閑話 世界の理……?
「ホホーホ? (ナカマ)」──「ホーホホ? (タベモノ)」
手掛かりとなる地図が顕現し、決起の夕食も一段落ついた頃。
テーブルの中心ではいつものようにリーフルが愛想を振りまき、おやつをねだり歩いている。
ロングはワイルドベリを。ビビットは牛の高級赤身を。
そしてあの誰も左右できないベルでさえ、受け取った飴をちらつかせ、気を引こうと前のめりになっている。
だが俺に言わせればそれは必然の光景で、疑義を唱える外野もこの街にはそう居ないだろう。
何故ならそこには、圧倒的な”かわいい”が存在しているからだ。
しかしふと思う時がある。
果たしてこの誘因力は、本当にかわいいだけが引き起こすものなのだろうか。
いくらかわいいを極めていると言っても、いちミミズクでしかないリーフルが、本当に愛想を振りまくだけでここまで人間を魅了できるものなのだろうか。
「なあロング。ロングはリーフルのどこが好きなの?」
「へっ? な、なんすか急に……それは当然、可愛いからっすよ!」
控える左手に握られたワイルドベリの数がその言葉の真実味を物語っている。
「ふむ……ビビットさん──は聞くまでも無いですよね。ベルはどうです?」
「はぁ~? べ、別に可愛いなんて思って──」
言いかけた言葉はどこへやら。近付いてきたリーフルに飴を与える事を優先している。
「ですよね~……」
(やっぱりみんなの心には共通の念が流れてる。それは疑いようのない事実だろうな……)
翡翠の綺麗な羽、クリっとした大きな瞳。口元に生える髭のようにも見える産毛もか。
あげつらえばきりのない魅力をその身に宿した無垢なる存在。
庇護欲という、誰もが保有している感情を刺激されるのか。あるいは、もっと別の──
──んぐんぐ「ホッ……」
人数が多い時にのみ許される無制限のおやつを堪能し終えたのか、リーフルがその場に伏せその膨らんだお腹が主張している。
(おかしい……気付いてるのは俺だけなのか……? こうなったら確かめるしかないか)
「なあロング。リーフルの魅力ってなんだと思う?」
「えっ? またっすか? う~ん……可愛いしいっぱい食べるし、抱っこしたら暖かいし……色々あるっすけど、存在そのものっすかね??」
「ビビットさんは──」
「──この愛らしいシルエットと鋭いくちばしのギャップに決まってんだろう?!」
「あ、はい……あはは……」
(相変わらず強火な反応だなぁ……)
「ベルはどう思います? そもそも、ベルは動物への興味はおありなんですか?」
「動物には別に興味なんて無いわ。ま、まあ? リーフルは綺麗な色してるし、私が戯れるには良い気品の羽の色だとは思うわ」
「そうですか……」
現在の俺の、確固たる生きる理由。
それは他の何物でもない、リーフルの存在だ。
リーフルを飢えさせることなく、その身の安全を確保し、成長に必要な全ての要素を用意する。
この、人生の行く先がリーフルへと着地するという生き方は、出会って以来心底に刻み込まれた、この世界における俺の存在を証明するそのものだ。
しかし一方自分を俯瞰してみると、この異常とも言える献身の源泉を把握しているのかというと、決してそうではない。
森で救い上げ成り行きのまま世話を始め、いつの間にか肩に居る事が当たり前になっていた。
そこには確かな心の動きがあった訳でも、目に見える鎖が繋がっている訳でも無い。
あるのはたった一つ。リーフルの平穏を願い、一緒に暮らしていきたいという想いだけだ。
(まして自分の事……か。どこまで行っても、俺は明日のおやつ代の心配をするだけなんだろうなぁ)
「──そういえば、ヤマトさんに改めて聞かれて思ったっすけど、リーフルちゃんってホント不思議な鳥さんっすよね~」
首を傾げリーフルを見つめながら語っている。
「ん? なにが?」
「だってっすよ。リーフルちゃんって、欲しい時に欲しい温もりをくれるというか、なんというか……」
「あ~……あんたの言いたい事、分かるよ。一見ただのおねだりに見える鳴き声でも、あたしらの心を見透かしたようにスッと溶け込むような、癒しをくれる感覚を覚えるもんねぇ」
目を細め柔らかい笑顔を向けている。
「そ、そうなの?」
ベルが少し焦ったように皆の顔を見渡している。
「動物の本能──特に食べ物に対しては素直で真っ直ぐですから、その純粋さは確かに俺達人間には無い部分ですよね。だからでしょうか」
「ん~……いやぁ、あんたのその意見も正しいとは思う。でもなんだかリーフルちゃんの場合は、もっとハッキリしてるというか、突き動かされるような感覚というのか」
「突き動かされる……ですか」
(それってつまり、自分の意に反してって意味だよな……)
「ふん、ユニーク魔法でも使ってるんじゃないの? さしずめ、献上への誘因ってところかしら~」
そう言いながら伏せるリーフルの右翼をつついている。
「ははっ、まさか。あんただけ覚えが無いからって、悔し紛れにそんな奇抜な発想語っちまうなんて、それこそ誘われちまってるじゃないか。はっはっはっ!」
「ムム! ユニーク魔法なんて自分もまだ持ってないっすよ! リーフルちゃんに先を越される訳にはいかないっす!」
拳を作り気合を入れている。
(ユニーク魔法……誘因──⁉ ま、まさかっ……でもそうだ、あの時だって……!)
ロットのお見合いに仲人として参加した動機。ハーベイでグリフと対峙したあの時も。
そして俺自身が、最も忠実で最も献身的な、一番の当事者だ。
思えばすべての行動は、リーフルの『ホーホホ(タベモノ)』という一鳴きに収束していく。
「……みなさん。俺は今、とんでもない真理にたどり着いてしまったかもしれません」
「な、なんだいヤマト。急に気味の悪い物言いだねぇ」
「ええ、そう思われるのも致し方ありません。でもこれだけはお伝えしなければ」
「俺達は……リーフルに因果を支配されています‼」
「「「…………」」」
飛び出た突飛な単語に、皆恐らく頭を必死に回転させているのだろう。
「ヤ、ヤマトさん……? どうしたんすかホントに……」
「──ハッ、そうか! 一人で背負う必要は無いんすよ? ティナちゃんの事なら自分達も──」
「──いやロング、聞いてくれ。さっきベルが言ったユニーク魔法。あれは冗談なんかじゃなく、事実の可能性があるんだ」
「ヤマト……安心なさい。私も手伝ってあげるんだから、心配いらないわよ」
「いえ、考えてもみてください。何故みなさんはそこまでリーフルにおやつを献上するのか。何故俺達はリーフルと触れ合うだけで満たされるのか」
「見た目が『かわいい』というだけでは決して説明のつかない──つまり、魔法的な力が働いていると考えるのが自然なんです!」
自信を以て皆の表情を窺う──
──そこには半開きの口元が三つ。
俺の渾身の口上はカウンターから聞こえる皿洗いの雑音に溶け込み、得も言われぬ静寂が場を支配している。
「はぁ……ヤマト。今日はもう帰って寝な。リーダーとしてみんなを盛り上げようとしてくれたその心意気だけで十分さね。ありがとうね」
「あ、あれ……?」
「私のジョークに乗っかるなんて、やっぱりあなたって魅力あると思うわ。ふふ」
「あのぉ……俺は真面目に……」
「あ、リーフルちゃんもそろそろおねむみたいっすね。明日は朝から忙しいっすから、自分も早めに支度しないとっす!」
「え、ロングあの……」
微かに舟を漕ぎ出したリーフル。
ぞろぞろと皆立ち上がる。
「じゃあお疲れさん! 地図も手に入って、いよいよ明日から本番だ。よろしく頼むよあんた達!」
「あら~ビビット。森へ帰れるのがよっぽど嬉しいみたいねぇ」
「……はぁん? 大体あたしが今まで何度──!」
「誰がそんなこと──!」
激しい口調を舞い散らせ去って行く二人。
「あ、ヤマトさん。明日はリオンさんのところに集合でいいんすよね?」
「う、うん……」
「了解っす! 自分もこれで失礼します! リーフルちゃんも、おやすみなさいっす!」
俺は更に言葉を続けるべきか、逡巡の中ただその光景を目で追うばかりだった。
頭を巡らせ導き出した、確信めいたその答え。
「ホー……ホ? (ヤマト)」
眠気まなこに周囲を見渡し、緩慢な歩みで俺の手の上に乗り甘えている。
「はは……やっぱり最高にかわいいなぁリーフルは」
真相などありはしない。
”かわいい”の魔法の前では、人類皆平等に首を垂れるのだ。