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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛系(短編)

落ちこぼれ姫はお付きの従者と旅立つ。王族にふさわしくないと追放されましたが、私にはありのままの私を愛してくれる素敵な「家族」がおりますので。

「あら、たまご姫じゃありませんこと。そろそろお城を出る準備が必要ではなくって? 養鶏農家に嫁ぐのだったかしら。あら、でも割れない役立たずの卵ばかり生まれるようになっては、養鶏農家も商売上がったりでしょうね。いやだわ、これだから疫病神は」


 ここは王の側室と子どもたちが住む離宮の一角。美しい女の園であり、実態は語るのもはばかられるほどどろどろとした場所だ。出会い頭に異母姉から流れるような嘲りを受け、デイジーは小さくため息をついた。


 従者のジギスムントが庇うようにデイジーの前に立とうとするが、彼女は黙って首を振る。見目麗しいこの従者に異母姉はことのほか執着していた。彼がデイジーを守れば、火に油を注ぐことになるに違いないのだ。


(私だって、好きで姫に生まれたわけじゃないのに)


 異母姉から隠すように、自身に与えられた「黄金の卵」を強く抱きしめる。相手の機嫌がよければ、嫌味だけで解放されるだろう。そうでなければ、多少の痛みは覚悟せねばならない。


(どうか無事に部屋に戻れますように)


 デイジーのささやかな願いは、もちろん叶わなかった。



 ***



 精霊とゆかりの深いこの神聖王国の姫たちは、他国の姫君にはない特徴を持っている。彼女たちは誕生と同時に精霊王から、祝いの品として「黄金の卵」を授けられるのだ。


 黄金でできた殻の周囲を飾るのは、ダイヤにルビーにエメラルド。精緻な白金の草花が描かれ、大粒の真珠が実っている。聖獣によって届けられた黄金の卵はうっとりするほど美しいが、卵の真の価値は美術品としての美しさにあるのではない。


 彼女たちが成長するとやがて卵が割れ、中から彼女たちの相棒となる精霊が出てくるのである。精霊を見ることができる人間は少ない。精霊を使役することができる人間はさらに限られている。


 精霊の力を扱うことのできる王女たちは神聖王国の国民たちから敬われるだけではなく、他国の王族や有力貴族との婚姻相手としても実に重宝される存在なのであった。


 ところがもうすぐ成人するというのに、デイジーの卵は割れる気配が微塵も感じられない。最初のうちは、「よほど素晴らしい精霊が生まれるのだろう」と期待していた周囲の人々も、デイジーよりも年下の妹姫たちが精霊を生み出すようになると、彼女を「出来損ない」と軽蔑するようになった。今ではデイジーを王族として扱ってくれるのは、従者のジギスムントただひとりである。


 父親はデイジーの存在を忘れた。美しく可愛げがあり、精霊を持つ姫たちはたくさんいるのだ。落ちこぼれに回す金も気持ちもない。


 母親はデイジーを憎んでいる。彼女は側室の中でも実家の力が弱く、身分の低い側室だった。だからこそ、自分の足を引っ張るような足手まといは不要だったのだ。


 同腹の兄弟姉妹には、儚くなることを願われていた。彼女の存在は、彼ら自身の瑕疵となる。痛くもない腹を探られるのは迷惑だ、どうか頼む、さっさと死んでくれ。そうすれば嫌わずに悲しんでやれるのにと。


 異母兄弟たちは、楽しげにデイジーをいじめた。王宮の中は弱肉強食。隙を見せれば頭から食われてしまう場所だ。血の繋がった母親に見捨てられた彼女など絶好の獲物でしかない。しかもデイジーにはとある秘密があった。


「あら、今日はだんまりかしら。いつぞやのように、予言じみたことは言わないのかしら。この疫病神!」


(ああ、どうしてあの時、あんなことを言ってしまったのかしら。こうなることがわかっていたなら、やっぱり知らないふりをすればよかった)


 かつての出来事をデイジーは今更ながらに後悔していた。



 ***



 それはある夏の日のことだった。今ほど異母姉に憎まれていなかったデイジーは、川へ舟遊びに出かける異母姉と異母妹とすれ違った。そして、つい話しかけてしまったのだ。


『もし、お姉さま』

『お前のようなやつに、姉だなんて呼ばれたくなくってよ』

『大変失礼いたしました。ただ本日、湖にお出掛けになるのはお止めになった方がよろしいかと』

『なあに。夏の暑い日に、離宮で蒸されるしかない落ちこぼれの僻みかしら?』

『いいえ。ただ、今日は午後から天気が崩れ出すらしく……』

『あら、お前が天気を占うというの。お生憎様。わたくしには、良い占い師も素晴らしい学者もついているの。お前にあれこれ指図をされるいわれはないわ』

『ですが!』

『くどいわね! 痛い目に遭いたいの!』

『……申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました』

『ふん。気味の悪い女ね。早くここから出ていってくれないものかしら』


 その後デイジーが警告した通り、午後から天気は急速に崩れ、近年稀に見る大嵐となった。そして、舟遊びをしていた異母妹が溺れたのである。一命はとりとめたが、異母妹はすっかり水を怖がるようになってしまった。おかげで精霊の使役までうまくいかなくなる始末。彼女の相棒は水の精霊だったのである。


 それを異母姉は、デイジーがしっかり止めなかったせいだと逆恨みしているのであった。


(でも、どうせ信じてくれやしないわ。精霊たちの声が聞こえるなんて)


 精霊をパートナーに持つ王女たちでさえ、精霊が何を考えているかを知らない。彼女たちにとって精霊は、気まぐれに手助けをしてくれる、不可思議な存在でしかないのだ。それなのに、いまだ相棒のいないデイジーが彼らとなめらかに会話をすることができるなんて、嘘つき扱いされるに違いなかった。


 黙って下を向くデイジーに向かって、異母姉が扇を投げつけてきた。派手な音の割に痛くはないことだけが幸いだ。体を縮こめるデイジーを見て、にんまりと異母姉は笑う。


「そうだわ。お前の無意味なその卵、物理的に割ってやったら精霊が生まれるのではなくって。そうだわ、それがいい。わたくしが叩き割ってあげるわ。早くこちらによこしなさい」


 恐ろしげな異母姉の言葉に、さすがのデイジーも顔を引きつらせた。



 ***



「黄金の卵には手出し無用。そういう取り決めのはずだ」

「あら、どうしてわざわざ庇うのかしら。いまだに精霊を生み出すことのできない出来損ないよ?」

「その卵を届けたのは、俺だ」

「仕事をまっとうする責任があるということね」


 ふたりの間に割って入ったジギスムントの言葉に、デイジーはうつむいたまま唇をかんだ。


(そう、この卵を届けてくれたのはジギスムントだったのよね)


 ジギスムントがデイジーの隣にいてくれるのは、ただの責任感。思わずデイジーは胸が苦しくなった。


 本来ならば、聖獣たちが届ける黄金の卵。それを届けたのが、美しいとはいえただの平民であったことに国王は不満を漏らしたと聞いている。


『なぜ聖獣ではなく、そなたが遣いに選ばれたのか?』

『聖獣ではなく、俺のほうがふさわしいと精霊王が判断したからだ』

『王に向かってその口のききかた。精霊王は何を考えておられるのだ』

『たかが一国の王が、偉そうに』

『貴様、無礼であるぞ!』

『しばらくこの姫の側にいさせてもらおう。ああ、もてなしなど気にするな。こちらが好きでやることだからな』

『誰が貴様のような人間を歓迎するか。聖獣でもあるまいし。まったく不愉快だ。さっさと下がるがよい』

『やれやれ、まったく愉快な王さまだな。あんまりいらいらすると、早死にするぞ』

『剣のサビになりたくなければ、即刻出て行け!』


 物心ついてから聞いた当時の話に、デイジーはめまいを覚えたものだ。それからデイジーはジギスムントの言葉遣いを直そうとしたが、改められることはなかった。


(彼はそもそも王宮内の規範であるとか、常識というものに価値を感じていないのよね。無意味なものというか、完全に理解できないものとして振る舞っているけれど。平民がみんなジギスムントのようなわけではもないし……。なんだか、まるで人間ではないみたい)


 王宮内に味方のいないデイジーでも、ジギスムントの不自然さは理解していたのだ。だからこそ、不思議だった。なぜ彼が、ここまでデイジーのことを大切にしてくれるのか。


「そうよ。どうせなら、わたくしのお付きになりなさい。美味しい食べ物も、きれいな服だって用意してあげる。そこの疫病神と一緒に、這いつくばって雑草を集めたり、土にまみれる生活などしなくていいのよ」

「知ったような口をきかないでもらいたい。責任と言うのが誤解を招いたのであれば、言い直そう。俺は、自分の意思でデイジーの隣にいる」

「可哀想に。そうまでして精霊王に義理立てするなんて。命令には従わなければならないのね」

「勝手にほざいておけ。だがな、俺に触れていいのはデイジーだけだ」


 異母姉がジギスムントの頬に手を伸ばす。しかし彼は、それをまるで虫でも追い払うように払いのけた。面子を潰された異母姉が、デイジーを睨みつけてくる。


(本当に、ただの責任感ではないの?)



 ***



「ねえ、デイジー。わたくし、もうすぐお嫁に行くのよ。どこへ嫁ぐか、知っているかしら」

「海の向こうの島国であったかと」

「本当は妹が嫁ぐ予定だったわ。でもあの子は、すっかり水を怖がるようになってしまった。今でも船には乗れないわ。だから、わたくしが代わりに嫁ぐことになったの。そして妹は、わたくしの代わりに砂の国に嫁ぐのよ」


 ぽろりと異母姉の目から涙がこぼれるのが見えた。精霊持ちの王女たちは政治の駒として利用される。それでも彼女は、本来の嫁ぎ先であった砂の国の王子に好意を持っていたのだろう。


(ジギスムントは、砂の国の王子さまに少しだけ似ているのだわ)


 けれど、だからと言ってデイジーもジギスムントを手放してはやれなかった。そもそも、ジギスムントは物ではない。異母姉には理解できないことのようだったが、デイジーの一存で受け渡していい存在ではないのだ。


(それに、ジギスムントは私の大切な家族。彼がいなければ、私はここまで生き延びることはできなかった)


 ジギスムントの物言いが王の怒りを買ったこともあるが、精霊を生み出せないデイジーは、年々待遇が悪くなっていった。部屋はどんどん日当たりの悪い場所に追い出され、ただの小屋同然。使用人ひとりつけられない。果ては日々の食事にも困るありさま。それでも畑を耕し、木の実を集め、魚を釣り、獣を捌くことをここまで楽しめたのは、ジギスムントが側にいてくれたからだ。


 それに彼は、先ほど言ってくれたではないか。精霊王への義理立てでも、ましてや命令による服従でもない。自分の意思でデイジーの隣にいるのだと。


「舟遊びの件は不幸な事故だ。責任をデイジーに求めるのは無理がある。そもそも、再三注意を促したはずだ」


 ジギスムントの言葉を無視し、異母姉はデイジーに詰め寄った。


「ねえ、わたくしにジギスムントを譲ってくれないかしら」

「申し訳ありません。お断りいたします」

「これは、お願いではないの。お前はただ『はい』とだけ言えば、それでいいのよ」


 その瞬間、抱えていた黄金の卵を叩き落とされる。黄金の卵がどれだけの強度を保っているかはわからないが、普通の卵であれば一瞬で砕け散るだろう。慌ててデイジーは黄金の卵を助けるために跳びだし、床に滑り込む。


 そのとき異母姉にぶつかってしまったのは本当に偶然だったのだ。まさか彼女がよろけて近くの大理石の柱に額をぶつけることになるなんて。


 割れずに済んだ黄金の卵を握りしめたデイジーは、異母姉の顔から真っ赤な血があふれ出すのをただ呆然と見つめていた。



 ***



「嫁入り前の姉の顔に傷をつけるとは、一体何を考えている!」


 その後デイジーは、異母姉の告げ口により国王に叱責されることになった。デイジーの母や兄弟姉妹たちは、デイジーのことを冷ややかな目で見ている。


 ただでさえ精霊を生まないデイジーは役立ず。そんなデイジーが他国に嫁入りする異母姉の顔に傷をつけたと聞いては、心中穏やかではいられなかった。誰が喧嘩をふっかけたかなど、この際関係ない。ここでは、立場の弱いデイジーがすべて悪いのだから。


 ジギスムントなど、さっさと引き渡してしまえばよかったのだ。

 精霊の生まれない黄金の卵など、割れても構わなかったのに。

 どうせならさっさとどこかの好事家へ、デイジーごと黄金の卵を売り払ってしまえばよいものを。


 デイジーの「家族」で、デイジーを心配するものなど誰もいない。口に出されずとも、彼らの思いは雄弁に彼女に伝わり、心が深くえぐられていく。


 そんな中でジギスムントだけが、デイジーの隣に立ち続けてくれていた。風の精霊の力を借りてデイジーにだけ聞こえるように励ましの言葉を伝えてくれる。


「デイジー、お前は悪くない。あいつらが何もわかっていないだけだ」

「ありがとう。でも、私がもっと上手に立ち回れたらよかったの。あなたにも迷惑をかけてしまったわ」

「デイジーにかけられるなら、どんな迷惑だって俺は嬉しいよ」

「ねえ、ジギスムント。私が何を選んでも、あなたは私と一緒にいてくれる?」

「当然だろう」


 これからデイジーが何をしようかなんてジギスムントには説明をしていないと言うのに、彼は力強く頷く。


(ああ私の家族は、最初から隣にいてくれたのだわ)


 そのことに気がついたデイジーは、ゆっくりと微笑んだ。



 ***



「申し上げます。王女殿下、額の傷はご心配には及びません。三日三晩月の光を浴びた雫草で軟膏を作ってください。それを湿布に塗って過ごせば、たちまち傷は消えてなくなると精霊たちが話しております」

「精霊たち? 自分の相棒もいないお前が、何を寝ぼけたことを」


 父である国王からの叱責に、心の中で見切りをつけたとは言え寂しさが湧き上がる。最後まで理解してもらえなかったと、デイジーはひっそり笑った。


「私を()()嘘つきだとお責めになりますか。それならば、それで別に構いません。けれど、()()も私はきちんと説明いたしました。私の話を信じないというのであれば、致し方ありません」

「……薬師を呼べ!」


 騒ぎ立てる人々を前に、デイジーは小さく息を吐いた。大丈夫、怖くはない。自分の決めたことをちゃんとやり遂げられるはずだ。


「『黄金の卵』が争い事の種になっては本末転倒。私は、これを精霊王にお返ししたく存じます」


 何を勝手なことを! 周囲のざわめきをよそに、デイジーは高々と黄金の卵を掲げた。


「精霊王さま、お返しいたします」


 デイジーの手の中の黄金の卵が、光の粒になって消えていく。きらきらとまるで最初から幻であったかのように。


「デイジー。お前は自分が何をしたのかわかっているのか。黄金の卵を失ったお前は、王族ではなくなるのだぞ。平民のお前のやったこととなれば、国外追放は確実だ」


 わなわなと国王が震えているのは、怒りからだろうか。精霊が生まれることはなかったとはいえ、精霊王から賜った黄金の卵にはまだ十分に利用価値があったのだろう。


 今さらの言葉に、彼女は吹き出しそうになった。これまでも家族どころか、人間らしい扱いなど受けたことがない。王族ではなくなったとして、これ以上何が悪くなるというのか。


「家族でありたいと願っておりました。けれど、私は必要とされていなかった。そのことをようやく理解できました。もっと早く受け入れるべきだったのに。国外追放、謹んでお受けいたします。温情に感謝を」


 デイジーの別れの言葉を、ジギスムントが引き継いだ。


「精霊はデイジーの卵から現れることはなかったが、ずっと彼女のそばにいた。おかしいとは思わなかったのか。誰からも世話をされない幼子が、どうして痩せ細ることもなくすくすくと育ったのか」


 むしろ、彼らは気がつくべきだったのだ。なぜ、デイジーは死なないのかと。


「水の精霊がいなければ、綺麗な水を手に入れることはできず、火の精霊がいなければ、食事にも事欠いただろう。土の精霊が畑を富ませ、風の精霊が隙間だらけの小屋を守ってくれなければ、簡単に体を壊したはず。光の精霊がいなければ病におかされ、闇の精霊がいなければ安らかに眠れなかったに違いない」


 ジギスムントが口に出せば、美しい男女が空中から姿を見せた。この世のものとは思えぬ美貌に、誰もが呆気にとられる。


「黄金の卵を持つ姫たちでも、使役できる精霊は一体だけ。これほどの数の精霊たちにかしずかれるのは、どんな存在か。知らぬ者はいないだろうな」

「そんな、まさか!」


 周囲からの視線が変わったことに気がついたデイジーには、その理由がわからなかった。彼女にとっては、気まぐれな精霊たちが、生活の手助けをしてくれるのはあまりにも当たり前のことだったから。家族を含む周囲の人間に見捨てられていたからこそ、その異質さに気づく機会などなかったのである。


(しょっちゅうお手伝いには来てくれるのに、黄金の卵が割れない理由がさっぱりわからないんだけれど)


「待て、わたしたちが悪かった。これからは、デイジーを大切にする。だから、デイジーを連れていくのは待ってくれ!」

()()は、おまえたち人間の掌返しを嫌っていたからこそ、秘密にしていたんだ。そうでなければ、わざわざ目の前でデイジーが蔑ろにされている状況を、()()()が許すはずないだろう」


 慌てふためく国王を前に、デイジーは小首を傾げた。何やら、デイジーが国を出てはまずい状況になっているらしい。でも、もう遅いのだ。デイジーの心は、すでにこの国から離れてしまった。


 風が吹き始めた。風の精霊がおすすめの場所まで運んでくれるのだという。


「さようなら。この国が今までと同じように穏やかな幸福な国でありますことを、心よりお祈り申し上げます」

「誰か、あやつらを捕まえろ! なぜだ、なぜ、体が動かない!」


 国王たちの悲鳴が聞こえていたが、デイジーとジギスムントは振り返ることなく王城を後にした。



 ***



「新しい暮らしはどうだ」

「少し驚いたけれど、とても楽しんでいるわ。連れてきてくれてありがとう」

「デイジーが黄金の卵を親父に返したからこそ、できたことだ」


 デイジーは今、精霊の国で暮らしている。てっきり隣国かどこかへ連れていかれるのだろうと思っていたデイジーは、予想外の事態に目を丸くしていた。しかし、思った以上に歓迎され、結果的にこの国に根を下ろしたのである。


「でもまさか黄金の卵が、精霊の国と人間の世界を繋ぐ扉になっていたなんて」

「あの卵がないときは、しょっちゅう気に入った人間をこちらの世界に連れてきていたらしい」


 本人たちはよくても、残されたあちらの世界の人間から見るとただの誘拐だ。それを防ぐために、黄金の卵を作り、最も波長の合う精霊一体だけがあちらの世界に滞在できる仕組みを作り上げたのだそうだ。


「それにしても、ジギスムントが精霊王のご子息だったなんて驚いたわ」

「精霊に人間の爵位なんて関係ないからな。貴族ではないと答えたことで、平民の人間扱いになるとはおもわなかった」

「聖獣に任せずに黄金の卵を運んできたのは、誠意の表れだったのに。伝わらなくて残念ね」


 少しだけ憂いを帯びた表情のデイジーの髪をそっと撫で、ジギスムントは考える。


 最初のあのやり取りで、どういう人間かは見当がついた。大切な精霊王の愛し子が、あんな場所にいていいはずがない。きっと彼女は搾取され続ける。だから、精霊たちは卵を割ることはなかったのだ。そもそも高位の精霊であれば、黄金の卵など使わずとも、人間の世界に滞在することくらいできるのだから。


 精霊たちから見限られ、すっかり落ちぶれたかの国を思い出し、彼は密やかに嗤った。


「寂しくはないか?」

「ジギスムントがいるもの。それに精霊王さまも、他の精霊たちも。家族に囲まれていたら、寂しくなんてないわ」


 デイジーの返事にジギスムントが少しばかり不満げに唇をとがらせた。


「『家族』ってデイジーはさっきから言ってるけど。俺はデイジーの兄とか弟とかになるつもりはないから」

「えっと、どういうこと?」

「つまり、こういうこと」


 くいっと顎を持ち上げると、ジギスムントはデイジーの唇を奪ってみせた。

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