66話 ラブレター
先程間違って訪れた伝書鳩が落としていった手紙。
文末にはしっかり差出人と受取人が把握できる内容が書かれていた為、届ける事自体は簡単なのだが、どうも嫌な予感がしてならない。
伝書鳩を利用した手紙の外側には、それを示す判が押される。
なのでこういう場合、事業主の下へ送り届ければ話が早いのだが、何かの手違いかこの手紙には押印されておらず、"伝書鳩の手紙"という事を証明する事が出来ない。
そうなると、この手紙の差出人を知っている俺が返しに行く方が話が早いので、中央広場で果物の露店を営むお姉さん、"ルーティ"の所までやってきた。
「こんにちは」 「ホホーホ(ナカマ)」
「あら、こんにちはお兄さん。リーフルちゃんはもうアプル食べちゃいました?」
「いえ、与える量は俺が管理してるので、無くなった訳じゃないんですけどね……」
どう切り出したものか、言い淀んでしまう。
「? 今日はどうしたの? またかき氷の材料でも探してるのかしら」
「──すみません!」
「ど、どうしたんですか、いきなり」
「先に謝っておきますが、実は先程ですね……」
伝書鳩に関する事情を説明する。
「や、やだっ! 恥ずかしいわ……それになんてだらしないのっ! 宛先はかすれて読めなくなってるし、伝書鳩の判子もないし!」
ルーティが顔を少し赤らめ狼狽した様子でうつむく。
どうやら利用した業者はかなり杜撰な管理を行っているようだ。
「あ~……ですので『すみません』なんです。も、もちろん全文は読んでませんので、信用して頂けると有難いです」
「う、うん……お兄さんなら、ずけずけとそんな事しなさそうなのは分かるから大丈夫よ」
「ありがとうございます。では、今日はそれを届けに来ただけなので俺はこの辺で──」
別に急いでいる訳では無いが、早口にそう告げ立ち去ろうとする。
「──乗り掛かった舟よ!」
ルーティが俺の言葉を遮り、大きめの声量で宣言する。
(むぅ……やっぱりそうなるか……)
「ど、どういう事でしょうかね~? な、なぁリーフル」
「ホ~?」
「お兄さんが未知の緑翼と懇意なのは知ってるのよ! ここは私に協力するべきじゃないかしら!──というよりお願いよ~、ライバル達を出し抜くには伝書鳩程度じゃ足りないのよ~」
ルーティが胸の前で両手を組み、懇願するポーズで訴えかける。
「い、いやぁ懇意と言っても仕事仲間なんでプライベートな事は……」
「……アプル半額」
ボソりと呟く。
「えっ……?」
立ち去ろうと半身に構えていた姿勢が、自然にルーティへと向き直る。
「成功報酬よ。もし成就した暁には、今後、お兄さんにはアプルを半額にしてあげる!!」
「なっ!!」
(き、汚いぞルーティさん……)
リーフルが果物の中でも、特に"アプル"がお気に入りなのを知っての提案だ。
高額では無いとは言え、時期により一つ銅貨三、四枚程する。
出費はなるべく抑えるに越したことはない、半額で手に入るというのはあまりにも魅力的な報酬に思う。
「ホーホホ? (タベモノ?)」
「むぅ……リーフル……」
リーフルが、さもお願いしているかのような声色で訴えてくる。
確かに例えデザートの事であろうと、なるべく我慢させたくない気持ちがあるのも事実。
「どう? どうかしら!? 半額よ?──半額!」
期待を込めた眼差しでルーティが迫る。
「っく……わかりました」
デザート代を節約出来る可能性があるなら、相棒として受けざるを得ない。
「ホント!? ありがとうお兄さん! 未知の緑翼の盟友と名高い"平凡ヤマト"が協力してくれるんなら、勝ったも同然ね!」
(盟友って……噂の一人歩きには注意しないといけないな)
「め、盟友では無いのでその辺り、周りにも訂正しておいて頂けると助かりますが……取り敢えず"段取り"すれば、後はルーティさんご自身で決着されるという事でいいんでしょうか?」
「そうね……うん、そうしてくれるだけでも、かなりの優位が取れるもの。それに、変な幻想を抱かせて欺いたところで、面と向かえばすぐバレるものね」
潔くそう語るルーティには好感が持てる。
経験値零の俺の援護なんて焼け石に水程度の効果も無いだろうし、そういう事なら協力しても大丈夫だろう。
「じゃあルーティさんの休みの予定と、軽くどう想っているかだけ教えてもらえますか?」
「そうね、基本的に露店を出すのは……」
手紙を預かり、ルーティと綿密な打ち合わせ──情報収集を行い、俺はギルドへと向かった。
◇
昼時のギルドは昼食を取る冒険者達が酒場の方では賑わいを見せているが、掲示板や受付には一般の出入りする人達が散見されるだけで、静かなものだ。
俺は件の探りを入れるために、未知の緑翼の予定を把握しようと、キャシーに尋ねていた。
「こんにちは」 「ホホーホ(ナカマ)」
「こんにちはヤマトさんリーフルちゃん。今日はどちらへ?」
「いえ、俺は今日は休みます──すみません、未知の緑翼の皆さんが今どこに居るかご存知ですか?」
「あ~。皆さんなら午前中に一件終えられて、今は孤児院にいらっしゃると思います」
「孤児院ですか。どうしてまた?」
「あれ、ヤマトさんはご存知無かったんですか? 未知の緑翼の皆さんは孤児院出身なんですよ」
「あ、そうだったんですね」
「何かご用件でしたら、私がお伝えしておきましょうか?」
「あぁ……い、いえ。直接お伝えしないといけない事柄なので。ありがとうございます」
親切にもキャシーが伝達すると提案してくれるが、流石に恋愛事を他人に任せる訳にはいかないので遠慮しておく。
「そうですか。それにしてもきっぱりとお休みだなんて、珍しいですね?」
「体調管理の一環に、たまにはいいかなと思いまして」
「最近お疲れになられる事が続きましたもんね。リーフルちゃんもヤマトさんとのんびり出来て嬉しいんじゃないかしら」
「ホーホ(ヤマト)」
リーフルが嬉しそうに頬擦りしてくる。
「リーフルも大変だったろうしな」
頭を撫で返す。
(そういえばキャシーさんは自他共に認める"看板娘"だもんな……ある程度ファンも居る事だろうし、何か参考になる情報を聞き出せないかな)
「ところでキャシーさん。突然ですけど、キャシーさんは看板娘として勤務されていて、男性から好意を寄せられる事も多いのでは?」
「はっ! ヤマトさん……!──ごめんなさい。受付嬢と冒険者の恋愛はご法度。いくら慎重なヤマトさんでも、隠し通す事は難しいでしょう……」
キャシーは口に手を当て、視線を落とし、まるで往年の名俳優かのように大袈裟に、悲壮感漂う振る舞いを見せる。
「ホーホホ(タベモノ)」
「そっかぁ、お腹すいたか~」
「……ヤマトさん? 反応が無いと寂しいんですけど!」
「慣れとは怖いものですね」
「もう! ヤマトさんとのやり取りは、私にとって勤務中唯一の癒しなんですから、冷たくするならもう受付してあげません!」
キャシーが語気を強めそっぽを向いてしまった。
「ご、ごめんなさい。受付拒否だけは勘弁してください……たまにはこちらが冗談を返すのもいいかと思いまして」
「ふふ。やっぱりヤマトさんは仕事がしやすくて助かります」
それにしても未知の緑翼が孤児院出身だとは初耳だった。
彼らとは何度も一緒に仕事をこなしているが、今思い返すとプライベートな会話をあまりしたことがない。
手紙を届ける都合もあるわけだし、一度孤児院を見学してみるのも、この街をさらに知るきっかけになると思う。
ダムソンの被害に遭った子猫も孤児院に引き取られたと聞いている。
その経過も気になっていたので、リーフルと共に孤児院に向かう事にした。




