67話 夢を抱ける子供達
キャシーから情報を得た俺は、早速街の南区──居住区の外れにある、未知の緑翼が居るという孤児院へとやってきた。
"冒険者孤児等救済ハウス・サウド支部"。
この国──アンション王国の孤児院は、それぞれの街の統治機構に運営されている。
魔物が存在する世界である以上、冒険者を親に持ち、残念ながらその命を魔物に奪われ、生きる術を失ってしまう子供も居る。
文字通り国が救済の為に孤児院を運営するのは必然で、冒険者が重宝される──するしかない世界の有り様を体現しているかのような、所謂セーフティネットだ。
孤児院に引き取られる理由としては"冒険者"だけでは無いが、割合として、そういった経緯の子供の方が多い為、正式名称としてはそうなっているのだと思う。
(あ……しまった、約束も無く急に来て大丈夫だったのかな……)
敷地の手前に至り、ふいに思い立ち焦りを感じる。
突然なんの約束も無く、肩に鳥を乗せた見慣れない顔つきの大人がやってきたという状況は、子供達を守る施設側からすると不審を抱かざるを得ないと、仮に俺が責任者であればそう思うだろう。
二メートル程の壁に囲われ、走り回るのに十分そうな、砂地の広い土地が見える。
奥には役所をそのまま二階建てにスケールダウンしたように見える石造りの建物があり、子供達がはつらつと育つのに申し分のなさそうな環境が整っているように見受けられる。
実際の所は見学してみないと何とも言えないが、"孤児院"という単語から連想されるような悲壮感は、今の所見た目には感じない。
建物や敷地自体に気を取られ気が付かなかったが、ふと見ると、子供達がグラウンドで未知の緑翼の面々と遊んでいる様子が見えた。
『はやいよ~まって~!』 『こんなかんじ~??』 『そうなんだぁ!』
各々追いかけっこや、弓を射る真似、話に夢中の子等、それぞれの平和な光景がとても微笑ましい。
彼らに声を掛ければ不審に思われる心配も無いだろうと思い、近付いてみる。
「すみません突然、みなさんどうも。入っても大丈夫ですかね?」 「ホホーホ(ナカマ)」
「お、ヤマトじゃねえか、リーフルもおっす」
「ヤマトさん! こんにちは」
「ねえねえ、このひとだぁれ?」
年の頃はまだ五、六歳といった男の子が、マルクスのズボンを引っ張りながら尋ねている。
「おにいちゃんたちのおともだち~?」
同じ年頃の女の子がショートの足に抱き着きながら不思議そうにしている。
「そうよ~。"ヤマトさん"っていうの。お姉ちゃん達と同じ冒険者なのよー?」
「あだ名は平凡。でも有能。みんな覚えるように」
「「「は~い!」」」
子供達が声を揃えショートに元気よく返事を返す。
「みんなよろしくね。こっちの肩の鳥さんはリーフルって言うんだ、仲良くしてくれると嬉しいな」
子供と接した経験などほとんど記憶に無いが、動物達とはまた違った純粋で生気溢れる様子には、思わず笑みがこぼれる。
「りーふるちゃん!」 「みどりいろ~!」 「なにたべるのー?」
「ホー!」──バサッ
リーフルが翼を広げて見せている。
「わぁ! はね、おっきいね!」 「かっこいいー!」
「みんな動物を見る機会なんて中々無いものね~。リーフルちゃんは大人しくて賢いから、一緒に遊んでもらおっか!」
「「「わぁ!」」」
ネアの提案に子供達は目を輝かせている。
「ホホーホ(ナカマ)」
リーフルが地面に降り、子供達に挨拶している。
「わあ~……きれいなみどりいろ~!」 サワ──バサッ「うわ!」 「め、おっきい……」
リーフルが器用に子供達の相手をしてくれている間に、俺は本題を切り出す事にした。
「ロットさん、少しお時間いいですか? 少々個人的な話でして……」
「お? なんか相談事か? いいぜ、中で話そう」
ロットが親指を立て、孤児院の建物を指す。
「すみません突然」
「遠慮することなんか何もねえよ。ヤマトは俺達のダチなんだからよ」
ロットに続き、建物の中に招き入れてもらう。
◇
「あなたが噂のヤマトさんね? この子達から聞いてるわ、いつも助けて下さってありがとうございます」
そう言って物腰柔らかな女性が頭を下げる。
「い、いえいえ! 逆です。俺が未知の緑翼の皆さんには色々と助けられている立場なんです」
「母さんの言う事は本当だろ。実際俺達はヤマトに世話になってるし」
「こらロット。ヤマトさんの方が年上なんでしょ? さんを付けなさいな」
まさに母親そのものの雰囲気で、女性がロットをたしなめる。
「いえいえ、冒険者としては後塵を拝する身ですので。それに、呼び捨てにされるのは結構嬉しいものです」
「すみませんねぇ。私はこの孤児院の総責任者、ポーラです。よろしくねヤマトさん」
「こちらこそよろしくお願いします。すみません、突然押しかけてしまいまして」
「そんな事気にしないでください。むしろ子供達が鳥ちゃんに遊んでもらえて喜んでるわ」
「そうだぜヤマト。変に遠慮される方が、子供達が"外"と交流する機会が少なくなっちまう。うちの孤児院はオープンなのが教育方針なんだ」
「なるほど。そうなんですね」
「まぁその代わり、もし悪意のある奴が来たら容赦しねえけどな」
ロットが気合のこもった表情で傍らに置く大盾を叩く。
「はは、ロットさんが居れば頼もしいですね──それにしても初耳でした。未知の緑翼の皆さんは孤児院のご出身だったんですね」
「あぁ。俺達四人全員がここで一緒に育ったんだ」
「この子達の親御さんも冒険者をやっておられて……まさか本当に四人でパーティーを組んで冒険者になるだなんて思って無かったわ、ふふ」
ポーラが寂し気に、かつ誇らしそうな雰囲気でロットを見つめている。
「俺達の夢だったからな……」
ロットが天を見上げ懐かしみのこもった声色で呟く。
「夢──ですか。何かきっかけが?」
「この国の孤児院──母さん達は俺達を不自由なく育ててくれた。不満なんて微塵もないし本当に感謝してる。けどよ、やっぱり子供心に思うんだよな」
「『普通の家の子達は自由に馬車に乗って隣町に行ったり、旅行に行ったり。好みの服を仕立てて貰った帰りに綺麗なお菓子を買って貰って、自分だけを見てくれて……』ってな」
「ロットさん……」
「ふっ──でもな、この街のベテラン達ってホントすげえんだぜ! いつも果物やお菓子を差し入れてくれたり、ワクワクするような冒険譚を聞かせてくれたり。俺達はそんなベテラン達の姿を見て育ったんだ。"自由"と"冒険"、孤児院で生活してる俺達が憧れるのは当然だろう?」
そう語るロットの表情は、まるで少年のような笑顔で、尊敬の眼差しを自身の記憶に向けている。
「『だから自分達も子供達に同じ"夢"を見せてやるんだ』って、こうしていつも帰って来てくれるんですよ」
ポーラが誇らしげな表情で外で遊ぶ子供達を眺めている。
(そうだよな……両親なりに、尊重してくれてたって事だよな……)
ふと思い出す。
俺の両親は動物嫌いで、持ち家だったにも関わらず犬や猫を飼わせて貰えなかった。
自室で飼える範疇の小動物を飼う許可は貰っていたが、子供心に勝手ながら、独り立ちするまでの間、ずっとその事を薄っすら恨めしく思っていた。
だが今思えば、寛容と厳格の、良いバランスの取れた教育だったのだろうと気付く。
結局独り立ちした後も、就職先の都合で終ぞ犬や猫を飼う事は叶わず、地域猫活動をしていたぐらいなので、情熱自体は冷めなかった訳だが、心の良い落としどころを見つけられたのは、両親の教育のおかげだろうと思う。
未知の緑翼が冒険者を目指したきっかけを知り、日本だろうと異世界だろうと、"人間"の成長過程に変わりはないと、改めて親近感を覚えた。




