43話 意欲的に
以前ロングにサウド周辺について教導したり、ビビット達とラークピラニーの討伐に行った際、冒険者として自分にとっても良い復習の機会になったと感じていた。
つい先日には水の精霊ウンディーネ様との出会いもあり、さらには"神力"なる力の存在を知り、前々から薄っすらと頭の隅にあった願望と俺は向き合うことにした。
魔法の習得だ。
ユニーク魔法は発現した本人しか行使出来ない特殊な魔法で、ネアがよく使用するファイアーボールのような攻撃系や、中衛職が余裕のある時に仲間や自分自身に使う強化~系などの身体を強化する補助系のメジャーな魔法はコモン魔法と言われ、魔導書を読むことで習得することが出来る。
誤魔化して周囲に説明している俺のアイテムBOXは、スキルであって魔法ではないので、現状俺は魔法が一つも使えないのだ。
魔法が使えれば仕事の幅も増えるし、安全度も増す事は言うに及ばず。
ジンネマン親方のお使いクエストのおかげで魔導具屋の場所は覚えているので、期待に胸を膨らませつつ、話を聞きに行こうと路地裏を行っている。
(ここの角を曲がって……そうそう、この看板)
幸い記憶は鮮明で迷う事は無く、目的の薬瓶の絵が描かれた看板を発見した。
魔導書の相場や習得するまでの道筋など、何も知識が無い現状なので、この際一から教えて貰えると有難いと思う。
「こんにちは~、魔導書を──ん?」 「ホ?」
扉を開け挨拶を口にするが、店主のご婦人がカウンターに突っ伏し、横では何かのお香らしき物が焚かれている。
「えっ、あのぉ……大丈夫でしょうか……」
恐る恐る呼びかけてみるが、反応が無い。
「……スゥ……スゥ……」
微かに寝息のような呼吸音が聞こえる、どうやら居眠りをしているようだ。
「どうしようかリーフル」 「ホ~?」
強引に起こして良いものか判断しかねる。
ただ寝ているだけなのか。もしくは何かしらの重要な儀式的な最中なのだとすれば、中断させる事になってしまうので大迷惑になってしまう。
(う~ん……出直すかな……)
魔法についてはもちろん気になるが、今の所是が非でもという心持ちでも無いのでトラブルを避けるべく一度引き返す事にした。
店を後にし路地裏を数分歩いた所で、魔導具屋に来る時には見かけなかった子猫が一匹、地面に横たわっているのを発見した。
親とはぐれたのだろうか、衰弱しているように見える。
「ミィ……」
「え、子供だけでなんで……」
撫でてみるが反応はあまり芳しくない。
とりあえず水分を与えようと、アイテムBOXから小皿とポーションと水の入った皮袋を取り出し、皿の上でポーションを希釈し口元に置いてやる。
「ミャ……」
ペロペロと舐めているので、摂取は問題ないだろう。
少しばかりその様子を眺めていると、どこからやって来たのか、一匹の三毛猫が近付いて来た。
「ンニャアァ~(コドモ)」
(ん? 親猫かな?)
どうやら親猫だったようで、子猫の首元を咥えて立ち去って行った。
小皿の様子からして多少は飲めていたようなので、親猫の庇護下にも治まり、大事には至らないと思う。
予後は当然気になるが、野良動物の事なので干渉し過ぎるのも無責任な事と、そのまま見送った。
◇
「よ! あんちゃん。最近はリーフルをひと撫でしねえと一日の終わりって感じがしなくなってきたぜ。ガハハ!」──
店主がサービスでリーフルの口元へとラビトーを一切れ運ぶ。
──んぐんぐ「ホッ……ホホーホ(ナカマ)」
あの後、軽めのクエストを一件こなし、いつもの露店に残飯を買いに来た俺は、少し気になっていたので昼頃に助けた子猫について尋ねてみることにした。
「よかったなぁリーフル──そういえば、この辺りで子猫を連れた三毛猫を見た事はありますか?」
「子連れか~……う~ん……いんや? 見たことねえな。というより、エサやってるあんちゃんの方がその辺は詳しいだろ?」
「そうですか……ありがとうございました」
支払いを済ませ残飯を受け取った俺は、いつもの路地裏に向かった。
「にゃあん」 「にゃ~!」 「ワフッッ」
(俺がエサをあげるの辞めたら、こいつらまた盗んだり、厄介者に逆戻りって事に……)
エサを食べる様子は見ていてかわいいし、街の人達の為にもなっているので辞める気は毛頭無いが、期待して赴いた魔導具屋でなんの成果も無かったせいか、義務感めいた思いが頭をよぎる。
人間とは勝手なものだ。自ら好きでやっている事なのに、精神状態に左右され、少し億劫に感じるとは。
「ニャ~(コドモ)」
(あれ? あの子、昼間の三毛猫だ。そういえば今まで見た事が無い子だな……)
この場で初めて見たという事は、普段は俺のエサやりに参加していないという事を示している。では何故今日は姿を見せたのだろうか。
「ニャン(イク)」
(ついて来い──って言ってるのかな? なんだろう)
気になるので、残飯に夢中になっている他の野良達と別れ、三毛猫の後を付いて行ってみる事にした。
三毛猫は勝手知ったる様子で路地裏を進んで行く。
どうやらどこかへ道案内してくれているようだ。
なんとなくの感覚で言えば、街の表門の方角に進んでいるだろうか。
地図が無いと迷いそうな少し入り組んだ路地裏を、時折後ろの俺を気にする素振りを見せながら三毛猫は迷いなく進んで行く。
(表門……やっぱり外なんだ)
予想通り表門まで三毛猫はやって来た。
門の隅を通り過ぎ街から出て行く。
そのまま街道に沿うように付かず離れずの距離を保ったまま歩いて行く。
方角から察するに、先日のコナーの件で色々とあった林へと向かっているようだ。
だが林には入らず、街道が視認出来るほど浅い場所で、三毛猫は立ち止まった。
「ニャア~(コドモ)」
「にゃっ」 「ゴロゴロ……」
三毛猫一家の住処だろうか、頼りがいのある木が一本生えており、その下の茂みの中に空間で昼に水をあげた子猫が元気そうに他の子猫とじゃれ合い遊んでいる。
「ニャア~(コドモ)」
「『子供は大丈夫だよ』ってことなのかな」
なんとも不思議で義理堅い三毛猫だろうと眺めていると、住処の端の方、木の根元辺りに何かが落ちているのを発見した。
「これ……」
色褪せて毛だらけで、爪研ぎ跡もある。
(金属製……? 薄い板のような……)
恐らく三毛猫達がベッド代わりにでもしているのだろう。
どういった類の物かはわからないが、人工的な構成からして魔導具の一種に見える。
盤面の右端に魔石か何かをはめ込めるような丸いくぼみがあり、そこから動力を得て機能するような作りなのだろうと思われる。
確信が無いのは魔導書──魔導具等には、あまり触れる機会が無かった為だ。
「ニャーン」──ツンツン
親猫が魔導具らしき物を脚で示しながら訴えかけてくる。
「うん? 持って行ってもいいって事?」
「ニャア~」
取り戻そうといった気配がまるで感じられないところを見ると、恐らく俺へのプレゼントという解釈で間違いはなさそうだ。
「じゃあお言葉に甘えて、貰っとこうかな」──
そのまま貰ってベッドを奪うのも可哀想なので、バスタオル程の大きさの布を代わりに置いておく。
しかしわからないことが一つある。
成猫なら普段から街に来られるであろう距離だが、仮にはぐれたとしても子猫の脚で街の、しかもあんな中心部まで来られるものだろうか。
「ありがとうな」
ミドルラットの生肉を取り出し、三毛猫家族に差し入れる。
「ホー! (テキ)ホーホホ! (タベモノ)」
「大丈夫だって、十分あるから。少し分けてあげよう」
目の前でいつもの自分のご飯を他の動物に分けられれば怒るのも無理はない。
だがこの板のことが気になる。リーフルのご機嫌取りは後回しだ。
それにしてもこれは本当に魔導具なんだろうか。
素人が何か考えても無駄なので、大人しくあの魔導具屋の店主にでも聞いてみた方が話が早いと思う。
ネアに聞いてみるのもいいかもしれない。
どちらにせよ今朝は空振りに終わったわけだし、明日また出直せば色々と教えてもらえるだろう。




