40話 緑縁
恐らくはぐれのローウルフの群れだったのだろうが、こんな所で出くわすとは肝が冷えた。
ローウルフの主な生息域は、サウドの街を北東から西まで半円状に取り囲む森が中心のはずだが、この街道付近まで移動してくる事もあるとは。ギルドに報告を上げておいた方が良い事象に思う。
(林には多分まだローウルフが……でも他に手がかりも無し)
「──!……ホ(イク)」──バサッ
ハプニングで半ば強引に林から追い出されたので、次はどう捜索に向かおうと考えていると、リーフルが突然林の方へ飛んで行ってしまった。
「ちょ、リーフル!」
リーフルと一緒に過ごすようになって以降、俺の元から勝手に飛び去ってしまうなんて初めての事だ。
(林の中にはまだローウルフが居る可能性があるけど……リーフルの方が大事だ!)
絶対にはぐれるわけには行かないという恐怖感が、思考を置き去りに足を走らせる。
──スッ「……ホ(イク)」
見失ってしまうかと心配したが、リーフルは俺を見失わない程度の距離の木に止まり、また『イク』と言っている。
(どういうことだ……)
「リーフル! 待ってくれ!」
俺が近づくとまた飛び上がり、林の中を進んで行く。
(──! あの動き……もしかして、どこかへ導いているのか?)
──スッ「ホ(イク)」
後を追い林の中を進んで行くが、やはりリーフルは俺を見失う程離れようとはせず道案内でもするかのように進んで行く。
(やっぱりそうなんだな。わかった、ついて行くよ)
◇
結局ローウルフと遭遇することは無く、リーフルと追いかけっこを始めて二十分程経った頃、とうとう林の反対側まで来てしまった。
林を抜けるとそこには小さな池があった。
木もまばらで視界は開けており、陽の光が十分に降り注ぎ、咲き誇る花々が鮮やかな色彩を添えている。
漂う空気か、あるいはその綺麗な景色からか、不思議と神聖な雰囲気を帯びているように思える空間だ。
野生動物達が過ごしやすそうな、ビオトープとでも表現するのがしっくりくる環境が、そこには広がっていた。
「ホー? (ニンゲン?)」
「勝手に行っちゃダメだろ、もう……ん? 人間?」
定位置の肩に戻ったリーフルが『ニンゲン』と言って池の方を見ている。
俺も釣られ目をやると、はっきりとしない人の形のような物が一瞬見えた。
(人……なのか? 一瞬だけ見えたような……)
本当に一瞬だけしか目に映らなかったこともあり、人間なのか見間違いなのかまるで確信が持てない。
ただ『ニンゲン』と言ったので、リーフルには見えていて、もしかしたらそれを追いかけて林を抜けてきたのかもしれない。
動物は霊的感覚が人より敏感だと言うし、リーフルにはくっきりとした物が見えていたのかもしれない。
「ホーホホ(タベモノ)」──バサッ
先程人影の様な物が見えた場所にリーフルが飛んで行った。
何か見つけたのか、嘴でつついている。
俺もリーフルが降り立った場所へ向かう。
(これ……)
見るとリーフルがつついていたのは、何者かに襲われエサと成り果てたラビトーだった。
先程襲い来たローウルフの仕業かは分からないが、自然死で無い事は確かだ。
一瞬件のラビトーかと期待したのだが、ペンダントは見当たらない。
不意に視線の端で何かが光を反射している事に気が付いた。
視線を光の元へとやると、四方が一メートル程の岩が転がっていた。
遠目にはただの岩にしか見えないのだが、気になるので近付いて確認してみる。
(普通の岩……じゃなくて所々綺麗な石が埋まってる?)
見ると、掘削前の宝石を含んだ石のように黄色い綺麗な部分が見え隠れしていて、素人目にも何かしらの価値がありそうな岩だった。
(コナーさんの言っていた石の情報と、色に関しては一致してるな……)
ペンダントがダメなら石を納品して欲しいという特殊な依頼でもあるので、実物は確認できていないが、少しの可能性でも拾いたいのでアイテムBOXに収納して持ち帰る事にした。
現れた異次元空間を操作し大岩を覆っていくと、そこには元から何も無かったかのようにがらんと、大岩が存在していた痕跡だけが残る。
魔法を行使する場合、魔力──精神力とも言える──を消耗するらしいが、俺の場合アイテムBOXを使って疲れ等を感じたことは無い。
そして収納している物の大きさや個数等が増減しても、その感覚に変化はない。
こんな重量のある物を苦も無く運べるのだから、この力をくれた神様には只々感謝だ。
ペンダントを見つける事は出来なかったが、手掛かりとなりそうな岩を発見できたので、まずはコナーに確認してもらうのがいいだろう。
(不思議な行程だったけど、何も収穫が無かった訳じゃ無いから一先ず御の字か)
いざ街へ帰ろうと歩き出した時、池の方から何かの気配を感じた。
途端に、昼間だと言うのに景色に薄っすらと影が落ち、木々がざわめき水面がうねり出した。
不自然な状況だというのに不思議と不安を感じる事が無いが、何か得体のしれない物の登場を予知した俺とリーフルは、池の中心付近を注視する。
(えっ──なにが……)
池の水が中心付近で水柱を形成し、それは徐々に人型を模していく。
連想したのは『金の斧、銀の斧』の寓話だ。
しかし俺はここに着いたばかりで何も落とし物をしていないし、そもそもそれがこちらに友好的な存在かもまだ分からない。
弓に手をかけ警戒しつつ様子を伺っていると、それはこちらに向かって言葉を発した。
「あら? あらら~? 私の事が感じ取れるなんて、エルフの子達以外では珍しいわね~」




