストステージには所謂ラスボス的な存在がおり、そのレベルはどう考えても冒険者2人だけでは倒せない程の強さだった。
「お兄ちゃん!」
重傷を負わされた冒険者の治癒に当たっていたリヴルが狙われ、妹が叫んだ時には首を狩られていた。
「リヴル!」
「アクア、駄目っ……!」
防御に徹していたアクアが飛び出し、ラスボスの視界に捕らえられた。光の速さは一瞬で、胴体を貫かれたアクアはそのまま動かなくなった。
「……お前らは逃げろ!」
ラスボスに苦戦中の冒険者が叫ぶ。
その声でヒースはミシュの手を取り、振り返ることも無くその場から走り抜けた。
その直後にダンジョンは消滅し、2人以外誰も生き残らなかった。
ダンジョン攻略の要請はそんなものだ。生きて帰れる保証が無いからこそ誰も行きたがらない。今回助かったのはただ運に守られただけ。次はどうなるか分からない。
「……なんで……」
息を切らせながらミシュが辛そうに呟いた。
「……どうして逃げたの!」
「……ミシュ……」
「お兄ちゃんは殺されたままよ!アクアだって……私達だけ助かったって……何にも……」
「意味はあるよ。あそこで全滅は避けるべきだ。だから」
パシッ、と冷たい手がヒースの頬を叩いた。
「嫌よ……お兄ちゃんがいないなんて嫌……。私も一緒に死」
「ミシュ」
彼女の言葉を遮り、ヒースは抱きしめた。
「オレはキミが生きててくれて良かった。キミだけは死なせたくない。だから手を取ったんだよ」
「……っ、離して」
「嫌だ!」
ヒースの声がその場に響き渡る。
「守りたいから守った。それはリヴルもアクアも同じだ」
「……でも……お兄ちゃんが……」
「死んだ命は還らない。リヴルは治癒能力者として誇りを持ってた。誰よりも助けたいって強く思ってた。そんな兄を持つキミは誰よりも誇らしい。抱いた憧憬まで捨てないで」
ヒースが震えている事に気付き、ミシュは何も言い返せなかった。
酷いショックの中、帰還した2人をギルドのみんなは温かく出迎えた。それが余計ミシュの涙を増長させてしまい、暫くはヒースに引っ付いていた。
以来、ミシュはヒースの部屋にやって来る。
一人だとあの惨劇を思い出し、どうにも出来ない衝動に襲われるそうだ。今はもう、冷静さを取り戻して何事もないがフラッシュバックは突然起きる。その為のヒースという存在。
ミシュが眠れている事を確認してヒースは寝床につく。
「ねぇ、ヒース。もし、僕が死んでしまったらミシュの事をお願いしたいんだ」
いつか交わした約束。
何処で話したのかさえ朧気な記憶になってきた。
リヴルはミシュより3つ歳の離れた兄貴で治癒能力はギルドの中でも高く評価されていた。
「……どうしてオレに頼むの?」
「だってキミ、ミシュの事大好きでしょう?」
「…………何故」
「分かるよー。兄貴だもん。好きな人を見る目をしてる」
「……そうだよ。恋してる……」
言っておいて恥ずかしいと赤くなってしまう。秘めた想いで留まらせたかったのに。
「ありがとう。ミシュを好きになってくれて。あの子は涼やかな性格だから周りに線を引かれちゃうというか……。ね?本当は優しくて気遣いのあるいい子なんだよ」
「知ってるよ」
だから好きになった、とは言えなかった。また照れてしまう。
「うん。だからね、側にいてほしい。今まであの子の理解者は僕だけだったから。よく言えば兄想い、悪く言ったらブラコン、なんて他人は蔑むけど、ヒースだけはミシュの味方でいてあげて欲しい。たった一人でも味方がいれば人間は折れない。もし倒れそうになっても支えてくれるしね。そういう存在でいてあげて欲しい」
優しく微笑むリヴルに憧れていた。たった一人の妹を想う強い存在。代わり身でいい。重ねて貰えるならそれだけでいい。
キミを独りにはさせない。例えこの身がボロボロになっても、守り抜く。
キミに恋をした時から、この決意は揺らがない。