45話 聞き込み調査
依頼された街の野良達の調査をするに当たって、まずは聞き込みをすることにした。
ある冒険者が野良の子供を救っているとの話だったが、それが誰なのかはギルドにも情報が無かったので、まずは俺がよくエサやりをしている地域の住人の中に目撃者が居ないかを確かめる。
中央広場に面する商店脇から入る路地には、俺がほぼ毎日エサやりをしていることもあり野良達が夕方になると集まってくるようになっている。
その様子を露店の店主や商店の従業員などは毎日見ているはずなので、聞き込みをするにはもってこいだと思い、まずは衣料品店で話を聞いてみる事にした。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ~。あ、エサやりのお兄さんだ。今日は何を買いに来たの?」
「いえ、すみません。今日は買い物じゃ無いんです──一つお伺いしたい事がありまして」
「聞きたいこと? なにかな?」
「はい。最近俺以外にも野良達にエサをやったり、保護したりしている冒険者がいるという話がありまして。何か御存知ありませんか?」
「へぇ~、お兄さん以外にそんな人いるの~? 私は知らないなぁ」
「そうですか……では、野良猫や野良犬の数が増えた、なんていう感覚はありますか?」
「ううん。お兄さんのおかげで野良達は大人しいし、数も別に増えたなんて感じはしないかなぁ」
「なるほど、ありがとうございました。次はズボンでも見に来ます」
「うん、お疲れ様~。待ってるわね~」
◇
衣料品店は空振りだったので、次は雑貨店に立ち寄る事にした。
「こんにちは。少しお話よろしいでしょうか」
「はい、何をお探しで?」
「この辺りで野良達に……」──
──その後も何件か露店の店主達に聞いて回ってみたものの、大した情報は無く進展はなかった。
俺がエサやりをしている範囲内で必ず目についているであろう店主達。
少し範囲を広げ、直接目にしたことは無いであろう店主達にしても、野良の存在自体は認識しているはずなので、件の冒険者の情報が欠片も挙がってこないというのはどうも不自然だ。
しかしキャシー──ギルド側が嘘をつく理由は無いし、いくら少額とは言え報酬が用意されている事からも、そういった情報が寄せられているということは事実だと判断出来る。
「ん~……そろそろ時間だしなぁ」
陽も落ちてきたので、ひとまず件の人物の情報は諦めてエサやりついでに野良達の様子を探ることにする。
「ホーホホ(タベモノ)」
「そうだな、もう少しで夕飯の時間だ」
何か所かいつもの場所でエサをやっているが、特に変わった様子はない。
正確に数えた事があるわけでは無いが、数もいつも通りだと思うし、目立って子供が多いという事もない。
そんなこんな野良達を観察していると、なにやら慌てた様子の男性が声を掛けてきた。
「ヤマトさん! 大変だ──助けてくれ! 見てくれ……」
(ん? 知らない人だ)
見覚えのない人物が胸に何かを抱えて俺に訴えかけてきた。
「どうされました?」
「さっき子猫を保護したんだが見てくれ! 片目をケガしてる!」
抱える胸元を覗き込む。
腕にぐったりと倒れる子猫の右目から出血が見える。
「なっ……ひどい……どうしてこんな」
(──チッ、しまった……昨日ので最後だ)
危険度が高いクエストを受ける予定が無く、昨日の今日で調査依頼に乗り出したこともあり、ポーションの補充を怠っていた。
「と、とりあえず止血しましょう」
腰の巾着袋からハンカチ程の大きさの布を取り出し子猫の目にあてがう。
こうなった原因がわからないので何とも言えないが、野良犬にでも襲われたのだろうか。
動物を診てもらえるかはわからないが、診療所に助けを求めるしかないだろう。
「診療所に連れて行きましょう」
子猫を抱えた男性と共に、急ぎ診療所へと向かった。
◇
無礼を承知で診療所の扉を勢いよく開け放つ──
「──すみません! 子猫なんですけど、診ていただけないでしょうか」
「猫……かね? どれ、一応見てみよう」
診療所の医師は一瞬戸惑った顔を見せるが診てくれるという。
「ふむ、これは……」
「なあ先生! 子猫は助かるんですか?!」
共に駆けて来たこの男性。動物への愛情か、必死な形相をしている。
「……なるほど、とりあえず止血は出来た──が……残念ながらこの右目はダメだろうね」
もちろん人間相手の診療所の人間を診る医師なので、道具も人間用の物しかないだろうが、なんとか応急処置を施してもらえたようだ。
「そんな……かわいそうに……」
男性が肩を落とし視線を伏せている。
「先生、急なご対応に感謝します。ありがとうございました」
財布から銀貨を十枚程取り出しテーブルに差し出す。
「うむ。気にしなくていい。専門外故に出来ることは少ないが、傷の縫合ぐらいは動物も人間も似たようなものだ」
「そういえば、どこでこの子を保護したんですか?」
あの時急に声をかけられたし、急いでいて状況がわからないので聞いておいたほうがいい。
もし危険な野良犬でもうろついているなら対処しなければならい。
「えっと……中央広場から東区の方に抜ける路地で保護したんです。見つけた時には既にケガを負ってて」
「そうですか……見ず知らずの野良猫を助けるなんて、あなたは優しい方ですね」
「当然ですよ! こんな幼い子が苦しんでたら放っておけないです!」
拳を握り鬼気迫る様子で答えている。
「この子はどうする? 二、三日は様子見でうちで看病するが、その後の事は任せていいのかね?」
「ええと……」
男性の視線が泳ぎ、言い淀んでいる。
「俺が考えておきます。看病してもらっている間のエサもあげにきますので、ご安心ください」
「ヤマトさんがそう言うなら俺はそれでいいです」
「すみません、出しゃばって。あなたも気になりますよね」
「いえいえ、ヤマトさんの方が適任だと思います」
「そういうことでしたら。先生、よろしくお願いします」
「ああ、任せておきなさい」
この場は一度預け、俺達は診療所を後にした。
診療所を出た所で、そういえば名前を聞いていなかったと思い自己紹介でもと名前を尋ねると、彼は"ケビン"と名乗った。
よくよく見るとケビンは冒険者だ。
斥候職だろうか。皮の手袋をはめ衣服は鎖かたびらに布地の軽装、腰にはショートソードという装備で、更に頭に頭巾を被っている。
同じ動物好きとして、意見交換でもしたい所だったが、挨拶もそこそこにケビンは言葉少なに去って行ってしまった。
彼も冒険者だろうし忙しいのか、もしくは偏見だろうが"スカウト"というイメージ通りあまり人とつるまない性分なのか。
だが良い事をした後は何となく気恥ずかしさを感じるというのは、俺も共感するところだ。
調査結果としては、野良達の数は特に変わりはなし。
とりあえず今日の所はこの辺りで切り上げ、預かってもらっている子猫の為の準備をする為に宿へと帰る事にした。




