48話 再会
（ん、ここは…………）
見覚えのある幻想的な光景。
懐かしいなんて、それ程この一年あまりの密度が濃かった証だろうか。
「久しぶりだね、大和くん」
「あ……お久しぶりです、神様」
突如現れた靄が徐々に輪郭を成し、ハッキリとその存在を感じ取れるような姿に変貌した。
「レシレンでの暮らしは順調みたいだね」
「神様が授けてくださった力のおかげです。ありがとうございました」
「素の君のままじゃちょっと厳しかったもんね。あまり干渉できない分それぐらいはね」
「またお会いできて嬉しいです。お祈りしていてよかったです」
「そ～！ 届いてたよ。瞑想して話しかけてくれてたよね」
疲れてそのままという事もままあるが、宿に帰ってからの就寝前、座禅を組み静かに瞑想するのをルーティーンとしていた。
特に敬虔な仏教徒というわけではないが、神秘的な儀式を思い浮かべた時に連想したのが座禅だったからだ。
「俺にとって、地球からレシレンに渡ってからの唯一の繋がりでしたから」
「不敬ながら、肉親みたいな感覚でいます」
「肉親……いいね！ それ、嬉しいかも！」
「お叱りにはならないんですね」
「え？ なんで？ 嬉しいじゃん。僕もこう見えて結構寂しかったりするし」
寂しいとかそういう次元の存在なのか疑問ではある。
だが神様が好意的に思ってくれているのなら素直に俺も嬉しく思う。
「それならよかったです。そういえば何故また俺はここへ……やっぱり死んでしまったんでしょうか」
「ううん、死んでないよ。久しぶりに話でもしようかと君の魂に直接会いに来てるんだ」
「つまりここは俺の夢の中とか、そういう風に解釈すればいいでしょうか？」
「そうだね、そんなとこかな。でも今、現実の君は死にかけてるから、身体から魂が離れて行きそうだけどね～」
「うっ……実際死にかけてはいるんですね」
相変わらず軽いノリで恐ろしいことを言うひとだ。
あっけらかんと人類の理について話すところは、やはり超常的な存在である所以なのかもしれない。
「うん、でも心配いらないよ！ 君は頑張ってきた。だから運命は、君を見捨てない。ヤマトは大丈夫だよ」
「そう……ですか」
具体的な使命も命令も、何も知らされていないので『頑張った』という事に関して何を指すのか見当がつかない。
生きる事に必死なのは人間なら等しく同じだろうし、特段他人を慮って行動した事も、そんな余裕も無かったのが事実だ。
「それよりもさ！ 肉親って、僕はお父さん？ 妹？ あ……もしかしてご先祖様かな⁉」
さすが理外の存在。年齢も性別も意味をなさないようだ。
もしくはその飄々とした発想から産まれる冗談の類だろうか。
「えっと……特定の立ち位置というより、包括的な意味での肉親……でしょうか」
「ムム……？ それじゃあ面白くないね」
「じゃあこういうのはどう？ 次に君に会う時、僕は気分次第で好きな立ち位置でいる事にしよう──じゃあ早速、今から僕はお父さんね！」
正直戸惑いを覚える提案ではあるが、とても楽しそうにしているので、親しみやすく俺としては助かる。
「おぉ、我が息子よ！ よくぞ頑張って生き抜いた。父はお前を誇りに思うぞ！」
神様は威厳を込めた雰囲気でそう話すが、少年とも少女ともつかない中性的な容姿のままなので、子供のごっこ遊びにしか見えない。
「ふふっ。口調だけ変えてもどうかと……」
「あれ……？ そりゃそっか。まぁ今日はもういいや、次から楽しみにしててね！」
「次という事は、またお会いしてもらえるんですか？」
「もちろん！ なんたって僕は君の肉親だからね！」
「リーフル以外にも家族が出来たようで嬉しいですね」
「リーフル？ ああ、可愛いよね～あの鳥ちゃん」
「でも羨ましいなぁ、君と一緒に自由に冒険できるんだから」
「そうだ！──リーフル‼ リーフルは大丈夫でしょうか⁉」
「心配しなくていいよ、あの子は大丈夫だから」
「よかった……あ、そうです、リーフルに関連してお聞きしたかった事が」
「俺がある程度魔物や動物の考えてる事が分かるのって、やっぱり加護の力ですか？」
「そうだね～、大体そんな感じ」
「そうなんですね」
「……普通の日本人だった頃を思えば動物達の考えがわかるだけでもすごい特殊能力だと思います。でもリーフルと触れ合っていて、もどかしいことも多くて……」
神様はどうも俺に優しく接してくれるので、あわよくばと思い切ってみる。
「ん～……今回の君のピンチも、リーフルとちゃんと会話出来てればもっと安全に事を運べただろうね～」
「パワーアップ……お願いできませんか……？」
「……というかそうなる？ と思うよ。ま、目が覚めたら分かるかな。前にも言ったけど、体験して把握してね！」
相変わらず要領を得ない答えだ。しかし神様がまた力をくれるという事だろうか。
どうやら人間達にあまり干渉してはいけないといった様子だし、そんな制約がある中で俺に協力してくれているのだから、なんにせよ有難い限りだ。
「わかりました。厚かましい事を言いましてすみません」
「ううん。ホントはもう少し協力してあげたいんだけどね～」
「それと、獣人達の村でおとぎ話を聞いたんですけど、あれって神様の事でしょうか？」
「おとぎ話？──ちょっと待ってね」
何やら俺の頭に手をかざして集中している。
「……フムフム。内容は分かったけど、面白い話を作ったんだね～」
「という事は神様は関係ない……ただの人間の創作物だったんですね」
「ん～……そうとも言えるし、そうじゃないかもしれないかな～」
全く要領を得ない。相変わらず理の線引きは分厚いようだ。
「まぁ難しいことは考えずに、君はまた平凡に人生を歩んでくれればいいんだ」
「そうですか……」
「お祈り、続けてくれると嬉しいな。繋がりが強まれば、会える事も多くなるだろうし」
「はい、欠かさずに。俺もまたお会いしたいですし」──
──身体が発光し徐々に透けていく。どうやら夢から覚める時間のようだ。
「おっと、今はこれぐらいが限界みたいだね～」
「名前、考えておいてよ。折角君が僕の事を肉親と言ってくれたんだから、神様と呼ばれるんじゃ寂しいしね」
「わかりました。神様もお元気で」
神様と話していると、不敬にも家族のような親しみを感じ、暖かい気持ちになる。
ノリが軽い事に関しては些かひっかかりも覚えるが、これからも変わらず瞑想を継続していこうと思う。
眠りにつくように意識が遠のくにつれ、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
『マ……ト……ヤマ……ト……』
