41話 水の出会い
「あら? あらら~? 私の事が感じ取れるなんて、エルフの子達以外では珍しいわね~どうしてかしら?」
「え!? あの……こんにちは。どちら様でしょうか……」
言葉を介す存在の出現に動揺し、挨拶めいた言葉を発する。
それに珍しいと驚かれているが、正直俺には何のことかさっぱりだ。
「私は精霊ですよ~。今はこの辺りに縛られて──あ……うふふ、住んでるの~」
目の前の存在が液体なのは確かだ。
人型をしていて全身が薄透明の青色一色で、服を着ているとも裸ともつかない格好をしている。
そして話し方や雰囲気から、大らかな女性といった印象を受ける。
神様にお会いして以来のこの世ならざる存在に、幾分か緊張感を覚える。
「精霊……様? は、初めまして、私は冒険者をしておりますヤマトと申します」
「ホホーホ(ナカマ)」
「あ──そうでした、こちらは相棒のリーフルです」
リーフルはさほど緊張していないようだ。
「ご丁寧にありがと~。私の事は……好きに呼んでね~」
「は、はあ……」
どうやら固有名詞は無いらしい。
"精霊様"と呼んだ方がいいのか、名前を付けて欲しいという事なのか、その真意が分からない。
だがもし水のこの方以外にも精霊が居るとするなら、固有名詞があった方が判別しやすいと思い考えてみる。
(水関係……ポセイドン……それは男神だし──リヴァイアサン!……は召喚獣っぽいし……)
「……では、ウンディーネ様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
水に関連する名前となると、俺の頭の引き出しにはそれしか入っていなかった。
「ウンディーネ……素敵な響きね~」
「うふふ、私は今日からウンディーネよ~──あ! どうせならエルフちゃん達にも考えてもらって、いっぱい名前を持とうかしら~」
威厳があまり感じられない所は、俺がお会いした神様そっくりだ。
それに先程から"エルフ"と言っているが、どうやらエルフ族と親交があるらしい。
「失礼ですが、エルフ族の方々は名前でお呼びにならないのですか?」
「んーそうね~。あの子たちは"精霊様"としか呼ばないわ。もっと気楽に接してくれたらいいのに~って思ってるわ~」
「そうなんですか……! も、もしかして、名付けなんてとんでもない不遜な行いをしてしまったのでは……?」
「気にしないで~。それに私は嬉しいから、今後も名前で呼んでちょうだい」
たまたまなのだろうが、上位の存在とは共通で軽い性格なのだろうか。
俺としては交流しやすいので有難い事だが。
「分かりました。ところで、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なぁに~?」
「ここに辿り着いた時に、人影の様な物が見えたのですが、あれはウンディーネ様だったのでしょうか?」
「ん~ん、違うわ~。あなたの肩にいる鳥ちゃん、その子には見えていたようね~」
「そうですか……」
やはりリーフルには見えていたようだ。
ウンディーネ様じゃ無いとすれば、いよいよ"幽霊"の可能性が……。
俺は幽霊は存在すると思っている方なので、怖くもあるが見てみたい気もする。
「すみせんがもう一つよろしいでしょうか。
「いいわよ~」
「人間が身に着ける装飾品を見ませんでしたか? 金色をしていて、星の模様が刻まれています」
「あら? あらら?? これの事かしら~? さっき襲われてた魔物ちゃんが持ってたの~。だけどその拍子に池に落ちちゃって。綺麗だから拾ったの~」
どういう理屈か分からないが、ひんやりとした冷気を纏う水の手が人間と同じように物をつまんでいる。
「ありがとうございます」
もしコナーさんのペンダントであれば大切な品なので、これ以上損傷する事の無いよう手拭いを介し受け取り、聞いていた特徴と同じ物かを確認する。
(模様……──星の模様が彫ってある!)
特徴とは一致するし、何より現状他に手立てが無い。
このまま捜索を続けるより、先に正解かどうか確認を取った方が効率が良い気がする。
「大変助かりました。まだ確実では無いですが、探し物の可能性が高いです。ありがとうございます」
「そう、気にしないで~──それにヤマトちゃんのおかげで、また自由に散歩出来るようになったわ~」
「む? どういう事でしょうか──自由にとは?」
「さっきあの大岩をどかしてくれたでしょ~? あれって、イエロートルマリンが含まれてて、私の力を吸っちゃうの~」
(あの鉱石はイエロートルマリンって言うのか……初めて聞いたな。希少なのかどうか、情報が乏しいな)
「ウンディーネ様の御力ですか……魔力をという事でしょうか?」
「う~うん……魔力とは違うの~。あなた達人間と違って~、私達は現世に存在する為に魔力に似た力を消耗するの~」
「そうね~……神力とでも表現すれば分かるかしら~」
そもそも未だに魔法──魔力を使った事の無い俺からすれば、さらに別の力と言われても到底理解出来ない。
今の俺には必要のない情報だと判断し、追及はしないでおこう。
「その神力が吸われてしまうとどういう影響があるのでしょうか」
「私達は消えてしまうわね~。普段は自然からエネルギーを取り込んで神力に変換して存在を保ってるんだけどね、それをイエロートルマリンが引っ張る? 感じで~、楔と繋がってしまったように動けなくなっていたの~」
(……不敬だろうがイメージとしては、柱に繋がれた首輪をした犬のようなものなのだろうか……?)
「なるほど。だから始めに『縛られている』と言いかけていらっしゃったんですね」
「もお~恥ずかしいんだから指摘しないで~」
「す、すみません……という事は、うっかりあの大岩に近付いてしまったという訳ですか?」
「ん~ん。私がここに住み始めた時には無かったわ~」
「少し前に~、おっきい鳥の魔物ちゃんが、どこからか足でこう──ゲシゲシーって転がしてきたの~。それでこの辺りで飽きちゃったみたいで、放置されちゃってたの~」
「なるほど」
俺の知る限りではサウド周辺の大きい鳥型の魔物と言えば、転移初日にスライムを倒す為に拾った骨の主、コカトリスだ。
それにしても大きさが一メートル程もある大岩を蹴って転がせるとは、かなり危険な生きた情報だ。
「ヤマトちゃんのおかげでまた動き回れるようになったわ~。あなたは名前も付けてくれたし、お友達ね~。よろしくね~ヤマトちゃん」
「恐れ多いですが。よろしくお願いいたします」
「何かあったら相談に乗るわ~。またいらっしゃい~」
そう言い残すと象っていた水が池に戻り、ウンディーネ様は姿を消した。
話していて不思議と心穏やかになる方だった。
ここは現代日本と比べ、死がより身近な世界だと言える。
味方が多いに越した事は無いので、この出会いは大切にしたいと思う。
それにまた訪ねてくれば、神様についても何か聞けるかもしれない。
そう出会いを噛みしめながら、ペンダントを確認してもらう為に街へと戻る事にした。




