26話 臨時パーティー 2
ラークピラニーを討伐するにあたって、気を付けなければならないポイントは二つ。
一つ目は、他のメンバーは絶対に盾役より前に出ない事。
ラークピラニーの狙いがしっかりとタンクに向くようにする為だ。
水中から飛び出て跳躍出来る距離は短いので、必然的に水辺に一番近い対象が狙われる。
二つ目は、必ずラークピラニーの着地を待ってから攻撃する事。
襲い掛かり大盾に衝突したラークピラニーは、その全身を使った跳躍力を活かし、大盾の上でさらに跳ね上がり攻撃の手を緩めない場合がある。
なので一旦水中に逃げ帰る様子を見せた所を地上で攻撃するのが、一番安全な方法となる。
「それじゃ魚釣り、始めようじゃないか!」
気合の入った一言と共に、大盾を前方に構え水辺へとにじり寄る。
「ビビットさんを信じて手は出さないように、よく"観察"してからだ」
「うっす! 教えは守るっす!」
「早速来たよ! 止めはあんた達に任せるからね!」
水中を漂う影が徐々にその形を広げながら水面へと近づいてくる。
その面積がいよいよ広がり切ったその瞬間、ラークピラニーがビビットの構える大盾目掛け、水中から飛び上がって来た。
「──っと! なんだい、随分と軽いねぇ」
勢いのまま大盾に衝突したラークピラニーは、平たい体を横に地面に落ちる。
「まだだよあんた達!……よし、湖の方に向かったよ!」
身体を跳ねながら水中へ逃げ込もうとするのを確認した俺達は攻撃を始める。
間髪容れず二本放った矢はラークピラニーに命中するが、一本は鱗に阻まれた。
どうやら俺の腕前では刺さるかどうかギリギリのラインらしい。
「とどめっす‼」
刺さった矢の影響で動きが鈍った所に接近し狙いを定める。
瑞々しい果物が潰れたような不快な響き。
ロングがハンマーを勢い良く振り下ろすと、その凶悪な鋭い歯もろともにラークピラニーの顔が押し潰れた。
「どうだい? あたしが居ればこんなもんよ。はっはっは!」
そう言いながらビビットさんは不測の事態に備え、いつの間にかロングのすぐそばに陣取っていた。
ラークピラニーに限らずタンクが居るとクエスト生存率が上がるのは周知の事実だ。
さすがベテランと言ったところで、ビビットとは初共闘にも拘わらず上手く連携が取れ、周りをよく把握し的確に指示を出してくれていた。
「ビビットさんすごいっす! 体当たりを受けてもビクともしてなかったっす!」
「あんたも良い一撃だったよ! やるじゃないかロング」
ビビットの言う通り、以前俺がしたアドバイスを素直に取り入れているようで、ロングは一撃で的確に仕留めていた。
「……すみませんでした。俺の腕では確実に刺さるか微妙な所のようです」
「ヤマトさんもすごいっす! 飛び跳ねてるのにちゃんと二本とも当てるなんて!」
「なぁに言ってんだい。あんたのそれ、コスト重視の安い矢だろう? 普段は安全に、強い魔物は相手にしないんだったね?」
「なら上等な物は必要ないからねぇ。矢がもう少し上等な物なら確実に刺さってたさ」
確かにビビットの言う通り、もっと質の良い矢は売っているが用意していなかった。
俺には"アイテムBOX"があるから、不測の事態に備え例え少量でも収納しておくべきだったのだ。
矢の品質を瞬時に見抜くビビットさんはやはり伊達では無い。
「それでも準備はしておくべきでした。ごめんロング」
「なんで自分謝られるっすか? ヤマトさん、ちゃんと当ててたっす」
「一本より二本刺さった方が、動きをより鈍らせれるよね? つまり止めを刺すロングの安全性が増すって事だよ」
「確かにそうっすけど、急遽決まったクエストっすからヤマトさんは悪くないっす!」
「狙いは正確だったんだ、ヤマトも良い腕しているよ」
「ありがとうございます」
今日の所は、狙いが逸れるリスクはあるが、いつもより力を込めて弓を引くしかないだろう。
ロングは教えた通り全力の出し所をちゃんと考えていて頼りに出来るし、何よりビビットさんが居る以上ラークピラニーにおいては問題なさそうだ。
反省は大いにするが落ち込むのは宿に帰ってからだ、上の空では命に係わる。
「まだまだ居るみたいだし、どんどん釣り上げるよ──!」
◇
俺達はその後も湖の形に沿うように水辺から適度に離れつつ移動しながらラークピラニー退治に励み、仕留めた数は十匹を越えた。
明らかにそうだろうという影の気配もしなくなり、ビビットと打ち合わせる。
「そろそろ気配も無くなってきたみたいですね。少し見回りしたら切り上げますか?」
「そうだねぇ、今日の所はこんなもんだろう」
「了解っす!」
「ホーホホ(タベモノ)」
「リーフルもお腹空いたか。もう少しの辛抱な」
「あたしがリーフルちゃんにご飯あげるよ! 食べてる様子がかわいいんだよぉ~」
「はは……」
「ホー! (テキ)」
湖面を見据え警戒の鳴き声を上げている。
「──ん? お手柄だリーフル。見つけました、警戒を」
「居るねえ……これまで通り、油断するんじゃないよ!」
「っす!」
俺達は気を引き締め直し、水中の影に注意を向ける。
ビビットが今まで通り大盾を構えラークピラニーの攻撃範囲内に踏み込む。
その熟練した盾捌きはなんなく攻撃を受け止め、ラークピラニーが空中に跳ね上がった。
しかし慣性に任せ、歯を俺達へ向け尚も執拗に攻撃を仕掛けてくる。
「諦めの悪いやつだねえ!──」
迫り来る攻撃にカウンターの大盾で殴りつける。
ラークピラニーはその衝撃でさらに高く打ち上げられる。
(まだだ、今日の俺の弓の引き方では外してしまう可能性がある。地面に落ちてからだ)
不意に響き渡る水音。
「──なッ‼」
止めのタイミングを窺っていたロングが、どうやらビビットよりも地形的に水辺に近か寄っていたらしく、不意を突かれた。
音には反応したものの、後ろから襲われる形となったロングは、まだもう一匹を視認出来ていない。
「ハンマーを振れ! その場で回れ‼」
俺はロングに簡潔に指示を飛ばす。
「──! オオォーー‼」
獣人の反射神経のなせる業か、一秒にも満たないであろう刹那の間に俺の言葉に反応し、指示通りハンマーを横に振りながらその場で回転する。
幸運にも回転するロングのハンマーが背後から来たもう一匹を捉え、ラークピラニーは衝撃で吹き飛ばされる。
さらに偶然にも、もう一匹は吹き飛ばされた先で、最初に襲い来たラークピラニーと空中で激突した。
そして二匹のラークピラニーは、ほぼ同時に地面に叩きつけられる。
ぶつかった衝撃のせいか、跳ね回ることなく不気味に横たわっている。
(慎重に──!)
ゆっくりと一本ずつ、エラの辺りに狙いを定め弓を射る。
「油断するんじゃないよ。止め、頼んだよ!」
ビビットが臨戦態勢のまま、俺達二人をフォローできる位置に移動し、最後の詰めの号令を発する。
「うっす!」──
ロングは焦らず用心深くラークピラニーに近付き、一匹ずつ確実に止めを刺していく。
「ふぅ……予想外だったねぇ、肝が冷えたよ」
「まさかでしたね、影は見当たらなかったのに」
「焦ったっす、ハンマーが外れてたら……」
「でも誰も負傷無し! よかったじゃないか!」
ビビットの言う通りで、十匹以上討伐して負傷者が居ない事は誇ってもいいと思う。
やはりソロとは段違いに仕事が捗るものだ。




