49話 異文化交流
『ヤマ……』
眠りから覚めた時のような薄っすらとした覚醒の最中、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
恐らくこの意識はレシレンのヤマトのものだ。
記憶に間違いがないのなら、どうやら俺は助かったようだ。
「ホ……」──ツンツン
「ん……」
「ホ……」──ツンツン
「──ハッ⁉──リーフル……! 無事だったんだな……よかった……」
「ホホーホ! (ナカマ!)ホホーホ! (ナカマ!)」
リーフルが元気で居る事が何よりも嬉しい。
死んでしまう程のダメージでは無かったにせよ、ぐったりしては居たので本当に心配だったのだ。
「──つッ!……ててっ……」
ふと痛みを感じ視線を落とす。すると、何か大きな葉っぱのような物が患部を覆っていた。
痛みはなかなかのものがあるが、出血している様子は無い。
同時に腕や頬も撫でて確認してみるが、感触では治りかけといった様子だ。
どうやら誰かが手当てをしてくれたことは間違いない。
(ここ……知らない部屋だ)
天井から壁から、全て何かしらの植物で形成されているように見える。
そして部屋の隅を太い木の幹のような物が貫いている、なんとも自然溢れる造りの家だ。
窓もあり外の景色──恐らく空──が窺える事実から、二階建て所ではない、随分と高い位置にあるような気がする。
(看病もしてくれているし、リーフルも無事に一緒って事は、俺と敵対的な存在では無いってことだよな……)
植物が擦れる柔らかな音と共に扉が開く。
いつもの癖で現状の推察をしていると、誰かが部屋へとやってきた。
「起きたか。危ないところだったぞ。森の守護者様に感謝するのだな」
何と美しい顔立ちだろうか。
窓から差し込む光をキラキラと反射する美しい銀髪と、先が尖った長い耳に、吸い込まれそうな綺麗な瞳。
スラっとした長身で、街では見かけない素材で造られた弓を装備し、派手さの無い質素な生地の服を着こなした、"エルフ"族が現れた。
同性だと言うのに見惚れてしまうようなその佇まいは、同じ人間とは思えない、神々しさすら感じる程だ。
「えっと……助けていただいた?──んですよね、ありがとうございました」
「まだ動くには辛いだろう。食事を持ってきてやるから楽にしていろ」
そう告げるとエルフ族の彼は立ち去った。
(エルフ族の村……なのか? 距離がどれ程か分からないし、どのみちこの傷じゃサウドへ今すぐには帰れそうにないか……)
「あれからどれくらいの時間眠ってたんだ……リーフル、どう?」
「ホ」──ツンツン
リーフルからの返事は無い。
語彙の変化を期待したが、今までと違いは無いようだ。
「もしかしたらスラスラと会話できるかもって、期待したんだけどなぁ」
再び扉が開いた。
「食事だ。食べながらでいい、詳しい話を聞かせてくれ」
エルフ族の男性が皿一杯に豊富な種類のキノコを乗せて戻って来た。
というよりキノコだけが乗っている。
エルフ族はキノコしか食べないのだろうか。
「ありがとうございます、こちらこそ。俺も何が何やらで……エルフ族の方とお会いするのも初めてです」
「そうなのか? まずは名乗るとするか。俺はエルフ族で冒険者の真似事をしている、"ライン・ドグ"と言う。お前は?」
「俺も冒険者を生業としています、ヤマトと言います。こっちは相棒のリーフルです」 「ホ」
「なッ……‼──リーフル?!──相棒⁉」
名をラインと言うエルフ族の男性の声量が急に大きくなり、驚いた様子を見せる。
「な、何でしょうか」
「な、な、なんと不敬なっ!──いやまて……あの様子を見れば、信頼関係に疑いようはないが……」
「あの、どういう事でしょうか」
「お前はその肩におわす方の事を知らないのか? どうやって一緒になった──何が目的だ」
矢継ぎ早の質問に少々戸惑ってしまうが、どうやらリーフルが大層敬われているという事は理解できる。
「ええと……リーフルは仕事中に俺達が森で助けました。怪我を負っていたので街へ連れ帰り看病していると、懐かれてそのまま一緒に暮らしています」
「ホホーホ(ナカマ)」
「あの里から無理やり連れ去った訳では無いのだな?」
「連れ去る……? 里とは何でしょうか?」
「里の事も……どうやら本当に何も知らずに"森の守護者様"と一緒に暮らしていたようだな」
「森の守護者様……その先程から、リーフルは何か特別な存在なのでしょうか?」 「ホ?」
「そうだな。悪意を持って守護者様と行動を共にしている訳では無いと判明したんだ、説明をしよう。まずは俺の事から」
「我々エルフ族は自然との共生を信条とし、暮らしている。だが自然と共生すると言っても、この国で生きる以上金は必ず必要となる」
「そういう訳で俺に関しては、お前達冒険者の真似事を──主にはこの村の特産品である"マジックエノキ"等をサウドへ卸しに行ったり、魔物や素材を買い取ってもらい、外貨を得る役割を担っている」
「ふむ……なんだか獣人族と似ていますね」
「特にいがみ合い嫌っている訳では無いが、一緒にされては困る」
「獣人族は"動物"の進化先、エルフ族は"精霊様"の末裔だと言われている。お前には似たような暮らしをしているように思えるだろうが、獣人族とは自然に対する価値観が違う」
「失礼しました、浅学でした。勉強になります」
「いや、理解してくれたようだな。気にする事は無い」
マーウ達獣人族は、森での暮らしが性に合っているという理由で、街へ住まず森で生活していると言っていた。
接している感覚としては、主に自由を尊重して生活している雰囲気だろうか。
対してエルフ族は、今の話をふまえると、自然そのものを大切に考えているといったところだろうか。
「話を三日前の夜半に戻そう。先程言ったように俺は冒険者資格を持ち、サウドへの特産品の卸を担当している」
「そんな折、納品を終え帰る途中、街中だというのにも関わらず、フクロウの鳴き声が耳に入った」
「声のする方へと近付いてみると、血を流し倒れている男達を発見した……俺は驚いたぞ」
「我々エルフ族が崇拝する、その神々しい、全身が緑色を纏う森の守護者様がお前にぴったりと寄り添いながら悲痛な鳴き声を上げていたんだ」
(そうだ、ダムソン……俺は奴を……)
「自然との共生、調和を重んじる我々エルフ族にとって、森の守護者様は精霊様と並び神にも等しい存在だ」
「そんな守護者様が熱心に懐いている"お前"という存在が気になってな。怪我の様子が酷かったが、我々の秘薬であれば救えると確信し、ここへ連れ帰ったというわけだ」
「そういう事だったんですね……ありがとうございました。ラインさんは命の恩人ですね」
「それで……倒れていたもう一人は?」
「ああ、こと切れていたよ。おそらく首に刺さっていた短剣、あれが致命傷だろう」
「しかし何故あのような惨状に。何があった?」
(……やっぱり奴は死んだ……)
「はい、実は……」
俺の身に起こったことをラインに説明する。
彼は口を挟むこと無く、熱心に俺の話に耳を傾けてくれた。
自らの口で説明をしているうちに、とうとう"人間"も狩ってしまったという事実が、どこか現実味の無かった俺の中で、ハッキリとした認識に変わっていった。
「……そういう事だったのか。人族にはなんと愚かで残忍な者が居るものか……」
「話を聞いた限りでは、それは立派な正当防衛だ。お前が街へ帰る際には、俺も助けた身としてお前の無実をギルドへ証言してやろう」
そう言って頼もしくも美しい顔を向け、肩に手を置いてくれる。
「怪我の手当てまでしていただいて証言まで。本当にありがとうございます。御礼は後程必ずお約束します」
「気にするな。これも何かの縁、自然のお導きだ。それに俺としては、森の守護者様とお会いできただけでも家宝ものなのだ」




