57話 帰省する平凡 1
洞窟見学を終えドグ村に帰った俺は、まだ昼前という事と、エルフの秘薬のおかげで体調も戻りつつあるという事も鑑み、そろそろ街へ帰ろうとラインに相談した。
すると彼は快く聞き入れてくれて、帰る前に長に挨拶に立ち寄る事にした。
「土砂崩れでは随分と世話になった。改めて礼を言う。ヤマト殿は守護者様の相棒に相応しい人格者だな」
「あいえ……個人的な動機も多分に含まれますので、お気にされずに。俺の方こそ救って頂いてありがとうございました」 「ホーホ(ヤマト)」
リーフルが俺に代わり誇らしげに呟いている。
「貴殿は守護者様の相棒という立場を抜きにしても、我々エルフ族の恩人──いや、友人だ。是非また顔を見せに来てくれる事を願っているよ」
「ありがとうございます。リーフルも多分まだまだ成長期ですので、その経過の披露も兼ねて、また来たいと思います」
「守護者様の成長ぶり……おぉ、それは楽しみだな!──そうだ、そのロングソードは貴殿に贈ろう。特別な品では無いが、街へ帰るまでのお守りにはなるだろう」
「よろしいのですか?──はい、特別製では無いという事でしたら。助かります、ありがとうございます」
「守護者様……名残惜しいですが、何卒またこのドグ村へ再訪されることを願っております……」
「ホーホホ(タベモノ)」
(それ……絶対長への返事じゃないよな)
長がお祈りのポーズを取りリーフルに話しかけているが、当の本人は名前を呼ばれていないせいか、我関せずといった様子で俺の髪の毛をついばんでいる。
「では長、俺はヤマトを送り届けて来ます」
「うむ。ヤマト殿の献身をギルドへ喧伝するのも忘れずにな」
「はっ! では失礼します」
「お世話になりました、また来ます」 「ホ」
◇
(こんなに長い事宿を留守にしたのは初めてだな……シシリー、怒ってるだろうなぁ……)
(安否もそうだけど、あの事件現場がそのままに俺が急に行方知らずって状況だもんなぁ……)
街へ帰った後の事について、考え事をしながら村の外れまでやってきた時、アメリアの姿を発見した。
「もう帰るのよね……あなたには本当に色々と助けられたわ、ありがとうヤマト」
「自信持ってね。アメリアはアメリアにしか出来ない事を頑張って!」
「うん……リーフルちゃんもまたね! 今度は私もアプルフクロウを手懐けておくから、一緒に遊びましょう?」
「ホホーホ(ナカマ)」
「なんだ、何の話だ? それにアメリアよ『様』と呼ばないか!」
「ちょっとね──ふふ。それに私達は友達だもの。ね~? リーフルちゃん」
「ホホーホ(ナカマ)」
「じゃあ……またね! 私もそのうち街へ遊びに行くわ。ヤマト、その時は案内お願いね!──これ、持って行って」──
アメリアがお土産にと、マジックエノキを手渡してくれる。
「いいの?──ありがとう。その時は任せてよ!」
「では行くとするか。途中、休息を取れる泉がある。そこまでは十分警戒してくれ」
「わかりました。帰ろうか、リーフル」
「ホ」
エルフ族との初交流は刺激があって見識も増え、有意義な時間だった。
ただ、今更ながら街に帰ってからの自分の処遇を考えると『晴れ晴れと帰宅』とはならない、何とも込み入った感情のまま帰る事になりそうだ。
◇
「……ラインさん『真似事』なんて謙遜、俺冒険者として立場が無いですよ」
「む? 住んでいる場所の危険度も違えば種族も違う。単純に比べられるものでも無いだろう」
「そうは言っても、弓も魔法も使えて、おまけに超が付く美男子と来れば、さすがに……」
「ヤマトこそ守護者さ──リーフル様といつも共に居るなんて、羨ましい事この上ないがな!」
「ホ?」
途中にあるという泉を目指し森を進んでいる道中では、ラインが病み上がりの俺を気遣い、率先して魔物達を弓や魔法を駆使し狩ってくれていた。
こちらから先制出来るなら弓を、対峙する状況ならウインドカッターやライトニングを、といった具合になんとも鮮やかな立ち回りで、安全かつ迅速に歩を進める事が出来ている。
やはり魔法は良い。
どうも接近戦の苦手な俺の戦い方を改善するとすれば、中距離を制する事が出来る魔法は、安全度を増すためには必要だと思う。
そう思うがリーフルの使った力──スロウと呼ぶことにした──は、どうやら俺の魔力を消費して発動させるらしく、仮に何かしら魔法を会得したとしても、現状の魔力量では攻撃魔法に回す分は残らない。
あの落石の時のように、魔力が底を付き気絶してしまうようでは、ソロの冒険者である俺にとっては致命的なデメリットだ。
少なくとも『魔力量を増やす』もしくは『リーフルとスロウの使用の可否を特訓する』そのどちらかは、今後魔法を使っていくのなら必須だろう。
そういえば魔導具の修理も依頼したまま街を離れてしまっている。
どのみち魔導具店へは行くことだし、その時に相談してみればいいと思う。
と、魔法についてあれこれ考えていると、どうやら目的の泉にたどり着いたようだ。
「着いたぞ、ここで一休みして行こう。運が良ければ精霊様が御姿を現してくださるかもな」
(あれ……ここって)
突如水面が波打ちだす。
俺達の眼前の水上に水の柱が伸びあがり、それは人型を形成していった。
「──あらら〜? ヤマトちゃん、また来てくれたのね〜」
「なっ⁉──こ、これは精霊様っ‼」
ラインが片膝をつき頭を垂れる。
「あ! お元気でしたか? どうもウンディーネ様のお陰で俺は命拾いしたようです、ありがとうございました」
「ヤマトちゃんはお友達だもの〜。少しだけ手助けしちゃった」
ウンディーネ様がいたずらっ子のような雰囲気でウインクしている。
「……おい、ヤマトっ。先程から何だ、説明してくれ」
緊張からかラインは顔を下に向けたまま細々と俺に尋ねてくる。
「あ~、エルフちゃん? いつもここに立ち寄ってくれる子よね? 今度から私の事はウンディーネと呼んでね〜」
「はっ! 承知いたしました、ウンディーネ様!」
「んもぉ〜……ヤマトちゃんみたいにエルフちゃん達も、もっと気楽に接してくれればいいのに〜」
「そのような訳には参りません。貴方様は我々エルフ族の崇高なる始祖であらせられます精霊様でございます。気安くなどと、とてもとても……」
「じゃあ名前はどうかしら? ウンディーネって綺麗な響きでしょ〜! ヤマトちゃんがつけてくれたのよ。あなたも何か考えてくれる〜?」
「な……ッ⁉ ヤマトお前……本当に何者なんだ……」
「いえあの、少し前に御縁がありまして。御名前が無いとの事だったので考えてみたところ、ウンディーネ様が喜んでくださったんですよ」
「そうよ〜? エルフちゃん達は精霊様としか呼んでくれないから、寂しかったのよ~?」
「私などに御身の名付けなど畏れ多い事でございます。精霊様がそう望まれるのであれば、今後は我々もウンディーネ様とお呼びしたく存じます」
「もう一つぐらい名前があった方が面白いのだけど……でもいいわ〜、この名前もお気に入りだし」
リーフルへの対応も敬意溢れるものだったが、ウンディーネ様に対する態度は一段と改まったもので、いかに精霊を尊んでいるかが伝わってくる。
「ところでヤマトちゃん、体調の方はもう大丈夫かしら〜?」
「お告げをお与えになってくださったんですよね。ありがとうございます、もう大丈夫です」
「良かったわね〜。ホントは一個人を贔屓するのはよくないんだけどね〜。ヤマトちゃんはお友達だから特別なの~」
(あの時変に畏まって遠慮して、名前を考えていなければ、今の俺は居ないって事だよな)
人生どんな些細な事が後に影響を及ぼすか分からないものだ。
ウンディーネ様が特段接しやすいおかげもあるが、今後ももし同じような事があるとすれば、理外の存在とは積極的に交流していくべきかもしれない。
「そういえばあなたの名前は何だったかしら?」
ラインの方を見つめウンディーネ様が尋ねる。
「はっ! ライン・ドグと申します」
「ラインちゃんね。あなたはいつもこの泉で祈りを捧げてくれているわね〜、ありがと〜」
「とんでもごさいません。この空間を休息地として利用出来るのもウンディーネ様の御力添えのおかげと存じます。感謝を捧げるのは精霊様の末裔として当然の事でございます」
「そうなの?──そうそう、ヤマトちゃん達、休憩して行くんでしょう? ならお話ししましょ〜! リーフルちゃんだったかしら〜? その子の事も聞きたいわ!」
「ホ~」
休憩がてらというには些か荘厳すぎる雰囲気ではあるが、ウンディーネに尋ねたい事も抱えていることだし、少々お邪魔させてもらう事にした。




