51話 自然の脅威
長と呼ばれるその人物が入り口の俺達を見据え腰を下ろしている。
質素な着衣はラインと同程度。だが一枚荘厳な印象を覚える刺繍が施された布を一枚羽織っている。
一見するとラインと同じく絶世の美男子といった整った顔立ちに、金色と銀色の中間といった輝く髪をポニーテールに束ねた髪型で、かなり若々しい外見をしている。
長という立場に居るという話だったので、相応に年季の入った容姿を想像していたのだが、なんならラインよりも若く見えるのではないだろうか。
しかし漂う雰囲気は威厳がしっかりと感じられ、ラインも少々改まっている様子だ。
「初めまして、ヤマトと申します。こっちは相棒のリーフルです」
「……失礼ですが、随分お若いんですね」
「ああ、知らないのであれば当然の反応だな。我々は精霊様の末裔故に、肉体的に老いる事は無い。成人した若い見た目のまま、寿命が来れば死んでゆく」
「それはなんとも羨ましいですね」
「若く見えるだろうが実際にはもう三十数歳になる。長はこのドグ村の中で一番の御高齢だ」
「さ、三十歳? 御高齢?? えっと……」
老いることが無いという話も衝撃だが、年齢についても違和感を感じ少し混乱してしまう。
「む? ライン、説明は?」
「そういえば暦については未だ……」
「そうか。なら驚かれるのも仕方ないな」
「人族のヤマト殿よ、貴殿らの一日とは、朝陽が昇り起床し、陽が沈むと就寝する。それを一区切りとし、一日としているな?」
「はい、そうです」
「暦の数え方に違いがあるのだよ。我々エルフ族の一日とは、その区切りを人族の十日分なのだ。貴殿らの数え方で言うならば、私は齢三百数十歳ということになるな」
「な、なるほど……長寿と噂のエルフ族特有の時間の捉え方なんですね。ちなみにラインさんはおいくつなんですか?」
「俺は七歳──七十歳になる」
(俺は七歳……)
至って真面目な会話なのだが、絶世の美男子がそう言っていると思うと、なんだか可笑しく聞こえる。
「しかしラインよ、どうやらお告げは本当だったようだな……」
「はい。長のおっしゃる通りの状況でしたので、精霊様のお導きで間違いは無いかと」
「お告げ……ですか」
「私には時々精霊様の神託が降りてくる事があってな。守護者様の顕現、並びに行動を共にする者の身の危険、ある日それらがお告げとして頭の中にイメージとして浮かんだのだ」
「だがそれがいつ、どこでなど、具体的な事は分かぬままではあったが、守護者様とヤマト殿、貴殿らの事であるのは間違いないだろう」
「長から村を出る際、その事に注意するよう言われていた俺は、最近はそれを念頭に置いて行動していたのだ。で、実際にそのような状況に出くわし、ここへお前を背負って来たと言う訳だ」
「精霊様のお告げですか……」
俺が知る唯一の精霊とはウンディーネ様だ。
もしかしてウンディーネ様は、俺とリーフルの危機を予知し、助かるように導いてくれたのだろうか。
「それにしてもなんと神々しい翡翠の色か……神話の通り英明な御顔つきもされて……」
エルフ族の長がリーフルを尊敬の眼差しで見据えながらそう呟く。
「ホ?」
「そういえば。その神話とはどういった内容なんでしょうか?」
「内容は……と言っても、てんでバラバラでな」
「『森を大災害が襲った際、動物達を導き多くの命を救った』とか。或いは『守護者様のその癒しの波動──御力の庇護の下、森の安寧を築いた』とか。はたまた『邪悪な魔物をその鋭き爪で屠り、英雄と称えられた』など要約すると、色々な内容の話があってな。実際の所、どれが正解も、正史ということも無いのだよ」
「……確かに纏まりの無い感じですね」
「だが実際に今、私の目の前で守護者様はそのお姿を披露されている。"伝説のフクロウ"の存在自体は本当だった事の証明だ」
「ラインさんも神話をご存知なんですよね?」
「ああ。我々エルフ族は皆子供の頃にその話を枕に育つからな」
「ホーホホ(タベモノ)」
話に飽きたのか、久しぶりの俺からのご飯という事もあるだろうが、リーフルが催促している。
「さっき途中だったもんな」──
──んぐんぐ「ホッ……」
上等な赤身をもらい、満足そうに余韻に浸っている。
「しかし、ヤマト殿がこの村に運び込まれた時に報告のあった『大層懐かれている様子だ』というのは本当なのだな」
「ええ、自慢の相棒です」 「ホ」
『人手だ! 集めろ!』 『長を! 長を呼べ……』
ふいに室外から物々しい雰囲気の言葉が聞こえてきた。
何やら足音や硬質な音など、騒がしく響いている。
すると、突如扉が勢いよく開かれ、酷く慌てた様子の男性が長の前に駆け込んできた。
「──し、失礼します! ほ、崩落です……入り口が塞がれてしまいました‼」
「なにッ⁉ 何故──最近は雨も無かったというのに……長、失礼します。私は先に救助に向かいます」
「うむ、あまり気負うなよ。救助する側も被害に遭う事の無きよう」
「ハッ! すまんがヤマト、詳しいことは長に聞いてくれ。お前も共に来い。では──!」
そう告げるとラインは報告に来た男性と共に、脱兎のごとく家を飛び出して行った。
「あの、崩落って……」
ただ事では無いことは雰囲気と単語から推し量れるがどういうことなのか、長に説明を求めた。
「この村の特産品がマジックエノキだというのは聞いているかな?」
「ええ、ラインさんが街へ卸していると。そこで俺を助けてくれたと聞いています」
「そのマジックエノキを栽培している洞窟があってな。崩落とは言葉通り、土砂崩れが起こったようだな」
「それは……!」
「今日は確かラインの妹が作業に当たっていたはず。兄として心配なのは当然だろう」
「中に救助を待つ人が取り残されているんですね」
「これも自然のお導きだ、受け入れるしかあるまい。もちろん救助には全力を尽くすがな」
(土砂崩れで入り口が塞がれた状況……)
俺のアイテムBOXなら土砂を取り除くのは容易なはず。
洞窟内の酸素も刻々と減りつつある今、迷っている暇は無いだろう。
現場を確認しなければ何とも言えないが、ここで傍観しているよりは、少しでも何かの助けになるよう動くべきだ。
「長、俺も行きます。俺のユニーク魔法は、先程リーフルのご飯を取り出したように、逆に収納する事も出来るんです」
「なに、そうか!──あいや、嬉しい申し出だが、ヤマト殿は大層な怪我を負っていると聞いている。二次災害になる可能性があるなら容認する事は出来ぬ」
「大丈夫です。お陰様で出血もしていませんし、激しく動く事もありません」
俺はその場を動く事無く、異空間を操作してみせる。
「ほぉ、なるほど……そういった魔法なのであれば、安全な場所から協力を仰いでも或いは……」
「はい。助けて頂いた御恩返しもまだですし、俺は行きます」
「……であればわかった、よろしくお願いする。そうだ、念の為にこれを」
そう言って長が壁に立てかけてあったロングソードを俺に差し出した。
「見たところヤマト殿は武器を携帯していないようだし、これを貸そう。この辺りは森と同じ魔物も出る故、丸腰では危険だ。くれぐれも用心してくれ」
「ありがとうございます、お借りします──リーフル、行こうか」
「ホホーホ(ナカマ)」
長からロングソードを借り受け、崩落現場の洞窟へと急ぎ家を後にした。




