57話 帰省する平凡 3
備えも無いままコカトリスに襲撃され、万事休すかと覚悟したが、ウンディーネ様の御力のおかげで何ともあっさりと撃退することが出来た。
間近で一部始終を見ていたラインは、まるで画面の中のヒーローを見つめる少年のような、尊敬の眼差しでウンディーネ様を仰いでいた。
当の俺は、急激な疲労感に襲われた事もあり、戦闘中に起こった事象を気にするよりも、安堵の方が大きかった。
「あの、ウンディーネ様。以前お話にあった『鳥の魔物ちゃん』って、コカトリスの事ですか?」
「そうよ~。あの子、最近この辺りを荒らし歩いて遊んでたの~」
「とするとドグ村を襲ったラフボアの大群はもしかして……」
「恐らくそうだろうな。生活圏を追われ、我々の村へと逃げてきたのだろう」
(あの威圧感、迸る戦闘力。ラフボア達が逃げ出す訳だ……)
ラインは気を利かせ『お前は疲れただろう、休憩していろ』と、収納し持ち帰る前にコカトリスの様子を探ろうと泉の対岸に出掛けていった。
転移者である事をラインに悟られずにウンディーネ様と話をするなら今がチャンスだ。
「ウンディーネ様、先程の事なんですが」
「うん、最初に会った時も思ったのよ~。ヤマトちゃんの収納って、"魔法"じゃないでしょ~?」
「すみません、そうなんです……転移者──俺は、元々この世界の人間ではないんです。このアイテムBOXの能力も、神様から頂きました」
「……なるほどね~。だってヤマトちゃん、魔力が少しも感じられないから、おかしいと思ってたのよ~」
「えっ⁉……つまり、俺には魔力が無いって事……ですか?」
「そうねぇ……多分この世界の人間達と違う存在だからかしら~」
かなりショックな話だ。
街へ帰り何かしら魔法を習得し、今まで以上に安全に冒険者稼業に邁進する。
そんな希望を完全に打ち砕かれる事実を告げられた。
「いや!──でも……先程の斬撃! あれは、魔法……ですよね⁉」
「ん~ん。あれはヤマトちゃんの身体を借りて二人で放った、"神力"で水を操った攻撃よ~」
「神力……な、なら俺もウンディーネ様のように神力で何か攻撃が!」
「う~ん……確かに可能とする力は持ってるわ~。でも私には教え方がわからないし、どう活かせるかはヤマトちゃん次第かしら~」
「そうですか……」
(魔力は無いけど神力はある……か)
加護があるとはいえ地球──日本人の肉体のまま、この世界に転移してきた。
そういう歪な存在な訳だし、魔力を持っていないというのは残念な事実だが納得はいく。
それにウンディーネ様の言うように、仮に神力が備わっているのだとすれば、無いものをねだるよりもそちらを研究した方が──せざるを得ないということか。
「そうね~……少しだけアドバイスするなら~、さっきヤマトちゃんと縁結びしたでしょう? だから~、私の権能の一つ"液体の操作"のコツを、ヤマトちゃんは吸収しているはずよ~」
「リンク……ウンディーネ様が俺に憑依された現象の事ですね」
「そうよ~。神力があるヤマトちゃんだからこそ精霊である私とリンク出来たのよ~」
「……魔力が無いというのは少々ショックですが、教えて頂いてありがとうございます。今後は神力を考えていこうと思います……また教えを乞いに伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ~! ヤマトちゃんとおしゃべりするの楽しいもの!」
「──お話し中のところを申し訳ありません。ヤマト、コカトリスは見た通り完全に沈黙している。尻尾も動いていなかった」
確認を終えたラインが戻って来た。
「そうですか、ありがとうございました──ではそろそろ帰りますか。ウンディーネ様、助けていただいてありがとうございました。また来ます」
「名残惜しいですが、失礼いたします。精霊様に感謝を……」
ラインが祈りを捧げるポーズをとっている。
「寂しいけど仕方ないわね~。またいらっしゃい、ヤマトちゃん、ラインちゃん。リーフルちゃんもね~」
「ホホーホ(ナカマ)」
ウンディーネ様に別れを告げ、サウドを目指し出発した。
◇
(ほぼ一週間ぶりか……)
泉から林を抜け街の表門に到着した頃にはすっかり陽も落ち、魔導具の街灯のほのかな優しい光が周囲を照らしている。
見知った街並み、人の気配の多く感じられる雰囲気。それらがサウドへと本当に帰って来たのだという事を実感させてくれる。
距離としてはそれ程遠くは無かったが、心構えの無いままの行動と押し寄せた現実から、なんだか"大冒険"でも終えたかのような感覚を覚える。
「どうする? 先にギルドへ行くか、宿を取るか」
「そうですね……この時間ですし、ギルドは明日早朝という事にしましょうか。宿については俺が定宿としている所があるので、そちらに行きましょう」
ラインとリーフル、三人でシシリーの待つカレン亭へと街並みを行く。
◇
扉を開き恐る恐る中を窺う。
「いらっしゃいま……──‼」
「た、ただいま。シシリーちゃん」
「……お二人様ですね? 生憎と現在相部屋しか空いておりません、それでもよろしいでしょうか?」
「えっと……シシリーちゃん?」
「冗談よ」──
椅子から立ち上がりシシリーが勢いよく俺の下へ駈け込んで来た。
「心配っ……したんだからっ……!」
自分の胸元が微かに湿り気を帯びるのを感じる。
「……ごめん」
「…………帰って来たからいい。疲れてるでしょ? 話は明日!」
そう言ってシシリーは何も聞かず気丈に振舞ってくれている。
自分の事で精一杯だった事もあるが、ここまで心配されているとは思いもよらず、途端に申し訳の無い想いに苛まれる。
「ありがとう。ほら、リーフルも無事だから。それと一部屋お願い出来るかな? 俺の恩人のラインさん」
「ホホーホ(ナカマ)」 「今晩は世話になる」
「わかったわ、今はゆっくり休んでね。明日ギルドへ行ったら大騒ぎね──ふふ」
定宿としている事もあり、この世界に転移して以降シシリーとは毎日顔を合わせていた。
それが突然、俺の姿が忽然と消え、事件現場にはダムソンと血痕だけが残っているという状況では、恋愛感情を抜きにしても誰だって心配になるだろう。
シシリーには本当に申し訳ない事をしてしまった。何か償いのプレゼントでも用意した方がいいかもしれない。
今まで薄っすらとしていたものが少しだけ明確に、この世界において何の歴史も無かった──転移者である俺にも、"故郷"が待ってくれているような感覚。
心を砕いてくれる存在に、心底喜びを感じた。




