65話 お客さん
基本的に無理のない仕事を選ぶようにしている俺は、普段の冒険者活動ではそれ程疲弊しない事もあり、定期的な休息日を設けていない。
ギルドに集まる依頼の内容自体は危険かつ身体を酷使するようなものも多いが、定時だろうと残業だろうと自分次第なので、無意識のうちにその日の体調に合わせた仕事をしている為ではないかと思う。
最近は色々と──精神的な面もそうだが、激しい経験の連続で疲れを感じるので、今日は部屋でのんびりリーフルと過ごそうと思い、朝寝坊しベッドからも降りず、まどろんでいる。
「ホ~? (ワカラナイ)」
リーフルが止まり木からふいに飛び立つと、窓の前に着地した。
何もしないのも暇なので、どうしようか考えていると、リーフルがおあつらえ向きの動物を発見したようだ。
「……」
どこからやって来たのか、指の節二つ分程の小さなカエルがこちら側を見据えジッとしている。
「ホーホホ? (タベモノ?)」
リーフルがガラス越しにカエルをつついている。
「ん? 食べた事ないの?」
「ホ~」
肉中心の食事にしてはいるが、基本的にリーフルは俺が食べるものなら何でも食べる。
今の所それで体調を崩したことは無いし、不調の兆候が現れた事も無い。
野生の頃ならカエルぐらい食べていても不思議はないが、どうやら反応からして知らないようだ。
「ちょっと観察してみるか」
外開きの窓の片側を開け放つ。
──ピョンッ
窓を開けるや否や、まるで待ち構えていたかのように、カエルが躊躇なく部屋に飛び込んできた。
「ホ? (ワカラナイ)」
「カエル、知らない?」
「……」
『タベモノ』
カエルから念が伝わって来た。
「ありゃ、お前お腹すいてるのか。カエルのエサって……赤虫とかミルワームとか? 練エサなんて当然売ってないし……」
「ホーホホ(タベモノ)」
「そうそう、この子お腹すいたんだってさ」
(小麦粉ぐらいしかないけど……)
収納してある小麦粉と水を取り出す。
(アマガエル……?──アオガエルかな?……どっちか分からないけど、やっぱりカエルは手が可愛いよなぁ。開くと大きい口もか。でもこの子は……)
小麦粉を水と練り合わせながらそんな事を思う。
日本人なら田んぼや用水路で馴染み深いカエルだが、この訪問者はどうも変わっている。
オタマジャクシがカエルへと変態する過程では、"尻尾の生えているように見えるカエル"の段階を経て、徐々に尻尾が無くなり見慣れた成体へと変わっていく。
色見は普通の鮮やかな緑色のカエルだが、足元のこの個体は、どう見ても成体なのに、立派な尻尾がそのまま違和感無く伸びている。
「ホゥ……(イラナイ)」
「はは、さすがに練エサは欲しくないか……って! 明確に"拒否"する単語が伝わって来たんだけど!」
バサッ──
──ス
リーフルは止まり木に戻り、尻尾付きカエルを見下ろしている。
それにしても不意に理解できる単語が増えた事に驚きだ。
リーフルは、自分が伝えたい言葉によって鳴き方を変えている。
俺の名前『ホーホ(ヤマト)』や、今の『ホゥ(イラナイ)』など、加護のパワーアップ後に分かるようになった言葉は、もしかすると理解が出来なかっただけで、実際には既に前から話していたのかもしれない。
(そういえばリーフルのスロウ……魔力じゃなく俺の"神力"を使ったって事だから、厳密には"魔法"ではないんだよな)
(神魔法……?──いや神法か? どのみち他人に相談出来る事でもないし、神法とでもするか)
先程の『ホゥ(イラナイ)』に関しては、伝わらずとも雰囲気で察する事が出来る範疇だが、明確に伝わったというのは大きい。
スロウ発動の可否を特訓したいわけだし、リーフルの明確な語彙の種類が多いに越したことはない。
「……」
『タベモノ』
「そうだった、これ食べるかな」
指先に米粒程の練エサを乗せ、尻尾付きカエルの口元で動かす。
「…………」
……パクッ
どうやら気に入ってくれたらしく、その大きな可愛らしい目玉を使って飲み込む様子が見て取れた。
(ここ三階だし近くに水気も無いけど、なんでこんな所に居るんだろうか)
「……」
身動き一つせず、尻尾付きカエルはジッとしている。
ジーッ……
リーフルは首を伸ばし頭を左右に振りながらその様子を観察している。
(リーフルも観察して楽しそうだし、このままにしておこう)
◇
「ポーゥ……ポポゥ」
「ホー」
「んん……」
リーフルや尻尾付きカエルの様子を眺めながらベッドの上でだらけていたのだが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
何かの鳴き声で目が覚めると、先程の尻尾付きカエルの姿は無く、開けっ放しになっていた窓のサッシに、鳩が止まっていた。
「おお? 鳩かぁ、今日は色々来るな……ん?」
何かが脚に巻き付いている。
バサバサッ──
──ストン
鳩がベッドの上、俺の目の前に飛び降りた。
「ポーゥ」
──ツンツン
『イク』
念が伝わって来た。
「あぁ、お前伝書鳩か。魔法、間違えたのかな?」
ふと見ると脚に薄茶色の羊皮紙が巻き付いていた。
この世界の伝書鳩の仕組みは、訓練を施した個体に"ロケーション"という汎用魔法をかけ、送り先の位置を自分の巣だと疑似的に思い込ませ飛び立たせる。
その後魔法が解けると、事業主の下へと同じく帰巣本能により戻って来るという、魔法が存在する世界ならではの伝達方法だ。
少なくともここサウドにおいては、しっかりと郵便制度が整備されている。
なので伝書鳩自体はそれほど重要視されていないが、統治機構──役所には急報に対応する為に伝書鳩事業部があり、公的な用途では一般的だ。
個人的に伝書鳩事業を営む者もいるが、以前聞いたところによると一通当たり銀貨十枚と中々高額なサービスとなる。
凡そ十五~三十歳程の春真っ盛りの若者の間で、伝書鳩で恋文を届けるという文化がある。
なんでも、相手の関心をより引く為に、わざわざ大金を支払うという"誠意"を示し、より魅力的に見せたい気持ちが財布の紐を緩ませる要因だそうだ。
おそらくその類だろうが、この鳩は間違って俺の部屋に届けてしまったようだ。
「ポーゥ」
──ツンツン
気になるのか、先程から脚元の羊皮紙をつついて少し気疎い様子を見せている。
(とりあえず飼い主の元に返さないとか)
腕を鳩の脚元に近付ける。
「ポポゥ」
訓練されているだけの事はあり、利口に腕に乗って来た。
「ちゃんと帰れよ~」
そのまま窓に移動する。
バサバサッ!──
──ポロ……
「あっ!……どうしようこれ」
手紙をつついていた影響からか、鳩が手紙を落とし、そのまま飛び去ってしまった。
(押印無し……他人の手紙を盗み見るのは気が引けるけど……)
そのままにするわけにも行かないので、差し出し人の名前が書かれているであろう文末だけ覗き見る事にする。
『──どうかお返事を頂けると幸いですロット様。ルーティより、愛を込めて』
案の定そこには、面倒な予感漂う文面が綴られていた。




