50話 ソウルメイト
一見近寄り難い雰囲気と格式高く感じる見た目も、思いのほか世間話の前には解けるものらしく、ラインとの会話は弾んでいる。
お互いに、愛想の良い外国人と知り合った──なんて感覚が適切な表現かも知れない。
「そういえばリーフルの……里とおっしゃってましたけど、そんなものがあるんですか?」
「うむ、我々エルフ族は"フクロウの里"と呼んでいる。仙人のような歴史の長いフクロウが里の長をしていて、その長老だけは彼の魔法で言葉が通じるのだ」
(言葉を話せるフクロウ……か。リーフルの故郷かもしれないって話だけど)
「その里のフクロウはみんな緑色の種類なんですか?」
「いや、他と変わらない普通のフクロウだ。その中で、全身が緑色の羽根を纏い産まれてくるのが森の守護者と呼ばれていて、我々エルフ族に伝わる神話に登場する自然の守り手。数百年に一度誕生するとされる存在だ」
「リーフル……緑色なのはリーフルだけだったんだな」
「ホ?」
てっきりこの世界のこの種類のミミズクは皆緑色をしているのかと思っていた。
しかしまさかリーフルがそんな特別な存在だったなんて。今更リーフルと離れるなんて想像もしたくない。
今迄何か特別な力を発揮した事は無いし、いつも『タベモノ』ばかり言って威厳も何もあったものじゃない。羽繕い後のフケもすごいし。
そんな可愛い相棒が何か重大な使命でも帯びていて、辛い思いをしなければならない状況になるのだとするなら、リーフルの身を守るために全てを無責任に放り出し、逃避行でもなんでもしてしまいそうだ。
「……俺が助けた時の状況を考えると、恐らくリーフルはローウルフに追われて逃げていました」
「里で暮らしているのなら、どうしてそんな危ない目にあったんでしょうか」
「……恐らくだが、迫害だ」
「迫害……?」
「我々人間とて同じだろう? 悲しい事だが、何かしらの目立つ他人との違いを持つものは、忌避されるのが世の常だ」
「守護者様は他のフクロウ達と違い全身緑色をしているせいで、恐らく里では奇異な存在だったのだ。伝わっている神話に登場する守護者様の中にも、そういった生い立ちを辿る話も出てくるしな」
「なるほど……その推察は俺も手堅い所だと思います。そのフクロウの長老に話が聞ければ、一番確実でしょうけど」
ただの推察なのだが、リーフルが酷い目にあっていたかもしれないと想像すると、心が沸き立つ思いだ。
だが里のフクロウ達の知能が高い事の証左であり、詳細を調べようとするならば可能であるとも言える訳だ。
「悪いが里に案内することは出来ない。お前を信用していないとかそういう事では無く、犯してはいけない領域として、エルフでも立ち入る事は滅多に無いのだ」
「あいえ、構いません。今更里帰りしたところで、リーフルも喜ばないでしょうし」
まるでリーフルを慮っているような単なるエゴの言葉。決してリーフルを想っての発言ではない。
もしかしたら、里帰りをしたリーフルがそのまま森へ帰ると言い出すかもしれない。
そうなってしまっては止める訳にはいかないし、俺はこの世界でまた独りぼっちなのだ。
(最後まで絶対に俺が面倒見るからさ……一緒に居てくれ……リーフル)
肩のリーフルを抱き寄せる。
「ホーホホ(タベモノ)」
「はは。そういえばリーフルにご飯あげてなかったな」
「すみません、この三日間リーフルにも食べさせてくれていたんですよね」──
アイテムBOXからご褒美用の上等な牛の赤身肉を取り出し、リーフルの口元へ持っていく。
──んぐんぐ「ホーホホ! (タベモノ!) ホー!」
久しぶりの上等な肉にリーフルは興奮した様子だ。
「おぉ! 守護者様が喜んでおられる……それに街で発見した時もそうだが、守護者様は本当にお前に懐かれているな」
リーフルは決して離れまいという雰囲気で肩に掴まりつつ、俺の顔に全身を預けている。
「可愛いですよね~。自慢の相棒です」
「ヤマトと言ったな。先程のそれ、お前はユニーク魔法が使えるのか」
「ええ。生き物以外は収納して取り出す事が出来ます」
「ほぉ~! それは便利な魔法が使えるのだな──という事は戦闘の方も得意なのか?」
「いえ、ギルドでは下位に位置します。そういえば俺の装備は……」
「あれの事か? 確かにそのユニーク魔法が使えるのなら、持ち物が異様に少ないのも頷ける」
ラインが指差す先、俺が先程まで寝ていたベッドの枕元に愛用の弓が立て掛けられている。
(よかった。弓は無事か)
「あのすみません。短剣も装備の一つなんですが、短剣は見かけませんでしたか?」
「ん? あの男の首元の一本しか見当たらなかったな。すまない、暗い事もあり見落としたようだ。何せ守護者様が必死な様子だったのでな」
「いえいえ、弓だけでも手元に残って一安心です。ありがとうございました」
ラインは先程からリーフルの事を『守護者様』と呼び、固有名詞を使わない。
なんだか"役割"を強制されているように感じてしまい少し気疎いので、名前を呼んでもらえるよう提案してみる。
「あのぉ……リーフルにはちゃんと"リーフル"と言う名前がありますので、名前で呼んでいただけると……」
「なに? では御本人に確認してみよう──守護者様?」
「……」
(よし、偉いぞリーフル! たまたまだろうけど返事をしなかった!)
「リ、リーフル……様?」
「ホ」
「──ッ⁉」
「リーフルは街のみんなからも名前で呼ばれてますので、馴染みのある呼び方をしてもらえると助かります」
「ま、まさか固有名詞に注意を払われているとは……さすが守護者さ──いえ、リーフル様! なんと賢明なことか……!」
「ホホーホ(ナカマ)」
「ありがとうございます。リーフルが喜んでます」
エルフ族にとって、リーフルが特別な存在なのだという事は話を聞いて理解できた。
だがそんな事は俺達にとっては無責任と言われようが何の関係も無い事で、ただ平凡に、これからも二人で一緒に暮らしていきたい。
(今更自分でタベモノを取りに行くなんて面倒がってしないだろうし……だよな? リーフル)
ふいに戸を叩く音が響き、扉が開いた。
「失礼。長が面会したいそうだが、どうする?」
どうやら他のエルフ族の男性がラインを呼びに来たようだ。
「わかった、すぐに向かうと伝えてくれ──ヤマト、どうだ、動けそうか? 長がお前と守護者さ──リーフル様に挨拶したいとおっしゃっていてな。目が覚めたら知らせるように言付かっていたんだが」
「大丈──ッです。痛みはありますが、歩いて行くぐらいならなんでもありません」
「そうか、病み上がりにすまないな。村の皆もリーフル様の事がどうしても気になっていたようでな。この三日間も面会を断るのに苦労したんだ」
「リーフルはどこでも人気者だなぁ」 「ホ~」
「では行くとしよう。樹上なので、足元に気をつけてな」
案内されるまま扉を開け外へと踏み出すと、ラインの言葉通り俺が知る木とは異なる、巨大な大樹の幹の上に、植物が人家の形を成した建物が何件も建っている光景が目に入った。
その大樹が鬱蒼と、中央がぽっかりと広場のように開けた空間を取り囲むように、何本もそびえ立っていて、樹の枝同士が絡み合い、空中に道を造り出している。
高さで言えば二十~三十メートル程だろうか。エルフ族の村は樹上の空中都市といった様相だ。
「うわ……すごいですねこれは」
「我々エルフ族は生来、木々を操れる魔法を使えるのだ」
「木々の操作という、エルフ族なら誰でも使える固有の魔法でな。その賜物だよ」
「これなら魔物も怖くありませんね」
「まぁ自然との共生を謳いながら、結局は自然におんぶに抱っこなのだから皮肉なものだろうがな」
長の家へと向かう道中にエルフ族について教えてもらっていると、他の家々に比べて少し高い位置にある建物へと到着した。
「──失礼します。長、守護者様とその相棒をお連れしました」
「うむ、ラインか──」
「──おおっ! これは……まさに神話の通り神秘の翠色を纏いしフクロウ! 守護者様‼」
そこにはリーフルの姿に感嘆の声を上げる、"長"と呼ばれるにはあまりにも不釣り合いな容姿の人物が俺を待ち構えていた。




