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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
3-5 生業の園
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117話 圧倒の果て 8


「急いで街に戻るわよ!」


 ここは路地裏の突き当りだ。そう言わんばかりの様子で、サウドへ向けられる二人の強烈な意識。


「え……?」 「えっ」 「ホ~……??」


 リーフルのどこかハッキリとしない反応も不思議はない。


 現に俺もロングも、問答無用に明らかな敵意を向け襲い来る魔物達を発見した場合とは異なり、()()をどう捉えればいいのかと能天気な疑問符を浮かべているからだ。


 悠々と浮かんでいる様や、透けて見える背景の空が綺麗だとすら思えるその半透明の体の構成であったりと、不思議な事象に直面した結果に惚けてしまっているというのが現状だ。


 どうやら事情を知る二人の雰囲気や言葉からして、ベテランを以てしても極めて緊急性が高い相手であることの察しは付く。


 それにしても即座に街へ戻らねばならないという判断は何を意味するのか。


「細かい事は走りながら話す。今は一刻も早く街へたどり着く事だけを考えな!」


 ビビットらしからぬ、強引で命令の意図が籠る言葉。


(なんだ、ビビットさんがそんなにまで……)


 一方的に何かを強制するようなタイプでは決して無い。


 それどころか、芯の通った頼もしい言葉や、安心をくれるその広い背に、これまで一体何度救われてきたことだろうか。


 そんな不動のビビットに宿るベテランの矜持か、あるいはベルが判断する冷徹で正確な答えなのか。


 とにかく有無を言わせないといった二人が放つ圧を前にすると、思考の幅が狭まり、流れのままに足が歩み出しそうになる。


(くっ……猶予なんか無い事は聞くまでもない……けど、それでも……!)


「お、御二人共! すみません。少しだけ……時間をください」


「ヤマト? 今はあなたの思考に付き合ってる暇は──」


「──それでも!……それでもお願いです。どうか、欠片でも諦めを見つけるまでは……!」


「ヤマトさん……」

 

「……分かった。今回のあんた、聞き分けが悪いって事は理解してる。だから簡潔に説明する。そして少しだけ()()の猶予をやるさ」


「但しあたしが譲れるのはそこまでだ。例え間に合わなくても、あんたに拒否権は無いものと思いな」


「ちょっとビビット! そんな事言ってる間にもあれはどんどんサウドへ近付いて行くのよ?!」


 険しい形相を浮かべビビットに詰め寄っている。


「まあ待ちなって、少しだけだ。あれに関しちゃ情報が酷く乏しい事はあんたも承知だろう。だったら、騒乱の中ひねり出すより、落ち着いて見れる今ヤマトに観察させた方が、より実りはあるだろう?」


 強張る肩にそっと手を置き、柔らかな口調でそう告げている。


「くっ……!」


「そうだベル……よし、手短に言うよ。あれはサウド建立以来一度、上空に突如現れて街を襲った厄介な魔物さ」


「名も無き空の脅威……詳しい事は一切、名前すらまだ定まってない。森がもたらす脅威の中でも、最も特異な存在さね。酸の雨を降らせ触腕を伸ばし生き物を捕食する。そして下手に刺激すると増殖するって厄介な特性もある」


「十五年前、あたし達は一度対峙した経験があるけど、サウド支部総出で甚大な被害を出しながら、なんとか殺し切ったってとんでもない化け物さ」


「ま、街を直接襲うっすか……」


「増殖……」


(……真偽は直接確かめるしかない。けど、あれが見たままの生物──クラゲなんだとしたら……)


(ありがとうビビットさん。後悔は残さない!)


「ロング! 核──魔石は見える?」


「魔石」──


 ロングが天を仰ぎ、全ての力を瞳に凝縮させるかのように眉を顰めている。


「どういう事? 私の魔法をアテにしたってダメよ。酸の雨を防ぐ障壁を張ってなきゃいけないんだから」


「……見える、あるっす! 体内に薄っすら魔石が見えます!」


「数は?」


「薄っすらとした区切りみたいなものを境に等間隔に並んでて……ここから見えるのは六つぐらいっす」


「そうか……なあロング、俺の弓で魔石まで届──いや、試す。照準頼むよ!」


「了解っす!」


 長弓に炎の魔石を装着し矢を番える。


 そしてロングに狙いの補正を任せ引き絞る。


「もう少し右に……ここ! ヤマトさん、今です!」


「よし!」──


 ──解き放たれた緊張の行方に目を凝らす。


 俺の視力ではハッキリと視認できる距離には無いが、矢が魔物の体内に吸い込まれたこと、そして宿っていた炎の煌めきの消失。二つの事実だけは確認出来た。


「ロング、どうなった?」


「表面に刺さった途端に水でもかけたみたいに炎は消えたっす。狙いはバッチリで、でも魔石にまでは届かなかったです」


「なるほど……それに増殖の気配は──無し、か」


「届かなかったって言ったけど、ギリギリだった? それとも絶望的な差があった?」


「えっと……距離感とか勢いとか、もう少し良い条件が重なれば射抜けると思います」


「……ならここが使い時か」


 異次元空間に手を伸ばし、リオン渾身の特製矢を取り出す。


 魔法的な力が介入しない、純粋な矢の威力の向上についてリオンが導き出してくれた解決策。その結晶が僅か十本と少数だが手元にある。


 矢尻は国内で最高硬度を誇るとされる暗黒鉱(ダークマテリアル)で形作られ、強度とその鋭利さから貫通力が高められている。


 そして矢羽にはコカトリスの羽根が用いられ、リオン曰くひとたび発射されると秘めるその魔力の残滓で矢自体が微細に振動し、推進力を高める効果があるのだそうだ。


 ロングの報告、そして現在の状況を総合して判断すると、恐らくこの特製矢を用いれば核となる

魔石まで到達し得る可能性がある。


「もう一回だロング。頼むよ」


「はい!」


(リオン、力借りるよ──)



 ──ダークマテリアルが放つ鈍い輝きにより蒼の軌跡が走る。


 そして、俺が視認できるほどの風穴を開け体内を突き進んだ矢が、向こう側の空にその威勢を現わした。


「──抜けた!? 核は、どうだロング!」


「バッチリっす! 魔石は粉々に散らばったっす!」


 連なる体の一区画が土砂崩れのように地へ墜ちてゆく。


「なっ……増殖しない……?! どういう事だいヤマト!」


「ええ。恐らくあれは、クラゲと呼ばれる海に住む生物が元となっている魔物で、”群体”という珍しい生態をとる種類もいるんです」


「グンタイ……? なに、なんの話?」


「簡単に説明すると、あれは一つの巨大な生物なんじゃなくて、複数の個体が合体して存在しているものなんです」


「複数の個体……っすか」


「うん。ビビットさんが教えてくれた増殖するっていう経験。それに、ロングが観察してくれた、等間隔の間仕切りになっているっていう体の構造。二つの情報を統合して推測を立てて、攻撃を実践してみました」


「幸いにもその推測は当たってました。だからあのクラゲは、増殖する事無くその体積──個体数を減らしたんです」


「あんた…………ふっ、どうだいベル。やっぱりあたしの度量のデカさと言ったら、あの化け物にもそら劣ってないだろう? はっはっは」


 決して偽りでもない冗談を一つ。ビビットがこちらに傾いた機運を盛り上げるように笑っている。


「はぁ……はいはい──で、ヤマト。やれるのね?」


 やれやれといった様子でビビットに返答しているが、俺へ問いかける雰囲気はいつものベルのそれに戻っている。


「はい、やります。やらなきゃいけません」


「そうっす! 絶対に諦めないっす!」 「ホーホ! (ヤマト!)」


(ビビットさん、ロング、リーフル……うん!)


「だよな!──なのでベル、一つお願いがあります」

 

「なぁに?」


「張っていただいてる障壁の強度を出来る限り弱めてください。可能でしょうか?」


 手繰った可能性や皆の後押しに乗り、いざ行動へとシフトしたいところだが、やはり懸念は拭えない。


 先程の一射はたまたま幸運を掴んだだけのもので、あのクラゲを仕留め切るには相当な綱渡りの状況にあると言えるからだ。


 その最大の理由に、本数に限りがある特製矢でしか射抜くことが出来ないという制約がある。


 ロングの見立てを参考にするなら、恐らくフラットな状態で試行回数を重ねれば、通常の矢でも核となる魔石を射抜く事は可能だろうが、現状でそれは望めない。


 ベルが展開する酸の雨を防ぐ障壁の内側から発射──勢いが否応なく減衰される──しなければならない制限。


 そしてあのクラゲが常に街を目指し移動しているという、時間的制約も厳しい。


 存在を確認してから今まで、それ程急激な移動距離の推移は無いが、それはクラゲを押し流す上空の風の勢いが弱いだけの幸運に過ぎないだろう。


 天候の悪化、あるいは更に自力でその推進力を強める手段や能力を有している可能性も当然あり、全く予断を許さない、より困難を想定すべき状況だからだ。


「ふん、私を誰だと思ってるの? 魔力の塩梅なんて、あの紅茶でも頂きたいぐらいだわ」


「さすが、頼もしい限りです」


「……ロング、やるぞ! 絶対にたどり着く!」 「ホホーホ! (ナカマ!)」


「了解っす!」


 特製矢を番え、ロングに照準を任せ引き絞る。


 だがいざ狙いが定まらんとした時、ビビットの大盾が興す金属音が響いた──


「──おっと! 邪魔はさせないよッ‼」


 生々しい液音と衝撃。


 上空のクラゲから伸びる触腕が大盾を激しく叩きつけている。


「チッ──認知された。ビビットさん、いけますか⁉」


「任せな! この程度造作もないさッ!」 


(ビビットさん……! よし、信号機と同じだと思え。着実に詰めるんだ──!)



 樹上に降り注ぐ体組織の歪でおぞましい雪化粧。


 ベテラン二人の額には目新しい湿り気が。


 一射の失敗が撤退を暗示する状況下では、なかなか弦の緊張を解くに叶わない。


 未だ断定できない相手の威勢を面積で表現するなら、残りは三分の一といったところで、特製矢の残りは後三本。


 ロングが確認できる限りの核も残り三つで、ここからは一切の落ち度も許されない。


「クッッ‼──あいつ、いよいよ瀬戸際を感じ取ってるみたいだねぇ……!」


 大盾に襲い掛かる触腕が同時に五本。更に時間差をつけ別の角度からも触腕が迫り来る。


「どっせい‼」──


「このッ‼」──


 攻勢を強める触腕に対し、俺とロングも守勢に回る事を余儀なくされ、弓を構える隙が無い。


 障壁の強度を高めれば難なく防ぎ切れる事は確認済みだ。


 しかし同時に、特製矢を以てしても射抜く事が出来なくなるというジレンマに陥ってしまうのだ。


 無限に生える触腕を斬り落とし一瞬の隙を突いてロングと連携し弓を射る。


 この一瞬を逃さぬよう、全員一致の連携で動き続ける先。


 その明度が恐ろしく感じられ、弓に構え直す所作の鈍りにも反映されているように思う。


(くっ……腕が……)


 ほんの僅かな。だが確かな震えが焦燥を煽る。


 俺だけが唯一、ベルの泡魔法の恩恵に授かれないというハンディキャップ。それがこの正念場に響いてくるとは迂闊だった。


 よぎるのは相手の逃走の可能性。そして何よりこちら側の体力の限界が近い事は、それぞれの表情が如実に物語っている。


「──これで全部か⁉ よし、ロング!」


「はい!」


 呼びかけに応えロングが背面に着く。


 俺は上半身を逸らし腕に力を込める。


「今です!」──



 ──弦を手放すその一瞬だった。

 

 疲労から起こる指の震えと失敗への恐れから、躊躇の念が解き放たれてしまう。



「──そんな……!」


「クッ……ごめんロング。多分狙いは完璧だったのに」


 明らかに狙いを逸れた風穴の位置。そして一向に崩れる気配のない一区画が、取り返しのつかない現実を物語っている。


「──あ、なんてこと……あいつ、とうとう分離したわ!」


 風穴を起点として別たれる体積。


 二体分の塊ともう一体が、俺達を中心として取り囲むように左右に動き出した。


 そして失態を受け入れる間もなく触腕が襲い来る。


「──グッッ! あ、あんたはよくやったよヤマト、でもこれまでだ。頭を切り替えな、撤退だ!」


 一切の油断なくその頼もしい大盾が触腕の到達を防いでいる。


「ええ、消耗させた功績は大きいわ。それに弱点も。後はサウドに帰ってケリをつけるわよ!」


「……くッ、ちくしょう……‼」


(言い訳は出来ない……! それにサウドだって大事なことには──)


 ──「ホーホ! (ヤマト!)」


 突如強まる爪の感触と叫び声。


 ふと体温の上昇を感じ手元に視線を落とす。


 すると、握る長弓が青白い光を纏っていた。


「──リーフル⁉ やれる……のか? そうなのか⁉」


「ホッ!」


 リーフルが力強い叫びを上げる。


(俺は…………信じる‼)


「最後に悪あがきを! 行きます‼」──


 ──気休めの毛布を被り障壁が覆う領域から飛び出す。


「えッ⁉ ヤマトさん!」


「おいヤマト!」 「ちょっとあなた‼」



 左右に別れたクラゲが射線上に捕捉できる位置まで駆ける。


「──よし、ここなら!」


 魔石は視認出来ず狙いは当然付けられない。しかし先程までの経験とリーフルの導きを信じ弓を構える。


 そしてひざを折る姿勢で座り込み特製矢を番える。


(リーフル……‼)──



 ──放たれる眩い軌跡。


 まるで皆の想いが反映されたかのような、太く、そして鮮やかな光の柱が、手元から空の彼方へ向け瞬いた。


「神力の……!」


 発光の跡に目を凝らす。


 先程まで空に堂々と君臨し脅威を振りまいていたクラゲの体が円状に抉れ輪郭だけを残し、徐々に崩れ落ちている。




「やった……やったぞリーフル!」


「ホーホ! (ヤマト!)」


 リーフルを抱き寄せる。そして強張る肩を脱力させへたり込む。


(うっ……)──




 ──神力を消費した代償が全身に襲い来る。しかし気を失う訳にはいかない。


 そんな朦朧とした意識に微かに響く『ハイウルフ』というビビットの言葉。


 ひっ迫した叫びに聞こえたのは、己の体調が惑わす幻聴だろうか。


 そして声を追うように目にした理解し難い光景も、幻視の類なのだろうか。


 突如として消え失せたロング達の姿。


 確かに圧倒と評して遜色のない俺達の快進撃。


 その果てで俺を待っていたのは、深域にて単独で遭難するという、かつてない事態だった。


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