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姉妹愛  作者: mizuhey
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姉妹愛(しまい!あい)

セルロイドの魚と同じ主人公、芸能マネージャーとなり新人発掘する。罠に掛かったのは純朴な青年で彼の心情の変化を綴る。

ナメクジナメちゃん別稿その2


1章  傀儡


 都内には珍しく緑が残るオフィス街の一角にある高級マンションに続く坂。地下のガレージには数台の外車が手入れもされぬまま放置されている。

月に何日も乗らない外車を見るたびに清二は上流階級の人々を疎ましく思った。「庶民感覚が残留しているのはマイナスよ」

彼女はきつい口調で云った。

提供された部屋は年月に風化せず残る遺跡のような総煉瓦4階建ての三階にあった。

丘陵地に建てられているので窓から視える景色は絶景だ。部屋としては一番狭い空間と教えられたが豪邸に位置するものであった。


女房の歌によって華々しくデビューを飾り芸能規範を叩き込まれていた清二にとってエレベーターやロビーのある暮らしは初めてだった。築40年の剝き出しのコンクリート団地で十代を送り質素の見本ともなった清二の生活。

仮病を使い修学旅行の積立金で買った質流れのガットギター!

腰まで伸ばした直毛もミュージシャンと節約の為だった。豪華な室内を案内される度に悲しみの嗚咽が起こり。鼻をすすっては風邪気味だと言い訳をした。

離れた事と言ったら女房と借りた家賃3万円のアパートだけだったからだ。

1年分或いは以上の家賃に住むエリートになれるとは思わなかった。ひと月は彼女の部屋で用具を使いこなす事に要した。

先ずトイレに清二は驚いた。先客がいたと思ったのだ。


前衛アーテイストがデザインしたマーメイド便器に自分の穢い尻を乗せる事に躊躇しては、尾鰭に頬を寄せては徐ろに用を足す準備をした。

 美しい街だ!美しい彫刻の様な街だと小窓から展望できるメガロポリスを見渡した。

雲が夕闇に拐われて朱色に染まり何色もの色を交えていく。

そして…用を足した。このトイレの広さならダブルベッドさえ置けると思った。

想像が一段落した時、何故か狼狽が身体中に走った。

紙がない!咄嗟にシャツのポケットをちぎり代用したが、後で彼女に訊いて驚いた。自動洗浄機付きトイレなど空想科学小説の産物で実際に市販されているとは思わなかった。都下に住んでいて何も知らない事が清二に貧困時代を想起させた。

俺の生活は何だったのか!何度も過去を鬱陶しく思った。


…キミの純朴さがいいのよ!彼女は数日間の自宅での調教を終えると、階下に案内してカメラの撮られ方や取材の対応等を教えた。

清二は失態を幾度となく見られた羞恥心を隠すのに、照れ笑いを繰り返した。


「スーパーフォーク コンテスト」の予選で会ってから、私はキミをかっているの!

清二もまさか彼女と生活出来るとは思っていなかった。

 司会で来ていた彼女に一目惚れした日、trophyと彼女迄手に入れるとは、楽屋で間違ってお尻を触った時、赤面した事を清二は思い出した。

待ってね…!彼女は指で胸を指さした。

あとで…こ…こ…も…あげる。

耳元で囁かれた誘惑に清二はびっくりしてしまった。

ステージで歌う出演者を観ては”負けたを"連発していたあの日。まさか予選を通過し本選でグランプリを取るとは…総てが彼女の演出によるものだった。

任せなさい!審査員はyesよ!後はキミだけ!

二人でのし上がろうね!

キミは私に無いものを持っている!それは!hungryさ!

一途な卑しい眼で誹しても、いまの子は求めている。「出来損ないの堕落」「かっこ悪い生き様」

それをキミは持っている。

愛妻の哀しみを売り物にのし上がろうね!


孤目を恥じる清二は彼女の二重瞼に見詰められると身動きが出来なくなってしまう。

少しだけ青く澄んだ瞳はexoticでいつも物憂げに何かを求める少女のようでも有り、時として淫らで挑発的でもある。

清二はこれ程プロポーションの整った女を抱いた経験がなく、一生無縁な存在だと諦めてもいた。

手を胸に導かれる度、清二は追慕した女房と比べた。洗濯板みたいな女房の胸には顔を埋めても官能の序曲さえ聴こえて来なかったが、彼女のマシュマロのような柔らかい乳房に頬をあてるとシンフォニー迄も聴こえてくるのだ。


オレンジ色の光線が可変式ブラインドから漏れてソファーを温めている。紫色のストッキングが無操作に脱ぎ捨てられている。

彼女の母が女医だという話だが、彼女が15の時没したという。

現在は元、個人病院の利点を活かして1.2階は賃貸にしているとのことだ。

通路を通るたび病室の名残が感じるとれるが、室内はすべてリフォームされているので、病室とは思われない居住空間だという。

決められた時間に天井のスピーカーからは音楽が流れ、メイドこそ居ないが不自由を感じることはない。富と女は清二に用意されていた!


 ふしだらな風が打ち寄せる。足許に跪く清二は彼女の足の裏を舐めて喘いでいた。

足の指を広げては前戯の過程を蔑みの眼を持って

彼女は見下す。

際限のない所で努力しなさい!下手くそさん!

マーマレードのティーを掌のグラスで揺らしてトロピカルな映像に彼女は自らを導かせ軽く吐息を洩らす。

ベッドに投げ出されたピンクのシーツに包まる彼女は、熱い物が身体に流れるのを感じて足を痙攣させていた。

清二は彼女の乳房を貪るように吸い続ける。

小さな虫になってしまった清二は熱暑の砂丘を辿る流浪の民だった。滝のような汗を流しながらオアシスを求めて彷徨い、疲れた身体を照らす情熱の日差しに手を翳す。

暫く行くと黄金の産毛がなだらかな丘の上に植林されている。クレパスの周りで立ち止まった清二は眼を閉じて甘い風の香りを嗅いだ。油断が招いた危機でもあるかの様に滑落していく瞬間!

官能の終着点目指し不格好にも手足をバタバタさせる。

舌技で始める愛し方を伝授されてからは清二は芸能人という者の存在を認識した。

それは快楽を追求するカサノヴァ集団なのだ!

早朝のスケジュールをこなした清二はシャワールームに向うニンフの背中に感謝の眼を送る。

マネージャーには公私ともお世話になっていた。


 女房が子宮がんで死去し幸運のカードを引いた清二は彼女の辣腕さにもよるが上昇気流に乗ってしまった。

此れはグラビアの世界だ!清二はDMで送られてきた数々の装飾品が手を延ばせば触れる事の出来る生活を満喫した。

特番の為のリハーサルの時間が迫っていた。引っ越しの時清二が持ってきたのは僅かな身の回りの品だけだった。

彼女に新居を世話された日を清二は忘れようとした。

余りにも貧弱な生活用品を悉く彼女に捨てられたからだ。

此れだけは勘弁して下さいと頼んだのは女房の位牌だった。

彼女はそうねと云った。

これはキミの御守りですからね…!

2年間奥さんの哀悼を歌い続けるシンガーなんて居ないですからね。

 追憶を振り切ってクローゼットを開けた清二は女房の仏壇に手を合わすと礼を言った。

お前のお陰だ!総ては上手く行き過ぎている。

カタログで揃えた調度品は二十歳の男には贅沢過ぎている。

高級品に依って誂えている5LDkの室内は、奢りだらけの厭味な香りが絶えず充満していた。


ピンクの電話が鳴り響き、彼女は煩雑そうに清二に受話器を渡した。

清二は親友の門田の話を聞き流し、嫌な思い出に振り返ってしまった。

あの頃は憂鬱な月日だと受話器を置いた後も考え込んだ。

親友の声が邪魔に思えたのは、もはや過去を断ち切る人間性が確立していたからだろう。友人や恋人は絶えず何かを与えるか、与えられるかだけの利害関係の環に過ぎないと、清二は思った。年月は迅速に流れ人間の速度とは関係なく過ぎるものだ。

……女房が死んでから思い出を歌うため清二は1人で出発した。

出発点が同じでも行き着く所は違う。

逢うたびに清二は煩雑そうに門田に言い放った。

女房の遺言ともなった社会復帰は、人生経験を積んだ清二には取るに足らない事だった。

今まで隠れていた自我が目覚めたのは良い事だ。悲しみの発散の仕方が少し違っていようと…!

だが、プライドも何もない清二のやり方に旧友は皆疑問を持っていた。

凡そ雑誌に掲載される総てとも取れるほど手当たり次第に清二はコンテストに出た。

それも女房の想い出に酔い痴れる場所が欲しいという理由であった。

「いい加減忘れろよ…」門田は延々と悲しみを歌うだけの人間になっていく清二を見るに忍びないと、好意から忠告したが総ては裏目に出た。

「お前に俺の悲しみが解るのか、くそ坊主」

仲間に悪態をつく有様を皆が嘆いていた。

立ち直る見込のない脱落者と笑われようと清二は人生を決定した。

卒業式の時から女房の写真を離さずにいる清二は愛の殉教者に違いない。

だが結果的に妊娠が死の引き金になったにせよ、罪を贖うにも際限は在るはずだ!

毎日のように電話で清二の醜態を報告する門田の僻みが清二には嬉しかった。

親友は清二の行動が読み取れると莫迦にした。

ステージに女房の写真を置いて泣きながら歌う清二!愛を真剣に歌う者は時として滑稽に観えるものだ。


 真夏の公会堂の門ではヘッドホンをしてる豚の置物が鎮座していた。

「スーパーフォーク−コンテスト」決勝大会は数人の出演者が右端に待機していた。

清二は女房の写真を胸に抱き出番を待っていた。門田他数名は一番前の席で素晴らしいステージを観れたチャンスを嘆いた。

ステージに女房の位牌と写真を置いて線香を立てる。

喪服のステージ衣裳で佇む清二は黒いネクタイを締め哀憫をそそる。

直視できる代物とは程遠いが清二は金が無くてステージ衣裳を買えなかった。

♪〜愛するペパイ


縁日で一緒に綿飴食べた、ペパイ ペパイ 愛していたぜ〜

同じ団地で生まれて育った

幼馴染みのペパイ

お前の胸がぺっちゃんこでも

買ってくるパイはでかかった

ペパイなぜ死んだ ペパイ俺を残して

もう お前の笑顔に会えない


俺はお前が好きだった〜ペパイ〜!


清二は涙を振り絞っては客席に向い熱演していた。ワンコーラスが終り陰嚢に痒みが襲って来たのはその時だ。

「この非常事態にタマが痒くなるとは」

清二はギターのストロークを長引かせるとすかさず陰嚢を掻いた。

「コミックシンガーの資質が合ったとはな、新発見だ!」野次が仲間内からどよめいた。

 ナンパした女の腰に手を回す男が、ガムをくちゃくちゃ噛んで女に話しかけていた。

真面目に歌えば歌う程みんなは笑い転げた。

ギターを振り上げて号泣する場面には卒倒する奴等もいた。

再び、野次がどよめいた。

「あいつ、インキんだぜ!さっきからギターのボディで搔いてるみたいだ!」「あれはステージアクションじゃないよ。」

観察力の鋭い役者が一人混じっていた。

ぎこちない動きと視線の変化を読み取って尚且つ女をもナンパしている。

 

台詞入りで出会いから死別までを延々と歌う清二は自分を見失っていた。

しかし…審査員席の方からは拍手が沸き起こっていた。


♪〜病室に真っ白い雪が降る頃

ペパイ〜ペパイ〜旅立ったのか

俺とお前の小さな生命が死期を速めた

ペパイ ペパイ〜〜!


 確かに作品の価値は良い物では無かった。だが個人的な哀しみをこうも大々的に歌うと強力なインパクトを押し付ける事も出来た。

腹を抱えて女と笑い合う連中もいた。

「こりゃ受けてるぜ俺達はついている

地味だったあいつのパフォーマンスはお笑いだったんだ」

門田はかっての英邁が愚に浸る醜態に俗才があると直感した。

一瞬だが俯いていた眼が笑っていたからだ。

「奴はもう駄目だよ」仲間が腹をよじっては終演まで居るかいと話し合っていた。

逆光が眩しくて眼を伏せている間に票決は公然と下っていたようだ。

団地の理事室に卒業式の午后、清二が呼び出されていた理由が奴等にも理解された。

町会長の策略は功を奏した。

彼岸のスターとして清二はデビューする。女房が死んだ時、墓も建てられず町会長に葬儀費用の面倒を見てもらった恩が返せる。


 仮設の審査員席で下顎をさすり、町会長は鋭い眼光を放ち聴衆を睨み付ける。審査員達は涙を拭う演技をしていた。

清二が歌い終わると、町会長の姪と名乗る女が清二に寄り添うようにマイクを近づけた。

彼女との出逢いは衝撃的だった。白いプレタポルテに愛くるしい姿を包む彼女は団地では有名人だったからだ。

仲間は驚きを隠せなかった。

「莫迦な!こんな事があって良い筈が無いぜ。」

司会者の彼女は無理に悲しみを繕い、女房の位牌をしまう清二の肩を叩いた。

「素晴らしい歌をありがとう」「あなたの愛が私の小さな胸に洪水を起こしそうです」

ルパシカを着た男が叫んだ。莫迦野郎!てめえ達、みんな耳が付いてんのかよ!

叫びを無視すると男はちょび髭をつまんで女の尻を撫でていた。

 彼女は感動の渦に巻かれハンケチを出しては眼頭を押さえていた。


マイクロフォンを握り彼女はステージの皆に向って説いた。

「私はかってこれ程愛を貫く青年の歌を聴いた事が無いわ」

彼女は捏造した脚本を頭で創作しては明らかに利害関係で話していた。

審査員達も派手な色のネクタイを地味な背広から覗かせては口髭を光らせて語彙を強めた。

「彼の歌を聴いて笑い転げていた諸君、君達は不謹慎だ!」

腕を捻ったルパシカが痛そうに顔を顰めては口を開けていた。

「君達には解らないのか!荒削りだが彼の歌は真実を告げる魂の重みが在る」

客席の数人は既に洗脳されかかっていた。

「一人の男性にこれ程まで思われてる奥さんも草場の陰できっと喜んで居られるに違いない」「私はこの場を借りて公言しよう!CDは私が出す!」

清二はステージに立たされては行儀の良い子供のように俯いていた。

 審査員の音楽評論家も鼻をかんでいた仕草から見事に変身している。

門田は清二を取り巻く糸に気付くと変り身の速さに呟いた。

そうだ!速く退散しないと今にエールが沸き騰りバトンガールが(♪〜愛するペパイ)を合唱する。

清二は選ばれたんだ!団地から初めて歌手になるんだ!

門田は表彰台に上る清二の栄光の始まりに公開生放送だと言う事に気付いた。

良識ある人間はシリアス=コミックの戦略は確定だと思った。


 


2章 策略


 ハイウェイを南下する清二は便所の落書きのスタッフを思いつく限り罵倒していた。

プロデューサーか何だか知らないがあいつ等は調子が良いんだ。

お前もそう思うだろう!あいつ等は嫉妬しているんだ。俺達が才能のある人間なんでな。ロケだって言うからこんな田舎テレビまでやって来たのに、墓場で野宿させるなんて!

桜前線に沿って南から北へ霊園を訪ねて行く一環よ。あなたの奥さんがこよなく桜を愛したことがロケの設定に関係しているの。

今やトレードマークともなった喪服に黒いネクタイ。

スタイリストに渡された桜を胸に喪に服す男の哀愁を背中に漂わす絶妙なる演技だったわ。

オンジエアの時は数カットのフィルムを繋げた霊園紹介と共に葬送行進曲が流れるのに違いないわ。

 俺は葬祭のスターか!冠婚がなぜスケジュールに回って来ない。

清二はスタッフが別れ際に渡した弁当を半分残すと、車から投げ捨てもごもごと呟いていた。

車道に散らばった米粒を狙うように野生の鳥達が舞い降りて来る。

彼女は清二の行為を責める様に加速した。

みんなそれぞれの生き方で仕事を選んでいるのよ。

あなたも私も彼らも今の前言は撤退しなさい。

あなたははしたない人間よ。

スタッフを鼻で笑う思い上がりは人を騙す眼に変わるわ。

海岸通りを走る彼女は清二を乗せて港に向かっていく。

人間を変えるのは奢りだ。

彼女は清二を軽蔑の眼差しで見ると、厭な気分を薄めたい衝動に駆られた。

前方に鏡のように空を映す鮮やかな海が広がっていた。

人気の居ない砂嘴に車を向かわせるように脇道を抜け彼女は岩陰に車を停めた。

ドアを開けた時ワンピースを潮風がめくりあげた。

丁度良かったわ。

言葉とともにワンピースを後部座席に放り込むと、ランジェリーのまま夕映えが照らす海を彼女は見渡した。

潮風に運ばれる髪を無造作に咥えて、浅瀬を見詰めては身につけているものを1枚ずつ脱ぎ始める。

ボンネットに凭れていた清二の耳に挑発が届いた。

海の中でし、よ、う…!

三十万のスーツを車の中に脱ぎ捨て清二は誘われるまま砂浜を走り出した。

照り返し夕日に照らされた彼女は人魚のように海の中で跳ねている。

思わず清二は純愛小説の主人公我云う修飾句で彼女を形容した。

濡れた髪を波に分けさせた彼女は照れてしまった。

あなたが云うように美人じゃないわ私って、おばあちゃんだし、顎も出ているでしょう。

美人だよ!すごくお前は美しいよ!

清二は頭から声を出すと彼女の身体を摑もうとした。


愛する女房が驚異的なセールスを続け国民歌になる日も近いわね。

清二は海面から顔を出す彼女を愛おしく見詰めていた。

国民的スターさんに私は満足しているわ。あなたの知名度に伴い団地も観光名所になったそうよ。

頬にあたる波の冷たさに眼をとじると彼女のソプラノが聴こえる。

俺だけの力じゃ無いよ、一心同体だ!お前がいたから此処まで伸びた。


 潮の流れに乗る彼女は息を思いっきり吸うと潜水していく。

同じ事は二度は来ないものよ。だから今をエンジョイするの。

皓歯を噛み合わせ呼吸が続く限り別世界を探索すると過去がいつも揺れていた。

……アイドルだった頃が私にはあったわ。

藻の陰に動く清二の裸体を抜けて暫く魚になったように砂に埋もれる。

手で砂を掻き分けると鋭利な貝が触れた。

指先に挟んだ貝を持って彼の方へと泳ぎ出す。

海面に顔を出し息をつぐと同じように顔を出す彼と眼があった。

……やめて扁桃腺が痛いの。もう歌わせないで!

母親の囁きが彼女の過去の領域をいたぶる。

あなたが妹を崖から突き落したんでしょう!あなたがあの子の足を切り落としたのよ!

やめて!もう忘れたいのよ!あれは事故だったのよ!

私は妹の背中に翼を見たの。翔べるってあの子は云ったわ!

翔べるって信じていたのよ!

再び潜ると眼の前に水の中揺れているシンボルに太陽の陰が視える。

手にした貝を剃刀のように近づけた彼女はさっと清二の臀部をこすりつける。

海面から顔を出した彼女は清二の肩に手を回すと妖艶な微笑を向けた。

臀部の痛みに気付かす清二は恍惚とした表情を浮かべる彼女を愛していると直感した。

……過ぎて行けばみんな素敵!でも私は今を一番素敵にしたい。


取り壊されず浮遊している海上都市を遺物として眺める。

清二は車のキーを巡回員に渡す彼女の赤らんだ肩を見ていた。

海邊の情事で日焼けした肩は日を追って痛みが増すだろうと彼女は気遣っていた。

風が吹かなければいいわねと告げた真意は下着をつけていないせいだろう。

メガミが丸出しじゃしょうが無いわね。

ファーストクラスに案内された彼女は

清二の耳元で息を吹き付けた。

意地穢い夢をもとうね!あなたには下品な慾望がある。

だから羽根をつけて貰えたのよ!

あとは努力して翼にしなさい!

もっと遠くに翔ぶ為にね!

開閉された窓から澄みきった青空が広がっていた。

彼女はポシェットからルーペを取り出すと残光を船室に集めグレーの絨毯を焦がしていた。


ベイブリッジを流れる車の数を数えていた清二は焦げ臭いに振り向いた。

そんな眼で見ないで、安物の絨毯なんて良いのよ!

つづきをしててね…、

清二には安物に思えなかった。

キャビンオーナーシステムでリースしているとはいえ船室の絨毯を故意に焦がすとは。

この人は僕とは違う生活観だと改めてドアを出ていく彼女を眺めた。

ルーペを放り愛用の手帳を探しスケジュールを確認しようとしたが、何処かに落したらしい。

手帳等清二にとっては不要のものであった。

数値記憶力は学内でも軍を抜いていたからだ。

スケジュールを頭の中でめくり数値を言葉に直していく。

ホールの打ち合わせが翌週に会食パーティー形式で予定されていた。

はたと考え込んだのは洋式のパーティーが苦手だったからだ。

マナーにとらわれる食事にはいつも恥をかく。


暫く離れていた彼女が戻って来ると珍しく微かな笑いを浮かべた。

何やらボーイがトランクか何かを引きずる音が聞こえ船室に軽いノックが数度響いた。

彼女はトランクを受け取るとドアを背に清二の方を見据えた。

生贄はゆっくり調理するもの!

ぶくぶくと肥らせてから八裂きにするの!

近づいて来る手にカッターナイフを光らせた彼女の冷血な瞳に命乞いをしてしまった。

僕は干物です、まだガリガリです、

まるで乞食の様な事を云うのね。

芸をすれば許してあげてもいいわ。

芸ですか?!

躊躇しているとにじり寄る彼女は告げた。

あなたはタレント芸の一つ二つあるでしょう?!

振り翳すナイフに清二は咄嗟に下を押さえ助けちょこたと叫んだ。

呂律が回らない舌を噛んでうっすらと涙さえ浮かべた。

うふっ!素晴らしい芸だこと。

無関心に彼女は言い放つと引いて来たトランクを開けて中の梱包物の紐を切り始めた。

地べたにしゃがみ込んでは怯えている陰を見下ろすと声の調子を和らげて呼び掛けた。

これを見せたかったのよ?!

からかいがいのある人ね、あなたって!その純朴さに奥さんは包まれて幸福だった筈ね。

永遠に歌い継がれていく名曲になったのですから。

清二はペパイを憶い出すと寂しそうに呟いた。

あいつは俺に遺産を残してくれた。

愛するペパイという曲をね!

横に座る彼女が取り出す厳重に梱包されている品物に清二の興味は移った。

袖口が見えた時、清二はジャケットだと直感した。

彼女が手にしたジャケットの背中には

奇妙な構図の写実画が縫い付けられてあった。

路上で排便をする子供の絵が清二を驚かせた。

此れは!?

……排便天使という物語りを知っている?!

知りません!

知らなくて良かったわ。恥ずべき中国の日常ですからね!


 便器で水浴びする赤ん坊からなる三部作!私もこの絵画の秘密を妹に聴かされてから現在を選んだの!あなたの新しいステージ衣裳としてこれ着て歌うのよ!

窓から視える海を背景にジャケットを手渡す彼女はリキュールの吐息を吹きかけた。

袖に手を通した清二は妙な気分と共に厭だなと思った。

格好良くないからだ。

粗雑な街の中で子供が遊んでいる。

此れは排便のシーンなのよ!

耳に響く彼女の声は清二に在る意志を伝えようとしていた。

この絵描きの眼には美しい楽園でも廃墟に視えたのね!

「排便天使」は私達の浪漫だわ。


単調な暮らしに変化を求めて少年達は生きていく。

世の中には翼をもって産まれてきた子供達も居るのに、一生気付かずに終ってしまう。

極限状態で始めて翼の存在を知るからね、手遅れなのよ!

地面に叩きつけられる瞬間に羽ばたいたって死がそこには待っているだけ!

だから彼等は死んで始めて翔べるの!

私達が救いたいのは死ぬ前の子供達!

その為に精神の極限状態を提供するのよ。

……負けて自滅する人間の方が多いけどチャンスは平等に与えた。

活かし切れなかったの彼等が無知だっただけ。

彼女の告白に清二は気付かなかった。

よしんば気付いたとしても物語の独白と思ったに違いない。


恐怖を栄養にして羽根を翼に変えていくのよ!

あなたは何も持たないで産まれた可哀想な人。

だから先ず羽根が必要だった。

翼を持って産まれても、視えない子より、裸のままのあなたの方が愛おしい。背中が重い重いって這いつくばる悪あがき!翔び方を知らないそんな子よりあなたの方が良い!

無駄な努力って言うのをご存知。

私達を蹴落とそうと画策している人達の行動よ!


……そそり勃つ岩壁から沢山の色が空に舞っている。

 あのカイトを御覧なさい!風に乗れば高く舞えるのよ……風に乗りましょう!

清二は余りに奇妙な絵を見せられて躊躇してしまった。

彼女に深入りし過ぎた。その途端腹が鳴り始めた。

あのスタッフが渡した弁当はやはり腐っていたようだ。

清二は彼女の手前背中にジャケットをあてがったが、実はトイレに行きたかった!




 眠い眼を擦ってはテレビ放送の画像を観る。

ニュヨークの全景が映し出されて摩天楼の広告塔には日本企業の宣伝が奢り高く光り輝く。

スケジュール表をめくっていた彼女は耳に挟んでいたボールペンを取るとバスルームに向いアルトの声を発した。便所の落書き2と言うTitleのバラエティショーが来てるけど出演する。

バスタブに左足を沈めていた清二は呼びかける声に驚くと耳を疑って聞き直した。

何ですか?!

出演依頼が来ているのよ!

再びTitleを聞いては緑色の湯の中に浸り考え込んでしまった。


如何わしい内容では無いのよ!

得得と説明する会話に邪魔だとは思いながら応えた。

 文学作品ですか?!

ボールペンのキャップをテーブルの上で弾いていた彼女はガラにもないと言う顔をしながら叫んだ。

いいえ!トーク形式のお笑いもの?!

 心外だぜ!呟いては足を湯船から出した。

哲学が在るのですか?その番組には?

 

何を言うのかと思っては彼女はボールペンを強くテーブルに押し付けた。

カチンと言う音と共にプラスティックが割れた。

NOよ!下品なプロデューサーがあなたを欲しがってるだけ?!

バスタブの中に首まで浸っていたが顔を上げた。

断わって下さい!?

いつもより短めにバスルームから出る時舌打ちした。

 ヒューマニズムシンガーでデビューした男だぜ!マネージャーなら少しは考えろよ!まぬけ!

人間の器量の狭さが洩らす言葉に反映されていた。



 シャンプーの香りを微かに漂わせた清二は調整の電話をかけている彼女の前を横切る時指の合図をする。

赤いバスタオルを腰に巻いたまま貧弱な身体を豪華なダブルベッドに沈めシャンデリアのハート型の硝子の粒を真ん中から数え始める。

1053と頭の中で確認した時だった。

部屋の照明が淡い青に変わり室内の装飾品を際立たせて美しく変える。

シャワーを浴びてきた彼女は手のひらのリモコンを操作すると劇的な音楽を流し挑発的なインサートの表情を向ける?!

コケティッシュな唇が濡れた様に光っている。

 kブランドと言うファッションがいま向こうで流行っているのよ!

あなたと同じ位の女の子がステイタスを持っている!?

清二にとっては退屈な会話も前戯の一種だと思えば許されてしまう?!

 私はニュヨークが好き!やる気があれば誰だってのし上がれる。

……蹴落とされるのも早いけどね!




 赤い色を好んで使うのは男色の気が有るのよ。 

バスタオルを取り熱り立つ清二のシンボルに視線を注いで彼女は告げた。

 なぜ!ボクを選んだのですか?!

気まぐれよ!?気まぐれですべては流れて行くの!人生なんかかったるく考え込むよりも気まぐれで愉しむ方がお利口さんよ!?

口の中で舌を転がせて彼女は軽佻な瞳を臑毛に通過させた。

選ばれた幸運を感謝しなさい……さあ振りの練習をするのよ。


 ランダムに流れて来る民族音楽は清二を南海の漁師に変えては眼の前の獲物を追い掛けさせる。

序曲は雄大な自然をいつも思わせる。

四方の壁に張られた平面スピーカーが

ディレータイムに依ってMatrix効果を生むからだろう。

打楽器の一定のリズムが彼女の身体に波打ち、彼女は波に打ち上げられた魚の様に手足をバタバタさせる。

…吸っていいのよ。

とろける甘い蜜を舌の先に味わっていた清二は頭の中に深海を想定した。

ダイビングする瞬間、呼吸を止めて水の中へ侵入するのは最高のエクスタシーだった。程なく視界が拓けると情欲の中程で沈殿物に埋もれた注射器が視える。

フロイド式に繋げ合わす作業がエンジニア志望だった清二には不得手だった。めくるめく幻覚の世界に船出して

いながら水の中にキリストを視る事もなく、ただ快楽の砂を掘り続けるだけであった。

しかし…今回は僅かだが違っていた。

掘り続けた砂の中で指先にあたる固い感触がした。

意識を徐々に醒まして手のひらに確認したのはcoinの様な物であった。

此れは何何だと畏怖しながら恐怖が俄に甦る。

手のひらを焼き尽くす様にcoinが発熱していたからだ。

慌ててcoinを放り出すと遁走に全神経を傾ける。

およそ見たことも無い色彩の藻の遥か彼方に清二は墓場を視た。

一つ一つ墓碑銘を確認して行くとペパイの墓がある。

 許してくれ!俺達はお前を商売にしてのし上がった卑しい男だ。

あぶくが水面に向い上がっていくのが視える。そのあぶくの中に生前のペパイがいた。

 墓場に残して逃げないでくれ!

叫びが水の中で数多の小魚に変わると取り囲む。

皮膚のあちこちに痛みを感じた。

小魚達が喰らいついてきては、責め苦を味合わせて行く。


 此れはエクスタシーじゃない。苦痛の快楽はいらない。辺りが一変して物静かに変わり、頭を抑えていた清二は恐る恐る眼を開けて情景を観る。

廃墟が水の中にあった。

これ以上探索する事を生理的に拒否しては泳いで水面に出ようと藻搔いた。

水面から顔を出してオゾンを吸った清二は手に小さなRingを握っていた。

彼女が元の水の中に戻す。

 此れは大事なものなの!?それとも膜の方が良いの?!

頷く清二に彼女は同意した。

再び甘い流れに乗る陶酔の準備をする。

沈黙が暫く部屋に漂った。

…タコさん吸っていいのよ?!

清二には彼女の掠れた声がよく聞き取れなかった。

いいのよ…というセンテンスが清二の欲情を昂まらせる。

小刻みに震える指先が清二の背中に食い込み彼女の海が小心者を手招きする。

魚から蝶にMetamorphoseする彼女の肢体は清二の楽園を眺望すると突起した丘に止まる。

蝶の羽根が膜となり丘を包み込む感触にフィニッシュを清二は感じた。

omnkoは麻薬だと清二はいやらしい指を見せた。

彼女は厭な顔を見せた。それらの表現は嫌いよ!なぜ蔑視と結び付く形容で表されるのかしら?

ごめんなさいと呟いた清二は彼女の奴隷と化していた。

成熟していても大人の女とは違う彼女の肉体は全てが神秘の密林だった。

また魔性の色香を漂わせる彼女は清二が読破したセックスヒロインの集大成

の様である。

小柄な身体に聖と性を凝縮している様でもあった。

彼女のすべすべとした肌が網膜に焼き付き女性経験のファイルに書き足される?!



 冷蔵庫のゼリーを手に清二が往復すると彼女は膝を丸めて右手で受け取った。マーマレードの切れ端がブルジョアの代名詞の様にも思われた。

彼女はマーマレードのゼリーが好きだ。

なぜ?と聞こうとした眼の前で、スキンにたまったザーメンを振って彼女は云った。

…此れは悪なの?!悪はエネルギーの源、でも突き進む事しかしないわ?!

この女性は不思議だと改めて彼女を見据えた。

善は包む事を知っている。キミは快楽を超えるのよ!!

溜まっている物は総て私の身体で処理しなさい?!

あなたは飢えた眼をしていては駄目。

個人の歌として作っても絶対公約数として女房を歌うの!?

愛するペパイが売れるほど太陽に近付くのですから?!

……太陽ですか?しばらく間を置いてから清二はバスローブを羽織った。


 ヌードのまま出窓に立った彼女は白い小型望遠鏡を覗いて真昼の街並みを見渡していた。

……そう宇宙が育てる星屑の子!…私は母親を殺して産まれて来たのよ!

背中向きに聴こえる言葉に手のひらの汗を感じていた。

首に望遠鏡をぶら下げたまま彼女はショーツを着けると横顔で微笑する。

 

ついてらっしゃい……!

通路を介して隣部屋と続いているの。

彼女の呼びかけに空間から応える声は無かった。

彼女の妹とはいえ見ず知らずの娘の部屋に侵入して良いのだろうか。

一瞬踵を踏み止どまってしまった。


 寝室に巨大なガラスか置かれていて見慣れた場所が視えた。いつも清二が寵愛されるタブルべッドが隣室から観察されている事に赤面した。

彼女の妹と云うのは可成りの悪趣味だと思わずにいられなかった。

ビデオカメラが設置され明らかに覗かれていたと判るのだ!

 車椅子の軋む音が隣室から聞こえた。

………妹は交尾の研究論文を書いている最中なの!百枚位は私も協力したわ!?


「姉妹愛」が強いってみんなに云われるの!



…………………おわり…………!




酷い女も居たものだ!ナメちゃんは地球人の女が怖くなった!













団地に住むミュジシャンに憧れる男は、女房の死を歌いのし上がってゆく。彼の心情と昔の仲間との葛藤をあからさまに綴る物語!

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