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【アーシャ】

午後3時。

治癒能力者ヒーラーギルド【エヴァー・ラスティング】内にあるケーキ屋さん【アーシャ】が開店する。

ショーケースに並べられた種類豊富なケーキが人々を惹き寄せ、瞬く間に行列が出来ていく。ギルドに所属していない国民達も気軽に購入出来るので人気が人気を呼び、繁盛しまくっている。


「いらっしゃいませ!」


接客するのはスマイル満点のナツ。どんなに忙しくても笑みは絶やさない精神で行列を捌いていく。容姿端麗、加えて明るい性格なので人々から親しまれている。彼女に会いたい為だけに来る客も多い。計算も早く注文時から会計までの流れはスムーズだ。なので待ち時間も短く済み、クレームや苦情は一度も無い。


「ありがとうございました!」


品物を渡し、一礼する。その姿勢に感心してリピーターが増えていく。雑な接客は彼女にとっては許せない行為であり、客としても嫌な気分はしたくない。丁寧かつ俊敏な動きをモットーに今までやってきたのだ。


「いつもありがとねぇ、なっちゃん」

「この間のケーキも美味しかったわ」


御婦人達はいつも感想を伝えながら大量のケーキを購入していってくれる。売上万歳。その為、無下には出来ない。


「また新作出るのでお楽しみに!」

「あら。それは楽しみねぇ」

「メグちゃんにも感想伝えておいてね」

「勿論!やる気に繋がりますので!」

「また来るわ」


満足しながら帰っていく御婦人達を見送る。

行列も途絶えたのでショーケースの中にケーキを補充していく。

開店時に来るのはギルド以外の人々が主だ。ギルドに所属している者達は仕事で出払っている為、夜にならないと現れない事が屡々。なので国の人々との交流が出来る時間があるのは有難い。少しでも縁を繋いでおかなければ。


「先輩。今、お手透き?」


店の奥からメグが現れた。

このケーキ屋【アーシャ】の店主兼パティシエ。全てのケーキを彼一人で作っている。


「粗方、補充は終わったよ」

「有難うございます。試食してもらってもいいですか?」

「うん」


眉目秀麗で背も高く、所謂イケメンの彼もまた人々から人気を得ていた。接客は偶にしかしていないが、時間がある時は購入してくれた人達にお礼を伝えている。その姿勢に魅了されて惚れている女性も数多と聞く。何より美味しいケーキを生み出せる彼の手腕に尊敬を抱く所から始まる。ショートケーキからレアチーズケーキまで美しい作品が並んでいると一度は食べてみたいと思ってしまう。


「どう?」

「美味しいよ。新作?」

「そう。もう少しアレンジする予定」

「何でも作れちゃうね」

「能力のお陰」


彼は思い描いた通りのケーキを一度で完璧に作れてしまう能力を持っている。レシピが頭に浮かび、それ通りにやるだけなのだが味も匙加減も程よく失敗した事は無い。この国は材料も豊富なので色々なものを試作し、店頭へと送り出していく。


「先輩、少し休んで。凄い行列だったでしょ?」

「有難う」

「奥にケーキ置いてあるから休憩がてら食べてきて」

「店番してくれるの?」

「程々に接客しておかないと。先輩にばかり任せてたら悪いし」

「あぁ……メグに会いたい子達もいるからね」

「ファンがいるのは良いことでしょ」

「そうね。店番、お願いね」

「うん」


店の奥には調理器具や電化製品やら必要不可欠なものが揃えられている。元々お菓子屋さんだった場所を借りて商売しているので恵まれているなとナツは思う。

この世界に来て早3年の月日が経ってしまった。

まぁ外国にいるような気分なので然程動揺はしなかったけれど、まさかまたケーキ屋を営むとは思わなかった。


「お!レアチーズケーキ」


テーブルの上に用意されていたケーキと紅茶を有難く頂く。

メグの作るケーキは世界一だとナツは褒める。味は勿論、食べると幸せな気分になるのだ。


「ご馳走様でした」


お皿とカップを片付け、もう少しだけ体を休めた。

接客している時は疲れなんて感じない。寧ろ楽しくてテンション爆上がりになってしまう。天職と言われたらそうなのかもしれない。

オフィシャルレディとして働いていた時は常にイライラしていて溜まりに溜まったストレスが爆発し、退職せざるを得なくなった。

行き場の無くなった彼女を雇ってくれたのが高校時代の後輩であったメグだ。自分の店をオープンし、様々なメディアにも取り上げられて売上万歳、千客万来。好調スタートだったのに。


「いらっしゃいませー」


接客しているメグの声が聞こえる。またちらほらとお客様がやって来る頃合い。その見た目と穏やかな性格が人々の癒しとなり、日に日にリピーターが増えていく。


「いつも有難うございます」

「また来るわね」

「なっちゃんにもよろしくね〜」


メグが店頭にいる時は若い子達が目立つ。そりゃあ、一目会いたい容姿だ。イケメンはどの世界でも受けが良い。

特に御婦人達は乙女のようにお洒落をしてとっておきのスマイルを残していく。メグは喜んで受け入れているけれど。


「ねーメグちゃん。明日デートしようよ」

「……デート?」

「そ!アタシと」


それでもってメグを誘う女性も多々訪れる。ナツが店頭に居る時は涼やかな笑みを見せるだけなのに。


「明日も仕事なんだ」

「えー?そう言ってこの間も断ったじゃん!」

「仕事は大事でしょ?」

「そうだけどさぁ、程々にしなよー?働き過ぎて倒れたら意味ないじゃん。適度な休息も必要だって」

「……まぁ、そうだね」


まずい。

メグが戸惑っている。無闇矢鱈に無下にも出来ない性格なのでお客様の女性は引かない気満々だ。この手の展開は以前にもあった。その時は第三者の介入で事なきを得たんだ。


「……助けるか」


同性のナツが介入してもあちらは嫌な顔をするだけだ。何様のつもりだと言わんばかりの圧を掛けられた過去もある。それも接客業務の内だ。お客様は大事(な金づる)。此方は苛立つ事も許されない。


「ねー!ちゃんと話聞いてる?デートするだけじゃん!」

「そう言われても……」

「じゃあ、これからデートしよ!この後、仕事終わるでしょ?それまで待ってるからさ」

「えっ……」

「ねぇ、悪いんだけど。メグはこの後、ボクとデートなんだ」


ナツが出ていく直前、丁度仕事から戻ってきた青年が闖入してきた。女性は最初イラッとした様子だったが、青年を見て頬を赤らめた。


「このお店は今繁盛しまくりで稼ぎ時なんだ。メグが抜けたら大変な事になっちゃうんだけど……。キミ、責任取れるかな?」


柔らかな口調から冷たい視線を向けられ、女性はヤバっという顔をした。


「……そうだったの……。それなら仕方ないわね……」

「ケーキもメグの手作りだから、それをメグだと思って買って行ってくれたら嬉しいな」

「も、勿論買うわよ!全部1個ずつ頂戴!」

「毎度あり」


何とか争いにはならずに済んだようだ。

女性は大量購入してサラッと帰っていった。


「有難う、メイメイ」

「また厄介なのに絡まれてるなーって思ってね」

「ああいう時、どうしたら良いのか分からない……」

「普通に断っちゃえば良いんだよ。キッパリ線を引くのも大事だよ」

「……そうか。今度はそうする……」


メグは見た目は目立つが弾けた行いはしていない。告白も何百回とされているのを見てきたが誰とも付き合わず、ただ只管夢に向かって努力していた。

さて、闖入してきたのがメイメイなのはどうしたものか。

ナツは出ていくべきか悩んでいた。


「あ、メイメイ!おひさ」


その声にナツは一瞬で悩みが飛んだ。

まさかこの時間に会えるとはラッキーだ。


「やぁやぁ!これは久しぶりだねぇ、アスフィリア。今日は誰かの付き添いかな?」

「ルルと一緒だよ」

「あー!居ないと思ったらそっちに行ってたのかー。ボクもルルと一緒に行きたかったよ!」

「すみません、メイメイ。今日はどうしてもアスフィリアと一緒に行かなくてはならなくて」


後から来たルルが申し訳なさそうに謝罪した。


「なぁにー?戦争中のとこ?」

「えぇ。アスフィリアが攻防してくれたお陰で誰も死なずに済みました」

「それはそれは。このギルド唯一の戦闘員だからなぁ、アスフィリアは」

「メイメイもお仕事終わり?」 

「そ。華麗にメグを助けていた所さ!」


大袈裟な身振り手振りでメイメイは自信満々に言う。

彼も一応ルックスは整っていてそれなりに女性人気もある。だが、ナルシスト的な言動が目立つので関わり方がいまいち分からない。


「この間も女性に絡まれてたよね?」

「あの時はヒースに助けて貰って……」

「最近お客さんも増えてるしね。変な客居たら言ってね、対応するから!」

「有難う、アスフィリア」


このギルドの人達は大概優しい。

治癒能力者ギルドと謳っているぐらいなので人を傷付ける様な人はいない。その上、癒しとなる人間達の宝庫でもある。目の保養、謂わば壮観。

ナツが初めて此処へ来た時は顔面偏差値が高すぎる!と脳が騒いだくらいだ。


「メグ」


落ち着いた空気を読み取ってナツは店頭に出た。

ナツの登場にアスフィリア達も笑顔を向ける。


「先輩…‥」

「ナツ!会いたかったよ!」


一際大きな声でメイメイが出迎えた。両手を広げて待ち構えているのは抱きついてこいという意味だろうか。

その気は無いのでスルーしてしまいますけども。


「大丈夫だった?」

「メイメイが助けてくれたから」

「そっか。有難う、メイメイ」

「当然の事をしたまでだよ、ナツ!」


また大袈裟な振る舞いをしながらキラキラを発信している。


「ルルとアスフィリアも、お帰りなさい」

「ただいま」

「休憩中だった?」

「まぁ……。おやつタイムしてた」

「オレも後でケーキ購入します」

「有難う、ルル」

「まだ残ってる?」

「大丈夫よ、アスフィリア」

「良かった」

「先に着替えてきましょう」

「そうだね。メイメイも行くよ」


ナツに素っ気なくされたメイメイは少し落ち込み気味で二人について行く。


「あ!メイメイ」

「ん?」


思い出したようにメグに呼び止められ、振り向くとメグが思いの外近くにいた事に驚いた。


「どうしたんだい?メグ」

「この後……デートするんでしょ?おれも片付けあるから少し待ってて貰えると……」

「メグ……」


ナツが言いかけた時、ルルが可愛らしい笑みを向けてきた。

介入する事でもない。アスフィリアも静かに様子見だ。


「うん、そうだねぇ。ボクも準備してくるから、片付けはゆっくりでいいよ」

「有難う」


ただの断る理由だったのにメグは本当の事だと捉えている。

純粋故の天然。またそれを受け入れているメイメイは優しい。


「ナツも一緒にどうかな!」

「えっ…」

「ナツはオレとデートだから、また今度ね」


どう答えたら正解だろうと迷う間もなくアスフィリアが助けてくれた。デートの約束なんてしていない。ただの口実。それでも嬉しい事この上ない。


「楽しみは後に取っておくという事だね!了解だよ!ではナツ!デート楽しんでおいで」

「メイメイも。メグの事、よろしく」

「お任せあれ!」


そんなにがっかりしている様子でもなく、ルンルンで自室へ戻っていくメイメイを見て安堵した。あそこで駄々を捏ねない所は大人なんだろうな。

このギルドは社宅も設備されているので、ギルドに所属している者達は一人一人部屋がある。待合室を抜けた先にエレベーターがあり、それで移動する。【アーシャ】がある場所はフロント的な感じで交流サロンみたいな空間だ。他のギルドの方々もやってきたりする。なので顔見知りの子も居たりして。


「さっきは助けてくれてありがとう」


夜の街は行き交う人は少ないが、灯りが綺麗なのでデートするにはちょうど良い。まだ空いてるお店は居酒屋かレストランくらいだ。この世界にも居酒屋はあるんだなとナツは感心した。異世界だからといって何もかもが違ったりする訳じゃない。ただ、お酒は強めのものが主流らしく辛党の人達が多い。ワインもあるけれど、更に度数が上がるのでナツは飲めない。


「流れ的にナツを誘うかなと思ったんだ」

「嬉しかったよ」

「それなら良かった。ナツ、お腹は空いてる?」

「うん。レストラン行く?」

「そうだね。この時間なら空いてる頃合いかな」

「あ。この間、美味しかったお店だ」


少し先に見慣れた看板を見つけ、ナツが促した。


「メイメイに教えて貰ったんだ。メグと一緒にご馳走になった」

「詳しいよね、メイメイは」

「結構新しく出来たお店とかチェックして行ったりしてるみたいよ」

「そうなんだ」

「席も空いてるっぽいし、入ろっか」

「うん」


アスフィリアはナツの後に付いていき、店内を見渡した。

店員に案内されたテーブル席に座り、一息つく。

混雑時(ピーク)が過ぎたからか、お客は疎らだ。

二人とも店長オススメのメニューを注文し、先に配膳されたお水で喉を潤す。


「アスフィリアがギルドに来てからもう2年経つのね」

「あぁ、そんな経ってる?」

「馴染み過ぎて新鮮味が無くなりつつある」

「そう?」

治癒能力者(ヒーラー)ギルドだから、毎回新人が入ってくる訳じゃないし。アスフィリアの後、誰も来てないよね?」

「治癒能力は特別なものだからね……。他の国でも珍しいとさえ思われてる」

「その中でもルルは特例治癒能力者だもんねぇ。そりゃあ、依頼も絶えないわ。戦争中の国だとアスフィリアの方が荷が重いんじゃないかな」

「そんな事無いよ。寧ろ、メンタルがやられるのはルルの方だ。どんな病気や怪我も完璧に治せる能力なのに、死んだ人を蘇らせる事は出来ない。どんなに願ったって、もう一度会いたいって泣き縋れたってどうにもならない。それだけは神様にも無理な所業だ」


特例治癒能力者は他の治癒能力者と異なり、治癒能力の高さが極めて高い。一般的な治癒能力者は怪我しか治癒出来なかったり、病気しか治せなかったりと偏りがある。けれど、特例治癒能力者は違う。どんな瀕死の状態でも重症患者でも、原因から取り除いて治癒を施すので依頼が山程やって来る。

その上、特例治癒能力者は世界にたった3人しかいないと云う。


「怪我をしてもすぐに治してくれる能力者がいるって凄く心強いよね。凄腕の医者が常備してるって感じ」

「……あんまり、傍に居過ぎない方が良いんだよ」

「……そう?」

「どうせすぐに治して貰えるっていう絶対的な安心感が根付いちゃうんだって。それが当たり前になると、慢心しきった人間ばかりに支配される。だから、本当に助けを求めている人間だけを見極めて擦り減っている想いを掬い取りたいって。ルルが以前言ってた」


見計らった様に食事が配膳されてきた。

彩りが綺麗な料理だ。例えるならアクアパッツァに似ている。それと大きくて丸い形をしたピザみたいなパン。 ボリューミーだけど味が濃くないので食べやすくてお腹も満たされる。


「ん。美味しい」

「良かった!」

「流石メイメイ」

「また新しいお店あったら教えて貰おう」


ナツもパンを食べながら嬉しそうに微笑んだ。

また美味しい料理を食べられて幸せだ。見た目に抵抗が無いからか、いくらでも食べられそうな感覚になっていく。


「アスフィリア。お酒飲む?」

「いいの?」

「あたしの事は気にせず。ワインも美味しいってメイメイが言ってた」

「……それなら、また今度に取っておこうかな」

「物足りなく無い?大丈夫?」

「うん。料理も美味しいからね」

「でしょ」


深く聞いてこないナツの性格に感謝だ。

幸せそうな表情を浮かべている彼女を見てそれだけで満たされてしまいそうだ。


「メグは大丈夫かな?」

「メイメイと一緒なら大丈夫だよ」

「そっか」

「……ナツは最近絡まれたりとかしてない?」

「んー?あ、お客様のこと?」

「そう。メグは女性によく声掛けられてるって聞くよ」

「だってイケメンだし。女は放って置かないわ」

「それなら、ナツもそうだよ。綺麗なんだから、他の男が放って置かない」

「……そうかなぁ?アスフィリアだって綺麗よ」

「ありがとう。オレは接客しないから……」

「あたし、慣れてんだ。絡まれて痛い目も見た。だから多少の攻撃とかなら受け流せる」


ナツは小さくガッツポーズをしてみせた。


「でも……」

「それに。いざって時には叫ぶから。助けてー!って全力で喚く。それが女に出来る最低の抵抗」

「それが通じなかったら?」

「……あ。だったらブザー鳴らすわ」

「ブザー?」

「警報音が鳴り響く機器」

「どんな形?」

「結構小さいよ。卵型みたいな」

「ほぅ」


アスフィリアはスッと手を出し、パッと紅い丸型のものを具現化した。


「おー!流石、具現化能力すごいな!」

「このボタン押したら音鳴るから」

「ありがとう。肌見放さず持ってるわ」

「本当に……何かされたら言って」


不安混じりの心配そうな表情をされたら、自然と頷いてしまう。

出逢った時から何かと親身になってくれる。それはとても嬉しい。だから、甘え過ぎてはいけないと線を引いている。


「ありがとう、アスフィリア。まだ何か食べる?」

「結構満たされたけど……。デザート?」

「そうね……。でも帰ったらケーキあるから……。あ!ギルド戻ったら一緒にケーキ食べよ!」


彼女の誘いにアスフィリアは優しく笑った。

店から出る際、外は土砂降りで雨音なんて気付かなかった。

当然雨具は無し。雨の勢いは増していき、遠雷も聴こえる。


「ナツ。大きな傘とカッパ、どっちがいい?」

「えっ……あ!なるほど。大きな傘かなぁ」

「はい」


丁度2人分位入る大傘を具現化し、そのまま外に出た。

アスフィリアの傘の差し方が良いのか、結構濡れない。

ギルドまではそんなに道程は無いので難なく帰社する事が出来た。


「おかえり、先輩」


先に戻っていたメグがタオルを手に出迎えてくれた。


「ありがとう、メグ。メイメイは?」

「さっき、街の人が駆け込んできて対応してる」

「そう」

「2人とも、ケーキ食べるでしょ?」

「何故わかる」 

「美味しい料理食べた後って甘いデザート食べたくなるかなって」

(まさ)しくその通りよ」

「それに、糖分は必要だからね」


そう言って冷蔵庫から人数分のケーキを持ってきてくれた。

ショートケーキにミルフィーユ、レアチーズケーキとチョコムース。どれも美味しそうに見えてしまい、選択肢に困る。


「アスフィリアはどれにする?」

「んー……ショートケーキかな」

「あたし、ミルフィーユ!」

「OK。メイメイは残ったものでいいって言ってたから。おれはチョコムース」


手際良く皿にケーキを分けたものをアスフィリアとナツに配る。

食後のデザートとあって甘みが存分に感じられてとても美味だった。


「紅茶もあるけど、飲む?」

「飲む!」


まだ食べかけのケーキを残し、メグはテキパキと動く。

茶葉の香りが漂ってそれだけで癒される。


「ありがとう、メグ」

「いえ。砂糖もあるけど要る?」

「このままで充分だよ」


アスフィリアは茶葉の香りを味わっていた。ナツも熱さを冷ましながら一口ずつ含む。口の中が一掃される感じが好きだった。

穏やかな時間の中、それを引き裂いたのはガラスの割れる音。耳に響く嫌な落下音は神経にまで障る。


「何事?」


奥の部屋で治癒行為をしていたメイメイが血塗れの右腕を押さえながら姿を見せた。その背後からナイフを持った男が息を荒げて出てきた。


「メイメイ!」

「ナツとメグは下がって!」


状況を把握したアスフィリアは腰に備えていた剣を構え、男と対峙する。頭に包帯を巻かれ、怒りに満ちた形相を浮かべている。


「何故メイメイを傷付けた」

「……何故?それはこっちの台詞だ。なんでこの間、娘を助けてくれなかったんだ!」

「何の話だ」

「……この間……娘が高熱で此処に運ばれて……治癒能力者だから任せたんだ!それなのに……娘は死んだ……。死んだんだよ!治癒能力者こいつらに殺されたんだ!」


その話ならナツも知っている。

店が営業中の時にバタバタと駆け込んできた。その時ギルドに居たのはメイメイとルル以外の治癒能力者。アスフィリアも居らず、居合わせたギルドの人間が対応していたのを見ている。

結構長い時間、治癒を施していた。高熱なら仕方ない。それに運ばれた少女はまだ幼かった。小さな体で高熱に耐えている姿は親にとっては辛いだろう。声だけはずっと聴こえていて、「助けてくれ」「どうかこの子だけは……」と泣きながらお願いしていた。

けれどその願いは儚くも散り、その治癒能力者の力ではどうにもならなかった。治癒能力者だから完全に治してくれる。そう思われても仕様がない。どんなに腕の良い医者だって救えない命はある。

一度下がって安堵したのが間違いだったんだ。その後、数分もしない内に少女は痙攣を起こして息を引き取った。


「何が治癒能力者だ!役立たず!」


男はナイフを振り回しながら叫び泣く。感情を制御出来ていない。


「対応したのはメイメイじゃない。なんで傷付けた」


アスフィリアが冷静な声色で問い掛ける。


「治癒能力者なんて皆同じだろ!能力レベルも一緒!チンケな能力で大層な看板掲げんな!」

「違うよ。皆一緒なんかじゃない。個人によって能力の差があるだけだ。貴方の娘を助けようとした治癒能力者も必死だった。助かってほしいと願って対応に当たったんだ。それをチンケだなんて言わないで」

「はぁ……?現に娘は死んだんだぞ!」

「どうしたって助けられない命だってあるんだよ!」


男の言葉と被さる様にアスフィリアは強く言った。


「助けたいって思うのは当然だ。誰も死なせたくない。生きて欲しいと願って能力を使うんだ。それでも、人の命なんて儚い。片手で握り潰せる位、繊細なんだ。その想いを掬い取って少しでも生きて欲しいと思うから治癒能力者達は懸命に能力を使う……」

「死んだら意味ないじゃないか」

「あぁそうだよ!結局、死んでしまったら何も残らない。能力の使い損になるだけ……。それでも助けるのが治癒能力者だ。あんたの娘だって、生きたいと願って必死に耐えたんだろう?それをも無かった事にするのか?」

「そんな事無い!娘は生きたかったはずだ……。もっと……沢山これからも……生きて……沢山思い出も作って、いっぱい遊んで……オシャレもして……ずっと一緒に生きていくと思ってた……」


震える声で、男は思いを吐露していく。

今ならナイフを蹴り飛ばせるかも知れない。


「もう……娘はどこにもいない……。だから、娘を殺した治癒能力者こいつらに同じ思いを味わって欲しかった……」

「復讐なんて自分を更に不幸にするだけだ。その手で誰かを葬ったとしても娘に会える事は無いし、生まれた後悔だけがその身を喰らうだけ。納得がいかないなら言葉で訴えろ!誰かを傷つけてまで自分を正当化しないで」


男はただ静かに涙を流しただけだった。アスフィリアも剣をしまい、ゆっくりと男に近付く。


「メイメイを傷つけた事、許さない」


隙を見てナイフを持っている男の手を強く捻り上げる。その痛みに泣いていた男は悲痛な声を上げた。


「誰かを傷付けたら、自分にも痛みが伴うって思い知った方が良いよ」

「痛っ……!お、折れる……」

「骨の一本位、大した痛みじゃないよ」


ミシッと骨が鳴る。本当に折るのではないかとハラハラしているメグの隣でナツは静かに見守っていた。


「やめ……」

「事が過ぎますよ、アスフィリア」


その声に反応したアスフィリアはすぐに男を解放した。

バスローブ姿のルルがナツとメグを後ろに庇うような姿勢でアスフィリアを見ている。


「もう充分でしょう」

「……分かった」


アスフィリアは素直に従い、メイメイを腕に抱いた。


「貴方も、もう存分に思い知ったのではないですか?」


ルルは優しい声色で男に囁いた。


「……っ、二度と来るか!」


それだけ放ち、男はさっさと出ていってしまった。

直後の静寂さには気不味い空気が漂っている。


「アスフィリア。メイメイはオレが診ます。ソファに」

「……ん」


ルルはすぐに処置に当たった。

メイメイの傷はみるみる内に消えていき、それはまるで魔法のようだ。


「……有難う、ルル」

「他にケガは?」

「無いよ。不意を突かれて切り裂かれてしまっただけさ」

「そうですか」

「あの男の娘の処置に当たったのって、ミシュだろう?」

「そう聞いています」

「ミシュはまだ学生だ。能力だって扱い慣れてない」

「そんなのは言い訳です。治癒能力者なら、どんな立場であろうと処置に当たるのが当然の行為です。このギルドに居るなら尚更、私には無理だと言う自己弁護は通用しない」


厳しい言葉に流石のメイメイも黙ってしまう。


「その身を尽くしても助からない人は沢山います。皆が助かってほしいなんて詭弁です。それは叶わないし叶えられない。治癒能力者は特別視されますけど、神じゃありません。一度失った命を再生させる能力者なんかじゃない。それはもう、神の御業です。オレ達は神には成れないし、なる必要も無い」

「……ルル……」

「特例治癒能力者のオレにこんな事を言われても癪ですよね」

「そんな事無い!」


叫んだのはアスフィリアだった。


「ルルは凄いよ。特例治癒能力者だからじゃない。人の想いに気付く観察眼もあるし、欲しい言葉をくれる。それだけで救われる人間も居るんだよ」

「……有難うございます、アスフィリア」


本心を告げたのに、ルルは些か憂いを帯びた微笑を向けた。


「ルル……?」 

「すみません、こんな格好で出しゃばりましたね」

「いや……。休んでいる所に済まなかったね。明日も仕事なのだろう?」

「えぇ。ですが、近場なので大丈夫です」

「……そうか。なら良いんだけれどね」


メイメイも疲れ切っているだろう。言葉に覇気が無い。


「ナツとメグは大丈夫でしたか?」

「あ、うん……。あたしは平気……」


平然と答えるナツとは違い、メグは今にも泣きそうな表情をしていた。


「メグ。気がやられたみたいだね。ボクの部屋で一緒に休もう」

「……うん」


本当にメグは純粋なんだなとナツは改めて思った。そしてメイメイは優しい。結構、気にかけてくれる所は素敵だなと思える。


「オレも戻りますね」

「うん。おやすみなさい」


皆が部屋へ戻っていく中、その場に残ったナツとアスフィリアは暫し空気を読み取っていた。

下手に声を掛けるのは好きではない。かといって何も言わずに移動するのも気不味い。


「……あ。片付けまだしてなかったね」

「え、あっ……そういえば……」


茶会の最中だったなと思い出し、すぐに食器を店の裏に運んでいく。アスフィリアも一緒に洗ってくれた。

二人でやったお陰ですぐに済み、また静寂が訪れた。


「……さっきの……怖い思いさせたよね……」

「ん?いや……ちょっと驚いただけ……」

「……治癒能力者って本当に凄い能力者ひとたちだなって思うんだ。下手したら自分もメンタルやられちゃうかも知れないのに、それでも正面から向き合って、必死に対応する。素敵だよね」

「うん……」

「救えなかった命って、後悔しか生まないのかな……」

「えっ……」

「さっきみたいな人って結構いるよ。本当は解ってるのに認めたくないんだろうね。大切な人の死は誰だって迎えたくない」

「それは……そうなんだろうけど……」


ナツは答えに詰まってしまう。


「けど……それでも生きて欲しいって願うのは、その人を愛しているからなんだって思う」


優しげな彼の微笑と相俟ってその言葉には頷けた。


「所詮、どんな事を言っても綺麗事にしか聞こえないかも知れない。それなのに、結局最後は縋るしかないんだ。人間は脆いしすぐに散る。だからこそ、生きて欲しいと願ってしまうんだろうね」


その結末に誰かが示した答えなんて適用しない。

命の薄れ行く時間の中で、生きたいと願う者も居ればこれで楽になれると受け入れる者もいる。生き方なんてそれぞれだ。


「みんな、誰かにあいされてこの世に生まれて、恩を返して死んでいくんだって。この間、ギルドマスターが言ってた」

「あ、それなら。生まれた瞬間ときに吐き出した空気を、死んだ時に吸い込んで最期を迎えるって何かの本で読んだよ。だから、息を引き取るって言うんだなって」

「そうだね」

「治癒能力者は誰よりも生死と向き合っていくんだよね」

「……耐えられなくて自死する人間もいるみたいだけど」

「……それは……哀しいね」

「そういう優しい人達が救われる世界だったなら、誰も泣かなくて済むのかな」


この世界の事はまだよく知らない。もしかしたらそういう世界も存在するかも知れない。全てが丸く収まるハッピーエンドな楽園。もはやそれは天国だな。


「遅くなっちゃったね。ナツ、部屋まで送るよ」

「ありがとう」


もっと一緒に話していたかったがアスフィリアは仕事終わりだ。引き留めてはいけない。

【エヴァー・ラスティング】のギルドマスターはとても親切な方で、異世界からやってきたナツとメグをあっさりと受け入れ、部屋まで与えてくれた。その恩は店の稼ぎで返せているらしいのだが。

部屋にはバスルームまで付いているのでギルドマスターには頭が上がらない。ちゃんとしたお礼をいつかしないといけないとナツは思っている。


「ちゃんと鍵は掛けてね。何かあったらブザー鳴らして」

「うん。ありがとう、アスフィリア」

「ゆっくり休んでね」

「ん」


手を振って扉を閉めた。

「泊まって行ったら……?」なんてまだ誘える間柄ではない。図々しいにも程があり過ぎる。

ナツが鍵を閉めたのを確認したアスフィリアは周囲を見渡して自分の部屋へと向かった。

「一緒に休みたい」なんてナツを困らせるだけだと解っている。まだそういう距離感ではないし、変な気を遣わせてしまうのも申し訳ない。

静寂漂う中、部屋に付いたアスフィリアは一目散にベッドにダイブし、そのまま目を瞑った。明日は付き添いの要請も無いのでゆっくり休める。

そうして目を覚ますと結構ないい時間になっていて、優雅な一日が始まりを告げるのだ。

【埋葬したのは最後の祈り。】という作品にて、アスフィリアの過去が描かれております。


こちらもご一緒にお読みいただけたら幸いです。

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