7話 ネコにチョコ ダメ。ゼッタイ。
「あの! 助けてください‼」
(む……??──ハッ! その姿は……!)
一体何事かと振り向いた俺が目にした人物は、どこか見覚えのある懐かしい姿をしていた。
俺は動物が好きだ。
その中でも、ノルウェージャンフォレストキャットという種類の猫が特にお気に入りで、SNSで投稿される画像を集めたり、動画サイトで生き生きととした姿を眺めたりするのが至福の時間だった。
そのノルウェージャンフォレストキャットが今まさに、人型をして俺の目の前に立っている。
質素な白いワンピースを着ていて、子供と大人の間ぐらいの年齢に見える。
彼女の目は切れ長で綺麗な碧色をしていて、毛量の豊かな綺麗な藍色のグラデーションのセミロングの髪、先の尖った大きな耳、その耳穴を隠すように長めの毛が横向きに生えている。
まさに人型のノルウェージャンフォレストキャットと言って差し支えないのないような存在だ。
「あの……どうかされましたか……?」
たじろぐ彼女が怪訝そうに俺に問いかけている。
俺はどうやら想定外の出会いに固まってしまっていたようだ。
「す、すみません。何でもありません──ところで、助けてってどういうことですか?」
「その、ぼ、冒険者さんなら何かお薬を持っていないかと思いまして。一緒に暮らしている子が病気みたいで……」
「──なに! 病気だって⁉ ブランのやつ、食欲が無いとは言ってたが急にどうしたんだ!」
話を聞いた途端、マーウが酷く狼狽えている。
「病気、ですか……外傷の薬は持ってますけど、とりあえず様子を見せてもらってもいいですか?」
「は、はい! ありがとうごいざいます。こっちです!」
そう言って家へ案内してくれる彼女の後をマーウと二人でついて行く。
「おい、ブラン! どうした、大丈夫か!」
家へ入るなりマーウが叫んでいる。
ブランと呼ばれる女性はベッドの上に横たわり、かなり具合が悪そうだ。
「ん~……う~ん……」
呼吸は浅く、額には大粒の汗を浮かべ血色も悪い。
「なんで急にこんな……ヤマトどうだ、何かわからねえか」
「ふむ、そうですね……最近食べたものとかって、分かりますか?」
「これです。マーウが街から買ってきてくれたお土産……」
「ん? そりゃマカロじゃねえか、いつも買ってくるやつ。何度も食べたことあるだろ。買う店はいつも同じだし、匂いもいつもと変わらなかったぜ?」
「見せてもらえますか」
見た目はクッキーのそれ。こげ茶色で、これといった物珍しさはない、この世界でも親しまれる一般的なお菓子だ。
(ん……この匂い……)
小麦の香ばしい匂いともう一つ、"チョコレート"だ。
だがこの世界にもチョコレートがあるという話は今のところは聞いたことが無い。
だから恐らく厳密には違う物。だが匂いがそっくりなので、成分が似ているのだと思われる。
猫にチョコレートがご法度なのは、特段動物が好きな人物でなくとも広く知られる情報だ。
もし摂取してしまうと過度な興奮状態に陥り、下痢や嘔吐、不整脈などの中毒症状を引き起こす。
この世界で常識になっているかは分からないが、原因はこれかもしれない。
「恐らく病気の原因はこのマカロだと思います。確かブランさんは、食欲が無いと仰っていたんですよね?」
「は、はい。私は一緒に暮らしているので。食欲が無いみたいで、ご飯も普段の三分の一ぐらいしか食べてませんでした……でも、マカロは今まで何度も食べたことがあるんです!」
「えっと……このお菓子には、私の故郷でチョコレートという名前で呼ばれる食材が含まれています」
「実は、猫がチョコレートを食べてしまうと中毒を起こしてしまうんです。皆さんは人間ですけど、猫の特徴もお持ちなので、恐らく多少の影響が出てしまうのかと」
「あぁ──そいつは"カカ"の事だな。でも菓子ぐらいでしか口にしないな」
「ブランさんはマカロを食べる前から体調が悪かった。つまり胃腸が弱っていたんだと思われます」
「健康な普段の状態なら悪影響が出るほどでは無かったカカが、体調不良と合わさって強い症状として出てしまった、ということではないかと」
「なるほど……でも原因はわかってもよ、どうすればいい……ヤマト、お前特効薬とか持ってないか? 金なら言い値で払う。どうしても助けてやりたいんだ!」
「俺は医者じゃないので確実な事は出来ませんけど、とりあえず薬草を飲んで安静にして様子を見るしか、現状手立てはないですね……」
「──あ、そうだ。鍋か何か、台所とお借り出来ますか?」
「はい、こちらに」
アイテムBOXからモギの草とポーションの瓶を取り出す。
ポーションは即効性のある飲み薬で、外傷にも消化器系にも治癒効果を発揮する優れモノなので、いざという時の為にアイテムBOXに入れている。
銀貨二十、三十枚が相場と少々値は張るが、目の前に病人がいるなら否やもない。
早速台所を借りてポーションを鍋に移し、白湯程度に加熱する。
ポーションを加熱する知恵は師匠から教わったもので、常温時より若干だが効能が増して、食当たりなどに効くらしい。
モギの草の方は、短剣の柄の部分を使い荒目にすり潰す。
そのまま食べるよりは胃の吸収に良いだろう。
「これをブランさんに。ゆっくりでいいですので」
「すまん、恩に着る」
マーウがゆっくりとモギと白湯ポーションを飲ませている。
「ん……」
ポーションが効いたのか血色が良くなり呼吸も落ち着いてきたようだ。
「よかった……この様子だと大事なさそうですね」
「おぉ! 苦しそうだったのがウソのように……ありがとうヤマト、お前には世話になりっぱなしだな」
「私からも、親友を助けてくれてありがとうございます」
二人が深々と頭を下げている。
「いえいえ! 助けられるかは俺にもわかりませんでしたし、上手くいってよかったです」
「ポーション──高いよな? 手持ちで足りるか……」
「銀貨十枚でいいですよ、れっきとした医療行為ってわけでもないんで」
対価など無くとも構わないという想いは抱くものの、全くのタダだと恩を通り越して罪悪感が芽生えるかもしれないと、取り敢えずの金額を請求する。
「十枚ならある! 家から取ってくるからちょっと待っててくれ」
そう言ってマーウは自分の家に向かい駆けて出して行った。
「あの……まだ名前を言ってませんでしたよね。私はメイベルと言います。本当にありがとうございました」
「改めまして、ヤマトと申します。助けられてホッとしました」
(マカロか……そういえば中央広場のあの店、いつも甘くていい匂いが漂ってるもんなぁ)
(たまにはシシリーちゃんに土産でも──)
「──ヤマト、ありがとな! この恩はきっと返す」
軽い挨拶を交わし独り言を浮かべる間もなく、疾風の如き迅速な足取りでマーウが戻る。
そして銀貨を差し出す彼は満面の笑みを浮かべている。
「ヤマトさん、また村に来てくださいね。約束です!」
「みなさんお元気で。また来ます」
ブランを救う事が出来たのは僥倖だった、何せ病状の推論も施した処置も、上手く事が運んだのは単に偶然が味方してくれた結果なのだから。