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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
2-1 第二の故郷
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53話 ぶっつけ本番


『ラフボアの群れがこっちに向かってる‼』


 鬼気迫る伝令により災害現場は一瞬にしてその緊迫感を増した。


 強さとしてはローウルフと同程度で退治すること自体は容易な相手だが、この状況に対し厄介な習性──群れを成し大群で突進する──が重なるとなると話は別だ。

 

「なんだとッ⁉──急ぎ防御陣形を組め! 屋根へは絶対に近付けさせるな‼」


 ラインの号令がこだまする。


 エルフ族達は災害現場から距離を取り横に広く防御陣形を組み、弓や魔法で応戦する体制を取る。


「ヤマト、安心しろ。一匹たりともお前の元へは通さん」


「ええ、任せます。俺は少しでも多く収納していきます」


 ラフボアへの対処はエルフ族達に任せ、俺は土砂の撤去作業を急ぐ。


 地響きを伴う轟音がその気配を増している。


 いよいよラフボアの群れがこの一帯に接近しつつあるようだ。


「来た──! まずは壁だ! 勢いを殺すんだ‼」


『ファイアーウォール‼』 『クリエイト・マッドフィールド‼』 『レイズ・ストレングス……』


 総勢二十数名程のエルフ族達が炎で形成される壁を創り出す魔法や、地面をぬかるみへと変化させる魔法、身体補助をする魔法等を次々に発動してゆく。


 魔法が使えない者は弓を引き絞り、来たるラフボアを狙いすまし待ち構える。


 さすがに精霊の末裔と言われるだけの事はあり、魔法に関しては非常に長けているようだ。


 魔法の色も意に介さず、まさに猪突猛進といった勢いでこちらに迫る無数のラフボア。


 ある個体は炎の壁にそのまま突入し、焼け焦げた姿が手前に倒れ込む。


 またある個体は出現した沼地にその豪脚をとられ、甲高い悲痛な叫びを上げている。


 賢い──運良く魔法の隙間を縫いにじり寄る個体も、エルフ族たちの精緻な弓術により的確にその動きを止められている。


 直線的に突進するのが習性である以上、予測もつけ易い。彼らに任せていれば大丈夫だろう。



「なんだ、おかしい……何故途切れない──これ程の数、何かに追われでもしたのか……?」


 ラインがボソリと呟く。


 エルフ族達はあれからゆうに三十匹は仕留めただろうか。


 迫り来るラフボアの攻勢が緩むことなく続いている。


「ラインさん、この辺りには普段からこんなにもたくさんのラフボアが生息しているんですか?」


 防御陣形の一間後方で万が一に備え俺の傍で見張っていたラインに問いかける。


「いや……当然生息はしているが、こんなにも纏めて、さらに言えば皆が皆()()()()を向いて走り来るなんて、見たことが無い……」


 この辺りに住むラインの言であれば間違いないのだろう。


 明らかに何かおかしい。呟きの通り"何か"に追われ、生息域から逃げて来ていると考えるのが自然だ。


「ラフボア達の生息域で野火でも起こって、エサが無くなって大移動しているという可能性は?」


「我々はこの辺りを拠点とし生活して久しいが、火災が起こった事など記憶にないな」


「でしたらやはりラフボアより上位の存在……ですか」


「可能性としてはそうだろうな……くっ、しかし何と間の悪いことだ。一刻も早くアメリアを救出せねばならないというのに……」


 ラインが焦りの表情を見せる。


 妹、家族の生死が懸かっているんだ。家族(リーフル)の居る俺にも痛いほど理解できる。


『ダ、ダメだ……もう魔力が──』


 ラインと原因の推察中のことだった。


 ファイアーウォールを維持していた一人のエルフ族が膝をつき、防御陣形の一角に穴が開いてしまった。

 

「──‼ カバーに回る! 後ろは気にするな、お前はそのまま続けてくれ──!」


 即座に反応したラインが戦線を維持するため防御陣形に加わるべく駆けだす。


(早く取り除かないと……!)

 

「ホホーホ(ナカマ)」


「うん、ありがとなリーフル」


 リーフルも応援してくれている。


(そうだ、どのみちそんなに器用な人間かよ。後よりも前に集中するんだ……!)


 期待に応えるべく体調の事も忘れ撤去作業に集中していたその時、後方からラインの叫び声が聞こえた。


「──ヤマトーー‼ 振り返るんだーーッ‼ 一匹抜けていった‼」


 声に反応し振り返る。


 すると、通常のラフボアよりも一回り大きく見える個体が、体表に焦げ跡や刺さる矢もそのままに、俺目掛け突進してくる様子が目に飛び込んできた。

 

(──な⁉──弓……くそっ、ラインの家か──そうだ!)

 

 ふと長にロングソードを借り受けていたことを思い出し、柄に手を掛ける。


(ロングソード……筋力が足りなくて短剣一筋だった俺に扱えるか?)


 ロングソードを鞘から引き抜いた瞬間、俺は違和感を覚えた。


(え……こんなに軽かったっけ──いや、細かいことは後だ!)


 妙に軽く感じるロングソードを一振りすると、どういうわけか今まで愛用してきた短剣のように軽く扱える体感がした。


 そんな俺の自問自答などお構いなしにラフボアが俺目掛け一直線に突進してくる。


 応戦する時間稼ぎのため少し後退し、ラフボアの軌道上、正面から向き合う。


 大口を開け牙を剥き、一切のブレも無く俺を目掛けその重量が迫り来る。


(思い出せ……あの動きだ……ッ!)


 迫るラフボアの動線よりすれ違いざまに二歩右にずれる。


 そしてロングソードを下から上へ振り上げる──。


(振り抜け──‼)


 ──頭部が胴体と別れラフボアは地面に倒れこむ。



「出来た……」


 虚しくなるだけなので、あまり意識しなようにはしていた。


 ロングソードを事も無げに扱っている冒険者達を見ては、本心では羨ましく思っていたのだ。


 今の仕事柄、戦闘に対するイメージトレーニングはそのまま自分の生死に関わるので、重要な訓練の一つだ。


 なので『もし自分がロングソードを振れれば』と、情けないが想像してはいたのだが。

 

「おぉッ! やるなヤマト‼」


 ラインが感嘆の声を上げている。


「何とかなった……それより撤去を──」


 突如頭上高くから迫る気配。


 想定される最悪を察知した俺は天を仰いだ。


「──なッ⁉」


 ラフボア達が駆ける振動の余波だろうか。直径五メートルはあろうかと思われる大岩が、斜面を転げ落ち、斜面の凹凸で跳ね上がり宙を舞っている。


 その膨大な質量を備えた大岩が向かう先はまさに俺の地点。


 接近に伴い太陽光が遮られ、捉える表面のディテールが万事休すを告げている。


(クッ……間に合わない‼)


 剣を振り上げた半身を翻す体勢。傷口が開いた影響で機敏に動けない体調。


 悪条件が相まり咄嗟に動くことが出来ない。


「ホーホ‼ (ヤマト‼)」──



 おかしい。


 リーフルが叫ぶや否や、まるで物理法則を無視しているかのように、落下する大岩の速度が遅くなっている。


(──ハッ! 避けないと‼)


 身体を倒れ込ませ地を転がる。


 その後飛来する大岩は突如勢いを取り戻し、無人の地面へと大きな音を立てて落下した。


「えッ⁉ 今のは……それにリーフル、今『ヤマト』って……?」


 確かにリーフルが俺の名前を呼んだのが伝わってきたのだ。決して錯覚ではないはず。


 それに今目の前で起こった現象はなんだったのだろうか。


「ホホーホ(ナカマ)」


 リーフルが頬擦りしてくる。


「リーフル、お前……」

 

「──あれ……?……なん、だ……」


 突然全身から力が抜けて意識が遠のいていく。

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