46話 鬼畜
あくる日の早朝。救助した子猫のエサを用意すると先生に約束しているので、調査の経過をキャシーに報告してから診療所へと向かうことにした。
「おはようございます。早速昨日聞き込みをしまして……」
昨日起こったことをキャシーへ報告する。
「……わかりました、こちらで特徴と一致する人物がいるか、冒険者名簿を洗ってみようと思います」
「お願いします」
「子猫ちゃん、心配ですね……」
「右目はもう駄目だろうという話でしたからね……」
「……いえ! ヤマトさんがいなければ死んじゃってたかもしれません。命は救ったんです、元気出してください!」
「ありがとうございます。診療所へ行ってきます」
◇
改めて見る白い診療所の扉。
慌てて押し開けた昨日の景色とは打って変わり、いたいけな子猫が中で待っていることを思うと、早朝の寒気も違う冷え込みに感じられる。
「おはようございます。先生、子猫の様子はどうでしょうか」
パンを入れる為の籠に布が敷かれ、包帯で片目を覆われた子猫が細々と鳴いている。
「おはよう。御覧の通り元気とまではいかないが、エサを求めるぐらいには回復しているよ」
「そうですか……よく頑張ったなぁ」
用意してきた母乳代わりのミルクを子猫に飲ませる。
応急的な代物にはなってしまうが、この世界には子猫用に調合されたミルクなど当然流通していないので、昨晩宿のキッチンを借り、卵と砂糖を少量加えた牛乳でミルクを作り用意してきた。
「昨日伝えた通り右目はもう駄目だろう……元には戻らない」
「ポーションでもダメでしょうか?」
「そもそもポーションでは欠損は治せない。予後については化膿したりしないよう治療することだけが、私の出来る精一杯だよ」
「そんな! とんでもありません。無理を言って診てもらいましてありがとうございます」
残念ながらポーションは万能では無いようだ。
だがあの時直ぐにポーションを飲ませてあげれていればと、用意を怠っていた事が悔やまれ、そんな自分が嫌になる思いだ。
「しかしどうしたんだねこの子猫は」
「実は俺もあまり詳しいことは分からなくて。昨日一緒に居たスカウト風の彼に助けを求められまして」
「ああ、昨日の彼だね。そういえば彼も随分熱心だったね」
「ええ、ケビンという名前だそうです。おそらく冒険者で、あまり会話はありませんでしたが、悪い人間では無いと思います」
「それで、ケガの原因はやっぱり野良犬でしょうか?」
「野良犬? 嚙まれたか、ということかね?」
「え? 違うのでしょうか?」
「いいや、犬が噛みついたとすれば鋭い咬傷があるはずだ。そうだな……この子の場合、そう。例えば何か硬いものに思いきりぶつかりでもして出来たような傷跡だ」
(野良犬じゃ無い……?)
「そうですか……では高所から落ちてその衝撃で──とか」
「ん~……可能性は低いだろうね。子猫の体重でどこかにぶつかっても、目が潰れる程の衝撃になるとは思えんからね」
「それは……そうですよね」
「──では俺は一度失礼します。ミルクは用意してきましたので、お昼に与えてあげてもらえますか?」
「分かった。十分気を付けて観察しておく、任せてくれ」
母乳に似せて作ったミルクが入った皮袋を先生に預け、夕方にまた来ると告げて診療所を後にした。
今日は中央広場から調査範囲を広げ、民家が立ち並ぶエリアを聞き込むことにする。
◇
野良猫や野良犬が自由に数匹行き交う様を見流しつつ、雑談に花を咲かせるご婦人達や、すれ違いギルドへ向かう冒険者等に話を聞いてみるが、成果は得られない。
そんな中、丁度今から外出するといった様子で家から出てきたご婦人に話を聞くことが出来た。
するとなんと、怪しい人物を見た事があるとそのご婦人は話してくれた。
どうもその怪しい人物は、子犬を抱いて路地裏でキョロキョロとあたりの様子を伺っていたのだという。
更にご婦人と目が合うと、そそくさと子犬を連れて立ち去ったらしい。
残念な事に、ふいの出来事でその人物の外見をはっきりとは覚えていないとのことだが、地味目な灰色の上着を羽織っていたらしい。
何かの手掛かりになりそうな貴重な情報だ。
手掛かりは依然少ないが、その怪しい人物に話を聞くことが出来れば、野良の子供達について何か分かるかも知れない。
この辺りの聞き込みは一旦終了し、反対側の東区の方へと向かうことにする。
◇
東区へ移動しようと中央広場を横断していると、俺が師匠に次いで最も信を置く先輩達。未知の緑翼の面々を発見した。
彼らであれば市民からの評判が高く、野良の件について何かしらの相談をされていてもおかしくないと思い声を掛けてみることにした。
「お久しぶりですみなさん」 「ホホーホ(ナカマ)」
「あら、ヤマトさんじゃない。久しぶりね~」
「おうヤマト! 元気してっか!」
「やあ、平凡モドキさん」
「ヤマトさん! お久しぶりですね。リーフルも元気そうだ」
「あ──マルクスさんそれ、新しい剣ですか? 良く切れそうな立派な剣ですね」
マルクスの腰に明らかな存在感を放つ一本の剣が。
表面が薄っすら青く揺らめく凄みを放った逸品に見える。
「ええ。あの時折れてしまいましたからね。奮発して魔力が付与された鋼で作られた魔力鋼の長剣を買いました」
「凄いですね……それは戦闘が捗りそうですね」
「ええ、すごいですよ! この剣。もう巨大ブラックベアにだって遅れは取りません!」
「──それそうと、ヤマトさんは今日はどちらへ?」
「はい。実はギルドから街の野良達について調査の仕事を受けてまして……」
幾ばくかでも情報を。そんな想いで事のあらましを説明する。
「なるほど……その人物を突き止めれば子供が増えてる原因がわかるかもしれないってことね」
「相変わらずヤマトは動物の事に関しては熱心だなぁ」
「そういう事なら協力しますよ、空き時間に俺達も聞き込みしてみます」
「ホントですか⁉ 助かります。それじゃあ、一応俺が調べた範囲は──」
『──何やってんだお前!!』
突如中央広場の喧騒にも勝る怒号が響き渡る。
「「‼」」
ただならぬ雰囲気を感じた俺達は、急ぎ声が聞こえてくる場所へと向かった。
「──どうかしましたか⁉」
到着するや否や、俺は現場の光景に言葉を失い唖然とした。
男性が声を荒げるその対象。
なんとそこには、昨日子猫の助けを求めて来た"ケビン"の姿があった。
口の部分が赤く染まった金槌を片手に、苦虫を嚙み潰したような険しい顔をしている。
昨日診療所へと一緒に助けを求めに走った人物とはとても思えない、凶悪な形相だ。
「──ああ、冒険者さん達か! こいつ、この犬っころの顔を金槌で殴ってやがったんだ!」
「信じられねぇよ……まったく酷いことしやがって!」
目撃者の男性がまくし立てる。
男性の指差す先に視線を向けると、そこには眉間の辺りから血を流し、ぐったりとした様子の子犬が無残に横たわっていた。
「ケビン……あなた、どういう?!──まさか……昨日の子猫も」
「チッ!」──
ケビンが逃亡を図り路地裏の奥に向かって駆けだす。
「──逃がさないわ! ファイアーボール‼」
ネアが放ったファイアーボールはわざと直撃を避け、ケビンの顔の脇を掠め突き当りの壁に命中し爆散した。
「うわっ!──チィッ!」
「俺は当てる──」
そう端的に言い放ちショートが弓を射る。
放たれた矢は右足太ももを貫通し、ケビンが倒れ込む。
「いっでえぇッ‼……お、俺じゃない! くそっ! 何でこんな目に‼」
「何でじゃねえよクズが! 大人しくしろ‼」
「ヤマトさん! 何か縛るもの持ってませんか‼」
「──! あ……はい……これを……」
ロットが大盾で男を押さえ込んでいる。
マルクスが後ろ手に腕を縄で縛りあげる。
俺は衝撃の光景を目の当たりにし理解が追い付かず、ただ茫然と立ち尽くしていた。




