15話 全力って難しい
今日は助っ人を頼まれギルドで待ち合わせている。
なんでも相手は最近この街に住み始めたらしいソロ冒険者で、街周辺の土地勘が無いので注意すべき場所や魔物の情報等を教導願いたいとのこと。
新人研修代わりにギルド側から先輩冒険者に頼むというのはよくある話で、今回それが俺に回ってきたという訳だ。
さながら冒険者流観光ツアーといったところだろうか。戦闘行為が絡まないのであればある程度胸を張って臨めるような内容だ。
腰を掛け入り口を眺めて待つ視線の先に、とても活気のある雰囲気を携えた青年がこちらに向かい来た。
「──あ、鳥の人! 初めましてっす! 自分、ロングって言います! 今日はよろしくお願いします!」
「初めまして、ヤマトです。こっちは相棒のリーフルと言います。こちらこそよろしくお願いします。早速出発しましょうか」
「はい!」
「これ、よかったら確認してください。実際に目に見えた方がイメージもしやすいと思うので」
ギルドを出て裏門を目指し歩きながら手製の地図を開きロングへ差し出す。
街の周辺地理はコツコツと書き記しているおかげで説明にはそれなりに自信がある。
そしてゆくゆくは森の地図の開拓も進めたいところだ。
「へぇ~! それ手書きっすか? この街の冒険者はみんなやってるっすか?」
「ん~、どうでしょうか。他の人のは見たことないですね。俺の場合はただの思い付きで、あると便利だろうと思って少しずつ書いてただけですね」
「なるほど……いやぁ参考になるっす!」
「はは、そうですね。ギルドで周辺地図が売ってればいいのになぁとは、俺も最初の頃は思いましたね」
「ヤマトさんはこの街長いんですか?」
「俺はまだ1年ちょっとぐらいですね。ロングさんは最近とお聞きしましたけど?」
「"ロング"でいいっすよ! 年も自分の方が下だし、何より後輩っすから!」
(随分元気で気持ちのいい子だなぁ……)
先程から接している上での表情や態度から、とても清々しい性格をしているのだろうことが窺えて、こちらのやる気もさらに沸き上がるような感覚を覚える。
「はは。うん、わかった。じゃあロングはどうしてこの街に?」
「はい! ここから北西に五十キロぐらい行った先に、"センスバーチ"っていうサウドより少し大きい街があります。その周辺にある獣人村が自分の故郷なんですけど、辺境のサウドは稼げるって聞いたから来たっす!」
ロングは耳の形からして恐らくタヌキの獣人だ。
透き通るような青い瞳におかっぱ風の茶色の髪型をしていて、男性だがかわいらしく見える。
しかし会話中にのぞき見える犬歯は鋭く、その見た目とは些かギャップもある。
「そうなんだ。向こうでも冒険者を?」
「はい。でも自分ドジなんで、ギルドのお手伝いばかりやってたっす。村でもよく馬鹿にされてたっす……」
「そっかぁ……」
(急になんだか浮かない顔……)
そうこう雑談をしながら街を出て草原に差し掛かった頃、俺達の前に1匹のスライムが現れた。
「お、スライムっすね! 自分がやります!──どりゃぁぁあー‼」
ロングが気合を叫びながら装備している両手持ちの木のハンマーでスライムを全力で殴りつける。
粘着質な水音と共にスライムはハンマーに潰され魔石ごと飛び散ってしまった。
「やった! スライムなら楽勝っすよ!」
「いやぁ……あの、ロング。スライム相手にいつもそんなに全力なの?」
「そうっす! 全力で頑張ることだけが自分の取柄っすから!」
(だけ……か。ふむ……)
「そっか……」
◇
「……で、この辺は森との境界だけど、森の方から強い魔物が出てくることもあるから、この辺りに差し掛かるなら気を張っていた方がいいよ」
「了解っす!」
観光ツアーは順調に進んでいる。
順調だったのだが、一つ気になることがある。
何故かロングは何をするにも全力過ぎるのだ。
教える事は素直に聞き入れるし、獣人ということもあって身体能力が高い事が窺える身のこなしも見て取れる。
しかしヒール草を状態良く摘み取る方法を教えた際は、力が入りすぎ正味部分をちぎってしまうし、はぐれのローウルフに遭遇した際には、ハンマーを空振りそのままの勢いで転んだりしていた。
このままではせっかくサウドまで来たのにろくなことにならなそうなので、ここは先輩としてお節介を焼いた方が彼の身の為だろうと聞いてみる事にする。
「ロング、ちょっといいかな?」
「なんすか?──あ! お昼ご飯っすか⁉」
「ホーホホ! (タベモノ)」
「いやうん。お腹もすいてはきたけど、ロングを見ててちょっと思ったことがあって」
「? なんすか?」
「一生懸命物事に当たるのは素晴らしいことだと思う。でも、常に全力じゃなくてもいいんじゃないかな?」
「どういうことっすか?」
「んと……力を発揮するタイミングを考えなくちゃいけないってこと」
「さっきヒール草の摘み方を教えた時の事を思い出してほしいんだけど、草を摘む、なんて事は力が弱い人にもできるよね?」
「そうっすね」
「この場合力を出すのは摘み方の方、つまり頭を全力で働かせるんだ」
「あ……」
「ローウルフを相手にした時もそう。まず相手を"観察"することに全力を出す。群れの数や距離感、相手の狙いなんかをまずは窺ってみる」
「その後に攻撃に集中して、身体の動きに全力を出す」
「なるほど…」
「常に全力だと疲れるし、肩に力が入って失敗もしやすい。力の出しどころは要所要所で、ある程度楽に構える時間も必要だと思うんだ」
「まあ俺自身冒険者として強い方じゃなくて、慎重にならざるを得ないからそういう発想になるって部分もあるんだけどね」
「──ハッ……! 確かにヤマトさんの言う通りっす。自分、勘違いしてたっす。今までの事も……」
「そういえばさっきチラッと言ってたね。故郷で何かあったの?」
「自分、昔から何をやっても失敗ばかりで、村で迷惑ばかりかけてたっす。でも失敗しても、いつも全力でやってたら許してもらえてて……」
先程までの明るい雰囲気は陰り、少し俯き加減でロングが語り出す。
「このままじゃダメだ、本当の意味で頼れる男になって、村のみんなに認めてもらおう。と思って、成人したその日にセンスバーチで冒険者になったっす」
「ふむ」
「……冒険者になったのはいいっすけど、やっぱり失敗続きで、あんまりギルドからの信用が無かったっす。でもクエストをこなさなきゃ生活に困るっすから、簡単そうな市井の声のクエストとか、ギルドのお手伝いとかを細々とやってたっす」
「一年ぐらいそんな生活をしてて一週間前の事っす。ギルドでこの街の話を聞いたっす」
「辺境都市で冒険者業が盛んで、広大な森があって、冒険者をやるならサウドはうってつけの街だって」
「センスバーチでの暮らしに限界も感じてたっすから、心機一転頑張るならサウドしかない! そう思って、少しずつ貯めてたお金を馬車代に使ってこっちに来たっす」
「なるほど……」
話を聞く限りでは人間性が良く前向きで、身体能力も高い。傾聴力もあれば自己を反省する殊勝な心も持ち合わせている。
恐らくロングは、人に恵まれなかったのだと思う。
村での成人するまでの暮らしやギルドで出会ったであろう先輩冒険者達。
彼を取り巻く人々が、その真価に気付いてあげられなかっただけの惜しい環境に身を置いていた。
俺にはビンスという素晴らしい師匠との巡り合わせがあったが、ロングは今まで独りぼっちで頑張ってきたんだ。
そう想うと、これからのロングの行く末が楽しみに感じられるし、俺にとっても頼もしい出会いのような気がする。
「……うん、きっと大丈夫。ロングはサウドでやっていけるよ」
「あんまり頼りにはならないかもしれないけど、俺で良ければ何かあったら相談して」
「ヤマトさん……」
「同じ冒険者仲間として、一緒に頑張って行こう!」
「ホホーホ! (ナカマ)」
「はい!」
お互い初めての冒険者流観光ツアー。
人生相談に発展したのは想定外だが、この世界で仲間が増えるのは嬉しい限りだ。
俺もロングを見倣い、全力の大切さをもう一度噛みしめるべきかもしれないな。