39話 不意打ち
コナーが教えてくれた思い出の腰掛けのある付近まで到着したのだが、当然話にあった装飾品が引っ掛かったラビトーの姿は無く、それどころかミドルラットの一匹も見当たらない。
確かに比較的安全なので街道が整備され、農耕地も広がっている訳だがこんなものなんだろうか。今日はいつもより静かだ。
「リーフルも何も言わないもんな」
「ホー」
「腰掛け……これの事だよな」
立ったままの姿勢でお尻を預けるのに丁度いい大きさの岩が、街道から少し脇に逸れた所に確かにある。
この辺りで紛失に気付き探し回っていると、例のラビトーを目撃したという経緯だった。
まずはこの辺りを中心に索敵をし、徐々に範囲を広げていく作戦でいこう。
(ラビトーは強くないし数も多いから、そういえばわざわざ探したりした事無かったな……)
少し移動し耳を澄ませ物音に注意を傾ける。
また少し移動し……と繰り返すが、魔物や動物の気配は感じられない。
ただ落としたという前提だけなら範囲を広げる必要も無いだろうが、確定的な情報ではないにしろ、ラビトーの角に引っ掛かっていたという事なので一か所に集中しても効果は薄そうだ。
(とりあえず街道に戻って視野を大きく取ろう)
街道上に戻り見渡す。すると、小麦畑や根菜類の畑、牧場等がまとまったエリアが見える。
それらを街道が左右に分け隔てる形で小規模な林が見える。
(当然あの林もラビトーの行動範囲内だろうしな)
油断は禁物だが、さすがに森に生息しているほどの大型の魔物は居ないと思われるので、林の中を捜索してみることにする。
(ふぅ……森よりはましだけど、中はさすがに少し暗いな)
枯れ枝や落ち葉、少し背の高い下草等で少々足場が悪く歩調がゆっくりになってしまうが、森程の暗さは無いので何かの動物を察知する事は出来そうだ。
「リーフル、迷子になるから飛んじゃダメだよ」
「ホホーホ(ナカマ)」
肩を掴む爪の力が若干強まった気がする。
言葉を理解しているのか、場所に少し怯えているのか、本当の所は分からない。
中を捜索し始め十分程経っただろうか、十メートル先ぐらいを何かの影が横切った。
(大きさ的にラビトー……ミドルラット、どっちだ)
姿勢を低くし物音を立てないように弓を構え息をひそめる。
「ホー! (テキ)」
「あっ……」
逃げられてしまった。
「リーフル、今日は駆除や狩りと少し違うんだ……って言ってもわかんないよなぁ」
「ホ」
リーフルにもちろん責任は無い。俺の意図が理解出来ないのだから。
もしラビトーを発見したら、後を付けて巣穴を確認したい。
今回は仕留めるより先にあらゆる可能性を拾わないと、ペンダントに辿り着くことは難しいだろう。
先程の影がもしラビトーだった場合、角に引っ掛かっているという装飾品らしき物が無かったとしても、巣穴に持ち帰ってしまっている可能性がある。
捜索を再開する為立ち上がろうとしたその時、微かに何者かの声が聞こえた。
「グルルッ……」
(あの唸り声……多分ローウルフか)
低い姿勢だったのが功を奏したのか、リーフルの鳴き声に反応したローウルフがこちらを探しているようだが、まだ場所は特定されていない様子だ。
一メートル程の草が無造作に生えているおかげで、お互いに視線は遮られている。
(安全を考え先手を取りたいところだけど──)
「──グアウウッッ!」
突然目の前の草の間からローウルフが飛び掛かってきた。
「──ッ!」
咄嗟に構えていた弓でローウルフの噛みつきに合わせ防御する。
(チッ!──そうだ、ローウルフには嗅覚もあるんだ!)
「っく──離れろ!」
尻もちをついた姿勢からローウルフの腹部を蹴り飛ばし、距離を取る。
(リーフルは⁉)
気付けばリーフルが肩から居なくなっている。
「ホー! (テキ!)」
幸いな事にリーフルは咄嗟の判断で木の上へと逃れていたようだ。
「グルルッ──ガァウ!」
蹴り飛ばされたローウルフが態勢を立て直し、俺目掛け飛び掛かる。
矢を放つが踏ん張りが効かず狙いが逸れローウルフの脇を外れて空を切る。
勢いそのままにローウルフは俺に噛みつこうと迫る。
「──クッ!」
弓を放り出し短剣でローウルフの牙を防御する。
力が均衡し、膠着状態となる。
「ホーッ! (テキ!)」
応援してくれているのか、リーフルが警戒を発している。
「ウオォォーーンン‼」──
いつの間にか周囲から上がる遠吠え。
(──囲まれてる?! 一匹だけに構っている場合じゃないな!)
左手で拳を作りローウルフの目を殴りつける。
たまらずローウルフは牙を緩め俺から距離を取る。
(目の前の一匹と……後二~三匹は居そうな感じか? いやもっとか……)
未知の緑翼のショートのように、狩人として専門的な訓練を積んでいない俺の索敵技術では、他のローウルフの接近に気付けなかったようだ。
(真後ろからは音も気配もしない……一旦包囲網を抜け出す!)
弓を拾い上げ、目の前に対峙しているローウルフに背を向け真っ直ぐ駆け出す。
「ガウガウッ! ワオーーン!」
当然の如くローウルフ達は俺の後を追ってくる。
少し走り足を急停止させ、振り返り弓を放つ。
矢は何とか眉間を捉え、ローウルフはその場に倒れ込む。
「──ウオォーン、ウウォーーン」
正確な数は分からないが他のローウルフ達が林をかき分け近づいてくる気配を感じる。
(もう少しで街道だ、有利な場所を取らないと!)
再び街道目指し走り出す。
(よし! 抜けた!)
なんとか追いつかれる前に林を抜け出した俺は、迫り来るローウルフ達に備え林の方へ振り返り弓を構える。
(あいつらは複数匹の時間差攻撃で獲物を仕留めるやり方を好むんだったよな。その時間差をモノにする!)
予測通り先陣を切って一匹が林から飛び出して来た。
顔周辺に狙いを合わせ矢を二本放つ──。
一本が命中しローウルフの口内に突き刺さり動きが止まる。
だが沈黙を確信する暇も無く先頭の一匹と時間差で近付いてい来たローウルフが牙を剥き襲い来る。
以前見た未知の緑翼のマルクスの動きを思い浮かべ、左半身だけを後ろに逸らし、最低限の動きで回避するよう努める。
弓を手放し、そのままローウルフの背中に短剣を突き立てる。
鮮血が散り気配が沈黙した事を確認した。
(これで三匹目! 後何匹いるんだ──)
すぐさま弓を拾い上げ後続に備えるが、迫り来る気配も音もしない。
まだ何匹か居た気配がしていたのだが、どういうことだろうか。
「──ホホーホ! (ナカマ!) ホホーホ! (ナカマ!)」
俺を心配しているのか、リーフルが叫びながら俺の元へ飛んできた。
「リーフル無事か──よかった……」 「ホホーホ(ナカマ)」
リーフルが必死に頬擦りしてくる。
群れの数が減ると撤退する本能でもあるのだろうか、とにかく助かったようだ。




