84話 戦友
静まり返る森の休憩所にリーフルと二人。
景色が暗い事も、無性に心細く感じる事も、夜のせいでは無い。
「…………」
手元を見据え押し黙る。
「ホーホ……(ヤマト)」
リーフルが悲し気に俺を眺め呟く。
「多分、加護の……だろうけど……」
「ホー……」
弓が壊れてしまった。
弦が結わう両端から、無惨にも刺々しい傷を露にして。
名前も無い、どこかの名匠の一品でも無い。
ただ、俺にとっては、リーフルよりも長く苦楽を共にしてきた大切な愛弓。
整備に抜かりは無かったはず。
何せ師匠から譲り受けた大切な品で、当時の俺には金もなければ振るえる武器と言えば短剣とこの弓だけだった。
定期的にリオンや師であるイーサンにも握りの張替え等で検めてもらっていたし、気休め程度だが自らも柔い布で磨き上げたりと、愛着があった。
対照的に、事件が終息し手元に戻った愛用の短剣は、最近使用しないようにしているというだけで、頼りがいのある姿を保ったまま腰に帯びているというのに……。
俺の戦闘スタイルや経験上、現状ではいくらロングソードで訓練をするといっても、やはり最後に命を預けるのは弓と短剣だ。
これはもう"冒険者"となって以来続く、この身に染み着いたものなので早々には変わらない。
恐らくは加護による"筋力"の増加が原因だろうと思う。
それだけでなく今思い返せば、時には放り投げ、時にはローウルフの牙から身を守る為に、と随分荒々しい使い方をしてしまっていた過去もある。
「街に……はぁ……」
ため息が漏れ出る。
「ホーホホ……? (タベモノ……?)」
伺える表情から察するに『食べ物でも食べて元気を出して』と言っているように感じる。
「ありがとなリーフル。そうだなぁ……」
街に戻る気になれない。
だが弓も無くここにとどまり続ける事も出来ない。
変わり果てた姿の愛弓をアイテムBOXへと収納し、足取り重く、街へと帰還した。
◇
明くる日の午後、弓が壊れたショックから昼まで寝坊し、仕事に行く気合も無く、街中のベンチに座り一人黄昏れていた。
「リーフル~? もしこの世からアプルが無くなったらどう思う?」
「──! ホー!! (テキ!!) ホー!! (テキ!!)」
仮定の話にも関わらず、リーフルは随分うろたえている。
「だよなぁ……」
素人目に見てもこの弓は修復不可能な状態だ。
どのみち普通に使用していても壊してしまう、今の自分の筋力に見合わない弓なのだから、遅かれ早かれ乗り換える事にはなっていたのだが、その別れ方──心の準備が出来ていない。
価値とは、数字に換算し絶対的な指標の下で判断すれば分かりやすい。
なので同じ弓を購入すれば同じ価値の物と見做すことも出来るが、そう簡単に納得いかないのが人間というものだ。
「リオンのとこ……はぁ~……」
「ホホーホ? (ナカマ?)」
リーフルが遠くを見据え呟く。
「ん~? あ、散歩……かな?」
リーフルが見据える先に目をやると、"お母さん"であるポーラに先導された子供達がこちらに向かってくる様子が見えた。
俺も何かと縁がある身なので、挨拶へと向かう事にした。
「こんにちはみんな、ポーラさん」 「ホホーホ~(ナカマ)」
「あ! とりのおにいちゃんだ!」 「りーふるちゃん、こんにちは!」
「こんにちはヤマトさん、リーフルちゃん。先日はお魚、ありがとうございました。この子達大喜びで」
ポーラが深々と頭を下げる。
「いえいえ! 俺は運んだだけですし。逆に俺の方こそご馳走になってしまいまして、すみません」
「おさかなおいしかった!」 「おにくとちがった~」 「りーふるちゃんはたべなかったよ?」
「はは、そうだね。リーフルはお魚が怖いらしいよ?」
「ホー! (テキ!)」
"魚"という言葉に警戒を強め脚に力が入る様子が伝わってくる。
「おいしいのに~!」 「りーふるちゃん、あそぼ!」 「わたしもー!」
「ホホーホ(ナカマ)」
リーフルが子供達の足元に舞い降りる。
「あらまぁ。すみませんヤマトさん、お忙しいのに」
「いえいえ、今日はちょっと……や、休みなので!」
「あら?……ふむ……」
「……ヤマトさん、何か悩み事かしら? 私で良ければ話してくださいな」
柔らかな笑顔でそう語りかけてくれる。
さすがは長年孤児院のお母さんを務めているだけあり、他者の心の機微をつぶさに感じ取る、母性溢れる観察眼だ。
「い、いえ、大した……」
「その……大した事では無いんですが……」
咄嗟に一度遠慮してしまうが、ポーラの包容力に当てられ、つい打ち明けてしまう。
「……というわけでして、ハハ。別に高級な弓という訳でも無いんですけどね」
「なんてこと……一大事じゃない! 辛かったわねぇヤマト……」
まるで自分の事のように真剣な表情で応えてくれる。
「──はっ! ごめんなさいヤマトさん。つい子供達に接するような態度で……」
「あ、いえいえ! こちらこそくだらない事を──ありがとうございます」
「もぉ!──くだらないなんて、この子ったらそんな事言わないの! 大事な大事な弓だったのでしょう? かけがえのない……あなたの命を何度も救った英雄でしょう?」
「ええ……」
「──あらやだっ。また私ったら……ごめんなさいヤマトさん、どうしても癖で……」
ポーラが口に手を当て恥ずかしそうにしている。
「……きっとその子は、いつまでもヤマトさんと一緒に居たかったのね」
慈しみ深い表情で、俺の壊れた弓を見ながらそう語る。
「どういう事でしょうか?」
「さっきお話ししてくれたでしょう? 『恐らく自分の成長に耐えられなくなったんだ』って」
「ええ」
「ヤマトさんを守る役目は新しい子に譲って、ここから先は"お守り"として、ひっそりと傍で見守る事を選んだんじゃないかしら」
「……」
「ふふ、ごめんなさいね。冒険者でもない私が勝手な事を」
「いえ……」
(そうか、お守り……)
孤児院の総責任者として、今まで数多くの子供達を育て上げてきたポーラだからこそ生される発想だろう。
確かに彼女の言う通り、この弓は今まで十二分に俺を助けてくれた。
そう、道具──ましてや戦闘に用いる"武器"なのだから、必ず終わりは訪れる。
何だか自分の一部が無くなってしまったような感覚がしていたのだが、そう解釈すれば、心細さもそれ程感じない気がする。
「……ありがとうございます。ポーラさんに聞いてもらってよかったです」
「いつでもいらしてくださいね。あの子達のお友達は、私達母のお友達でもありますから」
(武器としてはもう一緒に冒険できないけど、元の形には戻してやるからな。これらかも俺の背で見守っててくれ……)




