3話 冒険者として生きていく 2
この世界に転移してきて初めて出会った人間がとても親切な男──名をビンスという──だったのは、俺にとってかなり幸運だった。
なにせ俺には金も情報も伝手も、何も無い。
妙な勘違いをされていることには少々後ろめたさも覚えるが、言ってもそう信じてもらえる話ではないし、こちらからビンスを謀るつもりもないので好意に甘えておくことにする。
交代時間までこの世界の事を色々と教わり、時は夕暮れ。
裏門から見て北東の方角に街中を歩いて行くと、【冒険者ギルド・サウド支部】と書かれた看板が掲げられた建物に到着した。
普通の一軒家を横に並べて二軒分ほどの、二階建ての歴史ある雰囲気の建物で、ビンスは勝手知ったる様子で中に入っていく。
「よっキャシー。こいつの冒険者登録と骨の買取査定を頼むぜ」
ビンスが女性に話しかけている。
「ご新規さんですね。この辺では見ない顔立ちですが……ふふ、ビンスさん。またお節介焼いちゃって」
「うっせ。こいつどうやら酷い目にあったらしくてよ、記憶がなんもねえんだ」
「裏門とこで保護したんだが、しまいにゃわけのわからん、転移がどうのって妄言まで話し出す始末だ。ほっとけねえよ」
「ほほぉ、そうなんですね。ということは、危なそうな人では無いんですよね? ビンスさんが連れてくるのは、大抵訳ありですけど人間性に問題は無い人達ですもんね」
「おう。誰彼構わず世話焼いてるわけじゃねえよ」
女性とのやり取りを観察していて確信する。
どうやらビンスは冒険者ギルドから信頼厚い人物のようだ。
「初めまして、ヤマトといいます。ビンスさんの勧めで冒険者として仕事をしたいと思ってます」
「お名前はヤマトさんですね~。少々お待ちください」
そう言いながら女性が顔写真の部分が空いている運転免許証のようなカードを取り出した。
そして俺の顔に手をかざすと、カメラのフラッシュのようなまぶしい光が放たれた。
「これでヤマトさんの冒険者証の発行は完了です」
一瞬のうちにカードに俺の顔が映し出され冒険者証が出来あがる。
ビンスの説明によると、"フォト"と呼ばれるユニーク魔法らしい。
「それから買取も希望されてましたね? お預かりしますね」
「はい。お願いします」
スライムの石と骨を手渡す。
「これでお前も"冒険者"ってわけだ。これから一週間ほど、仕事のイロハを教えてやるから任せとけ。とりあえず今日は宿をとってやるからゆっくり休め」
「──お待たせ致しました。スライムの魔石が銅貨一枚、コカトリスの骨が銀貨十枚の買取となります。拝見したところ、お金を入れる袋すら持ってないご様子なので、この袋はサービスしときますね」
誰もが好感を覚える満面の笑みをこちらに向け、女性が袋を差し出してくれている。
(たまたま拾った骨が一万円程に……)
「明日からこいつも冒険者としてやってくから、よろしく頼むよキャシーちゃん」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。冒険者さんは多い方が街の安全に繋がりますからね~」
「んじゃ、飯食ってゆっくり休め。宿まで案内するぞ~」
冒険者ギルドで諸々の予定を終えた俺は、ビンスに続き宿へと向かった。
◇
当初は一週間程度という話だったのだが、余程面倒見がいい人物らしく、ビンスは一か月ほど俺に付き合ってくれた。
この一か月の間、ビンスから冒険者としてのイロハを零から教わった俺は、ビンスの事を師匠と呼びすっかり師弟のような関係になった。
『俺の使い古しだが何も無いよりよっぽどいい、使え』
そう言って短剣や弓、皮の防具など一式を譲ってくれたのも有難い出来事だった。
街を裏門から出て、草原と森までの範囲限定ではあるが、今では一人でも簡単なクエストならこなせるようになっている。
転移初日から比べれば収入を得て定宿も決まり、魔法に興味が湧いたり、街の野良達にエサをやれるほどの余裕も。
そして自身の加護やスキルの事についても把握が進んでいる。
どうやらアイテムBOXとは、異空間を操り物を出し入れ出来る能力のようで、とある採集クエストの最中、両手が塞がるほどの薬草の群生地を発見した際に、突如体の傍に発生した異空間の存在をきっかけに操れるように。
加護の効能についてだが、初日に出くわしたスライムの意思が伝わり来たあの現象は、やはり偶然では無かったのだ。
具体的には、俺が意思疎通を図りたいと思った相手が抱えている”意思”が朧げに流れ込んでくるというもの。
そして身体にも変化が起きており、明らかに日本に居た頃より腕力も脚力も強くなっている事から、どうやら身体能力を強化する力が働いているようなのだ。
それでもこの世界の人々と比べ、恐らく平均未満の状態なので油断は出来ないままだ。
◇
「師匠はもっと実入りの良いクエスト受けないんですか? 師匠は明らかに強いのに、危険の少ない依頼ばかり選んでますよね」
とある日、ふと気になったので何気なく尋ねてみた。
「ヤマト、お前は何の為に金を稼ぐ? 贅沢はしたいか?」
「生活の為ですね。贅沢は……まあ多少は思います」
「そうか……」
影を落とす小さな呟きでビンスが答える。
「知っての通り、冒険者って仕事は金を稼ごうと思えばリスクと等価で稼げる仕事だ」
「俺みたいなベテランなら、報酬の高いクエストもこなそうと思えばこなせる。だがやらない。そう決めた」
「え……?」
「お前は命を第一に考えろ。ヤマトよ、記憶を失ってまで折角生き残ったんだ。金より命だぞ」
いつにも増して真剣なビンスの話は印象深かいものだった。
真剣な表情やその語り口から『金より命』その言葉を心に刻み、冒険者としてこの世界で生きていこうと背筋を伸ばした。