81話 秘める想い
(うっ……く、苦しい……!)
何かが俺の鼻と口を塞いでいる。
「──ぷはっっ!……はぁ、はぁ……」
息苦しさから目が覚めると、至近距離に視界を覆いつくす見慣れた緑色の羽根が広がっていた。
「リ、リーフル……流石に顔に乗るのは勘弁してくれ……」
「ホーホ! (ヤマト!)」
尚も体を密着させ、俺が目覚めた喜びを全身を使い表現してくる。
「だから──ぷっぷっ!……はいはい、ごめんごめん」
羽毛が口内に侵入する。
「ホーホホ? (タベモノ?)」
「う~ん? 朝……昼? 確か森の休憩所でディープクロウに襲われて……」
窓から望む陽の位置からして、正午手前程と推察できる。
リーフルの熱烈なモーニングコールによって目が覚めたわけだが、どうやら俺は宿の自室で眠っていたらしい。
恐らくはロングの判断だろう。
意識を失いアテにならない冒険者と、戦闘力を持たない一般女性を抱えたまま、森の休憩所に留まり続ける事ほど危険な事も無い。
俺が宿の自室に居るという事は、必然的にシシリーが事情を把握しているはず。
確認の為、部屋を出て一階の受付へと向かった。
◇
一階へ降りると、珍しくシシリーの叔父である"セイブル"が受付業務をしており、一瞬こちらを睨みつけた後に一言『お前が悪い』とだけ告げ、俺に食堂へ向かうよう促した。
俺にも微かに心当たりがある分、曇りガラスのようなはっきりとしない思考のまま食堂へと足を踏み入れたのだが、意外にも和気あいあいと、楽し気に盛り上がっている様子が目に入った。
だが俺の姿を見るや否や、伺い知れた雰囲気とは一変し、何とも重々しい空気が漂いだす。
「お、おはよう二人共。あ~……ロングはここに泊まったのかな? お礼を言わないとな~……」
シシリー、マリン共に表情は笑顔のままなのだが、瞳の奥が笑っておらず、非常に居心地の悪い雰囲気だ。
「ロング君はギルドに行きました。お昼を食べに来るよう言ってありますから、後で来ます」
シシリーが笑顔のまま普段と違う硬い口調で、表情とは不釣り合いに無機質な抑揚で話す。
「そ、そうですか……」
「ヤマちゃ~ん? 早々に浮気やなんて、なんぼうちがベタ惚れしてる側や言うても──辛いわぁ……」
マリンはマリンで大仰に片手で頭を抱え、何とも返答に困る事を語っている。
「それは誤解で──ってそういう誤解じゃなくて! え~と、どう言えば……」
気まずい雰囲気と上手く働かない頭に冷や汗が噴き出す。
(ぐぬぬ……! 俺の弱点が如実に……事前準備が無いと、こうもうろたえてしまうものかっ)
「ホーホホ! (タベモノ!)」
リーフルが『お腹が空いた』と主張している。
(ナイスだリーフル!)
一旦場を仕切り直し、考えを巡らせる機会をリーフルが作り出してくれた。
「そ、そうだなぁリーフル。まずは何か食べよ──」
「──リーフルちゃん? もう少し我慢なさい。後でお腹一杯ラビトーのステーキを焼いてあげます」
シシリーがリーフルに睨みを効かせる。
「ホ……(ニゲル)」
さすがのリーフルも食い下がる事無くたじろいでいる。
「むぅ……」
(このままではマズい……! そうだ観察──観察するんだ!)
これまで幾度ものピンチを潜り抜けて来た"観察"。
今まさにその真価が問われる場面だ。
(二人はやっぱり俺の事で……)
(『俺は危険な男だぜ』と恰好をつけ牽制する……?──キャラに無い事を言っても場が白けるだけだ。二人を褒めちぎり茶化す……?──いや、逆効果だろう……)
俯きながら必死に頭を回転させる。
「ぷっ……」
「……ぷぷっ」
「「あははは!」」
二人が同時に笑い声を上げる。
「へ??」
「ヤマトさん、冗談よ。別に怒ってなんかないわよ」
「ちょっとだけイタズラしたろうと思てな。ぷふ~、ヤマちゃん必死に……やっぱり真面目なんやねぇ」
「な、なんだ……よかった……」
「ホホーホ? (ナカマ?)」
リーフルも感じているように、先程までと違い、至って和やかな雰囲気へと様変わりしている。
「事情はロング君から聞いてるわ。お疲れ様、ヤマトさん」
「ほんまやで。うちの為にありがとうなぁ。めっちゃカッコよかったよ!」
「いや、俺の方こそ浅はかだったよ。ちゃんと考えてるつもりになってただけで、やっぱりまだどこか、森の魔物達を舐めてたみたいだ。ごめんね、怖い目に合わせてしまって」
「ヤマちゃんはな~んも気にする事あらへんよ? そもそもうちが強引に押し掛けて訓練の邪魔した訳やし」
「──ふふ。ね? 言ったでしょマリちゃん。こういう人なの、ヤマトさんって」
「シシリーちゃんの言う通りや……羨ましいなぁ。うちも宿屋さん始めよかな?」
「あ~! それだけはダメよ! 私の唯一のアドバンテージなんだから~」
「そうやな、ふふ。フェアにいかんとな! 商いでも他人の領分を犯す意地の悪い人は、後々痛い目見るのが相場やしな!」
「な、何の話?」
「秘密! マリちゃんと私だけが分かればいいの!」
「そうそう! 乙女の秘密や~」
「そっか……」 「ホ? (ワカラナイ)」
「──シシリーさ~ん? あ! ヤマトさん! 目、覚めたんっすね!」
シシリーが言っていた通り、そろそろ昼食時というタイミングでロングがやってきた。
「あぁ、ごめんロング。大変だっただろ、片付けとか俺の事とか」
「全然平気っすよ!──それよりも、あの剣光るやつなんすか!? ズバーン!! って凄かったっす!」
ロングが剣を振り下ろす真似をしながら問いかけてくる。
「そうそう! ロンちゃんからヤマちゃんは魔法が使えへんって聞いてたけど、あれなんなん?」
「私も見たかったなぁ」
「えっと……」
確かにロングには俺が使えるのはアイテムBOXだけだと説明しているので疑問に思うのも当然だ。
俺の知る限りでは、ユニーク魔法とは、発現した一人につき一つしか備わらない魔法だ。
なのでアイテムBOXをユニーク魔法と説明している以上、あの技をそう説明するには無理がある。
となれば神力の事を説明しなければならないが、今度は神力を説明するとなると、俺が"転移者"である事や、森の守護者の事を正直に話す必要がある……。
「俺、実は……」
本当の事を告げようと口を開く。
「実は?」 「っす?」
「実は……」
何故か言葉の先が発せられない。
今や友人以上の存在に感じているシシリー。
俺の事を兄と慕ってくれているロング。
この世界にその身一つで放り出され、住む家や家族や友人、何も持っていなかった俺にとって、今や二人はリーフルと同じく掛け替えのない存在だ。
何と無くだが、この二人であれば、例え俺がそんな荒唐無稽な事を告げても、受け入れてくれるような気がしている。
(なん……でだろう…………情けないな……)
時折『リーフルさえ居てくれれば』などと自問することがあるが、結局は物寂しさを紛らわせる逃避に過ぎないと、改めて気づく。
俺は恐れているのだ。
こんな俺にも出会えた心から信頼できる二人。
シシリーとロングに真実を告げてしまうと、離縁されるかもしれないと、また一人ぼっちに戻ってしまうかもしれないと、リーフルの事が公になってしまうかもしれないと、恐ろしくて仕方ないのだ。
信頼していると言いながら、自ら壁を作り出してしまっている矛盾。
結局俺は、慎重などではない、唯の"臆病者"なのだ。
二人の事はよく知っている。
毎日顔を会わせるシシリーは、世話好きな性格で、いつも俺の部屋を掃除してくれたり、リーフルの相手をしてくれたりと、愛想のいい、一緒に居てとても落ち着ける女性だ。
かわいい後輩であるロングは、いつも一生懸命で純真で、俺と共に力を付けようともしてくれる、ちょっぴり抜けている所はあるが、頼りになる弟だ。
それを理解しているのであれば、俺が拒絶される理由は無いはずで、途端に二人が俺の事を異物扱いし、リーフルの事を喧伝して回るような愚かな事をするはずがない。
だがそれでも、それでも……。




