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ショータイム

奴隷としてショーに出ていたのは、嘗て共に旅をした仲間だった。

その賑わいに惹き込まれるようにして彼の国に足を踏み入れた。

煉瓦造りの家々が建ち並び、港からは綺麗な海が見渡せた。

貿易も盛んで食料も豊富、その上国王が穏やかな人間とあって城下の人々も笑みが溢れていた。

そんな国なのに、【奴隷】が存在している。

昔の英雄の像がデカデカと飾られている広場に沢山の見物人が集っていた。視線の先には大きなステージが設けられ、数人の若者が舞を披露している。綺羅びやかなドレスに領巾ひれを纏っているので一瞬天女のように見える。それ程見事な見世物だ。

けれど、その中に女性は居ない。全員、顔立ちの整った少年と青年達。いくら小綺麗な格好をしていてもその身体は痩せ細っていてどうやって生き抜いているのかを思い知らされる。

最前列は国王と側近、衛兵達が占めており、まるで見定めるみたいな表情で堪能していた。その後ろから国民達が楽しそうに観賞していれば、その横で何かを囁き合っている者達の姿もあった。

この国で【奴隷】は娯楽としての存在らしい。

それならばまだ良い方だ。

働くための【労奴隷】や、悦楽の為の【性奴隷】なんかも異国では当然のようにありふれている。

どの末路も惨めで同情すらしたくなくなるような哀れで悲惨。

それでも【奴隷】ならまだマシだ、とアスフィリアは思った。

【奴隷】以上に最低で無価値で人間としての存在意義すら奪われる制度があった事を彼はその身に刻んでいる。

愚かな王の戯れ。今はもう、遠い過去の話だけれど。

アスフィリアは後方からショーを眺めていた。

中央で舞っている青年がとても目に付く。嘗ての仲間だからか、ただ一人の友だちだからか、他の者達よりも眉目秀麗で動きが靭やかだ。他の子達も見劣りしないが、華があるというのは一目で分かる。人目を惹きつける魅力が彼には備わっているのだろう。

彼と旅をしていたのは6年前のことだ。


「可哀想にねぇ……。あの子達、このショーが終わったら処刑されてしまうのでしょう?」

「公開処刑なんて王様も粋な事をするものね」

「まぁ、奴隷に食わせる食事もタダじゃないらしいから」


近くにいた民衆の声で現実に戻された。

公開処刑とは、何という巡り合わせか。

いつも大切な人ばかり選ばれてしまう。

……なんてそんな感傷に浸っている場合ではない。

折角また出会えたのに早々失って堪るものか。

アスフィリアが動き出そうとした瞬間、ふと風向きが変わったのが解った。

ステージで舞っていた彼がふらっと舞台から降り、そのまま舞い踊るようにアスフィリアの元まで向かってきたのだ。当然、注目は彼に注がれる。国王も衛兵達も様子見か、こちらを凝視していた。


「……ローレン……」


彼の名を呼ぶと一瞬きょとんとした表情をした後、どこか哀しげな表情に変わった。


「……どうしたの……」


聞こうとすると、彼は首を横に振り口を開いた。

焼け爛れた口内に烙印を押された舌先が【奴隷】であることを物語っている。焼印を直に口内へ入れられるなんて想像するのも痛々しい。相当な辛さだっただろう。そうなっては口は利けない。誰かと話す事も喋る事すら取り上げられてしまった。【奴隷】に言葉は必要無い。ただの駒として利用されるだけの存在。


「此処から逃げよう、ローレン!このままいたら殺される……」

「だ、め」


彼の手を引いて行こうとしたアスフィリアに彼が言葉を放った。言葉と言っても聞き取れるか微妙なものだけれど。しゃがれた声で拒否され、アスフィリアは戸惑う。


「どうして……」


すると彼は口元に人差し指を当て、笑みを浮かべた。

その直後、後ろから来た衛兵達が彼を捕らえようとしてきた。


「やめろ!」


腰に備えていた剣を抜き、見事な剣捌きで衛兵達の首を切り落とす。その隙に彼を連れてこの場から離れようとしたはいいが気付くのが遅く、民衆らに包囲されてしまっていた。まるで悪者を逃がさんとばかりに鋭い眼孔を向けている。


「返してくれないか?それは私の【奴隷】だ」


大衆の中から国王が我が物顔で現れた。

その脇には強そうな側近が構えている。


「……嫌だ」

「キミは部外者だろう?そんな退廃的な格好をしている民はこの国には居ないからね」

「彼はオレの仲間だ。返してもらうのはこっちの方」

「そうか!仲間とは美しいねぇ。だが、【奴隷】には必要無いもの。それに、この者はもうじき死ぬ」

「公開処刑なんて悪趣味じゃないの?」

「怠惰な者に相応の価値を与えただけ。これ以上、執拗に拒否するのであればお前も【奴隷】の仲間になってもらおうか」

「絶対嫌だ」

「捕らえろ!」


王の命令で側近達が一斉に剣を向けてきた。

腕には自信があった。大切な人から教えて貰った大事な武器だ。

動きを見切って相手の剣を振り落とす。数なんて関係ない。

瞬殺だ。

仮にも国王の側近であろう者達がこんなあっさり倒されてしまうとはなんて情けない。

呆れ果てているアスフィリアを他所に国王は動揺するどころか余裕の笑みを浮かべている。そんなに強くもなさそうな見た目だが、外見で判断してはいけない。

そして油断も。決して一息たりとも見せてはならない。

不意に腰に違和感が生まれた。遅れて鈍い痛みが加速して伝わってくる。嗚呼……刺されたのか。

振り向くと、小柄な少年が血の付いたナイフを握っていた。

なんと不釣り合いな絵だろうか。


「この国は子どもまで武器を取るのか」


所詮、子どもの奮闘。致命傷にも至らない。例え瀕死にされたところで死なないけれども。


「お前が悪だと判断したからだろう?」


ニヤニヤと国王が答える。

その態度は癪に障るもので鬱陶しくもある。


「【奴隷】ともども、まとめて処刑してやる」

「嫌だと言った」

「毒を盛られたというのに、いつまで私に刃向かえる気でいるんだ?」

「毒……?」


そんなものは感じない。もし毒が塗られたナイフで刺されていても耐性があるので無意味だ。


「……折角の勇気を台無しにして悪いんだけど。そろそろもういいかな」

「逃がさん」


国王が手を挙げると包囲していた民衆達が一斉にアスフィリアを押さえ付けに手を伸ばしてきた。

剣で捌いてやろうかと構えたアスフィリアを彼が背に庇い、両手を広げて首を横に振った。

彼の舞に見惚れていた民衆達の動きが止まる。その目には戸惑いと不安と動揺が相俟って揺らいでいた。


「【奴隷】ごときが、何の真似だ」


苛立つ国王に右手を出し、「待って欲しい」との行動を示した。

どの道、公開処刑は免れない。国王は彼の要求を呑んだ。

意志が通じた事を確認した彼はアスフィリアに向き直る。

以前と変わらないアスフィリアに安堵と笑みが溢れた。


「……ローレン……?」


またそう呼ばれ、浮かない表情になってしまう。

確かにその名は彼のものだが、アスフィリアは偶にしかそう呼ばなかった。いつも「レンレン」と親しみやすい呼び方をしてくれたから、その度に嬉しかったんだ。


「えっ……」


口の動きを読み取ったアスフィリアはやっぱり戸惑っていた。

他にも色々な渾名で呼んでいたくせに。


「……ごめん、レンレン。こっちの方がしっくりくる」


久々に慣れ親しんだ名前を呼ばれ、再会した喜びと合わさって泣きそうになってしまった。どんな激痛を与えられても絶対泣かないと決めていたのに。こんな事で簡単に涙は溢れるんだ。


「レンレン……」

「……り、あ……。に……げて」


言葉を発するだけでも辛そうなのに彼は必死に伝えてきた。


「嫌だ。レンレンも一緒に……」


想いは同じだ。

彼もこの場から逃げたい。アスフィリアと一緒に旅の続きをしたい。また二人で馬鹿やって熱い風呂に浸かりたい。

叶うならば……。

けれど、生まれた願いは一瞬にして踏み潰される。


バキッ―――


骨が折れた音がした。

アスフィリアを背後から狙う人間に気付き、彼は踊るような軽快な動きでその者を足蹴にし、ぶっ飛ばした。

伸びた人間の手にはナイフが握られている。


「……ありがとう、レンレン」


お礼を言うと彼は優しく微笑んだ。

和んだ空気も束の間。

耳障りな音とともにアスフィリアの頬に生温い液体が飛び散った。

彼の腹から複数の剣先が飛び出している。その後ろにはニヤつく側近達と国王。


「……ローレン!」


勢いよく剣が抜かれ、倒れそうになる彼をアスフィリアが抱き止めた。

触れただけで伝わる血の匂いと言いようのない生温かさ。


「レンレン……」


膝の上に彼を寝かせるようにして名を呼んだ。

アスフィリアは他人を助ける為の治癒能力を保持していない。だから、彼を助ける事は出来ない。吐血して大量に流れ出ていく血の中で彼はそれでも笑いかけていた。


「………あ……すひ……り、あ………」

「……ごめん……。助けたいのに何も出来ない……」

「……いい……。なくな……」

「……レンレン……」

「……あえ、て……う、れしか、た……」

「オレもだ。折角また会えたのに……」


涙が止まらない。

こんなのが結末だなんて認めない。

また、大切な人がいなくなってしまう。


「り、あ……」


彼は手を伸ばし、アスフィリアの涙を拭った。

それが最期の会話だった。

音もなく落ちた手。次第に冷たくなっていく身体。

もう嫌だ。誰かが死んでいく光景なんてもう見たくない。


「どうだ?公開処刑の末路は。【奴隷】としての価値を与えてやったんだ。彼も死ねて本望だろう」


場違いな声が苛立ちを増幅させる。

所詮、国王にとってはどうでもいい存在。ただの見世物でしかない。その近い位置にいる者も、民衆も、自分ではないから情も沸かない。公開処刑の意味すら知ろうとしない。


「お前も同じ目に遭うか?」


問い掛けた国王の表情が一瞬にして青褪めた。

その目に映るは、真っ暗な闇。

すぐにでも目を逸らそうとしたが身体が硬直していて何も出来ない。側近達もその空気にやられ、恐怖に包まれている。

突然の静寂の中、アスフィリアは彼を腕に抱きながら立ち上がり、もう一度国王を睨んだ。

「ひっ……」と小さな悲鳴を上げながら腰が抜けてしまい、無様な格好になっている。

殺される覚悟も無い奴にこれ以上構っていては時間の無駄だ。

民衆もただ呆然とアスフィリアが去っていくのを眺めていた。



「アスフィリアにはいないのかい?仲間って呼べる人」


以前、赴いた国で出逢った少年に聞かれた事がある。


「どうかなぁ……」

「仲間なら居るだろう?腹黒狐」


迷いのある返答をしたアスフィリアに対し、即座に言葉を返してきた。それが、彼だ。

異国で出逢い、意気投合して気の向くままに旅をした。

元は武器商人で、武器の扱いも上手く戦闘能力も高かった。だから二人でいればそんなに大きな壁にはぶち当たらずにやってこれたんだ。


「ありがとう、ウォーリー。助かったよ」


魔物に襲われそうになった時、彼は躊躇いもなくアスフィリアを背に庇い、大鎌を振り回して助けてくれた。


「誰がウォーリーだ!」

「あ、ごめん。間違えちゃった、ウィリアム」

「てめぇ、からかうのも大概にしろよ」

「先に変なあだ名で呼んだのそっちじゃん」

「本当の事だろうが。腹ん中真っ黒のクセによ」

「見てから言って欲しいなぁ、ジェイソンくん」

「俺はローレンだ!」


喧嘩もした。殴り合いに発展するまでに。お互い発散し合って最後は体力尽きてどうでも良くなって風呂に浸かった。

よくあるファンタジーものの展開にはなかなか出会さなかったけれど、彼といると楽しかった。それだけで満たされていた。

意地悪で変な渾名で呼んで遊んだ頃が懐かしい。

その度に色んな表情を見せる姿が本当に好きだった。

それが、ずっと続くと思ってたんだ。



気付いたら違う街に出ていた。

どうやって此処まで来たのか記憶がない。ただ足の動くままに歩いて歩いて彼を助けて欲しいと願って道を進んできたのかもしれない。あの国とは違い、人気も無く冷たい風が吹き荒れていた。

カラフルな屋根の家々が並び立ち、通りを抜けた先に無機質な高層の建物があった。入口の看板には【ギルド】と記されている。


「どうかされましたか?」


扉に手を掛けようとした瞬間、後ろから声が降ってきた。

振り向くと魔法使いみたいな格好をしたとても綺麗な人間が居た。

一瞬で見惚れてしまうような美しさに言葉を失う。


「オレはこの治癒能力者ヒーラーギルドの人間です。ルルと言います」

「……た、助けて下さい!」


治癒能力者なら彼を診てくれる。まだ間に合う。


「その方は……」

「お願いします!助けて……っ……」


ルルは彼の容態を見るなり、険しい顔つきになった。


「刺されたのか」

「治癒能力者なら治せるでしょ……?お願い……ローレンを助けて……」


必死に懇願するが、それでもルルは難しい表情を浮かべていた。


「……申し訳ありません。既に亡くなられている人間を治癒する事は出来ません」

「……なに言って……」

「出血量が多過ぎます。時間も経っている。この状態でまだ生きているとは到底思えない」

「……死んでるってこと……?」

「そうです」


感情の無い声が現実だと突き付ける。

解っている。そんな事はあの時に解っていた。

その生が遠のいていくことも、もう二度と動かないということも。

それでも可能性が欲しかった。まだ生きていると思いたかった。

助かる見込みはあるって信じたかっただけかもしれないけれど。

もう一度が叶うなら、せめて一時ひとときだけでもまた話したい。それすら自分善がりだと言うのなら、もっと早く彼の手を取って逃げ出していれば良かったんだ。


「……彼を葬送しますか?」

「……葬送?」

「空へ還すのです」


よく分からなかったが全てはルルに任せ、アスフィリアは静かに流れを見守っていた。

彼に翳された手から光が放たれ、ゆっくりと彼を包みこんでいく。


「祝福するわ、祈りの果てに。どうかキミが、幸せでありますように」


その言葉とともに彼を包んでいた光は粒子となり、音もなく空へと舞い上がっていった。

聞き馴染みのある口上だ。大好きな人から貰った大切な言葉。

炎の中で別れたあの人の顔が不意に浮かぶ。


「貴方も、休んだ方が良い」

「……なんで……大事な人ばっかり居なくなる……」


強い喪失感が込み上げてきた。

二度と感じたくないと思っていたどうにも出来ない感情。


「直に嵐が来ます。中へ」


憔悴しきっているアスフィリアを支えながらルルはギルドの中へと入った。

広々とした空間には待合室のような椅子やソファが設置されており、天井には絢爛豪華なシャンデリアが輝いている。

左側にはどデカい掲示板、右側にはオシャレなケーキ屋さんがあった。


「今は皆出払っていて挨拶出来ませんが、後程紹介しますね」

「……みんな?」

「このギルドに所属している方達です」

「……そう」

「このソファで休んでて下さい。今、飲み物をお持ちします」

「あ、待って……!」

「えっ」


あの人と重なったからなのか、ルルの袖を掴んでしまった。


「……独りは…嫌だ……」


もう残されるのも見送るのもこれで最後にしたい。

そんなアスフィリアの想いを受け取ったのか、ルルはそっと抱き寄せた。

懐かしい匂いが香る。温かさが伝わってくる。

抱きしめられたのは久方振りだった。


「もう、我慢しなくていい。全部、吐き出して」


そんな優しい言葉を掛けられたら押し留めていた感情が爆発する。アスフィリアは思い切り泣き喚いた。

涙が枯れるんじゃないかと思う程に、沢山溢れてしまった。




ふかふかのソファに腰掛けると今度は脱力感に襲われた。

何もしたくない。考えたくない。このまま眠ってしまいたい。

目を閉じかけた瞬間、ソファがふわっと浮かんだ。


「あ、寝るとこだった?ねぇ、ケーキ食べない?」


隣には容姿端麗な女性が可愛らしいケーキを手に愛らしい笑みを浮かべていた。

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