すがられたくて婚約破棄を宣言してみたら、忠臣だと思っていた部下に婚約者を奪われた
2時間クオリディ。
第一王子は婚約者の令嬢に、非常にご執心らしい。
そんな話を聞いたのは、俺が成人を迎え、王宮に勤め出した時だった。
王位を継ぐ予定の第一王子は、俺の生家が所属する派閥の公爵令嬢と婚約している。
学生時代は会話も少なく不仲だと言われていた二人だが、卒業後、特に第一王子の態度が一変。常に公爵令嬢をそばに置くようになったと言う。
それだけなら「なかよきことはうつくしきかな」ですむのだが、問題が一つ。
結婚する日まで同衾は禁止されているが、それに近い事を二人は行っていることだ。
なぜそれを俺が知っているかと言うと、聞いてしまったのだ。
婚約者と語り合いたいと言われ、人払いされた第一王子の執務室から、微かに聞こえた公爵令嬢の嬌声と、第一王子の楽しげな声を。
その後、顔を赤くしたまま退出していった公爵令嬢を見て、俺は確信した。
いや、いいんだけどね!?
婚約者同士だしさ!
いいんだけど、声漏れてんぞ。ここ、完全防音じゃねえからな!!
俺も男だけどさ……さすがに白昼堂々と、自分の主がそういうことをしていると言う事実に、興奮を通り越してドン引いた。
いや、仕事しような……?
時々、執務室から聞こえてくる声を「ナカヨキコトハウツクシキカナ」と無のメンタルで乗り切った俺は、二人があれやこれやをしている間、できる限り邪魔が入らないように気を配った。
だってさ……第一王子はともかく、将来の王妃を痴女扱いされるわけにはいかないだろ?
そんなこんなで、さっさと結婚してくれと切に願っていた俺だが、ここで目玉が飛び出るようなことが起きた。
第一王子が公爵令嬢に婚約破棄を告げたのだ。
しかも、衆人の前で。
婚約約破棄の理由は「お前は私を愛していない。私を愛していない女を、王妃になんでできない」なんて、意味不明な理由だった。
どうせ、婚約者の公爵令嬢から「婚約破棄しないで!!」とか縋られたかったのだろう。
あー、そうですか。
愛してるって言われたかったんですか。
公爵令嬢、真面目だもんなー……。
「わ、わたくし……」
公爵令嬢は泣き出した。
それはもう、あまりにも泣くものだから、第一王子は痺れを切らしたのか、「お前などもう知らん! 婚約は破棄だ」と言って、さっさとどこかへいってしまった。
これ、あれだな。
公爵令嬢に追いかけてきて欲しいやつだな。
あ。
でもこれ、チャンスじゃね?
「クリスティア・ソーントン公爵令嬢」
そっと、泣いている彼女にハンカチを差し出す。
「あなたは……リアム・サーグッド侯爵令息」
「どうか涙をお拭きください」
「わたし……わたし……」
ハンカチを受け取ったまま、ぽろぽろと涙を流すクリスティア嬢。
「殿下が、婚約破棄だと……」
忠臣なら、ここで「殿下の元へお向かいください」とか言うんだろうけど……俺、嫌いなんだよね。相手の気持ちを試そうとする奴。
「こんなにも殿下をお慕いしているのに……わたくしの気持ちは伝わっていなかったのですね……」
忠臣なら、ここで「今こそ、そのお気持ちをご自身で伝える時です」とか言うんだろうけど……。
「クリスティア嬢だけのせいではありません」
俺は真剣な眼差しで、クリスティア嬢を覗き込む。
「婚約者であるからと言って、一方だけが思いを伝え続けるのは違います。クリスティア嬢は、殿下からお気持ちを伝えられたことはありますか?」
「そういえば……ないわ」
そりゃそうだろうな。
二人きりでいる時の第一王子は、いつも盛りのついた動物みたいな奴だったもんな。
「そうであれば、一方的にクリスティア嬢だけを責めるのは間違っています。なぜ、クリスティア嬢だけが殿下へ思いを伝えなければならないのでしょう。思いとは、お互いに伝え合うものでは……?」
「お互いに伝え合う……」
どこか呆然とした顔でクリスティア嬢は呟いた後、ぽろりと涙を流した。
「私と殿下には、それが足りなかったのですね……」
俺の差し出したハンカチを押し当てて泣くクリスティア嬢の顔はぐちゃぐちゃだったが、それでも綺麗だった。
「クリスティア嬢。一つ、私の思いを告げてもよろしいでしょうか」
「え……?」
「殿下の婚約者だと言うこともあり、ずっと気持ちを抑えていました。あなたが婚約破棄されてしまった今……この手を取って頂けないとしても、どうか、私のこの気持ちだけでも受け取っては頂けないでしょうか」
「そ、そんな……私を、ですか……?」
「はい。子供の頃、王宮で開催されたパーティであなたをお見かけしたその時から、ずっとお慕いしておりました」
俺を見るクリスティア嬢の顔が、これまでと違った意味で赤くなっていく。
第一王子の婚約者だ。言い寄る男なんて今までいなかっただろうし、あの第一王子は婚約者に「好きだ」の一言も言ったことがない。
初めて向けられた恋情が、クリスティア嬢の心に落ちていくのは見ていてわかった。
「私は、こ、婚約破棄されたばかりで……」
「あなたでなければ駄目なのです、クリスティア嬢」
さあ、もう一押し。俺はそっとクリスティア嬢に手を差し出した。
「どうか、あなたに毎日、愛の言葉を捧げる権利を私に頂けないでしょうか」
◇◇◇
それからは笑い話だ。
いつまで経っても自分を追いかけてこないクリスティア嬢に痺れを切らした第一王子は、俺の胸の中で泣いているクリスティア嬢を見て真っ赤になり、その後は真っ青になった。
「婚約破棄は本心でなかった、王妃にしたいのはクリスティアだけだ」と騒ぎ立てたが、その場にいた無関係の衆人たちが証人となり、クリスティア嬢と第一王子との婚約は破棄された。
結果的に私情で婚約を破棄した第一王子は、後ろ盾となっていた公爵令嬢の生家からの支持を失った。
第一王子よりはそこそこ優秀である第二王子が王位につく日も近いだろう。
「クリスティア、愛しているよ」
「はい、私もです。愛しいあなた」
飴色の髪をした美しい妻が、俺を見上げて微笑む。
毎日、欲しがっているであろう言葉を言い続けた俺に、クリスティアはコロッと落ちた。
ちなみに、執務室で第一王子とナニしてたか聞いたところ、くすぐり合いっこと言う名のスキンシップを取り合っていたらしい……何だよ、くすぐり合いっこって。
イラっとしたので、第一王子を忘れさせる勢いでくすぐっておいた。
「クリスティア、今日も君は美しい」
「まあ、あなたったら」
頬を染めたクリスティアを見て、俺はそっと心の中で呟いた。
愚かな第一王子。
好きなら好きと言えばよかったのだ。
それだけで、クリスティアは生涯の愛をくれただろう。
——さて、明日は妻にどんな言葉を囁こうか。