47話 羨望の鬼畜 怒りの平凡 2
「へへ……お前が悪いんだぜ」
(ぐ、ぅッッ………い、いつの間に……!)
どうやら背後から襲われたようだ。
左脇腹がひどく熱い。
足から力が抜けてゆく。
「ハァーッッ……ハァーッッ……くッ……ぐ、ぐッ……」
冷汗が吹き出し呼吸が荒くなる。
(と、とに……かく、うっ……止血……しないと……!)
痛みで頭が上手く働いてくれない。
だが本能が、出血の勢いを抑えなければならないと判断するのか、傷口を布で押さえつける。
不幸中の幸いか、どうやら内臓は貫かれていないようで、なんとか身動きは取れそうだ。
「ダ、ダムソン……くッ──だな!──どうやってここに……‼」
「へへっ……そうだろう、不思議だよなぁ? だがほいほい教えてやるほど、俺はお人好しじゃないんでねぇ」
嘲笑の言葉が先程背後から俺を襲った位置よりも離れた場所から聞こえる。
なんとか首を回し後ろを確認するが姿を捉えられない。
「ホー! (テキ!)」
だがリーフルは依然後ろを見据え警戒の鳴き声を発している。
(いくら暗いからといって、人一人が丸ごと見えないなんておかしい)
「ぐッ……俺を狙った理由は……大方予想がつくけど……お、お前には絶対やらせないぞ……‼」
「カラ元気だなぁ……くくく……ほら! 見えねえ見えねえ!」──
「──うッッ‼」
刃物が空を切る音と共に頬が裂ける。
(このままではまずい……考えろ! 相手は同じ人間だ!)
ダムソンの存在を認識してからは気配が感じ取れ足音も聞こえる。
(姿を消す魔法……? でもそんな魔法聞いたことが無い)
可能性としてはダムソン固有のユニーク魔法か。
(じゃあなんで昨日はあっさり捕縛されたんだ)
姿を完全に消せるなら簡単に逃げられたはずで、わざわざ捕まる理由が無い。
(昨日との違いは……時間──明るさ、暗い事が条件で見えにくくなる魔法……?)
そういえばリーフルはいち早くダムソンに気付き、後ろを警戒していた。
ミミズクは好んで夜に狩りをするほど夜目が利く。
その特性から察するに、完全に姿を消せるわけでは無く、現実に見えるレベルには留まっていると推察出来る。
リーフルは首を動かし奴の姿を追っている、ならばそれを参考にすれば大まかな位置が掴めるはず。
鈍痛のせいで頭も体も鈍いが、俺は一芝居打つ事にした。
「くそッ!──どこだ‼ 卑怯者め!」──
短剣を見当はずれの方向に振りかぶりながら焦ってみせる。
「はっ! ど~こ狙ってんだぁ?? 当たんねえよ~」
嘲笑う余裕の言葉。
声がするのは右斜め五メートル程後ろ。
「こっちだぜぇ!」──
「──うぐッ……くッ‼」
左腕を再び鋭い感覚が襲う。
「そのまま血がダラダラ出続ける所を観察ってのも乙なもんだが、しっかりこの手で殺してやるよ。ハッハッハ‼」
「……ったく、お前に取って代わってこの街で善人として生活するって計画はおじゃんだ」
「むかつくぜぇ……汚ねえ動物共の相手も苦労したってのによ‼」
「なッ……⁉ あんな酷い事をしておいて……汚いとはなんだ‼──命をなんだと思ってる‼」
「あぁ? そうだなぁ~……俺以外の命なんて、俺の為に使う只の道具だろ?」
「……ま、順調に行っててもどのみちお前は殺す予定だったんだよなぁ」
「また別の街に行く金も必要なんだ。多少なり金は持ってんだろ~? なんにせよお前は俺のエサなんだよ」
『狂人は何やったって絡んでくるもんだ。気にすることはねえよ』
ロットの慰めの言葉が思い出される。
その通りだ、狂ってる。
こいつは本当に、ただ己の利潤の為に暴力をふるえる"狂人"だ。
(ダメだ……なんとかして俺がこの場で抑えないと……!)
ダムソンは暴言の最中もウロウロと俺の後方に陣取っている。
止血で片手を奪われた今の状況では、チャンスは一度きりだろう。
「そろそろ追手もくる頃だ……じゃあな、偽善者」
足音が俺を中心に反時計回りに弧を描き早まる。
音もそうだがリーフルの首が姿を追っているので間違いは無いはず。
俺は把握出来ていない風を装いギリギリまで顔は正面を向けたまま備える。
左斜め後方、いよいよ殺意漲るダムソンが狙い定めた位置まで接近してきた。
リーフルの首の動きはダムソンをしっかりと捉えている。
(──今だ‼)
俺は体ごと振り返り短剣を構える。
同時に街灯に反射し鈍く光るダムソンの短剣が、俺の首元を狙い真っすぐ向かってくる──。
短剣と短剣が鼻先の至近距離でぶつかり合い甲高い音が夜の街に響く。
「なにィッ⁉」
「こ、の……っ!──大人しく……! 死ねよッ……‼」
続く鍔迫り合い。
しかしケガのせいかダムソンの勢いに押し負ける。
いよいよ体勢を崩される寸前、なんとリーフルが飛び掛かってしまった。
「ホーッ! ホーッ‼」──バサバサッ
「──チッ! クソが‼」
ダムソンがリーフルを殴り飛ばす。
「ホ……ブッ」──
羽根が散り散りになりながらリーフルが宙を舞う。
「リーフル‼」
怒髪天を衝くが如く。
火事場の馬鹿力というやつか。リーフルの様を目の当たりにし、出血の事すら忘れ湧き出る力で短剣を押し返す。
その勢いのまま止血していた左拳でダムソンを殴りつける。
「──ってぇッ!……鳥畜生が……後で串焼きだな」
「ハァーッッ!……ハァーッッ!……ぐっ……おっ……お前だけは許さない……」
再開した出血のせいか呼吸が荒い。
人間そう都合よくは出来ておらず、全身から力が抜けていく感覚に襲われる。
「ハハッ!バカが!──お前のお許しなんていらねえ──よっと‼」
「クッ──」
顔目掛け走るダムソンの短剣を、頬の皮膚一枚が裂けながらなんとか躱す。
そして刹那に思い出す。
(そうだ──!)
ショートの矢によって負わされた傷がある右太ももを容赦なく踏みつける。
「──ウガッッ‼……ぐぅぅ~っ‼」
傷口が開いた痛みに悶絶し、ダムソンは足を抱え跪いている。
「このッッ!」──
間髪入れず頭を垂れているダムソンの顔を思い切り蹴り飛ばす。
「──ぐはッッ‼」
「くっ……リーフル……!」
短剣を握る指に力が入らない。
乾いた音を立て地に転がる短剣を横目に、リーフルが飛ばされた先に駆け寄る。
「リ、リーフル……! 大丈夫か……!」
「ホー……(テキ)」
「ごめんっ!……リーフル……!」
抱き上げようとしたその瞬間──
──「死ね」
振り返り目にしたのは、今まさにダムソンが持つ短剣が俺の顔目掛け近付いてくる光景。
走馬灯というやつだろうか。
スローモーションのように時の流れが遅く感じられ、己の死を悟る。
恐らくリーフルも殺されるのだろう。
動物に対してなんの慈悲もない鬼畜の事だ。憂さ晴らしとして襲うに違いない。
(せめてリーフルだけは逃がしてやりたかった……)
『ホーホホ(タベモノ)』
『ホホーホ(ナカマ)』
『──ホッ……』
リーフルの愛らしい姿が脳裏に浮かぶ。
(──ダメだ‼ 諦めるな‼)
「アイテムBOX‼」
迫り来る短剣の前に異次元空間を出現させる。
黒い靄に短剣は吸い込まれ、ダムソンの腕だけが異次元空間を通過し俺の顔に接触する。
「──なにッ⁉」
今取り込んだばかりの短剣を出現させ、止血していた左手で掴み取る。
そのままダムソン目掛け短剣が走る。
(──違う! そこはダメだ‼)
冒険者となって身に着けた戦闘技術か、はたまた人間に元々備わる防衛本能か。
ダムソンを狙う左手は止まってくれない。
「がッッ……はッ……」
短剣が首を貫く。
(リーフル……は、守れ……た……か……)
出血量が多すぎるせいか、とうとう身体が限界のようだ。
力無くダムソンの脇に倒れ込む。
「ホー……ホー……」
(リー……フル……ギル……ドに……も報……)




