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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
1-6 十人十色
36/190

32話 冒険者体験


「今朝も通って来たけど、この辺りは見晴らしが良くて気持ちいいわね」


「そうだね~危険も殆んどないもんね──じゃあ早速スライムを探そうか」


 朝の草原は空気が少しひんやりと澄んでいて深呼吸すると気持ちが良い。


 冒険者をしていると危険な事も多いが、様々な顔を見せる自然を体験できる事は役得だと思う。


「居たわ! ヤマトさん!」


「え?」


(どこだ……)


「あそこ! あの大きい石みたいなのの傍に居る!」


「ごめん、俺にはまだ見えないや、近づいてみよう」


 メイベルの言う大きい石の辺りまで近づいてみる。


「ホントだ……いるね」


 先程の場所からおよそ三十メートル程歩いて来ただろうか。


 矯正器具を必要としない俺の視力が一だとすると、メイベルはその二、三倍は良さそうだ。


 スライムの体高は草に隠れるか否かという大きさなので、それをあの距離から発見するとは驚きだ。


「まずは俺がやってみるから見てて」


「ホ~(テキ)」


 さすがにリーフルも、スライム相手では気の抜けた鳴き声だ。


「わかったわ」


 おもむろにアイテムBOXから角材を取り出し構える。


「え? それなぁに?」


「ただの角材だよ。スライム相手にはこれを使ってるんだ」──


 魔石を砕いてしまわない程度の力で殴りつける。


「こんな感じかな。次はメイベルがやってみて」


 角材を手渡しスライムの魔石を拾い上げる。


「これで……叩けばいいの?」


「スライム相手じゃ正直やり方も何もって感じだけど、纏わりつかれないようにだけ注意して、真上から殴れば倒せるかな」


 仕事(クエスト)の内容としては"魔石の納品"なので、魔石を砕いてしまわないように手加減を考えなければいけない。


 本来はそうだが、お試しなので思い通りのやり方でやらせてみようと思う。


 例えメイベルが一つも魔石を手に入れられなくても、俺のストックがあるのでクエストの成否を気にする必要は無い。

 

 次を探す手間もかからず、五メートル程先にもう一匹スライムが居るので近付いて行く。


「落ち着いてやってみて、飛び上がってきたりはしないから」 


「う、うん……」


 角材を両手で体の前に構え、メイベルがスライムににじり寄る。


『ニゲル』


 スライムの念が伝わって来た。


(転移初日の俺には襲い掛かろうとしていたのに……)


 どうやら初日の俺よりも、今のメイベルの方が強いらしい。


 俺が小さなショックを受けている間に、メイベルが角材を振り上げ攻撃を始めた。


「え、えい‼」──


 目をつむりながら振り下ろしたせいか、角材はスライムに命中することなく、ただ地面を抉っただけだった。


「あ、あれ?」


「ちゃんと当たるまで目を開けて無いと」


「ご、ごめんなさい……もう一回!」──


 当たった角度が悪かったのか、角材はスライムの弾力に跳ね返される。


「う、うぅぅ……」


『ニゲル』


 ダメージが無いせいか、スライムがノロノロと距離を取ろうと動いて行く。


「大丈夫、落ち着いて。力は足りてると思うから、角材の()を真っ直ぐ振り下ろしてみて」


「わかったわ……えい!」──


 今度はしっかり捉える事が出来たようで、スライムは体を散り散りに飛散させながら息絶えた。


「──キャッ⁉」


 飛び散ったスライムの一部が体に付着し、メイベルが驚いている。


「やったね! 上手に出来てたよ」


(魔石は一緒に砕けたみたいだけど、今は指摘したらかわいそうだ)


「う、う~ん……気持ち悪い……」


 スライム相手にはまともな武器を使わない。


 スライムの体液は若干の酸性をしていて、付着すると武器の劣化が早まるので、自前で用意出来て使い捨てられる物を色々と使う。


 その中でも片手で掴める程度の角材なら、魔石まで到達せず丁度良い重さで殴ることが出来る。


「さすがにスライム相手だから実戦してもらったけど、どうだった?」


「意外と手強かったわ……攻撃するのって難しいのね」


「生まれて初めての戦闘だったんだ、誰だってそうだよ」


「うん……そうよね! あ!──あっちにもいる! もう一回やってみる!」──


 また俺の目視出来ない距離のスライムを発見したメイベルは、俺を置いて走って行ってしまった。


 魔物を撒き森を抜けて来るというのは本当のようで、そのスピードは相当なものだ。


 俺も急いで後を追いかける。



「──ヤマトさ~ん! ラビトーも居たわ~‼」


 俺が次のスライムに辿り着くより先に、メイベルが踵を返しこちらに駆け寄って来た。


「ホーホホ(タベモノ)」


「もう完全にラビトーイコール食べ物って認識だよな、リーフルってば」


 俺は立ち止まり、メイベルを追いかけて来るラビトーに狙いを定め、弓を引き絞る。


「うん」


 さすがにラビトー狩りには慣れているので、一発で仕留める事が出来た。


「ラビトー……もう居ない?」


 俺の傍までやってきたメイベルが後ろを振り返り確認している。


「大丈夫、ちゃんと倒したよ。リーフルもご飯が増えてよかったね」


「ホーホホ! (タベモノ!)」


「ヤマトさん、ラビトーは()()だと難しいかな?」


 角材を指しながらメイベルが尋ねてくる。


「角材じゃなくて俺の持ってる短剣だとしてもちょっと危ないね。スライムと違ってしっかり避けてくるし、もしも角が刺されば大怪我するしね」


「そっかぁ……いつもは気にした事無かったけど、ラビトー──ううん、いざ対峙するとスライムですら怖かったわ……」


 メイベルの尻尾の毛が心なしか逆立っているように見える。


 多分少し恐怖しているのだろう。


「今のところどうかな? 冒険者の初歩的なクエストだけど、やっていけそう?」


「う~ん……ヤマトさんはどう思う? 私にも出来るかな?」


「出来る出来ないは訓練次第かな? メイベルは目も良いし足も速いし、ポテンシャルは俺より遥に高いだろうからね」


「訓練──そうよね」


「どちらにしろ、さっき俺がギルドで言った事を思い出して欲しいんだけど、冒険者を勧める気はないよ。もし登録して冒険者稼業をやるにしても、仲間として助けはするけど、責任は持てない」


「……正直私も命懸けでクエストに行けるかっていうと、そこまでの覚悟は出来ないと思う」


 メイベルががっかりした様子を見せる。


 百聞は一見に如かず、現実とは時に容赦がない。


 俺の場合は他に選択肢など無いまま冒険者になり、自分なりの働き方を模索して、なんとか現状に落ち着いている。


 他の職を探そうと思えば見つけられるのかもしれないが、会得した技術を惜しむ気持ち、現状を変える勇気の無さ──何よりも今では冒険者を居心地良く感じてしまっている。


 そんな俺とは違い、メイベルはまだ何も始めていない。


 だから出来れば普通の仕事をしてもらいたいと思う。


 期待外れの現実に落ち込んでいるのか、メイベルに覇気がない。


 冒険者の現実はスライム程度では理解出来ないとは思うが、あくまでも()()なので、その本分は遂げれたと思う。


 俺の手持ちにある以上わざわざ何匹分もの魔石を集める必要も無いので、とりあえずはクエスト完了の報告と、メイベルの意思を確認する為、ギルドへ戻る事にした。

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