帰り道
「ありがとうございました。さようなら」
私は塾の扉を閉めて、家までの帰り道を一人とぼとぼ歩いていた。
家までの距離はさほど遠くない。むしろ歩いて通える距離なので近い方だと思う。
冬の空は冷たく、街灯が多いせいか星も見えなかった。
塾は車通りの多い道沿いにあったが、他のお店も多く、夜も明るい。
駅から15分以上離れた住宅街なので、仕事帰りのくたびれた大人が自転車をこいでいたり、バス停から歩いて家に帰る学生もちらほらいた。しかし、夜21時を過ぎるとだいぶ人も車も減る。
今日も私の前を歩いている人が一人いるくらいだった。いつもどおりの帰り道だった。
突然、
「ねえ」
と、後ろで呼ぶ声がした。
歩きながら振り返ってみると、誰もいなかった。
気のせいか、私は再び前を向いた。
そしたら、私の前を歩いていた人が、こつぜんといなくなっていた。
今まで足音もしていたのに、いきなり消えたような感覚だった。
最初から誰もいなかったかのように。
違和感しか感じなかった。
たとえ細い道に歩いていったとしても、さっきまで聞こえていた足音は消えないはず。
私はもう一度後ろを振り返ろうとしたが、振り返れなかった。
振り返ってはいけない気がした。
私の足はだんだん早歩きになり、ついには走り出した。
この場所から急いで離れなければいけない。
息もきれぎれで家の玄関を思いっきりあけた。
「おかえりー、どうしたの?そんな息きらして」
母親は呑気に帰りを待っていたような口調だったが、それが逆に安心した。
「別に」
私は次の日からその道を通るのをやめ、別の道から通うことにした。
あとから母親に聞いたのだが、その場所は昔から事故が多い場所で有名だと言っていた。
私はあの声を鮮明に覚えている。
「ねえ」と言ったのは一体誰だったのだろうか。